第6章 りょう、謹慎を食らう
御陵衛士の分離後、屯所の移転が決まった。西本願寺からそう離れていない、不動堂村であった。この敷地は今までにない広さであり、屯所内に大広間や本格的な道場も併設されていた。すべて西本願寺の資本で建てられたらしい。新しい屯所の見取り図では、幹部と平隊士の部屋はかなり離れることになり、りょうは少し淋しい気がした。
6月には、新選組の幕臣取り立てが決まり、屯所は活気に満ちていた。局長の近藤は、見廻組支配頭格となり、将軍拝謁の許される『御目見得』以上となった。歳三は、見廻組肝煎格であり、沖田や永倉たち副長助勤だった者は、見廻組格となった。
「なんだか、みんな遠い人たちになっちゃった」
りょうは沖田に言った。すると、沖田は、
「僕、偉そうに見えるかな?見廻組と同格だよ」
と言って、りょうに胸を張ってみせた。すると、りょうは一言、
「見えない」
と言って笑った。沖田も笑って、
「だろう?みんな、急に変わるわけないさ。ほら、あのとおり」
沖田が示した先には、大あくびをする永倉や、ごろんと大の字になって寝ている原田の姿があった。りょうはそれを見て笑った。気持ちをなごませてくれる沖田の心が嬉しかった。だが、りょうは最近気になることがあった。年の始め頃から、沖田の顔色が冴えないのである。
「総兄ぃ、痩せたんじゃない?ちゃんと食事してる?睡眠はとれている?具合悪いなら、一度、
とりょうは聞いた。沖田は笑って、
「大丈夫だよ。最近までいろいろ忙しかったから、少し風邪気味なんだ。かなわないな、『りょう
と言った。その時突然、沖田が咳き込んだ。
「からかわないでよ。ほら!咳も出ているじゃない。少し休まなくちゃだめだよ。僕、土方先生に、少し総兄ぃを休ませてくれるように伝えるよ」
とりょうが言うと、沖田は厳しい顔になり、
「大丈夫だ!土方さんには言うな!……ただの風邪なんだから。じゃあ、僕はこれから巡察だから、またね、良蔵」
と言って、出て行ってしまった。りょうは、沖田が何かを隠しているようで、気になって仕方なかった。沖田に逆らってでも、歳三に沖田の体調のことを言うつもりだったのだが、このあとすぐ、御陵衛士に加わろうとした隊士の処罰問題が発生して、幹部はそちらにかかりきりになった。歳三や沖田も出動が多く、話すことはできなかった。それに加えて、新しい屯所への引っ越しやらなんやらで、りょうも忙しくなり、夏は瞬く間に過ぎていった。
この年、再び隊士募集があり、隊士が増えた。隊士の中には15歳以下の息子や弟を伴った者もいて、これらの幼い者たちを、両長召抱人という名目で、直接、局長や副長の下に小姓として預かった。りょうの他に、市村鉄之助14歳、田村銀之助12歳、上田
ある日、小姓部屋に全員が集まっていた時のこと。
「良蔵、君のお母さん、おうめさん、ていうんだって?」
と銀之助がりょうに声をかけた。銀之助は情報通である。どこで聞き出したのか、りょうの母の名を出した。
「そうだけど……別に君には関係ないだろ?」
りょうはできれば母の話をしたくない。すると、銀之助は、
「やっぱりそうなんだ。机の上に、白梅の絵を飾っているから、もしかして、って……聞いた通りだ」
と言った。
「誰に聞いたんだよ?」
りょうは銀之助に逆に聞いたが、銀之助はそれには答えず、何年も前に起きた、芹沢鴨粛清の話をし始めた。
「元々、局長は、近藤先生と、芹沢って人だったんだって」
誰からか聞いたのか、銀之助の話す内容は詳しかった。
「芹沢さんのところに、借金の取立てに来て、芹沢さんの愛人になったのが、お梅さんていう女の人で……」
お梅という名前が出てきたので、りょうは驚いた。
「その人、おうめ、っていうのか?」
「そうだよ、良蔵。君のお母さんと同じ名前。だから僕は君が芹沢さんの子供なのかと思ったんだ」
