第2話 強行偵察作戦
スプルーアンス総司令官は、総司令官室へと向かう。そこに待たせている人がいるからだ。その人が文句を言うとは考えられないが、とはいえ気分を害するのは間違いない。
「待たせて済まないな」
そう言って、ドアを開く。目線の先にいるのは、愁だった。愁については、目線を下げている。別に、降格処分を降すわけでもないにも関わらず。
思えば、いつもこんな顔をしている気がする。
というよりも、レイテ沖海戦以後、ずっとこんなんだと聞いている。特殊戦司令のジェームズ・ロバート准将と仲が良いという噂も聞くが、本人に尋ねても何も答えてくれない。
「降格、でしょうか?」
案の定、降格だろうか、と聞いてくる。降格にするわけがない、少なくとも「桜蘭」艦長として、「水の都」沖海戦時になんの失策も犯していない。
「降格にする理由がない」
「…、僕は、味方を盾にしようとしましたが?」
行動履歴を確かめてみたが、そんな行為はしていない。むしろ、「桜蘭」が味方艦隊の盾になった形だ。どこが盾にしようとしたというのだろうか。
「理由がわからない。どこが、味方を盾にしようとしているのか」
「? 分派された艦隊に対して、味方艦隊を当てたことですが」
信じられない。たったそれだけで、自分が味方を盾にしようとした、だと?
正直に言って、味方艦隊の人員がそう言うならば百歩譲ってわかるが、「桜蘭」が一番の危険を犯しているのだから、その論理はおかしい。
「少なくとも、そうは見えないが…」
「僕は、僕は、味方艦隊を盾にしました。それに関してなんと言われようとも、僕は僕自身の責任を果たすつもりです」
珍しい、愁が感情を顕にするのは、と思う。というよりも、艦長らしくない、というべきだ。
「まあ、いい」
正直に言って、それを問にここまで来たわけでも、越させたわけでもない。
「愁、君の、ありのままの感想を聞かせてほしい。今回投入された新戦力についてどう思ったか、だ」
「はっ、率直に申し上げますと、リスクを考えないならば、とてつもなく強力な兵器かと」
なるほど、リスクを分かっているのか。
それとも、単にこちらの感情を先読みしただけか。どちらかはわからない。艦長と話すときに面倒なのがこういうのだ。こちらの感情を先読みして情報を得たのか、それとも聞いたのか、どちらかわからない。
「そのリスク、というのは?」
「少なくとも、資源の面におけるリスクは極めて高いかと。僭越ながら、こちらでも軍令部の投入した新戦力についての検討は行いました。その結果、記録を見るに用いられた兵器は高速魚雷、しかも改造を施されたものに、対艦ミサイル数十発、レールガン、パルスレーザーなど、正直に言って、一海戦あたりの資材使用量は半端なものではありません。
それに、レールガンを運用できるだけの機関は、現時点で考える限り、原子力機関の超過負荷運転のみです。その暴発のリスクを考えると、やはり重要な場面で何度も使うのはいささか疑問があります」
なるほど、どうやら聞いたわけではないようだ。
それはそうだろう。あの「風の三姉妹」についての情報は名目上あらゆる軍事閲覧権限をもつ私ですら知らないのだ。持っている情報以上のことは、国家公安委員会特最高級軍事機密とやたら長い物騒な名前で保管されている、超トップシークレットの塊として開かずの間に保存されている。
「「風の三姉妹」については、つまりほとんど知らないというわけか…」
「あの高速艦の速力などを考えると、正直に言って、それ以外機関は…」
はっ、と気づいたような顔をする。慌てて脳内検索をかけ、そしてヒットした情報から推測していく。その行為に意味があるのか、その情報を知っている私が目の前にいるにも関わらず。
「縮退炉、か…」
「なっ! 愁、その情報をどこで!」
愁が首を傾げる。知らない、のか。
「僕は、脳外端子から技研の超高速加速器について調べて、その結果ブラックホール生成は可能と判断しました。そこから、ブラックホールを用いた超大出力機関のことを思い出した、ただそれだけです」
「…、軍機をこうもあっさりと見破られるとは…。君には話しておいたほうがいいかもしれないな…」
こいつ、どうしてこういうときに限って頭が切れるのだろうか。もっとも、そうでなければ目もかけないが。
「「風の三姉妹」、つまりヴィルベルヴィント、ヴィントシュトース、シュトゥルムヴィントの三姉妹に積まれているのは複合ブラックホール機関だ。ブラックホールを相互に影響させあって、そこからエネルギーを取り出す。
問題は、そのミニブラックホールをどうやって動かすか、そしてそれをどうやって管理するか」
「まさか…、機械知性」
「そのまさかだ。細かなことに気付けるのは人間じゃない。だからこそ、機械知性を用いた。しかし、それでも完全に指揮統率できるかどうかは問題がある。もしもブラックホール機関が暴走したら、中にいる人間も、それこそ世界が終わる可能性がある。
それに、艦内の重力制御すら完全にはできていない。だから、艦内は無人だ。しかし、指揮統率に関して言えば、少なくとも人間のように柔軟な考え方をすることができるシステムが必要だ。さて、それは何か」
頭を指す。
「答えは、脳外端子だ。脳外端子と艦内を情報的に繋ぐことによって、その艦を指揮することにしている。しかし、問題があった。正直に言うと、この艦に搭載されている機械知性は人間よりも遥かに優秀だ。
