第2話 強行偵察作戦

 我思ふ故に我あり─

 昔、ある哲学者がそういったという。確かに、そのとおりかもしれない。すなわち、我という認識の主体こそが我である、と。

 いつからか、そんな哲学に取り憑かれていた。

 なぜ、そんなのにとりつかれたのか、そんなことはもうすでに覚えていない。確か、あいつとあってからのような気がするが、幼少期の記憶なんて、もう持っていない。


 自分とは誰か?

 世界とは何か?


 歪んだ、それこそ歪みきった俺の認識している世界(これを、還世界というらしい)。こんな世界滅んでしまえばいい、いつからか、そう思っていた─




 「さてと、仕事帰りに一杯行くか!」

 「あぁ、またか…。俺の持金考えてくれよ…」


 アニメータをしつつ大学に通う、新大学一年生の二人はそんなとりとめのない会話をしながら帰宅していた。これでもこの二人の入学時の成績は十傑に入る。


 「そういえば」


 と女─佐成美沙が男─中澤良輔に話を持ちかける。

 良輔の方も話に乗っかる。


 「ここらへんって、魔女騒ぎがあるんだよね」

 「へぇ…、魔女、ねえ…」


 そういえば、そんな噂もあったなあ、と良輔が思い出す。確かに、「魔女」と呼ばれる存在とならば最近会った。「レイテ沖の魔女」こと、「桜蘭」だ。


 「言っておくけど、都市伝説の方だからね。でも、異様なくらいリアルだけど」

 「都市伝説にリアルも何もあるんだか…」

 「それを言っちゃお終いでしょ。伝説曰く、その魔女は人の脳外端子に直接干渉して、人の感情を狂わせるとのことらしい。ホントかどうかは知らないけど」


 そんなことあってたまるか、というのが本心だ。

 超能力─というよりも人の病気に近いのだが─と呼ばれる存在を、目の前に何度もしたことがある。最近会った愁も第三種多重処理能力者(艦長資質)だし、クラスの中でも、発症率の極めて低い遠隔波操作能力者がいた。


 最近の研究によると、多重処理能力者は大脳・海馬の、その他高度格闘能力や高度反応敏感反射能力などは神経細胞の異常発達によるものらしいとわかってきている。

 その他、遠隔操作系統、つまり念動力などといったややオカルトチックな能力は対象の物質内の重力操作を自在に行うことができる能力であり、こちらはまだその原理はわかっていないものの、神話に出てくるESP能力と関係があると言われている。


 「まあ、でも人の脳外端子に直接アクセスできるのは脳外端子だけ。だから、そんなアクセス許可もなくまるでバグみたいに直接干渉するのは無理があるような…」

 「私もそう思うけど…。火のない所に煙は立たないし、一応気をつけておくべきだと思うよ」


 それはそうだな、と冗談半分に受け流す。正直に言って、それだけ不可解だし、非現実的な話だったからだ。


 でも、二人は思い知ることになる。


 非現実的なことだろうとも、現実に起こりうることだということを。


 「…、あれ、脳外端子がおかしいような…」

 「? そうか?」


 脳外端子を調べてみる。

 検索コードを指示、しかし検索不能と表示される。中枢神経系と直接接続されている脳外端子が不可思議な挙動をするのは危ない。

 脳外端子と中枢神経系の神経接続を一旦解除。脳外端子の非常接続で、持っている手持ちの端末にオフラインで接続する。


 美沙も同じことを行う。


 「何かあったか?」

 「検索不可の文字が表示されてる…。情報リンクが破損しているかもしれない。オフラインのWiFi接続に狂いが生じている可能性が高いと思う」

 「同感、というよりは…っ!! 美沙、今すぐ伏せろ!!」


 直感だった。美沙の体に倒れ込む。直後に爆発が起きた。


 「何!?」


 美沙が何が起こっているのかを掴みかねて、怒りとも驚愕とも判断できないような声を上げる。それに対して、良輔はまだ冷静だった。

 見えないところから爆撃されたか、もしくはそれ以外か…。


 そうこうしているうちに第二の爆発が近くで起きる。爆風がこちら側へと向かってくる。あきらかに常軌を逸している。


 「どこから撃たれているんだ…」


 それすらわからない。おそらく時限爆弾のようなものだろうと推定する。どうやら見えないところから手榴弾を投げつけられたわけではなさそうだ。

 なぜなら、爆弾は建物をきれいに破壊していたからだ。


 「美沙、ここらへんは政府中枢に近い。もしかしたらテロのたぐいかもしれないから、逃げるよ」

 「って、どこに!!」

 「とりあえず安全地帯、だからできる限り離れよう」


 二人は走って逃げる。この非現実的な状況は、二人とも半信半疑だったが、とにかく逃げなければ危険だと判断したのだ。


 そして、その非現実的な状況を肯定するかのように、政府中枢の建物が次々に爆破されていった。

 一通り爆発が終わったとき、二人は駅から程遠いビルまで逃走した。


 「ハァ…、にしても、あれは…」

 「! 端末に着信…。何、これ…?」


 端末に着信があったことを悟り、メールを開く。そして、そのメールの宛名を見たとき、戦慄が走った。


 "人類解放戦線"


