第10章 野村利三郎と相馬主殿

 「ここが五稜郭?本当に星の形をしているんですか?」

りょうが聞いた。とてもそうは見えない。

「空からでも見なけりゃわからんだろうな。西洋の城の形を模しているのだそうだ。元治元年(1864)にできたそうだが、ずいぶんあちこち壊れているな」

本山が言った。伊庭が、

「松前藩のやつら、壊せるものはなんでも壊していったとみえる。これは直すのに相当、金も時間もかかるな」

脱走軍と松前藩の間で戦闘があったらしいということは、町の噂でわかっていた。

(父さんは、新選組のみんなは、無事だろうか?鉄や、銀や、馬之丞は……?)

りょうはまた少し、不安になっていた。


 三人は、五稜郭の中に入り、守衛をしていた兵士に、榎本への取り次ぎをたのんだ。

「良さんよ、ちょっと待っててくれるか?お前さんの説明を榎本さんにしてから、呼ぶから」

伊庭が言った。当然だ。今のりょうは、新選組でも、幕臣でもない、ただの薬の行商である。新選組の誰かがいれば、りょうに気づくかもしれないが、周りにいるのは、知らない部隊の人間ばかりだった。


 りょうは、伊庭たちが戻ってくるまでの時間を潰そうと、箱館奉行所の廻りを歩いてみた。雪におおわれた石垣は、所々崩れ落ちていた。

(ここから攻められたりしないのかな……?)

と、石垣に近づこうとしたときだ。

「そこで何をしている!?動くな!怪しいやつ!」

後ろから銃をつきつけられ、りょうは、手を挙げたまま、慌てて答えた。

「すいません!僕は怪しいものではありません!元遊撃隊の伊庭八郎さまと本山小太郎さまについてきた者です!」

すると、後ろで銃をおろす気配がした。

「お前……その声に聞き覚えが……新選組にいた者ではないか?」

その声にりょうは振り返った。

「野村さん!!」

それは、新選組でよく剣の稽古を見てくれていた、野村利三郎であった。

「お前、たしか、玉置……良蔵だよな?副長の小姓をしていた…….」

「はい!お懐かしい!」

りょうは、野村に駆け寄った。甲府の敗戦のあと、鎮撫隊は五兵衛新田に集結した。りょうは沖田と松本良順の別宅に移ったため、新選組本体とはそのとき別れたのだ。それ以来の再会であった。


 「俺と相馬は、今、陸軍隊にいるんだ」

野村はそう言って少し暗い顔になった。りょうは思い出した。かつて小幡おばた三郎がりょうに伝えたことを。

『相馬と野村は、局長に従って斬首されるところを、局長の嘆願で助けられたんだ。ふたりとも、土方さんを恨んでいる。たぶん新選組には戻らないだろう』

(あれから半年がたっている。もしかしたら、ふたりの気持ちも変わったかもしれない……)

そう思ったりょうは、野村に告げた。

「会津に、近藤先生のお墓があります。会津のお殿様が戒名まで授けてくださって……お寺の方々が、ちゃんと守ってくださっています、安心してください、野村さん」

小幡が近藤の首を盗んで、そこに埋めたことまでは言えなかったが、それを聞いた野村の顔は少し明るくなった。野村も、近藤を守ることができなかったことをずっと気にしていたのだろう。


 「良蔵は、沖田さんを看取ったんだってな。安富さんから聞いた」

それを聞いたりょうは、

(野村さんは、新選組を嫌っているわけではないんだ)

と少し安心して、

「はい」

と答えた。

「お前も、辛かったな。そのあと、会津の降伏まで見届けたんだろう?」

「はい」

「仙台には間に合わなかったのか?会津からも、何人も船に乗ったやつがいたのに……」

「そ、それは……いろいろあって、出港に間に合わなかったんです……」

どうやら、野村には、あの日の一件は知られていなかったようだ。りょうはまた、あのときの歳三の後ろ姿を思い出していた。歳三に会ったら、あの日、中村といた理由を話さなければならない……


 野村は、りょうが黙ってしまったのを見て、それ以上何も聞いてはこなかった。すると、野村の後ろから、近づいてくる人物がいた。相馬主計かずえだった。このときは相馬主殿とのもと名乗っていた。りょうは、思わず会釈をしたが、相馬はそれに反応もせず、

「やはり、お前だったのか、玉置良蔵。土方さんの小姓が来ていると言われて、迎えに来た。今、元の新選組はここにいないので、お前の証明をするものがいないのだ。榎本さんが会うそうだ。中に入れ」

と無表情にりょうを促した。相馬は元々、あまり口数の多い方ではなかったが、小姓たちに対しては野村同様、兄のように面倒を見てくれていた。だが、今の相馬の顔にも、声にも、以前の優しさは感じられなかった。りょうは、野村よりも相馬の方が、歳三に対して恨みを持っているのだと確信した。


 りょうは、思いきって相馬に話しかけた。

「相馬さん、僕は今、新選組ではありません。会津で土方先生に、小姓をクビになりました」

相馬がりょうの顔を見た。ふん、と鼻で笑った。

「あの人は、自分を慕うものを、切り捨てるのが得意だからな」

「でも、僕はまた追いかけてきました。僕は、土方先生を信じています。何度切り捨てられても、追いかけます」

相馬の足が止まった。相馬はりょうを見つめた。りょうも、相馬をまっすぐに見つめた。

「お前は、土方さんに近すぎて、あの人の冷酷さが見えていないだけだ」

相馬が言うと、りょうは反論した。

「見えていないのは相馬さんです!土方先生は、自分のために動きません!いつも回りのために動く人なんです!もっと土方先生に近づいてください!そうすれば、誤解も解けます!」

すると、相馬は言った。

「誰に何を聞いたのか知らないが、俺は別に土方さんを避けているわけではない。異なる隊に所属しているのだから、話さないだけだ。今は昔所属していた隊の知り合い、ということで、お前の証明をするために行くのだ。早くしろ!」

「相馬さん……」

歳三に関わるものは全て拒否しているような、かたくなな相馬の言葉に、何も言えなくなってしまった、りょうであった。




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