第4章 サンライズ号① 船底に来た男
男たちの話し声がして、りょうは目が覚めた。
「八郎、すまんな。俺がちゃんと確認しなかったばかりに……」
「小太郎のせいじゃねぇ。あの仲介や、足元見やがって……いくらふたり分だからって、あんな油臭いところじゃ、寝られやしねぇ!船底の方が、まだ、ましってもんだよ!」
どうやら、船室の割り当てが気に入らなかったようだな、とりょうは思った。しかし、りょうは困ってしまった。荷物の中から、出られなくなってしまうからである。小吉から、船が出てしまえば、船底には誰も来ないから、外に出られる。昼間は人が多いから、紛れてしまえば甲板にも出られるぞ、と言われていた。
(どうしよう……)
その時、大きく船体が揺れた。船が港を離れたのである。方向を変えているようだった。りょうはうっかりと、薬箱をぶつけてしまい、音が出た。その音を、八郎と呼ばれた男は、聞き逃さなかった。
「小太郎、どうやら、荷物の中に、ネズミが隠れているようだぞ」
「密航か?」
小太郎、と呼ばれた男が声をひそめた。
「ネズミを捕らえて船長に突き出せば、それを盾に、まともな船室に入れるかもしれんぞ」
「伊庭八郎の剣から逃れられるネズミなどいるものか。俺も協力するぞ、八郎」
船底にやってきたのは、元遊撃隊、
しかし、りょうには、迷惑な話であった。その上、密航者として捕らえられるかもしれなくなったのだ。りょうは、息を殺して荷物の中に潜んでいた。ふたりは、外から荷物を叩いたりして、人間が隠れているかどうかを確かめているようだった。りょうは、刀を抜いた。いざとなれば戦うしかない。りょうは、運を天にまかせた。
「出てこい、ネズミ!この中にいることはわかっている!おとなしくすれば手荒なことはしない!」
ひとつの荷を目の前にして、伊庭が声を上げた。本山が、
「伊庭、いいのか?盗賊とかが潜んでいるかもしれないぞ」
というと、伊庭は笑った。
「小太郎、よく見ろ。こんな荷物の中に長時間入っていられるのは、子供か女だ。大の男の入れる大きさじゃない。そうだな、ネズミ!」
りょうは、伊庭の勘の良さに驚いた。荷物の大きさを見て、中に入れる体格を瞬時に推測したのか……?
「誰に協力させたか、白状させてやる。密航に荷担したとなれば、そいつもただではすまされないだろうな!」
人足の親方や小吉が罪人にされてしまう、と焦ったりょうは、荷の蓋を開け立ち上がった。そして、自分を捕らえようとしている男をまっすぐに見つめた。
「これは、僕が勝手に頼んだことだ。僕を乗せてくれた人は悪くない。捕らえるなら僕だけにしてくれ!」
りょうと、伊庭の目が合った。
りょうの顔を見た伊庭が口走った。
「う、梅乃さま……!」
伊庭の言葉に、りょうは思わず、
「えっ?」
と聞き返した。
「……じゃない。お前は、あの時の舞妓!」
舞妓、と言われて、りょうも思い出した。京で、御陵衛士の刺客から逃げるため、舞妓姿になったことを。あの時、お孝を待っている時にぶつかってきた騎馬の侍!
「あの時の、遊撃隊……!」
ふたりはしばし、見つめ合ったまま、立ち尽くしていた。本山が伊庭に聞いた。
「八郎、この小僧を知っているのか?船長を呼ばなくていいのか?」
伊庭は、ふふん、と笑って本山の方を見た。
「小太郎、このネズミ、どうやら事情がありそうだ。突き出すのはあとでもいい。逃げたりしないようだしな」
りょうは、伊庭と本山の間に座らされていた。
(さっき、この男、たしかに『うめの』って言った。京でぶつかった時も同じように僕を『うめの』って言ったんだ。なぜだ?母さんの名と同じだなんて、単なる偶然なのか?)
りょうが考えていると、
「お前は蝦夷に何をしにいくのだ?」
と伊庭が聞いた。りょうは、うかつなことは言えない、と思い、
「見りゃわかるだろう、薬の行商だ。ここにいたのは、50両がなかっただけだ」
とぶっきらぼうに答えた。伊庭は、
「やっぱり舞妓姿はただの変装だったのか。おかしいと思ったのだ。手に竹刀ダコのある舞妓など、ありえぬ」
と笑った。
「あれは、たまたま……」
と言いかけて、りょうは口をつぐんだ。理由を言えば、すべて話さなければならない。伊庭が敵か味方かわからないままで、元新選組であることを話す訳にはいかない。りょうは、
「そうだ」
とだけ答えた。
伊庭は、りょうの顔をじっと見つめた。
(やはり、似ているな、思い過ごしではなかったようだ)
自分をじっと見つめる伊庭に気づいて、りょうが、
「何を見ているんだ!じろじろ見るな!」
と文句を言った。伊庭は、
「お前は、俺の昔の知り合いに少し似ているのだ。性格は天と地ほど違うがな」
と言って笑った。
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