第2話 強行偵察作戦

 軍部の最高位である総司令官の直卒軍は、現在戦力的に敵に対して優位にたてる状況にあった。敵艦隊の主力と思われる艦隊すべてを結集した「水の都」沖海戦にて、敵艦隊は最終的に「水の都」要塞に対してかなりの打撃を与え、第一主力艦隊をほぼ殲滅に追い込んだが、特殊艦隊に敗北し、戦力すべてを殲滅させられるという大ダメージを負った。

 しかし、これは裏返せば、「水の都」要塞への浸透攻撃を許した参謀及び前線の怠惰によるものであり、今参謀が集められているのもその責任を問うためのものだった。


 「つまり、敵艦隊は直接的に要塞全面へと戦力を送り込んだと? しかも、こちらに悟られないような方法で?」

 「はっ。我々全員、あらゆる要塞、島嶼部、それに偵察艦隊全てのデータを収集しましたが、どう考えても、海上を通ってきたものとは思えません」


 五冠八将の一人、五冠の一人に称されるアルフリート・アップルジャック総監はそう答えた。アルフリートは直卒軍の中でも最初期から存在する旧司令部直轄軍時代から総監の座につく、屈指の名将と称される女だ。その美貌は四十代に入っても衰えることはなく、むしろ増しているとすら行っても良い。

 そのアルフリートが言うのだから、説得力自体はあった。しかし、それでも今回の件に関して言えば、あまりにもありえない話であり、いくらアルフリートが言ったとしても総司令官は納得しなかった。


 「海上艦は海上のみを通る、これは常識だろう。いくらなんでも、空中、それも探索不可能なほど高高度から飛んできたというのは突拍子もなさすぎる」

 「しかし、全艦艇や中央司令部の多重処理型スーパーコンピューター上にも記録はありません」


 一人が手を挙げる。

 五冠八将から睨みつけられる。五冠八将にすら冠せられないような無能が発言する場ではない、場を弁えろ、と目線で言う。しかし、その男は五冠八将全員を睨み返して発言する。


 「失礼ながら、五冠八将らの申し上げることすべてが信用できませんな」

 「なっ…、貴様、どの…」


 アルフリートが激昂する。言うことすべてが信用できないと言われて、五冠八将も顔を歪める。


 「我々が調査したところ、この海域に展開する艦艇の音信が途絶えております」


 そう言って、その男─教育艦隊総監察官、エミリー・バンフリートが指を指す。人類が進出できている海域の限界である、北限─硫黄島海域だった。


 「ここに進出していた第四艦隊の音信が一時期途絶えています」

 「ふん、貴様、ここには第三主力艦隊も展開していた。第三主力艦隊からは、異常なしと…」

 「アルフリート総監、失礼ながら、その発言は誤りがあります。第三主力艦隊の索敵範囲を考えると、この海域すべてをカバーできたとは思えません」


 アルフリートが、彼女らしくもなく机を拳で殴りつけた。


 「貴様、主力艦隊を無能呼ばわりするつもりかッ!」

 「はい。少なくとも、索敵面においては」


 アルフリートが、一瞬面食らったように沈黙する。

 そして、その後、アルフリートの秀麗な顔が真っ赤に染まった。アルフリートが直卒している第三主力艦隊は、全主力艦隊中最強を誇る。それを無能呼ばわりしたということは、すなわち、総司令官の直轄艦隊を無能呼ばわりしたようなものだ。


 「ふざけるな!! 貴様、たかが教育総監察官の…」

 「ハァ…、またそれですか」


 アルフリートの発言に、ため息付きで返すという図太い神経は、アルフリート自身の怒りに油を注ぐ結果となった。


 「やめろ、見苦しいぞ」


 総司令官が、アルフリートを宥める。


 「それより、バンフリート教育総監察官の指摘に興味がある。主力艦隊を無能呼ばわりする根拠が聞きたい」


 総司令官の態度に、五冠八将全員の顔の歪みが解かれる。総司令官も怒っているのだ。それは、静かな、そして大きな怒りだった。


 「簡単なことです。主力艦隊は、偵察する艦隊ではありません。国防軍艦隊の偵察の後に主力艦隊を投入するという今の状況では、主力艦隊に十分な偵察を求めるのは無理があるかと」

