第3章 坂本龍馬暗殺事件

 その日は、朝からどんよりしていて、時折雨の降る寒い日だった。りょうは、沖田の薬をもらいに、松本良順から紹介された店に行った。頼んだ薬が出来上がるのを待っていると、奥から、薬の包みを抱えた背の高い武士が出てきた。一見、風邪なんか引きそうにもない色黒の風貌であった。しかし、咳をして、なんだか熱もありそうだな……とりょうは気になった。その後ろ姿が見えなくなるまで追っていた。名前を呼ばれて薬を受け取ると、店の者が困った顔をして、

「さっきのお侍さんに、痛み止めを渡し損ねてしもうたわ。名前も聞かのうて、どないしよ」

と言っているのに気がついた。そこで、

「そのお侍さん、僕、帰った方向がわかるんで、追いかけてみますよ」

と、薬を受け取り、その武士の行った方向に走り出した。

雨がパラパラと降ってきた。しばらく行くと、背の高い男が、軒下で雨宿りをしているのを見つけた。さっきの色黒の侍であった。

「もし、お武家さま。お薬をお忘れではありませんでしたか?」

とりょうは聞いた。すると、その武士は懐から出した薬の包みを見ながら、

「ああ、そうやった。痛み止めをもらうのを忘れちょった。持ってきてくれたのか。ありがとう」

と言った。手に包帯を巻いていた。

「お風邪と怪我じゃ、大変ですね」

とりょうが言うと、

「なあに、日頃の不摂生がたたっちゅーがぜよ。雨が降ると、古傷が痛むんでね、薬がないと困る。助かったぜよ。われは、薬屋の丁稚か何かか?」

りょうは言葉がうまくわからなかったので、きょとんとしていると、

「土佐の言葉は、分かりにくいか?君は、薬屋の方ですか、聞いちょる」

武士は笑った。明るい笑顔が印象的だった。

(土佐……まさか、この間、見廻組に追われてた人?えっと、何て名前だっけ?)

りょうは必死であの時聞いた名前を思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。

「すいません。僕も薬をもらいに行った者です。お店の方が困っていたので、代わりにお持ちしました」

新選組とばれないようにしなくちゃ、とりょうは思った。

「そりゃあ、手間をかけさせて悪かったなあ。手間ついでに聞くが、この辺で、軍鶏しゃものうまい店を知っちゅーか?」

と武士は聞いた。

「軍鶏ですか?」

賄方の沢さんが確か言ってたなあ、とりょうは考えていた。

「今日はひやいき、鍋でも食うて暖まらんと、風邪も良うならんぜよ」

武士は本当に寒そうだった。熱が高いのだろう。

「ああ、そうだ。木屋町四条小路の、『鳥新』が美味しいって聞いてます」

りょうは、沢が言っていた店を思い出した。

「『鳥新』か。峰吉に買いに行かそうかの」

と、その武士は呟いた。

「風邪には、『卵ふわふわ』もいいですよ。消化が良くて」

りょうは近藤の好物を思い出して言った。

「『卵ふわふわ』?なんやそりゃあ?」

武士は怪訝そうな顔をした。

「うちの先生が食欲ないときに食べて元気になったやつで、澄まし汁に卵の泡立てたのを乗っけてまた温めるんです。ちょっと醤油で味付けして。ふわふわで美味しいですよ。先生、大好きなんです」

