第3話 遠征─第一段階

 軍部内は揺れていた。

 明倫13年8月15日、日本管区ではお盆の時であり、先祖のお墓参りに行くことも多い日本人だが、今回は自宅内で静粛にしていた。当然だろう。


 8月12日政変、通称「日本人某重大反乱事件」。詳細はふせられており、日本管区内部の状況を完全に把握しているのは実質政府だけだった。

 日本管区は丁度港に隣接しており、日本管区の裏切りによって第三軍港は閉鎖、同地に駐泊していた第三主力艦隊は見動きが取れない状況にあった。もしも日本管区に攻撃を仕掛けようものならば、ただちに第三主力艦隊は壊滅する。そうなれば、軍にとっては致命的だ。


 「結論を述べる」


 スプルーアンス総司令官にしても、状況を完全に整理できているわけではなかった。しかし、このままでは軍部の代表であるスプルーアンス総司令官は政府要人の更迭に連座して更迭されることは目に見えていた。

 すでに日本管区出身の日本人議員は逮捕されており、国際議会連合総会は国際総行政府の総務大臣以下内閣の不信任決議を行おうとしている。

 さいわい、議決するためには強硬に反対する与党の議員を切崩さなければならないため、その議決にはやや時間が掛かりそうだが、軍令部総官派(ベアトリクス直属の議員)である三一人がそろそろ切崩されそうだという。


 つまり、スプルーアンス総司令官にはあまり時間が残されていなかった。僅かな時間の間に、日本管区を制圧しなければならない。


 「第三主力艦隊の駐留する第三軍港から、艦隊を突入させ、日本管区ごと砲撃を行う」

 「待ってください! 日本管区自体を吹き飛ばせば、あたりのアジア系管区への被害が想定されます。アジア系管区を危険に晒すわけには…」


 スプルーアンス総司令官に、教育艦隊直属の特殊戦司令ジェームズ・ロバートがそう反対する。もしもアジア系管区を失えば、軍内部のアジア系の人々が黙っていないだろう。

 さらにいうならば、特殊戦はアジア系が多い。それらを抑えるのはかなりの困難が予想された。


 「言いたいことはわかるが、この反乱が長引けば、周囲のアジア系管区で同様の反乱が起きる可能性がある。しかし、すでに日本管区は周囲の管区を懐柔しつつある。

 後方には人類史上最大規模の反乱勢力であるブリズベーン政府が絡んでいる可能性が高い」


 ブリズベーン政府とは、旧オセアニア島嶼部にて最大規模の反乱勢力をほこった国民戦線政府と呼ばれる勢力の後身であり、オセアニア島嶼部の首都であるブリズベーンの名を冠し、所属者は数千人に及ぶと言われる。


 「しかも、今回の参加勢力には強力な反政府組織である人類解放戦線が含まれている。軍の人間もいる強力な組織だ。これを含んでいる以上、もはや管区ごと吹き飛ばしたとしても安心できない」

