第2章 北添佶磨の覚書

慶応3年11月12日の早朝、りょうは、不動堂村の屯所を出ようとしていた。すると、それを見とがめた鉄之助が追ってきた。

「良蔵!どこに行く気だ?土方先生から、一人で行動するのは避けるように言われているだろう!」

りょうは、まずいヤツに見つかった、と舌打ちした。

「ちょっと、人に会うだけだよ。一時いっときくらいで戻るから、見逃してよ」

今日は、君菊が、面倒を見ている子供達を連れて、君菊の知り合いの故郷である丹波に向かう日である。もちろん、君菊は歳三にも内緒にしているので、せめて、自分だけでも見送りにいこうとしていたりょうであった。しかし、鉄之助は認めない。

「ダメだよ。見逃したら、俺たち全員の責任になる。それに、沖田先生の薬はどうするんだ?朝食だって」

「だから、それまでには戻るって言ってんだろ!」

沖田のことは心配ではあったが、最近は小康状態にあったし、食事も一人でとれている。少し遅くなっても大丈夫だろう、とりょうは思っていた。すると、二人の会話を聞き付けた銀之助も来た。

「何してんのさ?良蔵、どこか行くの?」

もう、秘密にしておくことができなくなり、面倒くさくなったりょうは、

「土方先生の休息所だよ!君菊さんの見送りに行くんだ。今日、丹波に旅立つって言っていたから……」

と言った。

「君菊さんて、土方先生の……良蔵、一人で見送りに?先生は?」

と鉄之助が聞いた。

「土方先生には内緒なんだって。なんだか、最近はなるべく会わないようにしていたみたい。よくわからないけど。じゃあ、僕、急ぐから」

とりょうは言い、屯所の外に出ようとした。

「待てよ。俺も行くよ」

鉄之助は、思わず口をすべらせた。りょうを放っておいたら、また何をするかわからないと思ったからだ。それに、歳三の休息所にいるという女性に会ってみたくなったのも事実である。

「じゃあ、僕も」

と、銀之助もついてきた。三人は屯所を出た。……ただし、無断で。


 歳三の休息所は、壬生にあった。西本願寺の裏手を通ってまっすぐ行けば、壬生である。不動堂村から西本願寺の裏の路地に入った、その時であった。女の悲鳴が聞こえた。りょうには聞き覚えのある声だった。

「君菊さんだ!」

三人が声のする方に向かおうとしたとき、鉄之助が、銀之助に、

「銀、屯所に行って、誰か呼んでこい。できれば腕のたつ人!」

と言った。銀之助は、うん、と言って、屯所に走った。

銀之助は、二人よりも年下なので、危険を避けるためにも屯所に行かせるのが良い、と、鉄之助はとっさに判断したのだ。

二人が現場に着いたとき、君菊は、三人の武士に囲まれていた。

「だから、坂本はんの居所なんて知らん、言うとるやろ!」

君菊は叫んだ。

「お前は北野で土佐勤王党のやつらと馴染みだったはずだ。中岡が先日、お前に会っていたのも調べがついている。素直に吐かぬと、痛い目を見るぞ」

リーダー格と思われる武士が凄んだ。中岡とは、土佐の中岡慎太郎である。どうやら、相手は坂本龍馬を探しているらしい。そこに二人が飛び出した。

「おじさんたち、女の人一人に、三人で取り囲んでどうするっていうのさ?」

こういうときのりょうは、度胸がいい。

「幕府のご用である。邪魔立ていたすな!小僧ども!」

と言われても、

「この人は、僕たちの知り合いだ。理由を聞かせてもらわないと!」

と、一歩も引かない。一人の武士が、

「我々は、京都見廻組である。寺田屋で幕府役人を殺害した坂本龍馬を探している。この女が不審な行動をしているので捕らえ、尋問するのだ。邪魔立て無用!」

ともう一度大きな声で凄んだ。すると、鉄之助が言った。

「おかしいですね。見廻組は、島原より北が管轄のはず。ここは我々新選組の取締範囲ですが」

武士たちは、鉄之助の言葉にたじろいだ。

「うぬっ。新選組だと?名を名乗れ」

と言われ、二人は答えた。

「新選組、土方歳三小姓、市村鉄之助」

「同じく、玉置良蔵。そこの後の方は、顔を見られるとまずい、ということですね」

三人のうち、後の武士は覆面をしていた。しかし、りょうはほのかな香の匂いに気がついた。

(あれ?伊東先生!?)

