第3章 原田左之助の縁
サンライズ号に乗客として乗るためには、最低、50両が必要だが、りょうの手元には、住職から渡された10両しかなかった。大いに後ろめたさを感じながら、りょうが待っていると、小吉が男と一緒にやって来た。
「荷物に隠れようとしている、
男は、その逞しい風貌から、荷運びの人足の親方のようだった。りょうは、密航しようとしていることがバレたことを悟った。
「すまん、りょう。俺にはどうすることもできなかった。お前が隠れられるような、ちょうどいい大きさの荷物を探していたら、親方に見つかったんだ……」
小吉は、りょうに謝った。りょうは小吉に申し訳なくて、かぶりをふった。
「おめぇが謝る必要はねぇ!密航は大罪だ!そんなことを手伝ったら、二度と波止場で仕事が出来なくなる!」
人足の親方は、りょうの顔をじっと見つめると、ゆっくりと話し出した。
「おめぇは、小吉の幼馴染みなんだってな。なんで蝦夷に行きたいんだ?見たところ、罪を犯して逃げているわけじゃなさそうだ。エゲレスと取引しに行く商人にも見えねぇ。
と、ニッと笑った。
親方の話し方から、自分のことを役人に渡すつもりがなさそうだ、と思ったりょうは、思いきって事情を話すことにした。
「今、蝦夷では、旧幕府の脱走艦隊が、新政府からの独立を求めて戦っています。それは、天子さまへの反乱なんかじゃありません。武士の生きる場所を求めているのです。なくなってしまった幕府に仕えていた武士たちのため、この国の北を守ることで武士に生き甲斐を持たせて、この国を平和にしようとしているんです。僕は、それに加わりたいんです!」
りょうの話を、親方はじっと聞いていた。りょうは、少し声を落として言った。
「僕は、元、新選組です。土方歳三の小姓をしていました」
途端に、親方の顔が変わった。
「土方歳三だって?じゃあ、原田左之助ってのも知ってっか?」
今度は、りょうが驚いた。
「原田先生をご存じなんですか!?」
すると、親方は言った。
「俺は、上野戦争で負けた彰義隊の生き残りだ。原田左之助とは、戦場で一緒だった。逃げる途中にはぐれてしまったがな。あの人は、本物のサムライだった。新政府のやつらに、一歩も引かなかった。槍を持って、来る敵を斬り伏せていた。俺は何度か、あの人に命を助けられた……そうか、おめぇはあの人の知り合いか……」
親方は、空を見上げた。原田のことを思い出していたのかもしれない。
「そういえば、あの人がよく言っていたっけ。土方歳三がいる限り、俺たちは戦うことができるんだ、ってな。その土方歳三は、蝦夷にいるのか?」
親方に聞かれて、りょうは
「はい!僕は蝦夷に行き、土方先生と共に、戦いたいのです」
と、親方をまっすぐに見つめて言った。
親方はりょうに聞いた。
「今、いくら持ってんだ?」
「10両……しかありません……」
りょうは答えた。親方は、少し考えていたようだが、
「よし、10両で蝦夷まで運んでやる。ただし、船底だぞ。空の荷物をひとつ増やしてやる。なあに、ひとつくらい増えたって、向こうにはわかるまいよ」
と言った。
「密航させてくれるんですか?」
りょうが聞くと、親方は大きな声を出した。
「金を出すんだ、密航じゃない。船底の使用料だ、荷物分のな。原田左之助への、俺の恩返しだ」
りょうは、
「ありがとうございます、ありがとうございます!このご恩は忘れません!」
と、親方の手を握った。かつては刀を握っていたであろうその手は、豆や傷跡だらけの、ごつごつした労働者の手に変わっていた。この男にも、想像を超えた苦労があったに違いなかった。
「蝦夷へ行った中には、俺と同じ彰義隊のやつらもいると聞く。俺もできるなら、徳川のために最後まで戦いたかった……俺の分まで頼むぞ、新選組!」
そう言って人足の親方は、りょうが握った手を、きつく握り返した。
「はいっ!」
りょうは答え、深く礼を返した。
(原田先生……あなたが助けた方が、僕を助けてくれました……!)
りょうは荷物の中に潜み、小吉がその荷をサンライズ号の船底に運び込んだ。もうすでに夜になっていた。小吉がコンコン、と荷を叩いた。りょうが外を覗いた。目の前に、握り飯の包みがあった。
「どうせ、そんなに食料なんて持ってないだろう、ほら、いくつか握り飯もってきてやったぞ」
そういえば、水とか、乾燥いもとか、果物とか、持てるものは持ってきたが、握り飯はなかった。数日は、この船底にいなければならない。りょうは、小吉の気持ちが嬉しかった。
(僕は、ここでも守られている……小吉さん、人足の親方、原田先生の縁にも助けられて、蝦夷に行けるんだ……)
「ありがとうございます……僕、小吉さんに会えて良かった……!」
りょうが礼を言うと、小吉は照れくさそうに笑った。
「蝦夷の寒さは、こっちの比じゃねぇそうだ。俺がもうちっさくて着れねぇ綿入れがあったから、これも持っていけ!」
と、小吉は綿入れ半纏を放り込んだ。少し汗の臭いがしたが、りょうはありがたく受け取った。
「じゃあな。いつまでもいると、怪しまれるから、行くぞ。達者でな、りょう」
小吉は荷の蓋を閉じると、その場を去った。足音が遠ざかり、船底は静かになった。
りょうは、うつらうつらし始めた。気が緩んだのだろう。やがて、日付が代わり、船が出港する時間が近づいた。
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