第4章 藤堂平助の死
11月18日、紀州藩にお預けとなっていた斎藤が戻ってきた。
「山口先生、お帰りなさい」
鉄之助や、他の小姓たちは斎藤だった頃を知らないので、自然に呼べるが、りょうは、
「僕はまだ慣れないなあ、この呼び方」
と斎藤に言った。すると、斎藤はりょうを一瞥し、一言、
「慣れろ」
と言っただけだった。名前が変わっても性格は変わらない。その斎藤が
「お前たち、今夜は戸締りを厳重にしておけよ。幹部がみんな出てしまうから」
と、小姓たちを気遣う言葉をかけたので、りょうも驚いた。そして、この二日間、いつにも増して怖い顔をして、口数も少ない歳三に、小姓たちは、何かある、と感じていた。
夜、近藤をはじめ、幹部がいなくなり、小姓たちは、斎藤に言われたとおり、しっかり戸締りをした。せっかく、この広い屯所に移れたと思ったのに、わずか半年でまた引越しだとは残念だな、と思った。ここに移る前は、広すぎて寂しいと思ったくらいなのに、慣れっておそろしい、と苦笑いするりょうだった。今夜は、幹部が全員揃って宴会なのだ、と聞いていた。勿論、療養中の沖田は別だ。りょうは、沖田の元にいた。沖田は起き上がっていたが、書物に目を通しているようで、何も話さない。りょうはつまらなくなり、
「総兄ぃ、今日は寒いね。その本、面白いの?」
などと、他愛もない会話で話を切り出そうとするのだが、沖田はのって来ない。かえって、
「良蔵、今夜は早く休んだ方がいい。山崎さんもいるから、こっちは大丈夫だから」
と言って、りょうを遠ざけようとする。そういえば、今夜は山崎と、松本良順の友人である、南部精一医師が屯所にいた。山崎も、
「うちらがおるさかい、今日は部屋で休んだらええのに。このとこ、心配ごとが多おして眠れてへんやろう」
としきりに勧める。そうまで言われては、りょうは下がらざるを得ない。
「では、失礼いたします」
と、小姓部屋に戻った。なんだか、今日はいつもと違うな、とりょうは思った。不動堂村の屯所は広い。小姓部屋は平隊士たちの部屋の奥になっているので、表の物音は聞こえにくくなっていた。
夜半過ぎ、りょうは、人のざわつく音で目覚めた。鉄之助も、すぐ後で起き上がった。
「なんだろう?裏門の方から聞こえる」
りょうと鉄之助は顔を見合わせた。銀之助と馬之丞はぐっすりと眠っていて気づかないようだ。二人はそっと裏門の方に向かった。裏門の方には、幹部の部屋と大小の広間があった。りょうは、埃と、血の匂いが漂ってきたことに気づいた。戦闘があったことは明白だった。広間に近づこうとする二人の姿を見て、井上がやって来た。
「こちらに来てはいけない。部屋に戻りなさい」
いつもニコニコしている井上だが、このときは笑顔が消えていた。
「でも、誰か怪我しているなら、山崎さんのお手伝いを……」
と、りょうがいいかけた時、永倉の大きな声がした。
「何でだよ、歳さん!?平助は仲間じゃないか!」
(えっ?藤堂さんが来てる?)
りょうは藤堂に会えると思い、走りかけた。
「良蔵、だめだよ」
鉄之助が袖を引いた。再び、永倉の声が響いた。
「また、元のところに捨ててこいって、どういうことだよ!!やっと連れてこられたのに!!歳さん、それでも人間か!?こいつ、死んじまったんだぜ!!」
その言葉に、りょうは愕然とした。鉄之助も驚いて、思わず手を離した。りょうは、そのままフラフラと、部屋に近づいた。井上が止めようと肩を掴んだが、りょうはその手を無意識に払いのけた。広間から、歳三の声がした。
「高台寺から誰が駆けつけてきたかは知られているんだ。伊東や服部の死体のそばに、平助の死体だけなかったら、新選組が連れ帰ったとわかっちまう。犯人がわからないようにするには、そうするしかねぇ。平助を、元の油小路に戻せ……!」
その時、部屋でりょうが見たのは、額から胸元にかけて、血で真っ赤になった藤堂の姿だった。南部医師が診ていたが、すでに息をしていなかった。
「とう……どうさん……!?」
歳三は、その声に驚いて振り向いた。歳三の顔にも、血が飛び散っていた。
「り、良蔵!来るんじゃない!向こうへ行け!」
沖田が叫んだ。
「良蔵、戻ろう。早く!」
鉄之助がりょうの手を引くが、怪我をしているので、うまく力が入らない。井上と二人がかりで、りょうをその場から引き離した。
(なんだ?あれ……!いったい、今夜、何があったんだ……?)