伊東が新選組にいた頃、りょうは勉強を見てもらっていたので、そばでいつも香の匂いをかいでいた。その時は

(伊東先生は、お洒落だなあ)

と思っただけだったが、今、その時と似た香りがしたのである。

「土方の小姓だと?ふん、やっぱりこいつが土方の女になったという噂はまことであったか」

武士たちは刀を抜いた。それに応じて、鉄之助とりょうも、刀の鯉口を切る。りょうは君菊の前に立った。

「どうも、捕らえて話を聞くって感じじゃないね、おじさんたち」

君菊を歳三の愛人と確認したとたん、武士たちが殺気を帯びたのがわかった。鉄之助が言った。

「あなた方、本当に見廻組ですか?」

後の覆面武士も刀を抜いた。その構えを見て、りょうは確信した。

(北辰一刀流!)

すると鉄之助は、リーダー格でない方の武士に向かって言った。

「その構えは、薩摩の……」

とたんにその武士は、鉄之助に斬りかかってきた。その時、馬で誰かが駆け込み、間に割って入った。

「安富先生だ!」

新選組馬術師範兼勘定方、安富才助である。大坪流馬術の才と経理の才を歳三が見込んで、常に側につけている優秀な隊士だ。この時も、狭く足場の悪い寺の裏道をまっしぐらに駆けてきた。

「君菊どの、こちらへ!」

安富が君菊を馬に乗せた。

「鉄、良蔵、無事か!?」

そのあと、駆け込んだのが野村であった。野村はさっと馬から降り、刀を構えた。

「安富先生、早く!」

野村が促し、安富はうなずいて、屯所に向けて馬を走らせた。その間は数十秒だったろうか?風のような新選組の連携であった。


 虚を衝かれて、武士たちは後ずさりした。

「新選組、野村利三郎、お相手いたす」

野村が鉄之助に斬りかかろうとした武士に向かって言った。相手も刀を構える。

「ほほう、これは珍しい。見廻組のなかに、薩摩の示現流の使い手がいるとは」

野村に言い当てられた武士は、一歩、二歩と下がる。気合いでは野村の方が勝っていた。鉄之助はリーダー格の武士と、りょうは、覆面の武士と相対していた。

「伊東先生ではないのですか?」

りょうは、思いきって聞いたが、武士は答えなかった。

(やっぱり、この香りは……)

その時、一瞬の油断がりょうに生まれた。その油断を見てとったリーダー格の武士が、鉄之助ではなく、りょうに斬りかかった。

「良蔵、危ない!」

りょうをかばった拍子に、鉄之助は左手に傷を受けた。

「鉄!」

相手が二太刀目を振り下ろす。りょうは刀で防御するが、大人の男の力は強い。刀が押される。腕がしびれる。もう限界に近かった。

(ま、負けるもんか!)

その時、小隊を率いてやって来たのは永倉だった。良蔵を斬ろうとした武士の刀を払い飛ばすと、

「鉄、良蔵、良く頑張ったな」

と笑い、武士たちに向き直って言った。

「……ここは西本願寺の裏手。見廻組の管轄外であることは明白。これ以上の暴挙は、あんた達の親方にとって、不都合になりはしないかい?それでもやろうって言うんなら、小姓達じゃなく、大人の俺たちが相手だぜ」

永倉の言葉には威圧感があった。

覆面の武士が、リーダー格の武士にささやいた。すると、

「ひ、引けっ。引けっ!」

と、男たちはバラバラと逃げ出した。野村が追おうとしたが、永倉が止めた。


 屯所に帰ると、案の定、『鬼』の叱責が待っていた。置屋の子供たちは、歳三の機転で、休息所にいたところを助けられた。馬之丞と銀之助が、女の子たちの相手をして遊んでやっていた。鉄之助の傷は幸い浅く、山崎が診てやっていた。

