第2話 強行偵察作戦

 ジェームズ・ロバート特殊戦司令は、愁と会うとこっちにこい、と士官ルームに呼ぴこむ。


 「何かあったの、ジャック」

 「いや、ただ、愁が総司令官に呼び出されたと聞いてね…」


 愁とジェームズ・ロバートは僅か二歳差に過ぎない。にも関わらず、先任の中では屈指の出世を遂げ、五冠に数えられた後、今は特殊戦司令を努めている。


 「総司令官いわく、第一主力艦隊に無人艦を編入して、第三主力艦隊とともにマリアナ諸島を制圧せよ、とのことだよ。まったく、何を考えているんだか…」

 「それについてなんだが、妙な噂を聞いた」


 そういうと、愁に紙を差し出す。


 「これは…」

 「おそらく、総司令官の言っていた投入戦力はこの第十三警備軍艦隊だ」


 警備軍艦隊は、国防軍の中でも精鋭と呼ばれる艦隊だ。しかし、第十三警備軍艦隊などというものは存在しない。国防軍司令官直轄警備軍艦隊というのが本名の警備軍艦隊には、通し番号が存在しないはずだ。


 「第十三警備軍艦隊が存在しない、と言いたげだな」

 「そう、そのとおり。第十三警備軍艦隊なんてものは、公式には存在しないはずだけど…」

 「そういうと思った。君の言うとおり、存在しない。少なくとも、書面上は」


 だろうな、と愁は頷く。


 「第十三警備軍艦隊というのは、国防軍外局技術研究本部付特殊艦隊の一艦隊だ。投入される無人艦というのは、そこから提供されるらしい」

 「待てジャック、特殊艦隊の一つを第一主力艦隊に投入する? それは…」

 「第一主力艦隊司令官は更迭、本日付で愁、お前が第一主力艦隊司令官だ」


 第一主力艦隊司令官を更迭?

 僕が司令官?


 そんなこと、聞いていないと愁が目で告げる。それはそうだろう。あの総司令官がそんなところまで言うとは思えない。


 「ジャック、そんなこと、総司令官からは…」

 「当然だろうな、スプルーアンス司令官なら。あの男は必要なこと以外は伝えないし、それに類することを一度言ったならばもう一度告げることはあまりない。おそらく、第一主力艦隊の臨時の指揮を取れ、とでも言ったんじゃないか」

 「…っ!!」


 第一主力艦隊司令官となると、八将の一人だ。実働艦隊方面群の一つであるから、当然だろう。

 にしても、そんなこと一言も告げない総司令官もどうだろうか…。


 「第一主力艦隊司令官となると、八将だな。しかも、なれない無人艦隊を引き連れた上で。この上なく、最悪だな」

 「ジャック、君の力で…」

 「無理だ。総司令官の決定に逆らえるのは、軍令部のリダイレクトくらいだが、軍令部はスプルーアンス派閥。第二派閥のベアトリクス派は、軍令部の中枢から外されている。ベアトリクス派以下他の派閥すべてを結集しても、リダイレクトに必要な軍令部過半数を占めることはできない」


 あきらめろ、と暗に告げる。


 「しかもベアトリクス軍令部総官は近々辞任するそうだ。このままだと、ますますスプルーアンス派閥が議席を伸ばすことになる。いまやスプルーアンス総司令官に逆らうことはできない」

 「五冠も全員一致でこの決定を支持したのか?」

 「今回の首都侵攻を許したのは、五冠の中でも最有力の第三主力艦隊司令官兼総司令官直属艦隊第一戦隊司令官という長ったらしい冠付きのアルフリート総監だ。逆らうこと自体不可能だろう」


 なるほどな、と言った。まあ、そんな反応になるだろうとは思っていた。


 「つまり、今現在の状況はスプルーアンス総司令官独裁に近い。それに、もともとスプルーアンス総司令官は積極派に属している。そうでもなければこんなタイミングでマリアナ諸島奪還作戦なんて、行おうとも思わないだろうからな」

 「でも、…、まあ、いいや。別に、僕は命じられたことをすればいいだけ。反対もできないんなら、それでいい」


 その時、不意に目の前に人が現れた。いや、不意にというのは正しい表現ではない。文字通り、何もないところから突如出現した、というのが正しいだろう。


 「何やら話が盛り上がっているやうで」


 古風、というべきなのだろうか。

 愁が耳打ちして、「雅言葉」に近いと伝えてくれる。なるほど、日本語の古語方言の一種か、と検索して納得する。通りで、格好も今らしくないわけだ。


 「すまない、俺は貴女のことを知らないのだが…。できれば名前を名乗ってもらいたい」

 「名前は秋桜(しゅうらん)と申します、よろしゅうお願いします」


 秋桜と調べるが出てこない。意味を問う。


 「秋桜(しゅうらん)云うのは本来の読みと違いもうします。本来の読みは「秋桜」云うて、コスモスを意味しとります。コスモスの花言葉は純潔いいます」

 「なるほど…。それで、階級などを問いたいんだけど…。多分、艦隊指揮補助の…」


 秋桜はコクリとうなずく。着物という古い、そしてその美しい体と顔に似合う服装が少し揺れる。

 その動き1つとっても美しさを感じられる。


 「ええ、そのとおりであんす。あんさん、よう気付かはれましたな」

 「突如現れたあたりから、少なくともここの士官じゃないことは明らかだし、しかも僕らの脳外端子に許可なく無断アクセスできるとなると、今回の指揮下につく艦隊の機械知性との顔合わせかな、と」

