第43章 予期せぬ再会

 4月になった。箱館も、平地にはほとんど雪がない。五稜郭も花の盛りであった。


 ある日、歳三の横を歩く鉄之助が、後ろをやけに気にしているので、歳三が聞いた。

「鉄、どうした。何かあったのか?」

鉄之助は、ここ数日、誰かにつけられているような気がする、と歳三に打ち明けた。歳三は少し考えていたが、

「まさか、薩長が、鉄や銀に狙いをつけたわけでは有るまいに……」

と呟いた。歳三は以前、小姓を利用して新選組を崩壊させようという企てがあったことを思い出した。その時の発端はりょうだった。それを知るものはほとんどここにはいない。歳三は箱館に来てから、ほとんどりょうを表面に出していない。特に、宮古湾海戦のあとは、謹慎の処分もあって、ひとりで行動することを禁じていた。逆に、鉄之助は野村の代わりとして、歳三や安富の使いが増え、目立つようになったのは事実であった。しかし、小姓たちには捕まったときの行動は言い含めてあるし、新政府軍が今さら小姓を捕らえて自分を殺す道具にするとは考えられなかった。

 「殺気とか、捕まえられるような恐ろしい感じはないんです。俺を見ていることで、何かを待っているような……」

と鉄之助は言った。

「わかった。何かあったら、すぐ大人を呼ぶんだぞ。決してひとりで深入りはするなよ」

歳三が言うと、鉄之助も

「はい」

と答えた。


 「相馬主殿とのもがもうすぐ退院する。凌雲先生とその話をしに、箱館病院に寄る」

と歳三は言った。すると鉄之助は、

「じゃあ、今日は良蔵も、一緒に帰るんですね?」

と、嬉しそうに聞いた。

「ああ、置いて帰るのもわざとらしいからな」

と歳三は答え、病院に向かった。その後方を、離れて付いていく人影があった。


 「鉄、俺の代わりに奉行添役、ご苦労だったな。あと数日で復帰できるぞ」

相馬は鉄之助に向かって言った。以前のような、卑屈な眼差しは消えていた。鉄之助は、

「俺は土方先生の側で働ければいいんです。これからも、使い走りでも何でもします」

と言った。

「相馬さん、だめですよ、無理しちゃ。まだ完全に治った訳じゃないんですから」

りょうが相馬を心配するように言うと、相馬は

「鉄、『チビ先生』はおっかないぞ。『痛い』と言うと『生きている証拠だ』と返されるんだ」

と笑った。りょうはそんな相馬を見ながら、今は亡き野村に語りかけた。

(大丈夫だよ、野村さん。相馬さんは、あなたの分も、きっと父さんを守ってくれる。安心して……)


 「ごめんなさい、遅くなって」

帰り支度に手間取ったりょうが、歳三と鉄之助に声をかけた。が、ふたりは振り返らない。その前に誰かがいた。鉄之助が緊張して刀に手をかけているのがわかった。りょうは、相対あいたいしている人物を、鉄之助の肩越しに見た。その途端、驚きのあまり持っていた荷物をドサッと落とした。三人の視線が一斉にりょうに注がれた。鉄之助があわてて、

「良蔵、来るな!」

と叫んだ。すると、鉄之助の前に立っていた人物が、

「生きちょったんか……!そん姿を見っまでは信じられんかった……あん銃撃で……」

と言った。それは紛れもない、中村半次郎であった。


 その声を聞いた途端、今まで押さえていた感情が堰を切った。

「何を今さら!僕が死んだ方が良かったんだろう!生きていると、あんたに不都合なことばかりだものな!」

りょうは叫んだ。中村は、

「ないをゆちょっど、おいは、わいんこっが心配で……」

と言ったが、聞く耳を持たないりょうは、歳三と中村の間に割って入った。

「あんたの言うことなんか、もう信じるものか!土方先生にちょっとでも近づいてみろ、僕は、あんたと刺し違えてでも、先生を守るからな!」

そう言ってりょうは刀に手をかけた。中村はりょうを見つめた。石巻で別れた時とは別人のような眼差しで自分を睨み付ける姿に、中村は呆然として、それ以上、何も言えなくなってしまった。