「鉄、良蔵を庇ったんやて?わずかの間に、強うなったな」

と山崎に誉められ、痛いながらも照れ笑いをする鉄之助だった。


 りょうは、また謹慎処分を受け、蔵に放り込まれた。永倉が言った。

「良蔵、お前も本当に懲りないねぇ。後で総司にじゅうぶん謝っとけよ。あいつ、あの体で、飛び出して行こうとしていたんだから。抑えるのに大変だったぞ」

それを聞いたりょうは、自分の軽率さを猛省した。

(僕は、本当にバカもんだ……!総兄ぃの病気を悪化させてしまうなんて……)

「あのあと、ひどく咳き込んでな。また血を吐いた……あいつは、もう戦えないかもしれないな……」

永倉が、ポツリと言った。


 歳三の部屋では、君菊と歳三が話していた。

「良蔵はんを、叱らへんでおくれやす。あの方来てくれへんかったら、うちは斬られてました。命の恩人どす」

君菊は歳三に頼んだが、

「あいつは俺の言いつけを破った。それなりの罰を与えねぇといけねぇ。あいつの無鉄砲は、今始まったことじゃねぇ。これまでも、迷惑被ったやつはたくさんいるからな」

と歳三は厳しかった。君菊は、困った顔をして、

「どこぞの冷たい男はんの代わりに、うちらを見送ろうとしてくれはっただけどすえ。それに、無鉄砲は、お父はん譲りとちゃいますのん?」

と言った。

「え?」

「ご自分のお子はんやさかい、厳しゅうしなさる気持ちはわかるけど、うちに免じて……」

と君菊は微笑んだ。歳三は目を丸くして、

「おめぇは、本当に勘の鋭ぇ女だなぁ。いつから気づいてた?」

と感心したように言った。

「良蔵はんのお顔を見たらわかる。うちと少し、似てますやろ?」

と君菊は言い、

「うちの勘は、当たるんよ。前にも言うたやろ」

と微笑んだ。歳三も笑って言った。

「わかったよ。おめぇの顔のたつようにするよ。君菊、本当に無事でよかった。ところで、持ってきてくれたこの書き付けだが……これを坂本と中岡が欲しがったのか?」

歳三に見つめられ、君菊も真面目な顔になって、

「うちは知らんかったんどす。何が書いてあるんか。ほんで、中岡はんには、そんな書き付けなんて知らん、そんなんは預かってまへん、言うとったんどす。そないしたら、荷造りをしとったら、行李の中から出てきたんどす」

と答えた。それは、北添佶磨が書いた草案、というよりは覚え書きのようなものであった。


 北添佶磨は、土佐の庄屋のせがれであったが、土佐勤王党と交わり、尊皇攘夷派の志士となった。坂本龍馬の考えに同調して、仲間と蝦夷地の探索をし、機会を得て蝦夷地開拓の発案をするつもりでいたようだ。その発案とは、

『京の街に溢れている浪士たちを、屯田兵として蝦夷の地へ連れていき、開墾と、対ロシアのために北辺の警護に当たらせる』

という内容であった。しかし、北添は過激な尊攘派と行動を共にしたために、池田屋の闘争に巻き込まれて自刃した。当時、北添の住まいを新選組や幕府の役人が探索したが、目ぼしい書類などは見つからなかった。だが、君菊が持ってきた『覚え書き』の中には、北添が坂本龍馬と共に提案しようとしていたことが書かれていた。北添は、これを、君菊への文に忍ばせていたようだ。しかし、北添から、

『土方と寝て、情報を聞き出せ』

と言われたと思い落胆していた君菊は、その文を読んでいなかったのであった。

「蝦夷か……!」

歳三の脳裏に、光が射したような気がした。

(どうせこれから武士は行き場がなくなる。新しく生きられる場所は、必要なんだ)

「君菊、これを、中岡でなく、俺にくれたことに礼を言う。ありがとう、本当に」

土佐に渡せば、薩長に渡る。この話は到幕派よりも先回りしたいと歳三は思った。

(勝海舟に話してみるか。それにしても、浪士の先を考えているやつが、倒幕派の中にいたとはな。北添佶磨、惜しいやつが死んじまったもんだ……)