その場の様子は、りょうの頭の中に、まるで写真のように焼き付いていた。血まみれの藤堂、それを囲む斎藤たち幹部も、皆血で汚れていた。歳三に抗議する永倉、隣でじっと藤堂を見つめている原田の様子も、頭から離れない。
(父さん……藤堂さんを……捨ててこいって……言ったの?)
井上は、自分の部屋に二人を連れていった。
「寒いだろう、すぐ暖かくするからね」
火鉢に火をいれ、熱いお茶を出してやった。鉄之助は飲んだが、りょうは動かない。じっと一点を見つめていた。
「良蔵、歳さんを恨むんじゃないよ。これは不慮の事態だ」
井上がそう言うと、りょうは井上に詰め寄った。
「なんで、藤堂さんが斬られてるんだ!?誰が斬ったの?もしかして、幹部の誰かが……?もしかして……!!」
父さんが斬ったのか、と言いそうになり、りょうは口をつぐんだ。
「良蔵、落ち着きなさい。違う、歳さんでも、他の幹部でもない!」
井上は、興奮するりょうの肩を掴んで、諭した。
「今、話すから、落ち着いて聞きなさい……鉄之助は、藤堂くんのことは知らないんだね?」
井上が聞いた。
「はい。御陵衛士として分離されたのが、俺の入隊前だったので」
と鉄之助は答えた。井上は、そうか、と、藤堂と新選組幹部の出会いや、伊東甲子太郎との関係を鉄之助に話した。探索の結果、御陵衛士が薩摩に通じている、ということで、幹部が伊東を粛清したことや、そのあと、伊東の遺体を引き取りに来た御陵衛士と斬り合いになり、その中で藤堂が斬られたことを、りょうは初めて知った。
「局長は、幹部には、藤堂くんを逃がすように言ってたんだが、命令を知らなかった新入の隊士が、功を焦って斬り込んだらしい。一瞬のことで、誰も止められなかった。そこにいたのが、藤堂くんだったようだ。残念だよ」
井上は、悲しそうに言った。
「井上先生、その、斬った方の隊士は……?」
鉄之助が聞くと、井上は、
「御陵衛士の、服部か毛内に斬られたと聞いている。まあ、生きて戻っても、命令不遵守と勇み足とで、処罰は免れなかっただろうがね」
と答えた。
「じゃあ、なんで、亡くなった仲間を捨ててこいなんて言ったの?」
りょうは、涙を浮かべながら、井上に食ってかかった。悔しかった。父さんは、藤堂さんを可愛がってた。それなのに、死んだら関係ないのか……?そんな思いだった。
「良蔵。私たちは、新選組だよ」
りょうは、はっとして、井上を見た。いつも優しい井上が、とても厳しい顔をしている。
「私たちは、江戸の試衛館からの仲間だ。それは変わらない。でもね、いつまでも、仲間だけで生きていくわけにはいかないだろう。新選組は、生まれも育ちも全く違う浪士の集まりだ。今や、百五十人を超える。それらを束ねるために、近藤さんと、歳さんで考えて作ったのが、鉄の法度だ。仲間だからと、甘いことは許されない。それを自分にも課していかなくてはいけない。歳さんは、新選組を作り上げてから、今までずっとそうしてきた。どんなに責められても、非難されても、守り通してきた。一番辛かったのは誰か、お前も小姓としてそばにいたらわかるだろう?お前は、ただその時の感情をぶつけているだけだ。甘えるんじゃない。もっと、大人になりなさい」
りょうは何も返せなかった。その通りだった。自分は、今まで、いつでも感情のままに発言し、行動していた。歳三の新選組副長という立場を理解しつつも、どこかで、自分は歳三の子供だという甘えがあった。それを、井上の言葉で思い知らされた。鉄之助も、井上の言葉をじっと聴いていた。
(俺は、今までずっと、先生方に守られていると安心しきっていた。いつでも、何かあれば、先生方に聞き、先生方の言う通りにしていればいいんだ、と思ってきた。これからは、先生を守り、助けていかなくては。自分で考えて、自分の意思で戦わなくてはいけないんだ……!)