りょうが得意そうに話すので、武士は

「先生がおるんか、われは」

と聞いた。りょうは、

「はい。近藤先生と土方先生……あっ、いや、その……」

と、うっかり口を滑らせてしまった。相手は、りょうの様子を見てすぐに察したようだ。その武士は笑って、

「気にせんでええぜよ。知らんもん同士の立ち話や。美味そうやき、宿の主人に作ってもらうかな」

と、空を見上げた。雨が小止みになったようだ。すると、遠くから一人の武士が傘を持って走って来た。

「どうやら迎えが来たみたいだ。じゃあな、小僧。先生によろしゅう言うてくれ。いつかお会いしたいと、坂本が言いよったと」

と、その武士は笑った。その時、りょうはその武士の名を思い出した。

「坂本龍馬さん!」

思わず叫んでしまった。はっとして、口を手で押さえたが、もう遅い。やってきたもう一人の武士が、りょうを不審そうににらんだ。坂本と名乗った武士が、

「薬を届けてくれて、ありがとうな」

とりょうに手を振り、もう一人を促して、その場を去った。二人の武士を見送って、りょうは、また歳三に叱られるに違いない、と首をすくめた。


 「龍馬、あんまり遅いんで、心配したぜよ。さっきの小僧は誰や?」

迎えにきた武士が聞いた。

「わしが忘れた薬を届けてくれただけの、新選組の若い者ちや。軍鶏の美味い店を教えてもろうた。慎太、今夜は軍鶏鍋や」

それは、土佐の坂本龍馬と中岡慎太郎であった。

「新選組だって?どいて斬って捨てんのじゃ。戻って報告されたらどうするがよ。狙われちゅーというのに!」

中岡が小声で坂本を叱った。坂本は笑って、

「あれは、子供ちや。われは、あの伊東とかいうやつの言うちょったこと、まだ信じちゅーのか?わしをねろうちゅーのは、新選組じゃないき。わしにはわかっちゅー」

と言った。中岡は、しぶしぶ、

「じゃあ、誰だというがよ」

と聞いた。

「新選組より、もっと悪いやつちや。それより、新選組のごっつい秘密を手にいれたぜよ」

坂本は、ニヤリとして言った。

「なんや。土佐にとって、有利な情報か?」

中岡が身を乗り出す。すると、坂本は、

「局長の近藤勇の好物は『卵ふわふわ』というがよと!」

と言って、ハッハッハ、と笑った。

中岡は唖然として、

「何をいうか思うたら……ふざけちゅーな!」

と怒鳴った。龍馬はまだハッハッハ……と笑いながら、

「あんな子供が刀をとって戦わいでもええ時代を、はよう作らんといけんな。慎太、俺はやるぜよ。」

と言った。その目は、遠くの空を見ていた。


 雨がまた強くなってきたので、りょうは、傘を斜め前にさして歩いていた。隣を通り過ぎる足音、数人の大人の武士のようだったが、傘に隠れて見えなかった。相手からも、小柄なりょうは誰だかわからなかっただろう。しかし、話し声が聞こえた。途切れ途切れに、『坂本』『近江屋』というのが聞こえた。そして、また、香の匂いがしたのであった。りょうは、あえて振り返らなかった。不自然な動きをして、見咎められてもまずい。このことは、急いで屯所に帰って歳三に伝えなくちゃ、と思っていた。


 その歳三は、近藤と二条城にいた。向かいには、勝海舟と榎本武揚がいた。榎本は長崎海軍伝習所で学んだ海軍士官であり、オランダ留学を経て、この春から幕府海軍の最強軍艦、『開陽丸』の艦長を勤めていた。蝦夷を訪れたこともある榎本は、歳三の持ってきた、『北添佶磨の書き付け』に、かなり興味を示していた。

「これは、今後の徳川の武士にとって、救いになるかもしれませんね。私は、良い発案だと思います!」

と榎本がいうと、勝海舟が、

「坂本は、何度も蝦夷へ行きたがってたなあ。そのたんびに何かあって行けねぇんだ。その最初がこれだ。この男が、池田屋で……」

そう言いかけた時、歳三が勝を睨んだ。勝は、

「いや、まあ、あん時は、京が火の海にならずに済んだってことで、会津と新選組のお陰だわな」

とあわてて言い直した。勝海舟、幕臣でありながら、言いたい事を言っては左遷と登用を繰り返していた。今も、名目は軍艦奉行だが、窓際においやられていた。今回は、榎本が開陽丸を大阪に運んでくるのに、同乗したのである。