 「ほな、顔合わせはすんだゆうことで、失礼させていただきます。私のa-IDNは1300、b-IDNはcd/n13pf-ca00//n/nm1inですわ。これからよろしゅうお願いします」


 そういうと、現れたときのように消えていった。


 「…、いきなりだったなあ…」

 「あれだけ流暢に日本語を話せる機械知性を見たことがない…。なんのプログラムを入れたんだか…」


 そこじゃないでしょ、と突っ込まれる。


 「にしても、b-IDN(beta-identication number/第二識別子番号)を見ればわかるように、あれが第十三警備軍艦隊の機械知性だ」


 b-IDNは所属を示すコードだ。cdはCountry Defense Forse、つまり国防軍所属であることを示し、その後に連なる「/」は所属艦隊の宣言を示す。そして、それ以降に連なるn13pfはnumber 13 Patrol Fleet、つまり第十三警備軍艦隊、「-」はその艦隊での役職を示すという宣言、caはCommand of AI、つまり艦隊内最高位機械知性、「//」にてその艦隊の現行の所属を示すという宣言、「n/」は「now/」の略、つまり臨時配置であることを示す。

 そして、最後のnm1inはmain fleet number 1 in、つまり第一主力艦隊麾下を示している。間違いなく、第十三警備軍艦隊は第一主力艦隊へと配備された。


 「にしても、仕事が早いなあ…」


 僕に編入するべく努力するとか言ってから、まだ数分も経っていない。やはり、速攻で決まったのだろう。


 「桜蘭、君の考えを聞きたいんだけど。この配備をどう考える?」


 愁が桜蘭を脳外端子から出現させる。正確には幻覚に近いが。


 「私ですか…。多分、第一主力艦隊の戦力の増強かと」

 「真っ当というか至極当然の答え、しかも事実の単なる叙述だな。その背景だ、聞きたいのは」

 「状況と編入戦力から考えて、かなり大規模な要塞を攻略するためのものだと愚考します」


 そこまで読むか、と思った。

 要塞の攻略、というふうな考え方が聞けるとは思わなかった。要塞の攻略は二年前にたった一度だけ行われた、サマール沖海戦時にしかない。

 そういえば、サマール沖の魔女もこいつだったな、と思い出す。


 「根拠は?」

 「編入戦力の編成は旗戦艦級六隻に重巡洋艦八隻、それに防空駆逐艦四隻、重駆逐艦八隻とかなり偏った、砲撃戦指向のものです。しかし、艦隊と砲撃戦を行うとすれば、駆逐艦戦力がかなり不足です。

 となると、考えられるのは作戦の後方支援か共同での敵艦隊撃破。しかし、今の状況下では敵艦隊の発見自体が至難。したがって、何かの作戦の後方支援と考えました。

 そして、その作戦は恐らく空き巣狙い、つまり敵艦隊のいないどこかの島嶼部を奪還することにあると考えました。そして、そうなると各島嶼部を守る要塞へ攻撃を行い、敵の目を引きつけるのが妥当と考えました。

 他にも、艦隊の速度上、敵艦隊から逃げやすいなど、色々ありますが」

 「いや構わない。すまなかったね、なにやら馬鹿にしてしまって」


 最初に行ってしまった言葉を気にしているので謝る。別になんともないです、という返答が桜蘭から帰ってくる。


 「桜蘭、ところでその編成をどこから知ったの?」

 「先程、第十三警備軍艦隊の機械知性だという秋桜に会って、そのときに教えてもらいました」

 「なるほど…。となると、そこに秋桜がいてもおかしくないのかあ…。秋桜、出てきていいよ」


 再び現れる。


 「秋桜、どうして桜蘭に艦隊編成を話したの?」

 「? 桜蘭に問われ申しました」

 「アハハハ…。私が秋桜に尋ねたんです」


 なるほど、と愁が言った。


 「秋桜、僕としては君たちの艦隊の動かし方などをできる限り知っておきたい。だから、ここにいるジェームズ・ロバート特殊戦司令と演習を行いたい」

 「俺か? 別に構わないが…」


 時間は、と聞こうとするが、愁の話が終わってからにしようと思った。


 「演習海域は硫黄島周辺二〇〇浬、投入戦力は後で決めよう思う」

 「了解いたしました」

 「話は終わったか?」


 愁に尋ねる。愁が頷く。


 「その演習をいつやるのか聞きたいんだが…」

 「思いったが吉日というし、できれば今日中にやりたい」

 「それはいいんだが…」


 お腹がぐう、と鳴く。


 「昼ご飯、食べてからで構わないか」


 三人が吹き出して笑った。

 機械知性なのに、まあ人間らしい反応だなと思った。愁は違うが。まあにしても、腹が減っては戦はできぬ。

 そして、四人は食堂へと向かった。

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