井上は、さらに言った。
「藤堂くんも、自分で選んだ道だ。彼の性格からいっても、一度伊東さんについたんだ。簡単なことでは戻ってくるつもりはなかったろう」
りょうは、そうかもしれない、と思った。
(藤堂さんは、いつも出動の時、真っ先に駆け出していくので、『
最後の夜に見た、藤堂の悲しげな顔と、もう果たされることのない、約束の言葉がりょうの胸に響いた。
『来年の桜は見たいな。その時は、堀川の河原で待ち合わせしようぜ、良蔵』
(藤堂さん、もう一度、会いたかった……!)
涙をこらえきれずに、りょうは唇をかんだ。その様子を見て、鉄之助は思わず、その肩に手を伸ばした。
「泣いても、いいぞ」
「なに、カッコつけてんだよ……変な鉄」
りょうはそう言いながら、涙をぬぐった。肩に感じる鉄之助の手は、とても温かかった。そして、りょうは頭の片隅で思っていた。
(もう、今までのような新選組とは違うんだ。僕たちを潰そうとするものと、戦わなければならない日が、やってくるんだ……!)
時間は少し元に戻る。りょうが、井上と鉄之助に引っ張られていなくなった後の広間でのこと。
「俺が行く」
そう言ったのは、原田だった。
「左之!お前も、こんなになった平助を晒し者にするのかよ!?」
永倉が原田を見た。
「俺は、新選組だ。そして、平助は、御陵衛士として死んだ。俺の七番隊の数人で運んでいく。油小路に置いてくる。それでいいな、歳さん?」
原田は、藤堂の亡骸を睨むように見つめていた。歳三は、黙って頷いた。
「俺には、できねぇ。平助は、御陵衛士だって、仲間だ!!」
永倉は、部屋を出た。奥へ行くと、井上の話す声が聞こえたので、足を向けた。
(あの良蔵を納得させるのは大変だろうな、源さんも……)
井上の話を立ち聞きするつもりはなかったが、入ることもできず、立ち去ることもできずに部屋の前で聴いていた。やがて、井上の部屋の襖が開いた。
「おや、永倉くん。どうしたんだ。みんなの話はついたのか?」
目の前の永倉に驚いて、井上は聞いた。
「あ、ああ。左之の小隊で行くことになった」
と、永倉は答えた。井上は、
「悔しいな、永倉くん」
と、永倉の肩をポンと叩いた。
永倉は、井上の手に反応するように、
「源さん」
と井上を呼んだ。井上が振り返ると、
「源さん、やっぱり、亀の甲よりなんとやら、だなぁ」
とおどけた。井上が、なんだ、失礼だなぁ、と笑うと、
「俺も良蔵と同じだ。もっと、大人にならなきゃいけねぇようだ。俺も新選組の隊士の端くれだぁな。左之についていくよ。まだ衛士が潜んでいるかも知れねぇからな」
そう言って永倉は出ていった。井上は、
(永倉くん、みんな、大切な仲間だよ、藤堂くんだって。誰も間違っちゃいない)
そう思いながら、布団を抱えてきた。
「鉄、良蔵、今夜はここで……おやおや、これは歳さんには見せられないねぇ……」
と言いながら微笑んだ。鉄之助と良蔵は、寄り添った状態で眠っていた。鉄之助の右手は、りょうの肩をしっかり抱いていた。
冷たい風の吹く、夜明け近くの油小路。原田と、数人の新選組隊士は、運んできた藤堂の亡骸を、他の御陵衛士や、伊東の亡骸の側においた。永倉もあとを追ってきた。
「平助、すまん。後で必ず迎えに来るからな」
原田は藤堂の亡骸に向かってそう言った。
「大勢だと人目につくから、お前たちは早く行け」
と、他の隊士を返し、そこに二人が残った。
「衛士の残党は、来るかな?」
永倉と原田はしばらく物陰にいたが、誰も来そうもなく、うっすらと明るくなってきたので帰ろうとした。すると、
「策士、策に溺るっとは、こんこっじゃな。我らに与すっためにいろいろと工作してくれたが、所詮、我らとは志ん異なっもん。役にはたたんかったな」
という声がした。声の主は、伊東の亡骸を足で転がしていた。二人は、物陰から飛び出した。
「その言葉使い、薩摩だな!?」
