第57話 俺たちの音楽を、洋楽と共に
『はいっ! それではここまで、Four leafs cloverの演奏でした! 続いてのバンドは……』
そんな顧問の先生の繋ぎののMCを聴きながら、俺たちは舞台袖へと移動する。
観客席から完全に見えなくなったところまで歩いて、壁に身を預ける。身体の緊張がふっと抜けるような、心地の良い爽快感が身体を包んだ
――――――あぁ、終わったんだな。思い返してみればあっという間だった。
欲を言えば、まだ演奏していたい。けどどこか満足したような、満ち足りたような感覚が身体全体を覆っている。そんなヘンテコな気持ちだ。
「……っふふ」
そう思うと、どこか笑いが溢れてきた。
多分、俺は嬉しいのかもしれないな。
夏休みの発表会の時とも、ライブステージの時とも違った感情。いつだって、演奏する度に新鮮な気持ちになれる。それが、堪らなく嬉しいのかも。
「よぅ、お疲れさん。頑張ったじゃねぇすか」
「ん、ありがとう。そっちこそお疲れ様、飛猿」
そんな気持ちに身を委ねていると、ふと、飛猿に横から声をかけられる。こいつもこいつで爽やかそうな表情だ。
こいつもこいつで、満足のいく演奏ができてたのかな。そう思うとどこか微笑ましいような気持ちになる。
「お、初めて演奏した時より疲れを感じさせないご様子。いいねぇ成長してはりますなぁ君も」
「まぁ、さすがに3回目ともなれば、ね。でも、今日が1番エネルギーもパワーも使った……。そんな気がするよ」
「それだけ全力で演奏出来るようになった、ってことやろ。音聴いててもなんとなくそう思わされたしな。今後に期待っすわーヌホホホホホホ」
「変な笑い方すんなっての。でも、そうだね。少しずつ俺も、前に進めてるのかな」
そう呟きながら、俺は天井を仰ぎ見る。
確かにパフォーマンス時間も、曲の数も、今までで1番長く多いものになった。けど、こうしてしっかり全力で演奏しきれただけでも、以前より前進できてるのかもしれない。
そう思うと、薄暗く照らす舞台袖の照明もどこか輝いて見えた。
「せやなぁ。まぁ君もやけどもちろん当然当たり前ですが……俺は日々進化してますし、高垣氏もパイセンも出会った頃と比べたら見違える程じゃねぇすか? な、高垣氏」
「ん、んぅ。そう、ですね。私に関しては分からない、ですけど。今日のパフォーマンス、皆さん本当に、何時も以上に……凄かった、ですっ」
「ありがとうございます高垣さん。でも、高垣さんだって凄かったと思いますよ? watcher of the skisとか、The oceanの時のベースの迫力、とんでもなかったですし。な、飛猿?」
「完全に同意や。あと何より、前は演奏終わってすぐはバテてたのに今はピンピンしとりますやないの。すげーわ」
「にゃ、うぅ。ありがとうございま……でも、やっぱり恥ずかしい、です……!」
高垣さんは顔を赤らめつつきゅっ、と体を縮こませると、困ったように少し俯く。でも、まんざらでもなさそうだ。だって少し微笑んでるし。可愛いな。
そうだ。みんな、前に進めてる。
あの発表会の時だって勿論凄かったと思う……けど、そこから更に、更に上へと昇れた。そんな実感を確かに感じる。
「でも、まだまだこっから……って感じもしますわな。どーせやるなら上手くなるとこまで上手くなりてぇし。な、御門氏よ?」
「ん、そうだね。俺たちよりすごい人って沢山いるだろうし……そこに少しでも近づきたいなって思うよ。ですよね、先輩?」
そしてそれはきっと先輩も同じ気持ちなハズ。そうあってくれると嬉しいな――――、なんて思って、ふと、先輩の方に顔を向ける。けど、
「…………」
「……あれ、先輩? どうしたんですか?」
先輩はどこか俯いて、ぼぅっとしたような表情を浮かべている。
それにどこか顔が紅いような……、そんな気がする。
俺の怪訝そうな視線に気づいたのか、先輩ははっ、と我に返ったように俺を見る。
そして、困ったような顔を真っ赤に染める。
「いや、違うの……っ! これは、ホントに、その……っ」
「?」
そして腕をぶんぶんと振り、再び俯く。
よく、分からない。何を考えてるんだ彼女は。俺の曲を弾いてる間に、何があったんだろう?
