第39章 チビ先生を守れ

 榎本や箱館政権幹部たちの前で、りょうは説明を求められていた。

「全て、僕の責任です。僕が注意を怠ったため、ガットリング・ガンで狙われました。あのとき僕が甲板に立っていなければ、敵の目標とならなかったのは事実です」

りょうはそれだけ言うと下を向いた。歳三は、腕を組んだまま、黙っている。榎本は、そんな歳三をちらちらと横目で見ながら、

(なぜ助け舟を出さんのだ、歳さんは……!)

と思っていた。

「死亡者13名、負傷者30名以上、か。斬り込んだのは7名だったね?」

榎本は、記録を見ていた。死傷者の多くは、甲板に撃ち込まれたガットリング・ガンが原因であるのは明らかだった。

「まだ見習いである君を乗船させたのは、回天艦長の甲賀くんではないのか?」

榎本は、りょうの意志ではなかったことを強調しようと質問した。だが、

「従軍を望んだのは、僕です。それなのに、僕は自分の使命を忘れ、好奇心から甲板に上がり、敵の目標になってしまいました。僕の失態です。全て認めます」

とりょうは答えた。


 こうなると、榎本はりょうに罰を下さないわけにはいかなくなってしまった。

「玉置良蔵、君を……」

と言いかけたその時、総裁室の扉が開き、高松凌雲が、怪我人数名を伴って入ってきた。その後ろには、本来なら回天に乗るはずだった、医師ふたりも一緒にいた。

「な、なんだね、君たちは!今は入室は禁止だぞ!」

副総裁の松平が言った。すると、凌雲は、

「玉置良蔵の罪について、この者達がぜひ、榎本総裁に進言したいことがあるというので罷り越しました。総裁、判決を下す前に、どうか、この者達の話を聞いてやってください」

と言った。

「凌雲先生、相馬さん……!」

りょうは、驚いていた。凌雲の後ろにいたのは、相馬だった。歳三も、重傷の相馬が来たことに驚いていた。

(主殿……?)

「玉置を罪に問うことはお止めください、総裁。我々怪我人一同からの願いです」

相馬は言った。肩には、痛々しく包帯が巻かれていた。

「チビ先生、いや、玉置先生は、俺たちの酷い銃創を、懸命に手当てしてくれた。船が箱館につくまで、ほとんど寝ずに看病してくれていたんだ。俺たちが助かったのは、玉置先生のお陰だぜ。それを判った上で、判決を出してくれ、総裁」

別の兵士が言った。すると、ふたりの医師も、

「本来なら我々がふたりで務めていたはずの回天の医療を、ひとりでやってくれたのです。玉置くんを罰するなら、回天に乗れないという不始末をしでかした我々も、同罪に処して下さい!」

と進言した。

「いや、君たち、これはそういうことではない、多くの死傷者の原因が……」

と、副総裁は言おうとしたが、凌雲に阻まれた。

「確かに、死傷者の多くはガットリング・ガンかもしれないが、即死したものや、残念ながら手の施しようのなかった重体者を除けば、怪我人の中で、あとから死んだものは極端に少ない。止血も、手術も、良蔵が、董三郎くんに手伝ってもらい、ちゃんとやっていた結果だ。悪いが、こんな優秀な医者を、牢屋に繋いでもらっては困る!それでなくても、病院は人手不足なんでな」

凌雲の言葉に、りょうの目から涙が溢れた。

「凌雲先生……」

榎本はしばらく黙っていたが、一度微笑み、また真面目な顔になり、咳払いをした。一同、緊張した雰囲気になった。

「わかりました。玉置良蔵、君には3日間の謹慎を申し渡す。怪我人の多い現状を鑑み、高松凌雲医師に、病院での玉置の監督を命じます……良蔵くん、君に不注意があったことは事実だ。二度と繰り返さないように!」

その瞬間、その場にいたほとんどが、安堵の表情になった。

「はい……申し訳……ありませんでした……!」

りょうは、深々と頭を下げた。榎本は、この時、歳三がほっとした様子で小さくため息をつくのを、しっかり見ていた。

(全く……歳さんてやつは……)

榎本は苦笑いをした。


 りょうは、凌雲に礼を言った。凌雲は、

「こいつらが、五稜郭へ連れていけ、と俺をせっつくんだ。仕方がないから、馬と駕籠でやって来たよ。雪溶けが進んでいて助かった……それに、もっと心配してくれている子たちが待ってるぞ」

と、後ろを指差した。りょうは、その方を見た。心配そうに佇むふたりの少年。そのひとりの姿が、懐かしい面影と重なった。

「良蔵!」

鉄之助と銀之助が駆け寄った。りょうは微笑み、ふたりに手を伸ばした。

(本当だ……野村さんに言われるまで、なぜ、気がつかなかったんだろう……いつの間にか、鉄がこんなに……総兄ぃに……似てた……なん……て……)

りょうの体が崩れ落ちた。

「良蔵!しっかりしろ!」

鉄之助が必死で支える。銀之助に呼ばれた歳三が、総裁室から飛び出してきた。


 「気がついたか……?」

りょうは、目を覚ました。周りが静かだ。もう、夜更けになっているらしい。目の前に、歳三の顔があった。

「と……せ、先生!」

あわてて起き上がろうとしたが、頭がクラっとした。

「いいから、横になってろ。熱があるんだ」

歳三は、りょうを制して、また横にならせた。手拭いを絞って頭に乗せる。

「あ、あの……鉄と、銀は?」

りょうが聞くと、歳三はふふん、と笑った。

「あいつらが、おめぇを病院からここまで負ぶってきたんだ。あいつらにもういいから帰れって言ったって、おめぇを心配して、帰りゃしねぇ。仕方ねぇから、あっちの部屋で寝かせてる」

そこは、万屋の離れだった。箱館の住まいに帰ってきていたのだ。


 歳三は、昨日までとは別人のように、穏やかな表情をしていた。

「凌雲先生が、家で十分に休ませろって言うんでな。腹は減ってないか?粥を作ってもらっておいた。まだ囲炉裏に火が入っているから、温めてやれるぞ」

りょうは、そんなに空腹ではなかったが、歳三の言葉が嬉しくて、頷いた。歳三は、鍋を囲炉裏にかけながら、りょうに聞いた。

「恐ろしいところだろう?、戦場ってのは」

「はい……いや、でも、二度と同じ間違いはしません!」

りょうは、歳三に試されているのだと思い、慌てて言い直した。歳三はそれを見て、

「責めているんじゃねえ。誰でもおんなじだ。最初はびびって手も足も出ねぇやつがほとんどだ。その点では、おめぇの方が、よっぽど度胸がいい」

歳三は粥をよそって、りょうに渡した。りょうは少しずつ食べた。温かい食べ物が喉にしみる。そういえば、この2日間、ほとんど食事をとっていなかったことに、りょうは気がついた。

(僕は食べられる……こんなに苦しくても、食事が取れる……生きて戦から戻るとは、こういうことなんだ……)

りょうの『初陣』は、多くの犠牲を払った結果、多くを学んだ場所になった。


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