「土方はん……」

君菊は、嬉しそうな顔をした。やっと、歳三の役に立ったという、満足感だった。歳三は、静かに微笑む君菊に言った。

「君菊、おめぇが危険を侵してまで、俺にしてくれたことに対して、俺はなんにも返してやれねぇ。情けねぇこった……今さらだが、なんかしてやれることはねぇか?路銀は足りてるか?子供たちに不自由はねぇか?俺でできることならなんでも……」

「なんでも……?」

君菊は歳三をじっと見つめた。歳三は言葉を続けることが出来なかった。歳三は君菊を引き寄せ、抱き締めた。君菊は歳三の胸に顔を埋めた。君菊の頬に、涙が伝った。

「君菊、俺は……」

何かを言おうとする歳三の唇に君菊の指が触れた。

「今度こそ、お別れどす。どうか、ご無事でいておくれやす」

君菊は微笑んだ。歳三は一度目を閉じ、ふうっと息を吐いた。そして君菊をまっすぐ見つめた。

「ありがとう。おめぇも達者でな。君菊……!」

それは、歳三の人生の中で、うめを失った後、一度だけともりかけた恋の灯であったのかもしれない。


 歳三と君菊が会ったのは、これが最後であった。


 歳三は、永倉、野村、安富、そして手当ての済んだ鉄之助に聞いた。

「薩摩が坂本龍馬を探しているって?」

「あの構えは、間違いなく示現流でした。薩摩の侍に間違いありません」

野村が言った。

「覆面の侍は、伊東先生かもしれないと、良蔵が言ってました」

と鉄之助が言った。皆、鉄之助を見た。

「鉄、そりゃあ、ないと思うぞ。衛士と坂本は、何の関係もないはずだろ。なんで伊東が坂本を探してんだ?それに、良蔵は、なんで伊東だと思ったんだ?」

永倉が鉄之助に聞いた。

「伊東先生の匂いがしたと、言ってました」

鉄之助が答えると、歳三は苦笑いをして、

「なんだ、あいつは犬っころか?」

と言った。側の安富が、

「伊東先生は、新選組にいた頃から、香をよく焚かれていました。勉強を見てもらっていた良蔵が、その香りを覚えていたのかもしれません」

と言った。

「あの覆面が伊東ならば、良蔵を斬らなかったのも頷けるな」

と、永倉が言った。

「伊東は、案外、気に入ってたんじゃないか?あいつのこと」

見廻組と見られる侍の刀を良蔵が受けたとき、鉄之助は傷を負っていたし、野村は薩摩の侍に対峙していた。免許皆伝の伊東なら、良蔵を殺ることは簡単だったはずである。しかし、その侍は、良蔵を斬らなかった。

「伊東と薩摩と、見廻組か……」

歳三はそう呟いた。しばらく沈黙の時が流れた。

「薩摩に試されているとか……?」

安富が口を開いた。

「どういうことだ、才助?」

歳三が聞いた。

「見廻組の与頭、佐々木只三郎どのは、会津公用人の手代木どのの弟です。会津の旧臣の中には、上様が大政を奉還されたことを、認められないとする者も多いと聞きます。寺田屋での取り逃がしのこともあり、京都所司代は見廻組に坂本龍馬の探索を依頼していた節があります。また、薩摩や長州の倒幕派にとって、坂本龍馬は倒幕の大義名文をなくさせた張本人ですから、できれば表に出てほしくはないはず。今は、坂本は薩摩に守られているようですが、薩摩の本意はどうだかわかりません。薩摩が自分の手を汚さずに、坂本龍馬を消したいと思ったら……」