銀之助が言ったので、鉄之助が慌てて、
「ば、ばか、銀、良蔵のお母さんは、病気で亡くなったんだぞ。そう聞いたじゃないか!」
と言った。
「だって、良蔵は土方先生のこといつも悪く言うからさ、親の仇なのかと思ってさ」
銀之助は勘が鋭い。りょうの様子から、歳三を嫌っていると思ったようだ。仇、と言われて、りょうはドキッとした。
「な、なんで仇なんだよ?」
銀之助は意味ありげに笑って、
「それはこれから話すよ。実は芹沢さんて人は、かなり悪いことをやったらしい」
「悪いことって?」
他の小姓たちも興味を示し、銀之助に聞いた。銀之助は
「よくは知らないけど、切腹させられるようなこと?」
と言ったが、本当は、切腹なんて想像もつかないことなのだ。大人たちが局中法度で一番怖がっているものがそれなので、ただ言ってみたのである。
「それでね、ある夜に、芹沢さんが斬られたんだって。芹沢さんて、すごい剣の使い手だったのに、お酒を飲んで、酔って寝ていたところを……」
と、銀之助は刀を振り下ろす真似をしてみせた。だんだん声が小さくなる。自然、りょうもその輪の中に入っていく。
「世間では、長州の刺客がやったって言われているけど、本当は、今の幹部の先生方が……」
「近藤先生が斬ったんじゃないのか?同じ局長だから、責任あるし」
と言ったのは鉄之助だ。確かに正論だ、とりょうは思った。
「うーん、近藤先生はいなかったってうわさだけど」
「じゃあ、誰が?」
鉄之助が聞いた。
「土方先生と沖田先生がやったらしい」
と銀之助は言った。鉄之助とりょうは一斉に、
「そんなことあるもんか!」
と言った。大きな声に、銀之助は人差し指を口にあて、
「しっ!静かにしろよ、お前ら変なところで気が合うんだな。だって、隊で1、2の使い手だよ。あり得ることだよ」
と小声で言った。尊敬する土方先生や沖田先生が、局長暗殺……?小姓たちに緊張感が広がった。
「でも、まずかったのが、土方先生がね……」
銀之助の話に、りょうは自分の耳を疑った。
りょうは顔色を変えて小姓部屋を飛び出し、歳三の自室に向かった。その様子がいつもと違うので、小姓たちは慌てた。
「なんか変だ。俺、沖田先生を呼んでくる!」
鉄之助が沖田の部屋に行った。
「僕……僕、そんなつもりで話したんじゃないのに……良蔵を少し驚かしたかっただけなんだ……」
りょうのただならぬ様子に、銀之助は泣きそうな顔をしていた。馬之丞は、銀之助の背中を撫でて、落ち着かせようとしていた。
「土方先生は、側にいたお梅さんも、いっしょに殺してしまったんだそうだよ。その日、たまたまそこにいただけなのに」
銀之助はそう言ったのだ。そのとたん、りょうの脳裏に、幼い頃見た光景が浮かび上がった。それは母の首を絞めて殺そうとする男の後ろ姿だった。勿論、りょうの母は病死であったので、それは母ではなく、旅芸人一座の娘を母と見間違えたのだったが、銀之助の言葉によって、忘れていた記憶が甦ったのだ。そして言葉だけが、りょうの頭の中に繰り返し響いていた。
『ヒジカタトシゾウガ オウメヲ コロシタ』
歳三の部屋は、隊士たちとは離れたところにあった。隣が控えの間になっており、小姓たちは仕事の時はそこにいることが多かったが、今日は歳三は部屋で一人で仕事をしていた。その襖の前にりょうは立ち、言った。
「土方先生、お聞きしたいことがあります」
しかし、歳三は中から、
「今は仕事中だ。あとで聞く」
と、とりあわない。
「あとでは困ります。今答えてください」
とりょうは引かなかった。歳三は、またか、という顔をして、もう一度、
「仕事中だと言っているのがわからんか?」
と声を大きくした。するとりょうは言った。
「ではここで聞きます。何年か前に起きた、芹沢鴨という方の……」
