第17章 閉じられた想い

 「良蔵、あの、さ……」

鉄之助が、言いにくそうに切り出した。りょうは鉄之助を見た。

「俺……以前に、沖田先生から聞いていたんだ。お前が女だって。土方先生の子供だっていうことも聞いていた……知っていたのに、今まで黙っていて、ごめん!」

手を合わせて頭を下げる鉄之助を見て、りょうは微笑んで言った。

「いいよ。けっこう、新選組幹部の人たちには、ばれていたみたいだしね。僕こそ、今まで男の振りをしてみんなを騙していたんだから……ごめんね、銀」

りょうは銀之助の方を見て謝った。銀之助は笑って、

「良蔵が女の子で実は、ほっとしたんだ、僕。自分がおかしいのかと思ったこともあったからさ……蝦夷に向かう船の中で、鉄に聞いたときは驚いたけど」

銀之助は、会津で、りょうの仕草や表情にドキドキした自分のことを思い出していた。

「もう、今までのようには、接してくれなくなるのかな……?」

りょうは心配そうに聞いた。するとふたりは、

「まさか。良蔵は良蔵だろ。俺たちは変わらないよ。いつまでも仲間だ。本当に、お前とまた会えて良かったと思ってる」

と言った。りょうは嬉しかった。やっと戻ってきた、という思いだった。


 「良蔵、さっきの話に出てた、中村って人なんだけど……」

「鉄!」

銀之助が鉄之助の言葉を遮った。中村の名が出たとたん、りょうの顔が険しくなったのを見たからだ。

「いいんだよ、言いたくないことは言わなくたって!」

銀之助は勘が良い。歳三とのやりとりで、りょうと中村との間に何かあったと感じていたのだ。りょうをただ、一途に心配する鉄之助とは、少し違う。

「ありがとう、銀。でも、話すよ。ふたりには、僕を信じてほしいから」

りょうはそう言うと、自分の刀をふたりの目の前に出した。

「この刀は、僕が新選組に入る前、まだ日野にいたときに、土方先生が送ってくれたんだ。僕は、この刀で土方先生を守れるようになりたいと、ずっと思ってきた。その気持ちは今も変わらない。ぼくは、この刀に恥じるようなことは、していない。僕は薩摩の間者じゃない。それはわかってくれる?」

りょうが聞くと、ふたりは頷いた。銀之助が言った。

「それは大丈夫。鉄なんか、良蔵のことを『薩摩に寝返った』って言った彰義隊の人に、怒って殴りかかったくらいなんだから」

「ほんとう?鉄」

りょうが鉄之助を見つめると、

「銀、何ばらしてんだよ!」

と鉄之助が顔を赤らめた。

「そのあと、土方先生に大目玉くらったけどね」

と、銀之助は言った。

「5日間は腫れてたなぁ……」

と鉄之助が頬を撫でたので、三人は笑った。


 「僕、会津を出たときには、酷い風邪をひいていて、僕を放免した中村さんは、それに気づいて心配であとを追ってきたらしいんだ。というのは、僕たちを泊めてくれた木地師の人から聞いたんだけどね。中村さんが担ぎ込んでくれなければ、僕は凍え死んでいたかもしれない」

鉄之助と銀之助は、ごくっと、唾を飲み込んだ。

「僕は、それでも警戒していたんだ。どこかで捕らえられるんじゃないかって……でも、そんな気配はなかった。中村さんは仙台で狙撃されて怪我をした時も自分をおいて急ぐように言ったんだ。『船に間に合わなくなるぞ』って……そんなことできるわけないだろう?」

「もし、その人をおいてきていたら?」

銀之助が問いかけたので、りょうは、

「船に間に合ったろうと思うよ」

と答えた。

「僕に医術を教えてくれた人たちに対して、僕は恥ずかしくない自分でいたかった。多摩のお義父さん、山崎先生、良順先生、会津で僕に医術を指導してくれた先生方に……だから、僕は中村さんを治療したんだ」

そう言ってまっすぐにふたりを見つめた。

「だから、その人と一緒だったんだね」

銀之助が納得したように呟いた。


 「結局、船に乗れず、僕は置いていかれた。お金もほとんどなかったし、どこへ行けばいいのか、何も考えられなかった……そうしたら、中村さんは、薩摩に一緒に来ないか、と言ったんだ。薩摩で、医者の勉強をさせてやる、ともいってくれた。妻がいるなんて、僕は知らなかった……」

りょうが言うと、銀之助が言った。

「良蔵のこと、好きなんじゃないの?その人」

「え?」

りょうはドキッとした。すると、鉄之助が思わず、

「それって、新選組の先生たちと同じように……」

と言いかけると、りょうは鉄之助を睨み、きっぱりと言った。

「違う!中村さんは、僕にそんなことは望んでなかった!あの人はそんな人じゃないんだ!」

鉄之助は、りょうの様子に圧倒されたのか、黙ってしまった。


 「……ごめんね、良蔵。僕たち、船での土方先生を見ていたから……」

銀之助が言った。

「土方先生が……どうしたの?」

「宮古で補給のために停泊していた間、日光で薩摩と戦った伝習隊や、上野で戦った彰義隊の人に聞いたりして、中村半次郎って人のことを調べていたよ。たぶん、女の人のことも、その人たちに聞いたんだと思う。土方先生は、良蔵のことを、とても心配していたんだ。折浜で、捨て置け、って言われた時は、僕も土方先生を恨んだけど、先生はそんな人じゃないもんね」

銀之助が言った。

「そうだったのか……土方先生が……僕、反抗しすぎたかな……?」

りょうは、歳三に食ってかかったことを反省した。歳三の怒りは、全てりょうのことを心配するあまり出たことである。それにやっと気づいたのだ。


 「良蔵、お前は……その人のこと、どう思ってるんだ……?その……沖田先生みたいに……思ってるのか?」

黙っていた鉄之助が聞いた。銀之助は、

「馬鹿!鉄!今、良蔵から聞いただろう?良蔵は命の恩人を、医者として治療したんだよ!それでいいじゃないか!」

と鉄之助に言った。どうも、年下の銀之助の方が考え方は大人のようだ。りょうの心の中にまで立ち入らないようにと気を使っている。だが鉄之助は、りょうの、中村に対する気持ちを知りたいのだ。恋心とは、そういうものかもしれない。


 「それは……よく……わからない」

りょうは言葉を濁した。鉄之助が何か言おうとしたが、銀之助が強く袖を引っ張ったのでやめた。

「中村さんは、妻がいるとか、独り身だとか、そんな話はしなかった。僕が勝手に……思い違いをした……それだけだよ。中村さんは、僕に約束したんだ。もう、新政府軍の兵として蝦夷に来ることはないって。自分の役目は会津までだって……僕は、それを信じたい。もう、敵にはならないって……」

りょうは、それきり黙ってしまった。鉄之助も、銀之助も、それ以上何も聞かなかった。


 (僕は、中村さんが、父さんに似ていると思って、勘違いしていたんだ。中村さんは、僕を捕らえない代わりに、会津から出すことが仕事だった。薩摩に来ないかと言ったのも、わあわあ泣いていた僕を、慰めただけなんだ……あの人は大人で……女遊びが派手で……あの口づけも、あの人にとっては、何でもないことなんだろう……あの人は、総兄ぃとは違うんだ……僕は、ほんの少しだけ夢をみたんだ……戦が終わったあと、もしかしたら迎えに来てくれるんじゃないかと……バカだな……父さんの言うとおりなんだ……甘い……夢は……もう、見ない……!)


 りょうは、心にともったひそかな恋に、蓋をした。

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