そして、その知性体が艦内全ての機能を掌握している。さらにいえば、その知性体はあらゆることに敏感だ」
愁にデコピンをする。
愁が痛がる。
「そう、痛みだ。今までの機械知性は、正直に言って、艦が被弾したとしても何の問題もなかった。
しかし、この知性体は違う。あらゆることに敏感に処理できるようになってしまったがゆえの弊害、さらにいうならば複合ブラックホール機関という危険な代物を積んでいるからなのだが、艦の被弾に対して極めて敏感になってしまったんだ」
愁の脳外端子に、アクセス許可を求める。愁は受諾。情報、それも三次元の映像としてその映像を見せる。
「それは、演習時のことだ。演習弾だから、実際被弾したとしてもなんの問題もない。しかし…」
唐突に、被弾した「ヴィルベルヴィント」が四方八方へと弾丸を放ち始めた。そして、その速力も増速していく。
「暴走、だ」
愁は頷いた。映像を切る。
「つまり、一度でも被弾すれば、味方を巻き込みかねない、と」
「そのとおりだ。だから、軍令部も出し惜しみしていた。だが、あのときはしかたなくそれを使うしかなかった。そのおかげで、民間にもこの艦の情報が露呈して、結果的にこれを投入しなければならなくなった」
「ヴィルベルヴィント」の問題点は、スーパーコンピューター一台の処理能力を上げることで全てのシステムを上手く一つの機械知性で操れるようにしてしまったことだ。
とはいえ、情報共有がなければそれもまずい。
「まるで、痛みに敏感な一つの生物みたいですね」
「そう考えてもらったほうがいい。そういえば、反抗作戦が立てられていることを知っているか?」
「想定は、してますよ」
愁がなんともなさそうにそう答える。どうやら、こちらの事情もお見通しのようだ。もっとも、こちらの表情などの情報から悟ったのかもしれないが。
「「風の三姉妹」の情報が民間に露呈した上、首都に攻撃を受けたとなると、当然ながらそのような選択をしなくてはいけないでしょうから。投入戦力も、ほぼ全軍に等しいくらいかと。
そして、奪還するところは、こちらの調査によるとマリアナ諸島かと」
そこまで読まれていたか、とスプルーアンスは一周回って呆れ帰った。もはや、情報を秘匿した意味がない。にしても、である。
「どこから、その情報を手に入れたんだ…」
どこから情報が漏れたかは知りたい。
「? 電波封止している艦隊、港湾の状況、備蓄燃料と積込みの量などから、かなりの遠征とは予想していました。しかし、南方諸島攻略のためには戦力があまりにも不足。
となると、マリアナ諸島か小笠原島嶼部かと」
「半分正答だな」
なるほど、そう踏んだか。
確かに、南方諸島は全域を攻略しなければその島嶼部を維持するために大量の戦力を必要とする。さらに、備蓄燃料と補給などから、割れてしまう、ということか。
「どうして、そんな話を?」
ん? と、突っかかりを感じた。
どうして、そんな話を? と愁は聞いたのだ。どうして? それは、愁が第一主力艦隊の司令官として遠征するからだろう。
「第一主力艦隊の戦力は基幹戦艦一隻、重巡洋艦一隻、駆逐艦二隻で、戦力再編にも時間がかかります。どう考えても、第一主力艦隊は今回の遠征からは外されるはずです」
「面白い考えだな。だが、残念ながらそうは行かない。政治的理由というものがあるからな」
愁が、おいおいと呆れかえる。
「失礼ながら、第一主力艦隊の現有戦力では作戦に貢献できないだけではなく、十分な連携なども取れないため、むしろ足手まといかと」
「それに関しては問題ない。こちらで戦力は融通する」
今のところ、第二主力艦隊から第四主力艦隊には余剰戦力はない。しかし、国防軍艦隊には存在する。そこから融通できるはずだ。
もっとも、連携が危ういのが問題だが。
「…、少なくとも、国防軍艦隊から融通するのは不可能なはずです。国防軍艦隊と主力艦隊では運用方法やノウハウなども違います」
「いや、国防軍艦隊から抽出する」
愁が失望と憤怒をわずかに交えた表情でこちらを見つめる。
「不可能です。連携が取れずに、各個撃破されます」
「そうだろうな」
即座に肯定。愁が怒りを顕に仕掛けるが、かろうじて自制する。
「…、スプルーアンス総司令官、少なくとも、僕は味方を無駄には殺したくありません」
「それに関しては心配はない。国防軍艦隊の無人艦から第一主力艦隊に戦力を渡す。無人艦ならば、そちらも連携は取れるだろう」
いやいや、それは、と愁がいう。
「流石に無茶です。無人艦はいわば標的のようなもの、まともに使いこなせる自信がありません」
「自信がないじゃない、行え」
「はっ、了解しました」
愁が考えていることは想像がつく。どうやって戦場から離れるか、だろう。少なくとも、まともな戦力を持たない艦隊を率いているのならば、私でもそうするだろう。
とはいえ、私は総司令官だ。そのようなことは許さない。
「愁艦長、貴官は別働隊として第三主力艦隊とともにマリアナ諸島を急襲し、同地に駐留すると思われる艦隊及び要塞を破壊、制圧せよ」
「はっ」
愁が敬礼して退出する。
さて、愁がどうするのか。こちらは愁に注目するとしよう。
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