とたんに、襖が開いて、歳三がりょうを睨み付けた。
「おめぇ、どこからそんな話を……!」
その時、廊下をやってくる、近藤の小姓たちの姿を見た歳三は、話が広がるのを嫌い、
「ここじゃ話ができねぇ。道場に来い」
と、りょうを連れ、道場に向かった。
「あれ?土方先生と、良蔵か?」
「なんか、ものすごく恐い顔していたな、土方先生……」
二人を見とがめた近藤の小姓たちがささやいた。
鉄之助から話を聞いて、ただならぬ気配を察した沖田は、鉄之助を伴い、歳三の部屋に急いだ。部屋の前で、二人が道場の方に行ったことを聞いた沖田は、あわてて道場に向かった。
「総司~、何かあったのか?」
沖田が走っていくのを見た永倉と原田、井上の三人が沖田を呼び止めた。沖田は振り向いて叫んだ。
「永倉さん、原田さん、他の隊士を道場に近づけないで!源さんは一緒に来て!」
あわてて井上は沖田を追って走る。永倉と原田は、そこに立っている鉄之助に何があったか聞いた。鉄之助の話を聞いた永倉は、
「お前たち、何でそんな話を持ち出したんだ、今頃。それは隊では箝口令が敷かれていることだろう。歳さんにその話をしたら、下手すりゃ、斬られるぞ!」
と言った。鉄之助はそれを聞いて青くなった。
「こいつらが知るはずないことだ。誰かが小姓に聞こえるように話したのさ。新選組を壊そうとしているやつらが、な」
原田がそう答えると、鉄之助が言った。
「銀が、良蔵をからかおうとしたんだ。良蔵のお母さんの名前がおうめさん、だからって、芹沢さんの愛人で、一緒に死んだのは、お母さんじゃないのかなんて」
永倉と原田は、顔を見合わせた。
「芹沢の女の話をしたのか。そりゃあ、一番まずいことを……!」
状況を理解した二人は、沖田に協力することにした。
「どうして、関係のない女の人を斬ったのですか?」
りょうは単刀直入に聞いた。歳三の眉がピクッと動いた。
「何のことだ」
と歳三は言った。歳三はとぼける気だ、とりょうは思った。
「芹沢という人を、斬ったのでしょう?それで近藤先生が局長になられたと」
りょうが聞くと、歳三は、
「新選組のできる前の話だ。近藤さんのこととは関係ねぇ。それに、おめぇのような小姓ふぜいが口を出す話じゃねぇ。誰に何を聞いたのか知らねぇが、その話は今後一切するんじゃねぇ。わかったら下がれ!」
と言った。その顔は、氷のように冷ややかだった。りょうは一瞬、背中がゾクッとするのを覚えた。だがりょうは言った。
「僕だって、もう、ここに一年もいるんです。先生たちが何をしているかわかります。でも、罪のない人を殺していたなんて知らなかった……それも……!」
りょうの目には涙が浮かんでいた。
(それも……母さんと同じ名前の人を……!)
歳三は、チッと舌打ちをして、言った。
「そうだ。俺が芹沢の妾を斬った。どうだ、この返事で満足か?」
それを聞いたりょうの目が、大きく見開いた。
「どうして!?」
歳三もイラついていた。小姓たちには知られてはならない事実だった。それは、歳三のただ一つの汚点、といっていいような出来事だったからだ。だが、歳三は言った。
「何度も言わせるな。女はそこにいた。だから斬った。それだけだ」
りょうが歳三の袖をつかんだ。
「あなたなら、逃がすことができたはずだ!なぜ斬らなくちゃいけなかったんだ?」
「秩序を守るためだ。乱すものは取り除く。俺はそうやってきた。邪魔するものは容赦しねぇ!おめぇたちも同じだ。俺はこの話は二度とするなと言った。これ以上、俺のいうことに従えねぇなら、おめぇも排除する!」
と、良蔵の腕をふりほどいて、歳三は言った。りょうは歳三をにらんだ。
(だから母さんも切ったんだ。自分にとって邪魔だったから。自分が武士になるのに、邪魔だったから……!)