 「なるほど、だが、主力艦隊要員とて、しっかりと偵察の訓練は受けているはずだが…」


 暗に総司令官は、これ以上主力艦隊について無能と呼べば、それを育てる教育艦隊も無能だと言うようなものだぞ、と言ったのだ。


 「総司令官、今の一海戦辺りの主力艦隊の旗戦艦、基幹戦艦の喪失率をご存知ですか?」

 「? それとなんの関係が…」


 総司令官としては、巡洋艦以上の喪失率ならば人員不足に関してのことだろうという想像はつくが、戦艦級を尋ねる理由が分からなかったのだ。


 「総司令官は勘違いされているようですが、レーダーを用いた偵察は戦艦級が主体となって行っています」

 「それは知っているが…」

 「戦艦級のレーダー偵察のカバー範囲はたかが600キロ程度、しかもこれは熟練の艦長がようやく処理できる範囲です」


 それも知っている、と頷く。


 「話を戻します。戦艦級の喪失率と人員喪失率は八割を超えています」

 「馬鹿な!!」


 そう言ったのは、総司令官ではなくアルフリートだった。


 「喪失率は五割以下のはずだ! 嘘をつくな!」

 「ええそのとおりですよ、表面上は」


 アルフリートは、言いたいことを了解した。

 戦艦級の喪失率は、確かに五割以下だ。しかし、戦艦級は度重なる被弾などによって中枢であるコンピューターを傷付けられて、簡単に戦力外となる。

 しかも、現状資源不足であることを考えれば、直ぐに修理できないような艦船は解体されて別の艦船の修理などに当てられてしまう。それを含めれば8割を超えてしまう。

 さらに、一戦によって心身に重大な障害を負って、二度と戦場に出れない軍人は急増していた。


 「しかし、それだけで主力艦隊の偵察能力が落ちているとはいえまい。実際、第三主力艦隊は熟練艦長を三人含む艦隊だ」

 「なるほど、観点としては面白いですね」


 バンフリートは、軽く総司令官を皮肉った。

 総司令官が激昂しかけるが、バンフリートがそれを強い目線で制する。総司令官が一瞬退いた隙きに、バンフリートが話を続ける。


 「熟練艦長というのは、あくまでも何年も生き残っている艦長のことです。つまり、偵察のノウハウに関しては不足しています」

 「…、なるほど」


 アルフリートが、折れた。


 「では、敵はそこから「水の都」要塞まで接近したということか…。一度、主力艦隊の再教育をするべきだな…」


 総司令官はそう言った。


 「だが、そんな時間はない。我々は、政治的に今現在まずい状況にある」

 「でしょうね。あまつさえ、首都海域まで侵入を許したのですから。となると、新規攻勢ですか?」

 「そのとおりだ」


 総司令官は、次期攻勢計画についてのことを話し始める。


 「我々に求められているのは、硫黄島海域の制海権奪還及び、マリアナ諸島の無力化だ。硫黄島海域が脅かされた理由は、マリアナ諸島の基地能力を完全に潰しきれていなかったことにあると推測される。

 今、マリアナ諸島は硫黄島を通じて堅牢に要塞化されつつある。もとからこの海域は我々にとって何が何でも奪還しなければならない海域だった」


 36年前、一番年長であるアルフリートがまだ4歳の頃、マリアナ諸島は陥落した。「メビウス」が投入し、撃沈された戦力はそれぞれ数百隻に上る。その頃はまだ機械知性などを用いていなかった時代であり、主力艦隊は戦艦を数十隻と含んでいた時代だった。

 しかし、このマリアナ諸島陥落により、同地に備蓄していた鉄やチタンなどがまるごと「メビウス」の手に落ち、そのうえ全主力艦隊の戦艦のほぼすべてを失ったことによって人的・資源的な面においてかなりのものが枯渇することになってしまった。


 ようは、マリアナ諸島陥落によって戦争の流れが決まったようなものなのだ。マリアナ諸島陥落によって、北限海域奪還作戦は完全に頓挫し、またポートモレスビー近海を奪還する艦隊を失った人類は、その後、後退を余儀なくされていったのだ。


 「硫黄島島嶼部を維持していたことによって、何とかマリアナ諸島は立ち枯れしていたんだが…」


 アルフリートがそう言った。

 確かに、硫黄島島嶼部はマリアナ諸島の抑えとして極めて重要だった。しかし、硫黄島島嶼部を失ったことによって、マリアナ諸島が息を吹き返したのだ。


 「マリアナ諸島に陸軍を派遣する計画もあったのだが、あいにく計画倒れに終わったのが痛い」

 「いまさら悔やんでも仕方ありますまい。それより、硫黄島島嶼部を奪還するとなると…」


 バンフリートが警戒する。

 まさか、今回の特殊艦隊を投入するつもりなのだろうか。もしも投入するつもりならば、バンフリートは何がなんでもそれを阻止するつもりだった。


 「ああ、君の危惧している通り、特殊艦隊に協力を要請する」

 「しかし…」


 特殊艦隊は国防軍外局技術研究本部の実験艦によって編成されている、要は虎の子だ。それに、用いているものに問題がある。


 「そもそも、あの時は上手く行きましたが、機関に問題があるのは変わっていないはずです。あれを投入するのは、敵味方ともに、最悪この世界さえも…」

 「他に投入する戦力がない」


 総司令官が、そう言った。


 「…っ」


 アルフリートの口角が上がる。たかがアジア系の出世頭の教育艦隊の分際で総司令官に口答えするからだ、と小声で言い放つ。


 「アルフリート!」


 総司令官が、口を慎め、と言う。

 それはそうだろう。教育艦隊が編成されたのは、五冠八将の統率する直轄艦隊自由群、方面群よりも後だ。それに、直轄艦隊は旧くから総司令官の直卒艦隊として存在していた、要はエリート意識の塊のようなものだ。


 アルフリートにとって、教育艦隊の分際で口出しするのは、そのエリート意識に鋭い一撃を浴びせかけられるようなものだったのだ。


 「確かに、問題はあるかもしれない。しかし、これは決定事項だ」


 そう言うと、総司令官は退出した。頭が痛くなったのだ。


 「エリート意識の塊に、口の悪い教育艦隊総監察官…」


 ああ、頭髪が白くなりそうだ、と本心から思ったのだった。

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