 反社会的勢力の筆頭ともいうべき、大規模な地下組織だ。そのメールとなると、おそらく今回の事件と何らかの関わりがあるのだろう。というよりも、間違いない。


 「なになに…、『本日爆破せる政府機関は、正統な人類の成長を妨げるものの筆頭である。ただちに政府機関を人類解放戦線政府へと移行し、全人類は我々に帰順せよ。我々に、全要塞及び島嶼部の政府を滅ぼす用意あり』…。何言ってんだ、こいつら…」


 理解できなかった。

 やはり、頭のおかしい連中の考えることはすべてが狂っている。なんのために人類を人類解放戦線という反社会的勢力に帰順させるつもりなのかということすら理解できなかった。

 しかし、驚くのはまだ早かった。


 「良輔、これって…」


 画面をスクロールしていった先にある画面─全閣僚名簿を見たとき、戦慄せざるを得なかった。それらには、日本管区政府の首相以下、大臣の面々が書かれていたのだから。


 「やばい…。日本人全員を滅ぼすつもりか?」


 日本管区政府がまるまる裏切ったとすれば、それは他管区への移動という手段を事実上奪われたに等しい。そう、文字通り、日本人は日本管区に締め出されたのだ。


 「良輔、今すぐ軍部に連絡して」

 「わかった」


 今できるのは、いまや信用できなくなった日本管区警察組織ではなく、軍部だった。軍部ならば、この程度の反乱など抑え込めるはずだからだ。


 だが、それをすることはできなかった。


 「おはよう、いや、こんにちは、かな」


 恐ろしく冷たい声が、目の前から聞こえた。

 そして、その「人」が顔を表す。否、正確には、もとから目の前には居たのだ。ただ、認識できなかったのだ。


 「僕は、今回の政府転覆計画に参加している、劉輝影というものです。今後ともよろしく、『反乱軍』のお二人方」


 そういうと、その男─劉は持っていた重機関砲を目の前に向ける。


 「伏せろ!!」


 そう叫ぶ。そして、それと同時に重機関砲の銃弾があたり一面を覆い尽くす。


 「逃げられたか、でも、こんな至近距離じゃもうどこにも逃げれないでしょ」


 そう言われる。

 ふと目の前の建物を見る。看板とドア。自動ドアだ。


 「美沙、自動ドアの方へ走れ!」

 「無駄なことを。女から始末してやろう」


 そういうと、重機関砲を建物へと乱射。それと同時に、左手で拳銃を握る。

 そして、左手から縦断が飛び出す寸前、美沙の周りに煙が起つ。スパークした自動ドアの管理機構が爆発を起こしたのだ。


 煙によって僅かに目的を逸らされたものの、しかし劉の圧倒的優位は変わらない。重機関砲からいつまでも運良く逃げられるわけがない。


 「女はあとにしよう。まずは、貴方からだ」


 そういうと、劉は銃口を向ける。

 至近距離、というよりも躱しようのない距離だった。


 「さようなら」


 銃口から音がなる。奇妙なほどそれがはっきり見えた。

 これが走灯馬というものか、と冷静に思った。しかし、それにしてはおかしかった。周りの世界がゆっくりと見える。

 否、自分が、自分の時間認識能力が、加速されたのだと気づいた。そして、銃弾はゆっくりと進んでいく。


 「こんなところで、死んでたまるか!!」


 体は周りの空間に対していつもどおり動いた。

 銃弾が、自分の後方へと流れていく。そして、時間がもとに戻る。


 「避けられた、いや、特殊能力者か」


 劉はそういった。


 「ならば、こちらも全力でいかせてもらおう」


 そう宣言される。そして、気づいたときには銃弾を撃ち込まれかけていた。時間がほとんど止まったに等しい状況になるが、それでも完全には回避しきれない。

 頬から血が吹き出る。

 時間がもとに戻る。だが、そんなこと意に介さず劉は後方から重機関砲を放つ。弾幕から身を翻し、美沙が駆け込んだビルへと向かう。


 「ばーか」


 おどけた声が聞こえた。

 そして、気づいたときには、目の前に爆弾があった。


 直後、肉体は四散した。

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