 勝の話では、最近また、坂本が蝦夷へ行く計画を持ってきたらしいが、船の支払いがうまくいってない上に、坂本がお尋ね者になっているので、滞っているようだ。

「どっちみち、このあと、あんたも俺らも、仕事がなくなるのは目に見えてんじゃねぇか。海軍が働きかけりゃあ、あぶれもんが、大勢助かるんだぜ!」

歳三が勝に言った。歳三は、勝が新選組に良い感情を持っていないのを知っていたが、その能力は尊敬するに値すると思っていた。他の幕臣とは違う、この男に書き付けを託すのが良策であると、歳三は考えたのだ。

榎本は、書き付けを手に取り、食い入るように読み始めていた。その目がキラキラと輝いていたのを、歳三は見ていた。まさか、この男と人生最後の戦いを共にするとは、この時は想像もしていなかっただろう。

「わかった。この話は、俺が預かる。今は、それよりも、急を要することがあって、お前さん達を呼んだんだ」

勝が、真顔になった。


 その夜遅く、不動堂村の屯所に、原田左之助が戻ってきた。君菊の一行を丹波国境まで送って、戻ったのだった。

「原田先生、お帰りなさい」

小姓達が、門の外まで傘を持って出迎えた。雨がかなり降っていた。

「おお、お前ら、なんだか暇そうだな。歳さんはいねぇのか?」

原田が聞いた。鉄之助が、

「近藤先生と土方先生は、明日お帰りになると聞いています」

と答えた。原田が、

「おっ、やったね。鬼の居ぬ間に今夜は酒盛りだ。新八~、飲もうぜ〜!」

と嬉しそうに部屋に行こうとしたとき、りょうが顔色を変えた。

「原田先生、血の匂いがします。どこか怪我しましたか?」

原田は驚いて、

「なんだ良蔵、お前は犬か!?」

と焦った。

「僕は、怪我している方も診てるんで、血の匂いはわかるんです。どうしたんですか!?」

りょうは、心配と不安で、原田にしつこく聞いた。昼間の武士たちの会話が気になって頭から離れないのだ。それを歳三に相談しようと思ったのに、肝心の歳三がいないのである。歳三がいないのがとにかく不安であった。こんな思いは初めてだった。

「お前、しつこいなあ。国境の峠道で、野良犬に襲われたんで、思わず斬っちまったんだよ。その血だろう。俺?俺は怪我してねぇよ」

原田はブツブツいいながら、部屋に入った。

「良蔵、いったいどうしたんだ?いつもの君らしくないね」

銀之助と馬之丞が、りょうを心配した。

「う、うん……」

りょうは心の中で、歳三に、早く帰ってきて、と呼び掛けていた。


 りょうの不安は的中した。翌朝、血相を変えた探索方の吉村が屯所に入ってきて言った。

「大変だ。土佐の坂本龍馬が近江屋で殺されだよ。中岡慎太郎も重症どいうごどだよ!」

「何だって?」

皆、先日の見廻組との一件を思い出し緊張した。

「犯人は新選組だど言われでらよ!新選組が坂本さ会ってらの見だどいう証言があるらしいよ」

吉村の話によると、瀕死の中岡が新選組がやったと言っているという。見つかった刀の鞘が、新選組のものだと、御陵衛士が証言しているという。

「やつら、分離したくせに、こんなところで関わりやがって!」

と、隊士たちは憤慨した。その話は、小姓部屋にもすぐに伝わった。りょうは真っ青になり倒れそうになって、鉄之助たちに支えられた。

「良蔵、どうしたの?本当に、昨日から変だよ」

銀之助が言った。鉄之助は、りょうの肩をガシッとつかんで言った。

「しっかりしろ、良蔵。一人で悩むな。昨日、何があったんだ?」

「そうだよ。一応、俺たちも仲間なんだからさ、先生たちに話す前に、話してみろよ」

と、馬之丞も言った。馬之丞に『仲間』と言われて、りょうは思いきって小姓たちに話すことにした。

「僕、昨日、坂本龍馬っていう人にに会ったんだ。たぶん、中岡って人にも」

りょうの言葉に、小姓たちは驚いた。

「それ、確かに坂本龍馬なのか?」

鉄之助が聞いた。

「昨日、薬屋で、偶然、忘れた薬を届けたんだ。土佐の人だった。そのとき、僕、うっかり近藤先生のことを話してしまって……その人が自分の名前を、『坂本』だって言ったんだ。その人を迎えに来た人が、中岡さんだと思う。僕のことだよ、きっと。新選組だってばれていたから!どうしよう、僕のせいで、また迷惑がかかったら……」