分からない、んだ、けれど。
なんでだろう。そんな表情が、仕草が俺には、すごく魅力的に写った。
「もう、ダメね。本っ当に……」
先輩はそう言いながら、弱々しくため息を吐く。
そして突然、俺の腕をぎゅ、と掴んだ。
そしてそれをぐいっと引っ張り、俺の体を胸へと収める。
……つまるところ、アレだ。
先輩に抱きとめられてるんだ俺は。
「せ、先輩っ!? いっ、いい一体何をっ――――――」
「ごめんなさい。暫くこのままでいさせて。私も、上手く気持ちの整理がつかないの」
俺の体に触れる先輩の手に、きゅ、と少し力が込められた。先輩の身体の暖かさが、布越しに伝わってくる。
……ヤバいなんだこれ。めちゃくちゃドキドキするぞ。
先輩に抱きつかれた事は前にもあった。けど、あの時は先輩が凄いギターソロをつけてくれたっていうことに対する高揚感に似た気持ちの方が強かった。だから、ここまで恥ずかしいような、顔を赤らめるような感情に揺さぶられるようなことはあんまりなかったんだけど。
だけど、今は先輩の朱に染まった顔とか、柔らかく抱きとめられてる感覚とかの方に強く、感情が惹かれている。
自分の感情にも、先輩にも、理解が追いつかない。暫くそのまま、なすがままに抱きとめられているしかできなかった。
「本当に、特別ね。貴方は」
そしてそのまま暫くじっとしていた先輩だけど、自分の気持ちに整理がついたのか、ぽつり、と言葉を紡ぎ始める。
「今日の演奏を通して……、純粋な笑顔で、伸びやかに演奏してる貴方が、すごく魅力的だった。何処までも自分の好きなものにひたむきな貴方を見れて、凄く嬉しかったの」
そう言うと先輩は俺の方を見て、柔らかく微笑む。
いつもの、先輩の笑顔だ。まだ少し顔が赤く染まっているけど、逆にそれが彼女の可憐さを引き立てる。
「そう思うと、感情が抑えきれなくて……。ごめんなさいね。ほんっと、らしくないんだから……」
「あ、いや。そういうことだったんですね。別に大丈夫ですよ。先輩がそんな風に思ってくれてたってわかって、なんか嬉しいですし」
どこか、顔が綻んだ。
そうか、観客の人達にも多分そうだけど、何より、先輩にも伝わってたんだ。
全力で演奏してたこととか、純粋な気持ちでステージに立ててたこととか、音で表現したかったこと諸々全部が。
身近な人に、何より異性として惹かれてる人にそう思って貰えたってことが本当に嬉しい。そう思うと、なにか心が暖かくなったような気がした。
「……ふふ、ならよかったわ。にしても、ホントに今日の貴方、いつも以上に凄かったわ。伸びやかで綺麗な演奏、からのあの純粋な笑顔――――。ほんっとに反則よ。思わずときめいちゃったじゃない」
「あ、はは。そんなにですか。まぁ、心を揺さぶる演奏ができてたってことなら良かったです、けど、ね」
彼女の惚気けたような言葉に思わず恥ずかしくなって、顔をふいと背けてしまう。そんな姿をみて、彼女は少しクスッと意地悪に微笑んだ。
可愛らしいとでも思ってんのかな。なんか癪だ。
「ま、まぁとりあえずこの話はこの辺にしときましょう……ってか飛猿くんさ。さっきから真後ろで真顔で佇むのやめてくれませんかね。なんか圧感じるんだけど」
「お黙り。これでも我慢しとるほうですわよ。高垣氏に止められんかったら暴れだしとったわ」
「いやまぁいきなり惚気けだしたのは謝るけどさ……」
不可抗力なんだから仕方ないじゃんか、と言おうとして止めた。飛猿の事だ。これ言ったら本当に暴れだしかねん。
取りあえず、高垣さんにも詫びいれとかないと。そう思って彼女の方を向く。
「すみません高垣さん。いきなりこんなことして……」
「あ、いえ、大丈夫、ですっ。音無くんと明星先輩が好き同士なのは、何となく、わかってました、から。ふふっ」
「あ、そうなんですか? 一体いつから……」
「文化祭の直前、あたり、かなぁ。明星先輩と音無くんの距離感が近づいてる感じがしました、から」
「あっはは。マジか。それじゃ気ぃ遣わせちゃってたかもなぁ」
「そ、そんなことないですよっ!? 可愛らしくて微笑ましくて、見てて楽しかった、ですっ……!」
高垣さんはぶんぶんと頭を振って精一杯のフォローをしてくれる。優しいな。
でもそっか。飛猿や朝倉さんだけじゃなくて、高垣さんにもバレてたのか。ここまで筒抜けだと、なんか恥ずかしい気もする。
「いやぁ意外と太てぇ性格してますぜ高垣氏。さっき先輩が君に抱きついた時『いいもん見たわ』みたいな表情しとったし。気ぃ遣って話さんかった俺の気持ちなんだったんでしょうなぁ……」
「あ、はは。でもまぁそれは仕方ないんじゃ……って部屋の隅っこでいじけんなサル。気遣ってくれた事には感謝してんだから」
部屋の角っこで体育座りでそっぽ向くなってのよ。俯いて負のオーラをこれでもかってくらい醸し出してるから余計に周りの目を引いてる。
ほら、高垣さんも困惑してるし。すみません高垣さん貴女は何も悪くないんです。全ての元凶は……。
感情が態度に出やすい俺だな。多分。
ほんと申し訳ねぇ。
「まぁええっすわもう。3日くらい引きずるけど。結果今日の演奏でたくさんのリスナーに俺たちの好きな音楽を、御門氏の曲の神っぷりを見せつけられたし。それでトントンや」
「そう、ですねっ。それに皆さんとの絆も、より深まった……そんな気がしますっ」
ぬっ、と立ち上がってこちらを見る飛猿は少しまだ不満そう……だけど、しゃあねぇな、といったような清々しそうな笑顔も滲ませている。高垣さんも嬉しそうな、朗らかな笑顔だ。
あぁ、変わったな。飛猿も、高垣さんも、俺も先輩も。本当にいい意味でさ。
「ふふ、だから言ったでしょう? あなたが作った曲を皆で演奏できれば、今後の関係もより良いものになる……って。そうでしょう?」
「そう、ですね。本当に」
俺たちの音楽を、大好きな洋楽と共に奏でて。その良さがみんなに伝わって。
俺も、みんなも、少しずつ変わっていけてる。
それってすごく幸せな事だなと思って。それで。
先輩と一緒に柔らかく笑った。
俺たちの音楽を、洋楽と共に 二郎マコト @ziromakoto
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