気持ちを抑えきれなくなってしまったりょうは、ついに、
「あんたは鬼だ!人の心を持たない鬼だ!あんたは斬ったんだ。『おうめ』という人を!自分の子供を宿した恋人と同じ名前の女を、平気で!!……何が『誠』だ!やっぱり新選組は、人斬り集団なんだ!!」
と叫んでしまった。
歳三の顔色が変わった。怒り心頭に発したという顔であった。歳三は、りょうの襟首をつかんで、張り倒した。りょうは床に転がった。
「おめぇは……何者だ!?ガキのくせに、出過ぎた真似は許さねえ!!」
刀を抜いてりょうに突きつけようとしたとき、沖田が追い付いた。
「土方さん、駄目だ!斬るな!!良蔵、謝れ!!」
沖田は歳三とりょうの間に入った。
「どけ!!総司!!」
歳三が怒鳴った。歳三も怒りを抑えきれなくなっていた。
「駄目だ!自分の小姓を斬ってどうする!?こいつはまだ隊士じゃない!初めて聞いた話に動揺しただけだ!勘弁してやれよ!」
沖田も必死だ。
「隊士でなくたって、ここに来たからにはそれ相当の覚悟があって当然だ。俺は今までこいつの無礼をかなり大目に見てやってきたつもりだ。だが、小姓の領分をわきまえねぇ態度を続けるなら、副長として、新選組の掟を分からせてやらねばならん!」
歳三は本気である。
「子供だろ!!」
沖田は思わず叫んだ。
その言葉が、歳三をはっとさせた。沖田はしまった、と思った。とっさに、
「り、良蔵はまだ子供だ。どうしても斬るっていうなら、僕が先に相手になるよ!」
と、鯉口を切った。
歳三と沖田が睨み合った。すると、歳三は刀を引いた。
「……冗談じゃねぇぜ。俺はまだ死にたくねぇよ、総司」
沖田もホッとした様子で柄から手を離した。
「鉄!!そこにいるなら来い!」
鬼のような声に小姓たちは震えあがった。物陰からおずおずと出てきたのは、鉄之助、銀之助、馬之丞の3人。彼らもまた、りょうが心配で追ってきたのだ。
「良蔵は謹慎だ!おめぇら、蔵にこいつを閉じ込めとけ。追って沙汰するまで、出すんじゃねぇぞ!」
「は、はいっ!」
小姓たちは、半ば放心状態のりょうを連れて行った。騒ぎを聞きつけて、他の隊士がざわつき始めた。
「ほらほら、なんでもないから、皆帰れ」
道場に近寄らせないように、永倉と原田が隊士たちを追い払う。
歳三は、ふう〜っと大きな息を吐いた。
「どういうことだ、総司。おめぇは何を知ってるんだ?」
歳三は、沖田を見た。
「土方さんの、知らないことまで」
沖田はそう答えた。
「俺は、死んだと聞かされていたんだ、もうずっと。おうめと子供は死んだと」
歳三が呟くと、
「それが歳さんのためだと思ったんだろ、喜六さんは。あの頃、しきりに歳さんに縁談を勧めていたじゃないか」
井上が言った。井上も日野の出身である。歳三や沖田の子供の頃を知っている。二人にとっても、優しい兄のような存在だ。
「源さんも知ってたのか?」
「いやいや、まさか。私は何も聞いてないよ。この状況を把握するので精一杯。察するところ、歳さんが死んだと思ってた子供が、あの良蔵なんだな?」
沖田がうなずいた。とたん、激しく咳き込み、その場に倒れた。
「総司!!」
歳三が駆け寄った。
「大丈夫だよ……ちょっと疲れがたまってるんだ」
再び激しく咳き込んだかと思うと、その手に血が滲んでいるのを歳三は見た。
「おめぇ、血が。源さん、医者だ!良順を呼べ!」
井上は頷いて、歳三と沖田を残し、走っていった。
「土方さん……僕は、まだ、土方さんに……伝えなきゃならないことが……あるんだ……」
「黙っとけ!喉に血がまわっちまうぞ!」
沖田を抱えて、部屋に連れていこうとする歳三。
「土方さん……聞いてくれ……良蔵は、りょうは……女なんだ」
歳三の歩みが一瞬止まった。
「な、なんだと!?」
沖田は、力なく笑った。
「ふふ、驚いたでしょう?……僕が……剣を教えたんだ……強く……なったよ」
意識が遠のく、沖田。歳三は言葉が出なかった。初めて会った昨年の春の立ち合いが思い出された。
(俺の……娘?)