 すると、それまで黙っていた歳三が、

「やめろ!良蔵!!……鉄、良蔵を家に連れて帰れ」

と言った。鉄之助とりょうは、歳三を見つめた。

「土方先生!?」

歳三は、鉄之助に向かって、念を押すように言った。

「大丈夫だ。この御仁は、俺を殺すつもりはねぇようだ。おめぇたちがいたら、話ができねぇ。いいか、鉄、こいつを家から外に出すんじゃねぇぞ!」

「先生!!」

りょうが叫んだが、歳三は、

「中村どの、参ろうか」

と、中村と歩き出した。りょうは必死に食い下がろうとしたが、鉄之助に押さえられた。りょうは、その力強さに一瞬、驚いた。

「鉄!なんで僕を止めるんだ!?僕は、あいつに騙されたんだ!もう、軍には加わらないって嘘をついて、甲鉄の上で野村さんを殺した!僕はあいつを許さない!」

興奮するりょうに、鉄之助は言った。

「だから、今は先生にお任せしよう!きっと大丈夫だ!」

(あの人は、本当に良蔵を心配していた。あのときの顔……)

りょうの姿を見たときの、中村の安堵の表情を、鉄之助は見ていたのだ。りょうは唇を噛み、鉄之助と万屋の離れに帰った。


 帰路、りょうは鉄之助の手を見つめて思った。

(鉄の手……振りほどけなかった……いつの間に、あんなに強く、大きな手になっていたんだろう……)

初めて出会った頃は、りょうと変わらないくらいだったのに、今はもう、鉄之助の方がずっと背が高い。肩幅も広く、逞しくなっていた。小さかった銀之助も、りょうの背を超えた。

(こんなにも違うのか?男と、女は……)

りょうは、自分が女であることを、こんなに悔しいと思ったことはなかった。剣術でも、医術でも、今まで男と対等にやってきた。決して負けているとは思わない。しかし、体力の差はどうにもならない。あんなに鍛練したのに、宮古湾の戦のあと倒れたのがその証拠だ。

(いっそ、男なら良かった……本当の男なら……戦の後に倒れることもなく、こんな苦しい思いもしなかったろうに……)

と、りょうは拳をぎゅっと握り締めた。


 「ここは……」

歳三は呟いた。

「今、おいが宿にしちょっ廻船問屋や。昔から薩摩と取引をしちょっ縁で、世話になっちょっど」

中村が言ったその廻船問屋は、北海屋だった。中村が入ると、女将のお弓が迎えた。

「おかえりなさいませ……と、歳三さん!どうして……!?」

お弓の尋常でない驚きようを見た中村は、

「あんた達は、知り合いやったんか……!?こんたたまがった。世間は狭かもんじゃ!」

とニヤリ、とした。お弓は、慌てて、

「昔、江戸にいた頃の知り合いですよ……この前、偶然出会っただけで……西郷さまにはこのことは言わないでください。取引に障りがあったら、他の商家に迷惑が……!」

と心配そうに中村を見た。すると歳三は、

「大丈夫だ、お弓さん。自分の不利になることは言わねぇよ。敵方の総督と会ったことがわかったら親玉に何と思われるか、考えなくてもわかるさ、なぁ?」

と言って笑った。中村もちら、と歳三を見ると、

「さすがは新選組ん副長や。相手ん弱かところを見抜いちょっ。女将、心配すっな。おいたちが会うちょっことは秘密や」

と言ったので、お弓は、ほっとした。

「こちらへ」

と、お弓は奥の部屋にふたりを通した。その昔は秘密裏の商談などに使っていた部屋であり、外側からは部屋があることがわからないようになっていた。


 土方歳三と、中村半次郎。京の頃もし出会っていれば、間違いなく刃を交わしていたであろうふたりである。お弓は緊張しながら、部屋をあとにした。

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