薩摩の武士は、突然飛び出した二人に一瞬驚いた様子だったが、
「新選組か。もうなっなってしもた幕府んために、よう働いちょっなあ。じゃっどん、もうきさんらも終わりだ。徳川は滅ぶっ運命や」
と、その武士は、嘲笑するように言った。永倉がキレた。
「何を!?お前、何者だ!?西郷の手先か?」
すると、その武士は顔色も変えずに言った。
「人に名を尋ねっときは、まず自分から名乗っもんじゃ」
原田が、
「後ろで糸引いてる黒幕のくせに、こんなときだけ礼儀正しいんだな。俺は新選組七番隊組長、原田左之助」
というと、永倉が続けて、
「俺は、二番隊組長、永倉新八」
と言った。
「おいは、薩摩浪人、中村半次郎や」
名を言うが早いか、刀を抜きざま、永倉に斬りつけた。間一髪、永倉はよけた。が、手に少し傷を負った。
「その居合。お前が『人斬り半次郎』か!?」
永倉が声を大きくした。それは薩摩の西郷隆盛の腹心といわれる、中村半次郎だった。その居合術は、独学で得たもので、「神速」といわれていた。
その時、走ってきた者がいた。斎藤だった。斎藤は、走りながら、得意の居合で、中村に斬りつけた。中村はその剣を軽くかわした。
「わい、御陵衛士におった斎藤じゃらせんか。ふうん、わいが新選組ん間者やったんか」
中村と斎藤が睨みあった。居合の使い手同士の、息詰まる立ち合い。どちらが上ともいえなかった。すると、人が走ってくる音がして、
「半次郎、加勢すっど」
と、数人の薩摩の武士がやって来た。永倉たちは、おおごとになるとまずいな、と感じた。薩摩の中村も、ここで目立つのはまずいと感じたのか、刀を引いた。
「わいたちでは勝てん。今日んところは引いてやっど」
斎藤も、刀をおろした。中村は、ニヤリと笑って言った。
「一つ、よかことを教えてやろう。伊東はな、新選組ん土方には、泣き所があっちゆちょった。そん泣き所をこちらんもんにすりゃ土方はえずうなかちゆちょった。おいは知らんが、御陵衛士は狙うちょっぞ。せいぜい気を付けっことじゃな」
中村と薩摩の武士は、走り去った。あとには、新選組の三人が残された。
「……すまん。バレてしまったな。新八さん、大丈夫か?」
斎藤が言った。
「こんなのかすり傷だが……いや、はっきり言って、助かったよ斎藤。あの居合はすげぇな」
永倉が言った。
「完全な示現流というわけでない、自己流の居合だな。斎藤と互角にやりあった」
原田が言った。
斎藤一と、中村半次郎。因縁の対決は、遠く、明治の世、西南戦争まで続く。
「歳さんの泣き所って、なんだ?あいつ、そんなこと言ってたろう」
永倉が手拭いを負傷した手に巻き付けながら、思い出したように言った。
「伊東が絡んでるんなら、たぶん、あれだ。良蔵」
原田が答える。斎藤も頷く。
「伊東は、良蔵を仲間にし、薩摩の間者にするつもりだったのを、藤堂が見つけて事なきを得たという話を、前に聞いたぞ。それで終わったんじゃねぇのか?」
と、永倉が言った。斎藤は、
「伊東自身は、良蔵の利発さをいかして、間者ではなく、自分の後継者に育てたかったようだ。良蔵を使えば、副長すら操れるとふんだのだろう」
と言った。永倉は驚いた。斎藤が、伊東に同じ名の弟がいたことを話すと、
「伊東も、以外と感傷的なやつだったんだな」
と呟いた。斎藤が、
「伊東は、自分の考えに絶対の自信を持っていた。副長を押さえれば、局長を説得するのは可能だと思っていたようだ」
と言うと、永倉は、
「そうか?近藤さんは、意外と頑固だぞ。だから今までも、俺らは苦労してきたんだ。一度、徳川につくと決めたことを、そう簡単に変えるかね」
と笑った。斎藤は、
「局長は若い隊士に人望がある。伊東は、局長を排除すれば自分を支持する人間が減る、ということをわかっていたようだ」
と言った。すると原田が、
「伊東は、本当に新選組をまるごと薩摩の手先にするつもりだったのか?」
と疑問を呈した。永倉は、