 「…、しかし、そもそも無垢の民を…」

 「これは緊急指令だ、反論は禁ずる。第三主力艦隊と連絡は取れるか?」


 軍令部の通信参謀がそれに答える。


 「…、無理です。第三主力艦隊及び軍港施設の共有ネットワークが切断され、第三主力艦隊への連絡は発光信号などで行うしかありません」

 「…、やむを得ない。第三主力艦隊のネットワークの主導権を奪うが、それと並行し反乱軍勢力を沖合から殲滅する」


 逃走の恐れなどは、と聞こうとしたが、無駄だと思い返す。この際、邪魔な日本人を殲滅するつもりなのだろう。

 スプルーアンス総司令官は日本系の多い軍令部を好きではない。もしかしたら、これを機に軍令部を解体するのではないかとすら思えてくる。


 「第一主力艦隊及び第二主力艦隊は日本管区を攻撃し、迅速にこれを制圧せよ。第一主力艦隊の司令官は第二主力艦隊司令官のユリウス・ユークリアと兼任とする」

 「はっ、了解しました」


 ユークリア少将はそういうと退出する。その他の将校も次々に退出する。

 そして、特殊戦司令も退出しようとしたときだった。


 「ロバート特殊戦司令、すこしお茶でも飲まないか?」


 総司令官はそう言って、呼び止めたのだ。

 毒でも混ぜる気だろうかと思ったが、そうではないだろうということは想像がついた。もっとも、合理的に行動するのならばという条件付きだが。


 「それで、何でしょうか」

 「率直に聞こう、この作戦に賛成か? 先に言っておくが、これらの会話の記録は直ちに消去される。また、その発言の責任は私が取る」


 それは、つまり正直に言えということだろう。しかし、それでも正直に言おうとは思えない。この男をどこまで信用できるかわからないからだ。


 「先にお尋ねしたい。旧特殊戦所属、現在謹慎中の浅野愁少将についてです」

 「愁は引き続き第一主力艦隊司令官として勤務してもらう。今回の任務に向かないから今回は外したが、もうこれ以上謹慎する必要もない」


 どうやら、愁を外すつもりじゃないようだと悟る。スプルーアンス総司令官を信用しても良さそうだと確認した。


 「この作戦には反対です。今回の作戦では、反社会的勢力を殲滅できない上、日本人をすべて敵に回すような物です」

 「ああ、そういうと思っていたよ。全く、その通りだからね。今回の作戦は、第三主力艦隊をできる限りノーリスクで救出することを目標としているから、まず先制して敵の情報処理を飽和させる。

 そのためには、ある程度の損害は覚悟の上だ」

 「しかし、民間人です。さらにいうならば、軍が民衆を攻撃するのは最も恥ずべき行為です。その恥辱を受ける覚悟がお有りで?」


 少し挑戦的に言ってみる。しかし、その挑戦には乗らない。


 「もちろんだ」


 スプルーアンス総司令官は即座に、明確にそう答えた。もしも日本管区をまるごと吹き飛ばせば、間違いなくスプルーアンス総司令官は更迭される。冷静に考えればわかることだ。

 スプルーアンス総司令官といえども、その上官であるベアトリクス軍令部総官には逆らえないし、さらにいうならばそのベアトリクス軍令部総官も軍部大臣には逆らえない。


 間違いなく、今回の作戦を政府は許可しないだろう。いや、仮に許可したとしても政府は交代する─。


 「スプルーアンス総司令官、貴方、まさか…」

 「ほう、気づいたか」


 カチャ、という音が聞こえる。

 どうやら、スプルーアンス総司令官は現在の政府に対して何かしらのコネを用いて今回の作戦を通させるつもりらしい。さらにいうならば、日本人は今回の反乱で間違いなく権威を失墜する。


 そうなれば、現在のアジア系議員も連座して議席を減らしかねない。


 なるほど、総司令官と政府が結託するわけだ。恨みで政府を落とそうとするアジア系議員は議席を大きく減らし、そのうえ荒業とはいえ迅速に反乱を沈めた政府要人は今までの失点を取り返せる。

 つまり、この対策は、政府絡みの…。


 「これ以上の詮索は無用だ。あくまでも軍は政治の延長に過ぎない以上、政府の命令には逆らえない」


 スプルーアンス総司令官が、歪んだ顔でそういった。

 なるほど、どうやら盗聴されているようだ。つまり、スプルーアンス総司令官ではなく、その上のベアトリクス軍令部総官が動いたようだ。ベアトリクス派の少ない軍令部とはいえ、ベアトリクス軍令部総官はあくまでも総司令官の直属上司。

 逆らえるわけかない、ということだろう。


 しかも、その上には政府の意向が絡んでいるらしい。


 「わかりました」


 くそ、政府連中め、と内心では嵐が吹き荒れている。現在の政府はアジア系が多い。おそらく、総務大臣が動いたのだろう。


 「ロバート特殊戦司令、私としては敵の動きが気になる。第四主力艦隊及び第十三警備軍艦隊を率いて、硫黄島海域へと進出せよ」

 「了解しました」


 そう言って、退出する。その背中に、嬉しい声が聞こえた。


 「あと、愁に関しては一時的に第十三警備軍艦隊司令官としてそちらの指揮に任せる」


─────────────────────


 「愁、良かったな」

 「別に、命が奪われかけたわけでもない。僕に関係のあることではあるけども、少なくとも生死には関わらないことだし、僕がどうにかできることでもないから興味はない」


 愁は特に何もなかったかのようにそういう。まあ、そんな反応だろうとは予想していた。だが、それでも愁がいなければ今回の作戦は成り立たない。


 愁の艦隊指揮官としての技量ははっきり言って未知数だ。前回の「水の都」沖海戦での艦隊指揮は、条件があまりにも特殊すぎる。だが、艦長としての力量ならば特殊戦の中でも群を抜いて高い。

 どちらにしても、第十三警備軍艦隊を率いるにはジェームズだけでは力量不足だし、何よりも信頼関係の存在しない第十三警備軍艦隊を指揮するのだから一人だけでは指揮統率できない。


 前回の演習では、愁はかなり第十三警備軍艦隊を使いこなしていた。実戦が演習どおりに行くかは未知数だが、それでも愁がいてくれたほうが心強い。


 そう考えて、愁を引き連れて港へ向かった。

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