安富は、周りに気を使いながら話した。まだ御陵衛士の間者が入り込んでいるかも知れないと思ったのだ。

「御陵衛士は、なにかと名目をつけては、薩摩と接触していたしな。伊東よりも、部下の篠原や弟の三木三郎の方が、薩摩には傾倒していた」

と、永倉が言った。

「御陵衛士は薩摩に信用されるため、薩摩と見廻組は、坂本を消したいため、か」

歳三が言った。利害の一致というやつか、と歳三は思った。

「だが、黒谷(金戒光明寺。この場合、会津藩を指す)は俺たちに動くなと言ってきたんだな、山崎」

歳三は、襖の影にいた山崎に聞いた。皆、そちらを見た。

「はい。坂本龍馬の件に関しては、新選組は手出し無用、と。それより、この件に関しては、新たな情報が」

山崎が言うと、歳三は鉄之助に、

「鉄、傷に障るから、もう下がって休んでいいぞ。良蔵には追って処罰をいいわたすんでな」

と言った。

「先生、良蔵も反省していると思います。できれば穏便に……」

と鉄之助が言うと、歳三は、

「それは俺が決める。余計な口は出さんでいい」

と厳しい口調で言った。鉄之助はびくっとして、

「す、すいません。出すぎました。失礼いたします」

と下がった。山崎が、

「総司の隣の部屋に布団敷いてある。利三郎、鉄を連れてってや」

と、野村に言い、野村と鉄之助は部屋を出た。中には、幹部だけが残った。

「ここからは、ガキどもには聞かせたくないんだな、歳さん」

と永倉が言った。歳三は、フッと笑って小さく頷いた。

「まあ、見廻組の越権行為と、北添の書き付けについては、この15日に、近藤さんと二条城に上がることになっているから、所司代に報告しよう。上京している勝海舟どのに話すこともあるしな……山崎、頼む」

歳三の言葉に応じて、

「会津藩上層部からの強い建言に、中将さまも、ついに折れたようどすわ。内々に私をお呼びになり命じられました」

と山崎は言った。

「それで?」

歳三が聞いた。山崎はさらに声を落として言った。

「『御陵衛士を、粛清せよ』と」

その場の全員に緊張が走った。


 御陵衛士に入り込ませていた斎藤の話から、衛士たちが、両長の首のすげ替えを企てていることや、藤堂の砲術指南で、火薬を扱う技術を習得しようとしていることがわかった。伊東の考えとは別に、篠原たちが動いていることもつかんだ。その斎藤は、今は身を隠すために、紀州藩にお預けとなっており、この場にはいなかった。話が終わり、全員が部屋の外に出たとき、

「副長、斎藤、いや山口くんが得た情報なんどすが」

と、山崎が歳三を呼び止めた。

「なんだ?」

と歳三は興味を示した。山崎は言った。

「伊東先生には、三木の他に、腹違いの弟がいたそうどす。年が離れとって、伊東先生はその弟をずいぶん可愛がったそうどすが、そいつが伊東先生に輪をかけたよな尊攘派で、水戸の天狗党の挙兵に呼応して軍に加わり、追討軍との戦いで死亡したそうどす。その弟の名が、『良蔵』やったそうどす。伊東先生の名も、『大蔵』どしたから、一字をもろうたんやろな」

歳三は、

「伊東が、同じ名の良蔵に死んだ弟を重ねてたって言うのか?だから自分の派閥に引き入れようとしたと?」

と山崎に聞いた。山崎は、

「真意はわからしまへんが、伊東先生にとって、良蔵はただの『土方小姓』ではなかったようどすな」

と答えた。

(伊東は、良蔵を間者にする気はなかった……それが本当だとしても、新選組を薩長の手先なんかにするわけにはいかねぇんだ。新選組は俺たちが作った。誰にも渡すわけにはいかねぇ!)

歳三は、伊東が良蔵に優しく話しかけていた情景を思い出しながら、そう思った。


 さて、今日の騒動の張本人、りょうのところに歳三はやって来た。

「おめぇの罪は、四つだ。一つ、俺の言いつけを守らなかったこと。二つ、鉄や銀を巻き添えにして、挙げ句、鉄を怪我させたこと。三つ、多くの隊士たちを出動させ迷惑をかけたこと。四つ、総司に心配かけて、病状を悪化させたこと、だ。特に四つ目は、おめぇが自分の役をほったらかしにした結果だ。これだけでも、隊士なら切腹だ」

りょうは、黙ったまま、うつむいていた。

「以前言ったとおり、俺の命に背くやつは、小姓として必要ねぇ。日野に帰れ。ちょうど、日野からもおめぇを帰せと言われてきたところだ。総司には、もっとちゃんとした看護のできるやつを、良順に頼んでやる。今夜中に荷物まとめとけ。路銀は俺が出してやる」

歳三の声はいつにも増して厳しかった。りょうは、

「せ、先生!もう、こんなことは二度としません!本当です!ここにいさせてください!」

と懇願した。ここで返されてしまっては、彦五郎や良庵に、なんと言い訳したら良いのだ!?