「なんだ、左之。だから俺たち幹部を懐柔して、小隊ごと御陵衛士にしようとしていたんだろう。何か、気になるのか?」
と原田に聞いた。原田は、
「伊東が余りにも軽装だったのが気になってな」
と答えた。昨夜、伊東が招待されたのは、近藤の妾、お孝の店である。お孝は、かつて近藤が身請けした芸妓、深雪太夫の妹であった。姉が亡くなったあと、近藤が面倒を見ていたのだが、いつのまにか近藤の妾になったのだ。そんな店に行くのに、御陵衛士と新選組との対立を考えると、あまりに警戒心がない格好だと原田は考えたのだ。斎藤は、
「表向きは、先の帝の御陵を守る衛士として分離しているからな。対立する気はないと見せかけるには、軽装で行くしかないだろう」
と原田に言ったが、原田の脳裏には、ある疑問が浮かんだ。
(伊東には警戒する必要がなかったのかもしれない。いや、伊東だけが、ないと確信していた)
「新八、伊東を消せと命じたのは、会津中将さまだと言ったな?」
原田が聞くと、永倉が、
「ああ。お前が君菊さんを送っていったあの日、山崎さんが中将さまから直に命じられた、と言っていた」
と答えた。原田は思った。
(御陵衛士の分離は、会津も了承の上だったんだ。会津にとっては、元々、伊東はいつ寝返るかわからない危険な駒だった。伊東を薩摩に近づけて、情報がとれればそれでよし、もしも近づきすぎて相手に染まるようなことがあれば、切る、と決めていたのかもしれない。近藤さんと歳さんは、それを知っていた。伊東は自分は会津に信頼されていると思い込んでいたのだろう。会津と薩摩を後ろ楯にしているつもりが、どちらからも疑われていた、ということか)
「斎藤、お前はこうなることを知っていたのか?」
原田が斎藤に聞いた。斎藤は、
「俺は、命じられたことをやったにすぎない。それが俺の役目だ」
と答えた。
「そうか」
と原田は呟いた。永倉が、
「おい、左之、一人で納得しているなよ。俺にもわかるように話せ」
と言ったので、原田は、
「さっき、薩摩の中村が言っていたじゃないか。『策士策に溺れる』って。その通りだよ。伊東は策に懲りすぎて、策に溺れたんだ。会津から粛清命令が出たってことは、伊東が邪魔になったのは、会津だということだろ?先に、伊東と会津の間で何か約束があったのさ。伊東は仕事をしているつもりだったんだろうが、会津はそうは思わなかった。伊東の部下たちが、伊東の動きに業を煮やして薩摩に本気で与し始めたことが決め手になった。こんなところだな、斎藤」
と斎藤の方を向くと、斎藤は微かに笑って、
「鋭いな、左之さん」
と言った。
「よくわからねぇが、伊東は薩摩とは関係なかったのか?」
と永倉は聞いた。斎藤が、
「薩摩の力を得て、新選組を尊皇の軍にしようとしていた。薩摩に信頼されるために、坂本殺害にも手を貸した。薩摩と一緒のところを良蔵に見られている。関係は大有りだ」
と答えると、原田が言った。
「演技が上手すぎて、本物に見えちまったんだな。本物だったのかもしれないが、それが仇となり、どちらからも信用されなくなったんだ」
それを聞いていた永倉は、
「じゃあ、良蔵はどうなる?伊東の部下たちは、良蔵がチクったせいだと思うぞ」
と斎藤を見た。
「伊東がいなくなれば、伊東の部下や薩摩には良蔵を生かす義理はない。報復の対象にされるだけだ」
斎藤の言葉に、永倉と原田は、
「俺たちは、懐に爆弾抱えてる、ってことだな。歳さんも頭の痛いことだ」
と、顔を見合わせた。
「これ以上悩み増やすと、剥げちゃうぜ、歳さん。俺たちで爆弾守るしかないか」
と原田が言った。
「いつもあっちこっち飛び回ってる爆弾だぜ。危なっかしくてしょうがねえ。そうだ、もう一人護衛がいるわ」
永倉が言ったのは、鉄之助のことだ。
「最近、いつの間にか側にいるからなぁ。ちょうどいいんじゃないか?俺たちだって、いつも良蔵を見ていることはできないんだ」
