レクセル─蒼海の魔女─

五条風春

第0話 魔女の休暇

-明倫13年、某海上




 艦隊砲撃は熾烈を極めた。


 同海域に駐留していた第八艦隊─一等警備艦一隻、二等警備艦四隻他一一隻からなる警備艦隊はなすすべなく壊滅し、乗員243名全員が戦死。基地司令部及び飛行場は完全に焼き払われた。




 第八艦隊の援護に駆けつけた第一主力艦隊は、第八艦隊を壊滅に追い込んだ敵艦隊─符丁「雲雀」、戦艦n級二隻、f級一隻、巡洋艦nor級八隻、駆逐艦de級一六隻に対して戦闘行動を行うべく島嶼部を迂回して、敵艦隊が本部へと帰還するところを奇襲した。




 「ファイア!!」




 第一主力艦隊の基幹戦艦「桜蘭」は砲撃を続ける。既に同型艦である「海梁みりょう」は大火災を起こして戦闘不能となり、旗戦艦「厦須あす」はその舵機室に火が及ぶに至り、操舵不能に陥っている。


 しかし、敵に与えた損害はかなりのものだった。




 「敵弾飛来!!」




 男しかいない、というよりも男にしか似合わないような狭苦しい艦橋のなかで、うら若い女の声が響く。




 「やはり、敵艦隊はほとんど壊滅状態か…」




 第一主力艦隊は敵艦隊に対して見事に丁字を描き、敵の先頭にいる旗艦の戦艦f級を撃沈すると、後は各個撃破の要領で敵艦隊を切り裂き、戦艦すべてを撃沈へと追い込んだ。


 しかし、その分受けた損害も大きく、戦艦二隻を最低半年程度戦列から失うことになった。




 「だめだめ、まだ戦闘は終わってない」




 頬を叩き、戦闘に集中する。


 戦闘は終盤に近づきつつあった。




 敵艦隊の駆逐艦de級三隻が第二水雷戦隊の防御線をかいくぐり、接近してくる。




 「左舷側高角砲、目標敵de級、一斉射撃」




 高角砲から、先程の主砲斉射とは異なる衝撃の音が鳴り響く。主砲斉射のときのようなどしっ、とした、文字通り雷鳴のような砲撃音ではないが、そのかわり数は多い。




 「左舷側高角砲第一座、六座、七から一一座が回線切断により作動しません」


 「…、構わない。機銃、目標敵de級。四〇(四キロ)まで引きつけろ。機銃でも駆逐艦には痛いダメージとなる」


 「了解。目標、敵駆逐艦de級、発砲開始距離四〇」




 空中から戦艦ほどのものではないにしても、かなりの大口径砲弾─20,3cm砲弾が飛来する。弾丸は空を超音速で駆け巡り、キーッという甲高い音を鳴り響かせる。


 弾丸は空中から海上へと重力に引かれて落ちていく。そして、本来その先にあるべき物体─戦艦「桜蘭」のはるか手前で力尽きる。




 「敵弾弾着、本艦右舷側にすべて弾着。敵艦は本艦を完全には捉えてないものと推測されます」


 「了解した。敵駆逐艦はどうなっている?」




 目の前にレーダーチャートが示される。敵駆逐艦は相変わらず三六ノットで「桜蘭」への突入を続けていた。その近くには絶えず紅い点が示されている。その光点は、輝いては消えを繰り返す。




 「完璧にはこちらも捉えられないか…」




 敵駆逐艦de級が進路を変更する。敵駆逐艦を示す紅い三角形が、方向を時計回り九〇度変化させる。その後ろに再び弾丸を示す紅い点が示される。




 「横をすり抜けるつもりか?」




 敵駆逐艦はこちらを無視してでも海域を突破しようとしているのか


 それとも、ただ単に回避行動を取ろうとしているだけなのか




 「敵駆逐艦が高角砲射程外に外れるまでに何分かかる?」


 「約一四分です」




 一四分となると、第二水雷戦隊が今から回頭したとしてももう阻止には間に合わない。やはり、ただの回避行動か?




 「おもか…」




 面舵一杯を命じようとして、それはやめたほうがいいということに気付く。ここらへんの海底は細い一本の道のようなところを除けば複雑怪奇だ。そこに進路を合わせている以上、そこから少しでもずれたら最悪座礁となる。