「おめぇをこのままにしておくと、他のやつらに示しがつかねぇ。一度や二度じゃねえからな」

と歳三は冷たい。

「なんでもします!先生の側で働かせてください!」

りょうは、必死だった。まだ、日野に帰るわけにはいかない。僕は何も父さんのためにしていない、その思いだけだった。歳三は、りょうが本気で怯えていると感じた。かなり灸を据えられたと判断した歳三は、

「と、言いてぇところだが、君菊がおめぇのおかげで助かったと言っているし、見廻組と薩摩との関係も掴めた。土佐のやつらの計画も知ることができた。その功もあるから、今回は勘弁してやる。その代わり、当分、個人的な外出は禁止だ。総司の看病を怠ったら、今度こそ追放だからな!」

と言った。

「は、はいっ!」

りょうは、心底、ほっとした。自分がこんなにも、歳三から離されることを恐れているとは思わなかった。

「あ、あの、君菊さんは?」

とりょうが聞いた。

「ちゃんと護衛として左之助をつけて、安全なところまで、子供たちと一緒に送っている。心配すんな」

今度の歳三の言葉には、暖かみがあった。今度は一晩のお仕置きで、りょうは蔵から出ることができた。


 「総兄ぃ」

りょうは沖田のいる部屋を訪ねた。鉄之助も、傷がふさがるまで目の届く所で過ごすようにと、山崎に言われていた。沖田の隣の部屋で、鉄之助は眠っていた。

「良蔵。大丈夫か?君は怪我はないのか?……その様子じゃ、相当絞られたね、土方さんに」

沖田は起き上がろうとしたが、りょうが止めた。

「寝ていて、総兄ぃ。僕、自分がしたことがどんなに悪いことだったか思い知ったよ。本当に、心配かけてごめんなさい。こんなこと、もう二度としません」

りょうは沖田の前に手をついて、頭を下げた。

「僕がこんなじゃなかったら、すぐに駆けつけて、鉄を怪我させることもなかったのに、ごめんな……りょう」

沖田に本名で呼ばれると、涙が出てくる。子供の頃から優しく接してくれた沖田に、りょうは、兄とも、師匠とも違う、淡い思いを抱いていた。それが何なのかは、今はまだわからなかったが。

「井上先生に言われたんだ。日野で、おのぶさんから、僕を戻すように言われたって。でも、父さんは断ったって。総兄いを看病するのに、僕は必要だって。新選組に僕は必要だって。それなのに、僕は……」

りょうは下を向いたまま、涙をふいた。すると沖田は言った。

「自分が間違えたとわかったら、そこから始めればいいんだ。大丈夫。土方さんだって、君菊さんを助けられたことを感謝してるんだから。それに、本当は誰より真っ青になって心配してたのは、当のご本人だよ」

沖田の言葉に、りょうは顔を上げた。

「父さんが?」

「ああ。二人が永倉さんにつれられて帰って来たときなんか、僕の隣でへたり込んでたんだから。これは、みんなには内緒だよ」

沖田に言われて、りょうは泣きながら笑っていた。

「僕は、父さんの期待に応えたい。父さんの力になりたい。だから、新選組にいたい。大好きな総兄いを、絶対に元気にするからね」

「ありがとう、りょう。嬉しいよ」

沖田は笑った。だが、二人は気づいていなかった。隣の部屋で、鉄之助が目を覚ましているのを。

(父さん?土方先生のこと?りょうって、女の名前じゃないか……!良蔵……あいつ……いったい何者なんだ?)


 歳三は、近藤の部屋にいた。

「近藤さん、俺らも、覚悟を決めなきゃならねぇようだぜ。黒谷も、勝手なこった」

歳三がため息をつくと、近藤が、

「すべての責任は俺が取るよ、トシ。奴らの狙いは俺たちだ。みんなには本当のことは知らせなくていい。伊東くんには気の毒だが」

と言った。

「我らは元々、見ているものが違うのだからな」

と近藤は、火箸を握り火鉢の中の灰に突き立てた。

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