第0話 魔女の休暇
帰還途中に三亜港に立ち寄る。ここで基本的な修繕を終え、首都要塞の「水の都」でオーバーホールを終えるという本部からの司令に従ったまでだ。
そして、愁と「桜蘭」には休暇が命じられた。
「三亜港って、こんな感じなんだな…」
愁が言う。実際、それ以外言葉が浮かばなかった。三亜港は海南島嶼部の主要軍港で、しかも島嶼部屈指の大規模な軍港である。その三亜港だが、とくにやることもない。
辺りには民間人がいる、当然だ。
むしろ、軍人まみれの「水の都」要塞がおかしいのだ。
「あっ、軍人さんですか!」
その声を聞いた一部の人たちが駆け寄ってくる。
「すまない、僕は特殊戦所属なんだが」
その声に反応して、駆け寄ってきた人たちはすぐに敬礼したあと立ち去っていった。嫌われているのかな、とも思わない。
特殊戦とは、そもそもそういうものだからだ。
海軍軍令部直属教育連隊特殊戦闘部隊、通称特殊戦。教育連隊所属というのは、所属している軍人が幼年学校出だからだ。幼年学校時代に「艦長」としての特性がある学生がこの部隊に所属させられる。
「艦長」の資質は基本8〜14歳までには発現する。だから、幼年学校出のみでこの特殊戦は編成されている。
「愁は嫌われているのですか?」
仮想人体の「桜蘭」がそう尋ねる。
「いや、特殊戦だからだと思う。もっとも、特殊戦に所属している軍人のほぼ全員が性格破綻者だから、よく知れば嫌われるだろうね」
嫌味っぽくは言っていないつもりだ。
でも、いつも嫌味に聞こえると言われてきた。それこそ、初めて話すことができるようになってからすぐに嫌味に聞こえると言われてきたらしい。
らしい、というのは、記憶にないからだ。
両親に捨てられて軍の幼年学校へと押し付けられたのが六歳。このためだけに両親は僕を勉強させた。それこそ、僕が話す暇もないような、血反吐が出るほどに勉強さられた。
お陰様で幼年学校を十傑で入学、歴代最年少での卒業を迎えた。
「愁、私は、それはおそらく違うと思うのですが」
「まあ、確かに比較的マシとは言われてるけど、でも多分程度問題だよ。艦長の資質持ちは、全員まともに生きれてない」
「艦長」の資質、というよりも能力は他と比べて発現率が極めて低く、そのうえ能力が発現したとしても当初は何も得がなかった。
「艦長」の資質、正確には「第三種多重処理能力」。機械を含む風景情報から未来の状態を予想することができる能力。これはあらゆる人が持っている能力なのだが、第三種多重処理の場合は必要のない情報を含むあらゆる情報を無意識のうちに同時処理してしまう。
これは実はかなり厄介な能力で、人の知りたくない側面を知ることができてしまう。例えば、今何を考えて、今話していることが嘘が本当か。
そんなこと、そのすべてが無意識のうちにわかってしまう。
信じたい人も嘘をついて、それで信じられなくなってしまう。それを幼少期に、文字通り心がナイーヴな時に何度も受ければ、必然的に性格破綻者となってしまう。
「愁、私は周囲に敵がいると感知しました」
「敵、だと?」
いつの間にか、「桜蘭」が戦闘態勢に入っている。
仮想人体だから実際には喧嘩も何もできないが、最低限の索敵はできる。
「おそらく、能力者かと」
「反社か、それとも?」
「私は反社だと推測します。反社の幹部である、峯島爽夜と顔が一致しました」
どうしてこんなところに、と思ったがそれは愚問だと気づいた。この三亜港では、今現在政府幹部による緊急集会が開かれている。峯島といえば、テロリストとしても有名だ。
「私は他三名を確認しました。それぞれ爆弾らしきものを所持しているようです」
「警察に話は通したか?」
「私が監視カメラをジャックする時点で連絡いたしました」
にしても、どうして「桜蘭」は気付けたのか、疑問だ。
「桜蘭」の索敵範囲はすべてが基幹戦艦「桜蘭」のレーダーに依存しているはずだ。他のコンピューターと情報的につながっているとはいえ、どうして気づけたのかは分からない。
「了解した。取り押さえる」
「私が味方に救援を要請しましょうか?」
「有り難いが、近くに能力者はいないだろう。誰に連絡すると言う?」
「桜蘭」は沈黙した。余計なことだと気づいたのか、それともプログラムの照合をしているのか。
まあどちらにしても、僕には関係ない話だ。
「峯島、ロスト。私は彼が透過能力を使ったと予想します」
「…、警察には連絡しているな」
「はい」
それを聞くと、すぐに駆け出す。
端末から呼び出された仮想人体は、その動きに強制的に従わされる。
「愁、何をなさるおつもりですか」
「取り押さえる。透過能力を使われているとしたら、警察が見つけるのは不可能に近い。そのまま引っ捕えて、警察に引き渡す」