今度大きな失敗をしたら、それこそ、追放されてしまう、とりょうは思ったのだ。鉄之助が言った。

「そんなことあるもんか。きっと他に疑われている人が……そういえば、原田先生、帰ってきたの、近江屋のある方だよな。馬之丞」

昨夜、馬之丞は、屯所を出たところで原田に会っていた。丹波の方から帰るなら、逆の方が近いのに、と言っていたのを鉄之助は思い出した。

「そういや、そうだったけど……まさか、偶然だよ。原田先生がそんな……」

馬之丞が言うと、

「でも、あの時、血の匂いがすると、良蔵が騒いだよね?」

と銀之助が言った。そのとき、表玄関の方で、

「局長と副長のお帰りだ」

と、声がした。


 隊士全員が広間に集められた。歳三が言った。

「我々新選組、全隊士は、今月を持って、この不動堂村の屯所を離れ、二条城の警備につくことになった。各自、いつでも出立できるよう、身の回りを片付けておくこと。以上」

全隊士、騒然となった。歳三は続けた。

「それと、今騒がれている坂本龍馬の一件は、新選組には一切関わりねぇ。いいな!」

すると一人の隊士が、

「しかし、新選組が疑われているという報告が……」

と言った。歳三は、声の方をギロリ、と睨むと、

「一切関わりねぇ、と言ったのだが」

と声を大きくした。一同、しん、となった。解散になり、歳三が最後に広間を出ようとすると、

「先生」

と呼び止めたのは、鉄之助だった。

「鉄。今は忙しい。後で済むなら……」

と振り返ると、小姓たちの陰から、りょうが上目遣いにおずおずと出てきた。怯えたような顔をしている。歳三は、ため息をついて、

「ま~た、おめぇか!今度は何をやった!?」

と呆れたような声を出した。馬之丞がプッと吹き出しそうになるのを、銀之助が止めていた。りょうは、昨日にあったことを、全て歳三に話した。話し終わると、いくぶん、気持ちが落ち着いてきた。

「銀。左之助を呼んでこい」

歳三が銀之助に促した。銀之助は、はい、と小さく返事をして、原田を呼びに行った。

「全く、おめぇはなんだってそう厄介な問題ばかり拾ってきやがるんだ?」

歳三は腕組みをして、りょうを見つめた。

「先生、良蔵は悪くありません。病人が薬を忘れたのを届けただけで、言わば、お役目の『サガ』みたいなものです」

生真面目な鉄之助が珍しくりょうをかばったので、歳三は、ほほぅ、という目をした。

「あっ、あの、深い意味はなくて……」

と、鉄之助は慌てた。この前、余計な口出しはするな、と釘をさされたばかりであった。

「こいつが坂本と話しているのを、誰かが見ていて、新選組だとバレていたら、無理矢理にでも犯人は新選組うちとされるだろう。だから厄介なんだ」

りょうは小さくなっている。

まもなく、銀之助にお尻を押されながら、原田がやって来た。

「も~ぅ、なんだよ~、歳さん。俺は丹波からずっと歩きっぱなしで寝てねぇんだから、寝かしてくれよ~。片付けは、そのあとにするからさぁ」

と愚痴っている。

「おめぇたちは、外で待っとけ」

歳三は原田と二人で部屋に入った。小姓たち四人は、歳三の部屋の前で、四半時しはんときくらい待っていた。やがて、襖が開いた。りょうが、心配そうな目で歳三と原田を見つめた。

