第3話 遠征─第一段階

 第十三警備軍艦隊は、愁に率いられて出港した。第四主力艦隊は第十三警備軍艦隊よりも若干先行し、第十三警備軍艦隊を「⌒」状に取り囲むようにして小笠原島嶼部及び硫黄島島嶼部へと向かった。

 小笠原島嶼部の中に硫黄島島嶼部が入っているような形だが、硫黄島は人類にとっては必要不可欠な島嶼であったため、一島嶼部に数えられていたのだ。もっとも、行政区分上の話であり、実際は小笠原島嶼部に含まれることが多かったが。


 第十三警備軍艦隊の編成は


・旗戦艦  / 旗艦「桜蘭(おうらん)」

      /一番艦「秋桜(しゅうおう)」

      /二番艦「婀蔬(あそう)」*1

      /三番艦「敷隆(しきたつ)」

      /四番艦「鳴李(なるり)」

      /五番艦「靖豎(やすかた)」

      /六番艦「桟陽(せんよう)」*2

・重巡洋艦 /一番艦「茜鏐(せんりゅう)」

      /二番艦「辯鏐(べんりゅう)」

      /三番艦「敷鏐(しきりゅう)」

      /四番艦「玖鏐(くりゅう)」

      /五番艦「緋鏐(ひりゅう)」

      /六番艦「靱鏐(じんりゅう)」

・重駆逐艦 /一番艦「魅風(みふう)」

      /二番艦「旬風(しゅんふう)」

      /三番艦「颶風(くふう)」

      /四番艦「按風(あんふう)」

      /五番艦「由布(ゆぶ)」

      /六番艦「首里(しゅり)」

      /七番艦「別府(べっぷ)」

      /八番艦「函館(はこだて)」

・対空駆逐艦/一番艦「柳風(やなぎかぜ)」

      /二番艦「立風(たちかぜ)」

      /三番艦「海風(うみかぜ)」

      /四番艦「微風(そよかぜ)」


 の合計二四隻からなり、これらは全て無人艦である。もちろんのことながら、実戦運用されたことはなく、演習もジャックとの一回しかない。最も、そこでは何も問題はなかったのだが。


 「ジャック、作戦は知っているけど、どうするつもり?」

 「できれば連中の作戦を止めたいが…。スプルーアンス総司令官に逆らうのは流石にまずい。それに、もう動き出した作戦を止めるのは不可能だ」

 「僕は別に愛着もないから構わない。それより、特殊戦のアジア系は大丈夫なの?」


 ジャックは向こう側で首を振る。


 「アジア系に関しては正直に言ってかなり心配だ。特殊戦は愛着もなく、人種差別もないから特に問題にもしていないし、そもそも横同士の連なりは希薄なんだが、軍学校、とくに軍直轄の士官学校ではアジア系がまずいほど連携している。

 もともとアジア系は日本人以外は旧植民地帝国によって支配されてきた人種だ。唯一のアジア系の強国であった日本系がいまここで反乱を起こしたとしたら」

 「へますれば、全面戦争、かあ…」


 アジア系とヨーロッパ系には、長年にわたる対立関係がある。神話時代から、アジア系はヨーロッパ系に虐げれられており、神話時代の終盤にはアジア系がヨーロッパ系に対して遂に反乱をおこし、ヨーロッパ系の人種から独立したものの、「メビウス」との戦争状態に突入してからは再びヨーロッパ系に虐げれられ、アジア系がヨーロッパ系から独立したのは実はここ最近なのだ。

 列強連合、正式には超国家主権組織/SCSOなのだが、この組織はいわゆるヨーロッパ系の国家連合体であり、アジア系に対して比較的教育も行き届いていたため、これらはアジア系の国家を占領していくことで軍事力を拡張し、それと同時に「メビウス」と戦争を続けていた。それに対して、アジア系は「非常事態に伴う各国軍事提携議定書」によって「メビウス」との戦争を放棄し、SCSOに降伏した。


 しかし、一部のアジア系国家は降伏することなく「メビウス」とSCSOの二正面作戦を行いつつ、自己の独立を保った。フィリピン島嶼部の「マニラ政府」、小笠原・硫黄島島嶼部の「日本独立政府」、マリアナ島嶼部の「サイパン政府」などは特に有名で、これらはアジア系国家解放枢軸/ACRPを結んでSCSOと「メビウス」に対して一時期など優勢な戦いを挑んでいたのだ。