「私はそれが無茶だと思うのですが」
愁はそれに従わずに、視覚がわずかにずれているところ─峯島の居場所に向かう。
峯島の「透過」能力は、正確に言うならば電磁波を任意の角度捻じ曲げられる能力だ。当然、峯島は自らを反射している全ての光を360度捻じ曲げている。
だから、人の脳はその部分だけまるで盲点のように補正してしまう。
つまり、まるで「消えた」かのように振る舞えるのだ。
「拳銃一丁あれば、なんとかなるだろうが…」
あいにく、拳銃は艦内においてきてしまった。だが、べつに拳銃を持った相手とやり合うわけではない。
相手も自爆覚悟で爆弾を爆発させたりはしないだろう。
「うぉぉりりりりゃゃゃゃゃ!!」
その部分だけ補正されたことが明らかな地帯へと突っ込み、そして峯島に体当りする。
峯島の能力が停止して、辺りが顕になる。
「てめぇ!!何様のつもりだ、この…」
峯島がそう叫ぶ。
艦長の持ち物である軍人手帳を見せる。すぐに峯島が黙る。
そのかわり、ナイフを突き出してくる。
「死ね!政府の差し金!!」
ナイフを躱す。右腕のさらに右側の虚空をナイフが貫く。
「無駄な抵抗はよしなさい、正規軍人に勝てるとでも思っているのですか?」
普通に理解できない。
正規軍人とたかがテロリスト、しかも戦争教育も受けていない日本出身の峯島が戦えばどうなるかは想像がつくだろうに。それとも、勝負はやってみなければわからない、とでも言うのだろうか。
「ミギャア!!」
ナイフを持っていた腕をへし折る。ナイフが道端へと転んでいく。
「お前たち、こいつを攻撃しろ!!」
峯島が叫ぶ。だが周りの連中はすぐに逃げてしまった。
「お金でお雇いになられたのですか? お金で人殺しを手伝わせようとして自分が危険になれば、そりゃすぐに逃げると思うのですが」
「うるせえ、てめぇみたいな青二才にわかるわけがないだろうが!!」
こいつ、肋骨をへし折られたいのだろうか?
正規軍人に対する態度とは思えない。首都でこんな態度をとれば、刑罰ものではなくとも、村八分にされることは間違いない。
「おっと、自爆しせませんよ」
爆弾がどこにあるのか意識していたわけではない。
ただ単に、そこにあって、しかも峯島がそれを爆発させようとしていることが、まるでいきなり思いついたかのように脳によぎったのだ。
「貴様、どうして!!」
どうして分かったのか、と聞きたいのだろうか。
「僕は、艦長です。これで答えになりましたか?」
「…っ、くそ!!」
艦長の能力である第三種多重処理能力。無意識のうちに思考、未来予想を終えられ、いざというときに意識できるという特殊能力。だれでももっているが、それをいつも行えるのが第三種多重処理能力者である。
「はい、さっさと警察まで出頭してください」
とはいえ、その必要性はなさそうだな、と思う。
うしろから、警察の声が聞こえてきていた。
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特殊能力、それは一部の人たちが持つ、人知を超えた能力。
重力制動能力、多重処理能力、時間加減速能力、透過能力…。様々な能力が今まで確認されている。その能力はいわば人が持つには重すぎる能力だった。
能力者と呼ばれる、これらの特殊能力を持つ人々は、最初は「魔女」と呼ばれ、私的制裁リンチにあったり、自殺したり、悲惨な末路を辿った。
しかし、「メビウス」の本格的侵攻の後、これらの能力は軍によって使われることになる。
凄惨な末路しか待っていなかった能力者たちは、軍に希望入隊し、軍で生涯を終えていくことを望んだ。能力者の平均寿命は一般人の半分にも満たない40代であり、軍で生涯を終えてしまうことがほとんどだった。
そして、その中でも多重処理能力者は幹部へと出世することも多く、何人もの総司令官を輩出している、いわばエリートだった。
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「私は特殊能力がどれだけすごいのか分かりませんが、少なくとも愁の能力が彼に対して全く向かないということはわかります」
「そうか? 実際、あいつは逮捕したが?」
桜蘭は呆れ返ったかのような声を出した。感情があるわけでもないから、単純にそのように聞こえたというだけなのだろうが。
「愁が正規軍人だから、正規軍人でもない峯島に勝てたのです。普通ならば、勝算は皆無でしょう」
そうかもしれない、と頷く。
三亜港から「桜蘭」が出港したのは、逮捕から11時間後だった
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