「それそれ、その目。良蔵のその目には、おじさんたち弱いからさぁ。なあ、歳さん」

原田が歳三の方を向くと、歳三は、無理に咳払いをした。

「左之助、小姓たちは、おめぇが坂本を殺ったと思ってんだぞ。ちゃんと変な方から帰ってきた理由を説明しろよ」

歳三が原田を促すと、原田は、

「俺はやってないって。あの血は、ホントに野良犬だから。俺が遅くに近江屋の方から帰ってきたのはだな……」

と言って、言葉を止めた。話しにくそうである。歳三は、ニヤニヤしている。小姓たちは、原田をじっと見つめる。原田の顔が赤くなった。

「仏光寺通に居たの。おまさの実家があるところだよ。もうすぐ二人目が生まれるから、様子を見に行ってたの!いいだろ、もう……!」

原田は照れていた。歳三は、ははは、と笑った。小姓たちは、皆、安堵の表情になった。原田左之助は、新選組の中では珍しく、町娘と正式な祝言をあげていた。すでに一人の子をもうけており、妻子は京の町中に住んでいた。

「原田先生、男?女?」

「そんなの、生まれてみるまでわかるかよ」

小姓たちの追求はまだ続く。

「生まれたら、屯所に連れてきてくれる?」

「おう。子守りさせてやるぜ」

小姓たちは、原田の赤ん坊の話題で盛り上がった。もう誰も、原田を疑う者はいなかった。

「良蔵、こっちへ」

歳三がりょうを呼んだ。りょうは、ビクッとして歳三の方に歩み寄った。

「おめぇが新選組だってことを、たぶん坂本は気づいてたんだな?」

歳三が聞くと、りょうは頷いた。

「俺は、坂本とは会ったことねぇが、北辰一刀流を修めたと聞いている。それほどの使い手なら、おめぇなんか一刀のもとに斬り捨てられる。そうされなかったってことは、おめぇが隊に戻っても影響ないと考えていたからだろう。自分は新選組に狙われているのではないと」

歳三がそう言うと、りょうの顔が明るくなった。

「では、新選組がやったと、どうして広まっているのですか?」

鉄之助が聞くと、歳三はニヤリとして、

「そんなの決まってらぁな。新選組うちが邪魔なやつらのでっち上げだ。お前らは心配するな」

と言った。さらに、

「良蔵、すれ違った男たちの中に、あのニオイはあったのか?」

と顔をしかめて聞いた。余程、嫌いな香りなのだろう。良蔵は確信を持って、

「はい」

と答えた。

(あれは伊東先生だ。この前、君菊さんを襲った中にいた覆面の武士も、昨日の武士たちの中にいたのもそうだ。伊東先生は新選組に罪を被せようとしたのか?)

りょうはそのとき、藤堂はどうしているんだろう、と気になった。

(斎藤先生のように、名前を変えて戻ればいいのに)

斎藤の役割を知らないりょうは、藤堂が戻れば、また楽しくなるのに、などと考えていた。


 「よし、この話はこれでしめぇだ。おめぇら、戻って早く出立準備をしろ。部屋の掃除もするんだぞ」

歳三の言葉に、小姓たちは

「はぁい」

と答えながら戻っていった。小姓たちを見送りながら、原田が言った。

「ガキどもは、かわいいな。俺も、おまさやガキを危険にさらしたくねぇ。歳さんだって、そうだろ?」

原田の言葉に、歳三は一瞬、躊躇したが、

「ああ」

と答えた。その目線の先には、りょうがいた。小姓たちには話さなかったが、御陵衛士が、中岡の話から、坂本と会っていたのがりょうであると確信し、新選組に揺さぶりをかけてきたことは間違いなかった。伊東がりょうを憎からず思っていたとしても、他の者にとっては、ただの『土方を釣るためのエサ』である。りょうを守らねばならない、と歳三は思った。

(御陵衛士の後ろには、薩摩がいる。俺たちを、坂本みたいに、薩摩の手土産にさせる訳にはいかねぇ!)

「左之助、決行は、明後日だ」

歳三は、自分に言い聞かせるように、原田に言った。

「わかった」

と、原田は低い声で答えた。

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