第12話 反発

 彩葉は練習を重ねるにつれ、朱雀を見直し始めていた。毎回、色の講釈は入るけど、でも時々朱雀が言う色紙の紙吹雪が、七色の音符が観客席に飛んでいく様子を感じるようになっていた。単音ではピンと来なかった色合いも曲になると次第に判って来る。『ほら、音色って言うでしょ。音と色は切っても切れないんだよ』朱雀は言った。

なるほど、まだいろんな真ん中の色ばかりだけど、きっとその一つ一つはオーディエンスの心への響き方が違うんだ。それは私だって一緒だ。一所懸命、声を張り上げて私のメロディを支えてくれる貝原さん。彩葉にはまだ明確な意識は無かったが、それこそ彩葉の心が色づき始めた、そんな兆候だった。


 その日の下校時、翠は黙りこくっていた。


「どしたの?翠。なんだか大人しい」

「うん」


 決心したものの、なかなか言い出せることではない。自分が代わりにって訳にいかない話だ。散々逡巡した挙句、翠はいつものドーナツ店で、彩葉と向かい合った。


「変だよ、翠」

「そう…かな」

「うん、明らかに。そんな顔してたら貝原さんにぶっ飛ばされるよ。彼、この頃絶好調だから」

「絶好調?」

「そ。声量がどんどん上がってくの。流石は声楽専攻だよ。それでいてちゃんとキレもあって、時々パーカッションみたいになって、もはや楽器要らないじゃないかって思うくらい」

「そう」


「私、ちょっと貝原さんに悪いことしちゃったなって」

「え?」

「初めの頃、結構きつい言い方して。みんな私のためのやってくれてることばかりなのに」

「…」

「演奏会終わったら、何かしてあげようかなって」


 翠は顔を上げた。


「あのさ、彩葉。その演奏会の事なんだけど、あたしが言うのはお門違いって判ってるんだけど、でもね」

「はい?演奏会?どしたの翠」

「あのね。演奏会で貝原さんに伴奏やらせるのめて!」

「え?」

「理由は言えないの。でも良くないんだよ。看護科のあたしが見てて危ないんだよ。お願い、彩葉、彩葉からじゃないと、あの人言う事聞かないから、伴奏、他の人にするように言って!」

「な、なんで? 危ないって何?良くないって何が良くないの?さっぱり判んないよ翠の言ってる事」

「それは判ってる。自分でも判ってる。でも信じて!お願い、断って!」


 翠の目にうっすら涙が浮かんでいた。彩葉は当惑した。そして疑った。もしかして翠、私と貝原さんが仲良くするの、嫌がってる? それってもしかして翠が…。


「出来る訳ないじゃん」


 彩葉は冷たく言い放った。


「なんで私の演奏会の事、翠に言われなくちゃいけないのよ。そもそも貝原さんが言い出したのよ、自分がやるって」

「判ってるって。判ってるんだって」

「判ってないよ!音楽の事、翠、何にも知らないじゃん」


 しかし、彩葉は判っていた。私が反発しているのは音楽の事じゃない。貝原さんに対する自分の気持ちの事だ。翠にいいようにされる訳にはいかない。だって、横断歩道で滑って助けてもらって、郵便局で再会して、そして一緒に音楽に色をつけているのは私なんだから…。貝原さんは私のためにやってくれてるんだよ。


 翠は席を立った。


「先、帰る」


 顔を強張らせたまま店を出て行く翠を横目で追いながら、しかし彩葉の心の中では、白黒の斑模様がぐるぐると渦巻いていた。

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