第11章 榎本武揚との面談

 相馬と野村につれられて、りょうは榎本武揚に面会した。その場には、伊庭と本山もいた。榎本武揚は、洋装の似合う、口ひげをたくわえた男だった。歳三よりも若干小柄であったが、頭の切れそうな表情をしていた。

「初めまして。玉置良蔵と申します」

りょうは、深く頭を下げた。相馬と野村が、

「この者は、もと新選組で、土方総督の小姓をしていた、玉置良蔵にまちがいありません」

と言うと、榎本は、ニコッと微笑んだ。顔を上げたりょうは、そのまるでいたずらっ子のような顔に驚いた。

「ありがとう。相馬さん、野村さん。あとのことは、こちらで説明するので大丈夫だ。また、松前に戻るときは、この人たちも連れていって貰うので、そのときはよろしく頼む」

伊庭と本山が会釈をした。相馬と野村も、彼らに会釈をして出ていった。


 「陸軍隊の隊長は、春日左衛門かすがさえもんというんだが、ご存知か?」

榎本がふたりに聞くと、伊庭が答えた。

「知っています。彰義隊頭並で、もと旗本の春日どのだ。それが何か?」

「あの、野村利三郎と相馬主殿は、元新選組で、二人とも近藤勇が総督府に投降したときに同行していた者で、一緒に死刑になるところを師匠の命乞いで救われ、国送りになったあと、再び脱走して陸軍隊に加わった。その上司が春日どのだ。しかし、春日どのと、野村くんとの馬が合わなくてな、何かと問題が多い」

榎本は、ため息をついた。

「元の新選組に戻したらいいじゃないですか。歳さんにまかせたら?」

伊庭が言うと、榎本はいやいや、と手を振った。

「野村くんは、新選組に戻ってもいいと考えているかもしれないが、もう一人の相馬くんが土方くんを嫌っておってな……あ、これはすまない」

榎本は、りょうの方を見て謝った。りょうは、

「いえ、相馬さんが土方先生を許せないのは、わかりますから」

と言った。すると、榎本は目を丸くして、

「これは、手厳しい小姓どのだ。土方くんもかなわないわけだ」

と笑った。榎本はさらに続けた。

「まあ、そのうち、春日どのと土方くんとで話し合うだろうから、任せておくがね。一応、お耳に入れるまでのこと。松前までの道中、土方くんの話題にならないとも限らないしね……話を元にもどそう。玉置くん、君のことは、松本良順どのから皆、聞いているんだ……その、女であることも含めて、土方くんとの関係も……」

榎本の言葉に、りょうは驚いた。良順の名が出てくるとは思ってもみなかった。

「松本良順先生が!?先生は今、どうされているのですか?」

りょうにとって松本良順は、父、歳三と同じくらい、大切な存在であった。


 榎本は言った。

「私は、良順どのにも、ぜひ蝦夷へ来ていただきたかったのだが、極寒の土地での生活は自信がない、と申されて、仙台で別れたのだ。その決断をされるきっかけを作ったのは、土方くんの言葉だったらしいが」

すると、りょうは

「土方先生は、京にいた頃から、ずっと良順先生を信頼していました。良順先生もまた、土方先生の考え方を理解してくださっていました。土方先生は、きっと良順先生を戦地に行かせるべきではないと思ったのでしょう」

それを聞いて、榎本は頷いた。

「君はとても冷静な目を持っている。父上譲りなのだろうな」

「そんなことありません。いつも、お前は無鉄砲すぎる、と叱られていました」

りょうの言葉に、伊庭がぷっ、と吹き出した。

「あの歳さんに言われるくらいなら、相当なものだ」

「伊庭さん、聞こえてますよ」

りょうが伊庭をにらむと、伊庭はペロッと舌を出した。本山が伊庭の頭をコツンと叩いた。榎本はそんな三人を見て微笑んでいた。


 「土方くんは、良順どのにこう言ったそうだよ。『自分は戦うことしかできない。信じるもののために戦って、戦い抜いて、死ぬときが来たら死ぬ。そうやって国に殉ずるのが定めだ。しかし先生は違う。先生には、まだ生きて、やるべきことがある。江戸に戻り、先生のやるべきことをやってほしい』と」

と榎本が話すと、伊庭は、

「歳さんらしい言葉だな」

と笑った。


 榎本は、

「良順どのは、オランダの商人、スネルどのと、ホルカン号で横浜へ向かわれた。スネルどのの商館に 1か月ほど身を隠していたようだが、その後新政府軍に投降されたようだ」

と言った。りょうが心配そうな顔をしたので、

「取り調べをしたのが、薩摩の軍監だったらしい。とても丁重に扱われたということだ」

と榎本は付け加えた。薩摩の軍監、と聞いて、りょうはドキッとした。中村であるはずがない、と自分に言い聞かせた。良順先生なら、薩長にも名が知られている名医なのだから丁重に扱われて当然なのだ、と思い直した。

「私の妻は、良順どのの姪にあたるので、私も良順どののことは大切に思っている。その良順どのから、君を仲間として迎えるように言い置かれている。安心して、この地に留まってほしい」

榎本にそう言われて、りょうの顔が輝いた。

「あ、ありがとうございます!一生懸命働きます!」

りょうは榎本に感謝した。


 「土方くんなのだが」

突然、榎本の顔が曇った。

「私の配慮が足りなかったせいで、大切な軍艦を嵐で沈めてしまった。私は作戦の建て直しのためにこちらに戻ったが、歳さんにすべて後始末をさせてしまっているんだ。君にすぐ会わせてあげられなくてすまない。なんなら、この人たちと一緒に松前に行くか?向こうには、歳さんの小姓たちもいるはずだ」

榎本はいつのまにか、歳さん、という呼び名を使っていた。

鉄之助、銀之助、馬之丞、五郎作さん……!早く会いたい!りょうは思わず、

「はい!ぜひ!」

と答えていた。しかし、歳三が許してくれないかもしれない、と不安になった。そんな表情を見てとったのか、榎本が言った。

「もし、歳さんに帰れって言われたら、私の小姓として引き取るから大丈夫!」

そう言った榎本は、またいたずらっ子の表情になっていた。


 榎本武揚という男、新政府に引き渡される予定だった幕府の船を、艦隊ごと奪ってしまっただけでなく、勝海舟の説得に応じて新政府に船を渡した際、一番新しい大砲を開陽丸の大砲とすりかえていた、という、とんでもないイタズラをした人物である。



 この榎本のいたずらに、やがてりょうは巻き込まれるのだ。





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