 特に「メビウス」への攻撃は、ACRPの開発した機械知性搭載型の戦艦群を効率よく投入し、一時は神話的世界とも言われる「北の果て」、つまり日本列島とも呼ばれる列島にも至ったと言われる。


 悲しいかな、これらの記録は「情報爆発(クラッシュ)」と後のSCSOによる弾圧政策により全てが闇の中だ。だが、「情報爆発」後の世界でのACRPは記憶に新しい。

 SCSO艦隊による日本独立政府及びサイパン政府攻撃を数次に渡り凌ぎ、その上「メビウス」による波状攻撃までもが防がれたのだ。


 しかし、第十三次マリアナ沖海戦において、サイパン政府がテロにより崩壊、さらにSCSOによる限定戦域核投入により、艦隊が壊滅。これによって、ACRPは崩壊した。

 その意趣返しはすぐに来た。


 SCSO艦隊と「メビウス」主力艦隊との一大決戦とも呼ばれたマリアナ島嶼部防衛作戦、マリアナ沖海戦。SCSOは「メビウス」主力艦隊に敗れ、その無能っぷりを人類に見せつけた。

 結果的に、SCSOはACRP崩壊から数週間も立たないうちに崩壊し、国家連合連邦/UNFが成立、さらに安全保障相互関係調整機関/SCOに解消して、そして今の国際安全保障行政代行機関/USGEOに至る。


 「もとはといえば、SCSOが引き起こしたようなものだからなあ…」

 「まあ、確かにな。実際、ACRPが崩壊せずにSCSOが核攻撃を行わなければ、間違いなく今回みたいなことにはならなかっただろう」

 「USGEOとしては、今回みたいな反乱事件が起これば今度こそヨーロッパ系が追い出されかねないと考えていることだろう、ってところかな…」


 USGEOだって、ヨーロッパ系に牛耳られていると言っても良い。しかも、USGEOに所属している各国政府はかなり限定されているとはいえ、限定的主権を持つ。もしもこのまま反乱事件が推移すれば、ヘマをすればUSGEOが分裂する。


 「まあ、愁が言うように、関係のないことといえば関係のないことだ。それよりも、友人さんは大丈夫なのか?」

 「? ここほど安全なところはないし、それに、ショックからはある程度立ち直っているよ。依然として精神不安定だけど」

 「わかった。状況が変化したら追って連絡する。そっちはそっちの仕事を果たせ。これは特殊戦司令としての命令だ」


 了解、と伝える。


 「桜蘭」

 「はい、どうかしましたか?」

 「美沙は、大丈夫か」


 桜蘭はこくり、と頷く。桜蘭が言うのならば間違いないのだろう。間違いなく、美沙は大丈夫だ。そのはずなのだが…。


 「秋桜の意見は?」

 「いきなり呼び出さんといてください。うちも暇とちゃいますので。そいで、多分大丈夫やないか思うんやけど」


 秋桜もそういうなら、まあ良いか…。


 「愁、日本管区を攻撃するって、本当!?」


 前言撤回、どうやら大丈夫どころか、耳がよく聞こえるようになったようだ。どこからその話を聞いたんだか、まあ、聞かれていたんだろうけども。とはいえ、一応軍機である。


 「You don't need to know.これで良い?」

 「だめ、ちゃんと答えてよ。軍機たって、どうせ攻撃したらわかるんだから」

 「はぁ…。変わんないなあ…。その通り、軍は日本管区ごと吹き飛ばす」


 美沙は壁を叩く。


 「愁、止めてよ! あたし達の…」

 「僕は愛着もない故郷を焼き払われたとて何も思わない。それに、軍は上官の命令に意見はできても反抗はできない。ましてや、総司令官だけでなく軍令部総官まで絡んでいるとなると、その上の政府でのゴタゴタを片付けなきゃ無理。

 知ってると思うけど、総務大臣は軍部大臣を含む全大臣を解任しようとしている。反抗しようにも、議会の反対は多分取り付けられない。しかも、軍部大臣の後釜は軍令部総官。

 多分、これは軍と政府の結託した、アジア系の排斥だ」

 「なら一層、いまのうちに」


 無理だと言う。


 「何度でも言うけれど、軍で上官命令に反抗するのは無理。さらにいうならば、もしも僕らが攻撃艦隊を妨害したら、いよいよアジア系はお終い、USGEOはアジア系とヨーロッパ系との戦争になりかねない」


 でも、と美沙はいう。


 無理だと、言う。


 そんな会話が何分も続いた。

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