「いや、いい、後でゆっくり聞く。とにかく、今は黙れ!」
まもなく、若い隊士が呼んだ医師、松本良順が来て、沖田を診た。病名は、労咳であった。沖田本人だけでなく、近藤や歳三までが良順に怒鳴りつけられたのは、想像に難くない。
りょうは、鍵をかけられた蔵に正座していた。
(何であんなことを言ってしまったんだろう……わかっていたのに……あの人は新選組を率いているんだ。あの人の立場は、わかっているつもりだったのに……あの時のことを思い出したら、がまんできなかったんだ……!)
りょうは、自分を抑えきれなかったことを恥じた。沖田を巻き込んでしまったこと、自分の言葉で歳三が何か気づくのでは、という恐れが頭の中を駆け巡った。
その時、部屋の外から銀之助の甲高い声がした。
「沖田先生が倒れたって!!」
他の小姓達の声もする。
「容態は!?」
「松本良順先生が来て診てるよ。なんか胸がどうとか言ってた!」
それを聞いたりょうは頭の中が真っ白になった。
「総兄ぃ!」
りょうは蔵の戸を叩きながら叫んだ。
「出して!出して、鉄之助!そこにいるんだろう!?」
鉄之助はあわてて言った。
「だ、ダメだよ、良蔵!これ以上、土方先生を怒らせたら、本当に切腹になってしまうじゃないか!」
「だって、総兄ぃが倒れたって!!僕のせいだ!僕があんなことをしたから!総兄ぃに会わせて!」
りょうは沖田のことを普段は『沖田先生』と、他の小姓と同じように呼んでいたが、このときはすっかりパニックになっていた。鉄之助はそれに気づいて、
「良蔵、沖田先生と、親しいのか?なんで?」
りょうはしまったと思ったが、今はそんなことは関係なかった。
「僕は、日野で育ったんだ!総兄ぃのところに行かせてくれ、鉄!お願いだよ!!」
戸が壊れんばかりに叩いていると、歳三がやってきた。
「うるせぇ!!騒ぐな!!謹慎中のバカが!!」
小姓たちは一瞬で静まった。
「総兄ぃに会わせてください……僕のせいなんです。僕は総兄ぃの体調が悪いことに気づいていたのに、誰にも伝えられなかった……それなのに、僕は……」
りょうは泣き声だった。その泣き声を耳にして、鉄之助はなぜか、胸の奥がチクっと痛むのを覚えた。歳三は言った。
「年明けから今まで、出動も多かったからな。話を聞く余裕が無かったのは、俺にも責任がある。それについては、悪かったと思っている」
「土方先生……」
りょうは歳三の言葉に、気持ちが少し落ち着くのを感じた。
「総司は大丈夫だ。四、五日、安静にしてれば良くなる。おめぇは謹慎中だ。出すわけにいかない。おとなしく反省していろ。鉄や他の仲間に迷惑かけてんじゃねぇ!」
と、歳三の厳しい言葉が聞こえた。
「総兄ぃは、大丈夫なんですか?」
りょうが聞くと、歳三は答えた。
「今は寝ている。良順が診てるんだ、安心しろ。あいつめ、ずっと隠していやがった。当分あいつも謹慎だな。わかったか?良蔵!」
言葉はきつかったが、そこには優しさがこもっていた。りょうは、
「はい」
と小さく答えた。
歳三はニヤッとして、
「これでもう逃げようとはしねぇだろう。ところで鉄、銀、馬之丞、おめぇたちには聴きたいことがある。局長の部屋まで来い」