「鉄之助なら、最近、腕をあげてきたようだ。心配はない」
斎藤が言った。
「斎藤のお墨付きなら、大丈夫だな。あいつ、ゲベールも小姓たちの中で一番まともに使えてるぞ。逞しくなった」
原田が言った。新選組も刀だけに頼っていた訳ではない。洋式調練も行っていた。特に、今年(慶応3年)になってからは、月の半分は、洋式調練に当てていたのだ。
昼間になり、人通りの多くなった油小路では、京町方の役人が、惨事の後を検視していた。京都守護職よりの達しで、遺体を片付けることを止められたため、役人も困っていた。そこに、一人の僧侶が、弟子らしき僧を数人伴って、遺体の引き取りを申し出た。翌日、御陵衛士4人の遺体は、満月山光縁寺に運ばれた。
この事について、不思議と新選組屯所内は、静かであった。隊士達が二条城に向かう準備で忙しくしている中、屯所に来客があり、幹部が呼ばれた。
「紹介しよう。光縁寺のご住職、
近藤が紹介すると、全員が息を飲んだ。そこにいたのは、切腹したはずの山南敬助、いや、山南に瓜二つの若い僧侶だったのである。
「近藤さん、歳さん、いったい、これはどういうことだ!?」
皆、同じ思いである。
「みんなに黙っていて悪かった。こちらは、山南さんの双子の兄上だ」
と歳三が言ったので、その場はますますざわついた。歳三が続けようとするのを制し、良誉上人は話し出した。
「まあ、ようある話どすわ。武家に双子の男の子が生まれた。跡継ぎ問題が起きるのを憚って、片方を寺に養子に出した、というやつどす」
良誉上人によると、山南は、最初、双子の兄だとは知らなかったようだ。同じ家紋、同じ歳の住職と聞いて訪ねてきた。顔が瓜二つで、事情を察してからは、なにかと寺に訪れるようになっていた。隊によって粛清された隊士、そして自らも、光縁寺に葬られるように手配していた。
「副長はんや、沖田はんとは、弟の弔いで初めてお会いしたんどす。沖田はんは、弟の墓にようお参りしてくれてましたなぁ。ありがたいこっとす」
沖田は、いや、と弱く首を振った。
「今回は、さすがに手ぇ出さんとこ、と思うとりましたが、副長はんに頼まれましたんで」
良誉上人が歳三の方を見た。歳三は知らん顔をしている。
歳三は、藤堂の弔いを良誉上人に願い出ていた。良誉上人は、皆同じ仏なのだから、全員引き取らなくてはいけないと言い、歳三は、その提案を受けたのである。
「会津は、渋い顔をしていたが、トシが押しきったんだ」
近藤は言った。会津は、この機に乗じて、御陵衛士の後ろにいる薩摩もあぶり出したいと、遺体の引き取りを許可しなかった。歳三は、隊士の心情を汲んでやらなければ、今後の士気に障りが出ると、会津を説き伏せたのだ。
「藤堂はんは、敬助のとなりに」
と良誉上人は言った。
藤堂は、山南を兄のように慕っていた。山南の隣に埋葬されれば、藤堂も喜ぶだろう。皆、言葉には出さなかったが、ほっとしたような顔をしていた。
(あいつにも、話してやろうぜ)
永倉と原田が目で合図して、頷いた。勿論、その話を聞いたりょうは喜んだ。
「良かったな。歳さんが鬼じゃなくて」
と原田が言うと、
「最近、鬼がもう一人増えた。うるさいったら……!」
としかめっ面をして、指差した方向にいたのは鉄之助だ。
原田はプッ、と吹き出した。
「良蔵!どこ行ったんだ!?まだ銃の調練が残ってるんだぞ!」
永倉に言われた鉄之助が、常にりょうの側から離れないようになったので、自由がきかないとりょうは文句を言っているのだ。本人は、衛士に狙われていることなど知らない。
「屯所が変わる前に、藤堂さんのお墓参りに行くよ」
そう言って、りょうは鉄之助の所に走っていった。冬の京には珍しい、暖かな小春日和だった。
まるでこれから来る嵐に対して、準備をしておけ、とでもいっているようだった。
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