 「海梁」「厦須」はその線状のところに展開していて、撤退しようとしている。




 「まさか…」




 敵駆逐艦の狙いがわかった。


 敵駆逐艦は、進路を反転させている「海梁」「厦須」の二隻を雷撃するつもりだ。しかも、敵駆逐艦は「海梁」「厦須」に対して、丁度今最適な射点の線状にいる。




 そして、敵駆逐艦の魚雷は酸素魚雷…。




 「はめられた…」




 「海梁」「厦須」にこの事を伝えようにも、二隻とも今現在無線を破壊されている。発光信号で送ろうにも、見えるかどうかは五分五分だ。




 「敵駆逐艦、煙幕展開。逃げるつもりだと思われます」


 「一杯食わされた…」




 てっきり、敵駆逐艦は「桜蘭」の進路方向へと逃走するのだと思っていた。実際、そちらのほうが敵の本部に帰るには近い。


 だからこそ、すきを付かれた。




  やがて、海域に二つの爆発炎が舞い上がった。そして、それがこの海戦の終幕だった。




────────────────────




 戦闘、補給、戦闘…。


 呪われたかのように戦争を続けるこの世界では、敵をこう呼んだ─「メビウス」、と。


 この戦争が始まった時期すら明らかではない。一説によると、一〇〇年以上前から行われていたのではないか、と言われている。




 一説、というのは、戦争の初期に関する資料が殆ど失われたに近い状態にあるからだ。


 メディアアーカイブ、つまりインターネット空間における情報爆発と「メビウス」の本格的侵攻が殆ど同時期に起こったと言われており、それによって紙媒体はともかく、インターネット上にある歴史系の資料はその殆どが失われた。




 敵「メビウス」の侵攻の目的は明らかではない。


 しかし、明らかな事実は一つある。「メビウス」は、その戦力を枯渇させることなく人類の戦線を後退させつつある。人類は、はっきりと戦史として残っている五〇年前から考えると当時の人類の最前線の居住地帯から約四二〇〇キロ後退している。




 「メビウス」の戦力は圧倒的であり、それこそ戦力の極端な逐次投入と分散配置を行っているにも関わらず、次の海戦時には同程度の戦力を用意し、人類側に消耗を強いてきた。


 「メビウス」は海、空のみからやってくる。


 しかし、海域を締め出された各島嶼部が自給自足できるわけがなく、各島嶼部では飢餓死体がごろついているといわれている。




 そして、島嶼部の殆どを失った人類側は最終的に一八箇所の海上要塞と六島嶼部へと戦力を集結させ、的の進行を何度も破り続けていた。




 それが、ついに先海戦で失敗した。




 飛行場、駐留艦隊すべてを失い、その島嶼部にいた軍人・民間人全員は首都要塞である「水の都」要塞に移動した。




────────────────────




 「桜蘭、お疲れ様」




 基幹戦艦「桜蘭」の機械知性である桜蘭にそう語りかける。


 基幹戦艦「桜蘭」はその機構のほぼすべてをスーパーコンピューター「摩天楼ヴォルケンクラッツァー」を用いることで無人化しており、そのスーパーコンピューターと会話を行うことで戦闘を行うことになっている。


 軍人が少なくなりつつある軍本部が開発した「摩天楼」システムは、「桜蘭」以外のすべての軍艦にも同様に採用されており、軍人の省力化に一役買っている。




 「愁、そちらもお疲れ様です」




 「摩天楼」システムによって機械と会話することができるようになったものの、どうしても機械に話しかけるのが気に食わないという軍人も多く、そのため急遽作られたのがこの「仮想人体」である。


 軍人によっては「仮想人体」を用いないこともある。しかし、基本的に海軍軍人は「仮想人体」を作ることが多い。




 そして、この僕、浅野愁は仮想人体を用いてこの「桜蘭」をつくった。




 「体には慣れた?」


 「はい。べつに、私に五感があるわけでもありませんから。私が体を動かす必要もない以上、元のコンピュータとあまり変わりません」




 人型とはいえ、コンピュータである。


 自然な会話ができるように、とは流石に海軍本部もしていない。軍人に仲良くといっても通用しないだろう、というのが考えらしい。もっとも、それならば、端末を用いれば簡単に3Dモデルとして「仮想人体」を呼び出せる必要もないのだが。




 「海軍本部から、何かあった?」


 「いえ、私には特にお伝えすべき通信は来ておりません。必要ならば、私が本部に照会いたしますが?」


 「いや、その必要はない」




 本部から何も言ってこない、となると特にお咎め無しだろう。


 とはいえ、島嶼一つを失ったのはどう考えても痛いのだが。




 「桜蘭、この敵の侵攻をどう考える?」


 「? 私にはおっしゃられている意味がよくわかりません。どのような意味でそうおっしゃられたのですか」


 「うん…、戦略的に、この侵攻にはどんな意味があるのかってこと」




 桜蘭はすこし悩んだあと、こう答える。




 「おそらく、この侵攻は別方向を襲撃するための陽動ではないか、と私は愚考します」


 「…、これほどの損害を与えておいてか? 敵はこの島嶼を落とすために戦艦を数十隻も失っている。そこまでして、この陽動は必要なのか?」


 「敵にとって、この程度の損害は許容圏内と考えます。実際、有史戦役の中ではマリアナ島嶼部を陥落させるため、敵艦隊は総計六二隻の戦艦を陽動に用いています。計一〇〇隻を超える戦艦がたった一つの島嶼部を落とすために投入されているという前例を考えますと、この程度は陽動に用いても不思議ではないかと愚考します」




 そういえば、そんなこともあったな、と思いながら、再び思索にふけることにした。

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