第4章 サンライズ号① 船底に来た男

 男たちの話し声がして、りょうは目が覚めた。

「八郎、すまんな。俺がちゃんと確認しなかったばかりに……」

「小太郎のせいじゃねぇ。あの仲介や、足元見やがって……いくらふたり分だからって、あんな油臭いところじゃ、寝られやしねぇ!船底の方が、まだ、ましってもんだよ!」

どうやら、船室の割り当てが気に入らなかったようだな、とりょうは思った。しかし、りょうは困ってしまった。荷物の中から、出られなくなってしまうからである。小吉から、船が出てしまえば、船底には誰も来ないから、外に出られる。昼間は人が多いから、紛れてしまえば甲板にも出られるぞ、と言われていた。

(どうしよう……)


 その時、大きく船体が揺れた。船が港を離れたのである。方向を変えているようだった。りょうはうっかりと、薬箱をぶつけてしまい、音が出た。その音を、八郎と呼ばれた男は、聞き逃さなかった。

「小太郎、どうやら、荷物の中に、ネズミが隠れているようだぞ」

「密航か?」

小太郎、と呼ばれた男が声をひそめた。

「ネズミを捕らえて船長に突き出せば、それを盾に、まともな船室に入れるかもしれんぞ」

「伊庭八郎の剣から逃れられるネズミなどいるものか。俺も協力するぞ、八郎」


 船底にやってきたのは、元遊撃隊、伊庭八郎いばはちろうと、本山小太郎もとやまこたろうであった。ふたりは、伊庭の馴染みの花魁おいらんに50両を出してもらっていた。最初は、伊庭がひとりで行くつもりであったが、伊庭に意気投合した本山が加わり、ふたりで蝦夷へ行くことになった。本山が乗船を頼んだ仲介やが通してくれた部屋は、機関室の隣の納戸のような部屋で、音と臭いがきつかったため、閉口したふたりは、船底にやってきたのだ。


 しかし、りょうには、迷惑な話であった。その上、密航者として捕らえられるかもしれなくなったのだ。りょうは、息を殺して荷物の中に潜んでいた。ふたりは、外から荷物を叩いたりして、人間が隠れているかどうかを確かめているようだった。りょうは、刀を抜いた。いざとなれば戦うしかない。りょうは、運を天にまかせた。


 「出てこい、ネズミ!この中にいることはわかっている!おとなしくすれば手荒なことはしない!」

ひとつの荷を目の前にして、伊庭が声を上げた。本山が、

「伊庭、いいのか?盗賊とかが潜んでいるかもしれないぞ」

というと、伊庭は笑った。

「小太郎、よく見ろ。こんな荷物の中に長時間入っていられるのは、子供か女だ。大の男の入れる大きさじゃない。そうだな、ネズミ!」

りょうは、伊庭の勘の良さに驚いた。荷物の大きさを見て、中に入れる体格を瞬時に推測したのか……?

「誰に協力させたか、白状させてやる。密航に荷担したとなれば、そいつもただではすまされないだろうな!」

人足の親方や小吉が罪人にされてしまう、と焦ったりょうは、荷の蓋を開け立ち上がった。そして、自分を捕らえようとしている男をまっすぐに見つめた。

「これは、僕が勝手に頼んだことだ。僕を乗せてくれた人は悪くない。捕らえるなら僕だけにしてくれ!」

りょうと、伊庭の目が合った。


 りょうの顔を見た伊庭が口走った。

「う、梅乃さま……!」

伊庭の言葉に、りょうは思わず、

「えっ?」

と聞き返した。

「……じゃない。お前は、あの時の舞妓!」

舞妓、と言われて、りょうも思い出した。京で、御陵衛士の刺客から逃げるため、舞妓姿になったことを。あの時、お孝を待っている時にぶつかってきた騎馬の侍!

「あの時の、遊撃隊……!」

ふたりはしばし、見つめ合ったまま、立ち尽くしていた。本山が伊庭に聞いた。

「八郎、この小僧を知っているのか?船長を呼ばなくていいのか?」

伊庭は、ふふん、と笑って本山の方を見た。

「小太郎、このネズミ、どうやら事情がありそうだ。突き出すのはあとでもいい。逃げたりしないようだしな」


 りょうは、伊庭と本山の間に座らされていた。

(さっき、この男、たしかに『うめの』って言った。京でぶつかった時も同じように僕を『うめの』って言ったんだ。なぜだ?母さんの名と同じだなんて、単なる偶然なのか?)

りょうが考えていると、

「お前は蝦夷に何をしにいくのだ?」

と伊庭が聞いた。りょうは、うかつなことは言えない、と思い、

「見りゃわかるだろう、薬の行商だ。ここにいたのは、50両がなかっただけだ」

とぶっきらぼうに答えた。伊庭は、

「やっぱり舞妓姿はただの変装だったのか。おかしいと思ったのだ。手に竹刀ダコのある舞妓など、ありえぬ」

と笑った。

「あれは、たまたま……」

と言いかけて、りょうは口をつぐんだ。理由を言えば、すべて話さなければならない。伊庭が敵か味方かわからないままで、元新選組であることを話す訳にはいかない。りょうは、

「そうだ」

とだけ答えた。


 伊庭は、りょうの顔をじっと見つめた。

(やはり、似ているな、思い過ごしではなかったようだ)

自分をじっと見つめる伊庭に気づいて、りょうが、

「何を見ているんだ!じろじろ見るな!」

と文句を言った。伊庭は、

「お前は、俺の昔の知り合いに少し似ているのだ。性格は天と地ほど違うがな」

と言って笑った。


 

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