と、三人の小姓を近藤の部屋に連れていった。
それから数日間、監察の山崎はじめ、井上、永倉、原田などが集まって相談する様子が見られた。
沖田は起きて話せるようになった。歳三と二人だけで、長い時間話をしていた。
りょうの謹慎は、七日間で解けた。りょうは、真っ先に沖田の元へ行った。りょうは、歳三が何か気付いたかどうか心配していたが、沖田は言った。
「大丈夫。何も変わらないよ。りょうは良蔵。そのままでいいんだ。今までと同じように、小姓のお役目と、山崎さんの手伝いをしていればいい」
すると、歳三が来て言った。
「反省したようだな」
りょうは、
「申し訳ありませんでした、土方先生」
と頭を下げた。
「いやに素直じゃねえか。いつもそうだと屯所も静かでいい。玉置良蔵、今日からおめぇの部署は、ここだ」
「え?」
りょうは歳三を見つめた。歳三の側を外されたと思ったのだ。
「おめぇのあとから入った小姓たちも十分役に立つ。お前は看護ができる。山崎はいろいろ忙しいんだ。お前が率先して、怪我や病気のやつらを看護しろ。いいな、まずは、総司の世話だ」
そう言って、部屋を出ていった。りょうは気づかなかったが、歳三は羽織の下に、防具を着込んでいた。
その夜、一人の隊士の粛清が行われた。
その日は、不動堂村は祭りであった。祭りの賑わいに紛れるように、一人の男が急ぎ歩いていた。
「伊東のところには行かせねぇよ」
男は、その声に驚いて振り返った。隊服姿の歳三がそこに立っていた。
「ひ、土方!何を?」
男はたじろいだ。
「御陵衛士にあとから加わることは認めちゃいねぇ。その時は脱走と同じ扱いをすることが、決められている」
男は、一歩、二歩、後ずさりした。
「俺に小姓を斬らせて、新選組を内側から壊そうなんて、いい度胸じゃねぇか。当てがはずれて残念だったな」
歳三がニヤリと笑った。
「な、なんのことだ!」
男が青くなった。
「小姓どもに芹沢のことを吹き込んだのはおめぇだ。良蔵の母親が、うめだと調べ、向こうっ気が強ぇ良蔵が、芹沢の妾を斬った俺を非難するようにしむけた。ガキを罠にはめるなんざ、卑劣極まりねぇ!」
歳三は、一歩、二歩、男を追い詰めた。
「な、何を言う。罠にはめたり、騙し討ちなぞは、新選組の常套手段ではないか!」
男は怯みながら、柄に手をかけた。
「俺たちが罠にはめるのは、狡猾な大人だけだ。おめぇみてぇな!」
歳三は刀を抜いた。男も応戦する。
「おめぇは許せん。おめぇが罠にはめようとしたのは、俺の娘だ!」
言うが早いか、歳三の切っ先が相手の心臓を突いていた。
「むすめ…だと…?」
男は絶命した。歳三は、横たわった男を見つめて呟いた。
「こいつも篠原にいいように使われただけだ。御陵衛士と新選組とは、もう、別物なのだ……!」
神輿を担ぐ掛け声が遠くに聞こえている。
「もう、祭りはおしめぇだ。これからは厳しい冬に向かう……!俺は守りたいものを守るだけだ。それを壊そうとするやつとは、断固戦う。たとえ鬼になってもな!」
歳三は何かを決心したようであった。
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