第56話 Into the sunset

 飛猿の特徴的な、跳ねるようなドラムと、俺のキーボードの旋律から、この曲は始まる。

 優しく、だけどどこか心躍るような雰囲気になるように、音を作ったつもりだ。それが伝わったのか、観客から「おぉ」という声が聞こえた気がした。


 少し遅れて、高垣さんのベースも曲に加わってくる。そして暫くしてから、飛猿のフィルインと共に音に勢いをつける。


 ――――――さぁ出番ですよ、先輩。思いっきり先輩のギター、鳴らしちゃってください。


 そう思った次の瞬間、

 先輩のギターが鮮やかに、淡い雰囲気を持って鳴り響いた。

 歓声がわぁ、と一段大きくなった。感動と熱量が籠った声が、俺たちの元へと押し寄せてくる。


 そんな声を聞いて、俺の心は少し昂る。

 だってそうだろ。みんなの反応は正に、先輩が初めてこの曲にギターの音をつけた時の俺の反応そのものだから。


 大きな驚きと感動、そんな気持ちがこの空気を通して伝わってくる。確かに、この曲の「音」に詰めた気持ちとか、そういったのが伝わってるんだ。そう思うとどこか安堵すると共に嬉しい気持ちが強くなってくる。


 でも、まだこれだけじゃない。まだイントロの部分だ。

 暫くしてから、先輩の優しい、でも透き通ったボーカルが会場に広がる。


 先輩曰く、本当は英語の歌詞で歌えればカッコよかったんだろうとは思う……けど、それだと上手く作詞ができなかったみたいで、日本語の歌詞を当てはめた、らしい。

 

 歌詞の内容は……、俺と初めて出会って、セッションした日の事を想起しながら書いたらしい。でも、言われてみれば確かにそれを思わせる言葉はいくつも出てくる。

 


 ――――夕日が、私たちの身体を照らして、鮮やかに彩り輝いていく。鳴り響いて光に溶けてく、無数の音の響きとともに。

 ――――窓から差し込んだ光と君が、心の鍵を解いてゆく。闇にしまい込んでたものが、穏やかなものに包まれながら。



 先輩が歌っている歌詞のニュアンスは、おおまかこんな感じだ。それが、先輩の綺麗なボーカルと一緒に伸びやかに、透き通る水のように響き渡る。

 なんか、すごいな。感無量だ。自分の作ったメロディに歌詞がつくって、どこか強い「意思」が宿ったような、そんな感じがする。

 それが、この曲の力を何倍も上の高みに引き上げてくれた。そんな気がした。

 

 そして、曲は中間奏部分に入る。ここだ、ここが1番の聴きどころ……にしたつもりだ。先輩のギターが、存在感を持って響くところだ。


 そして、先輩の優しく、澄み渡るようなギターが鳴り響いた。

 歌詞が持つ雰囲気をそのまま音に乗せたような、感情が強く籠った音が、はっきりと空気を揺らす。



 ――――すごい、何だ、コレ。

 今までで1番、揺さぶられるような音だ。



 初めて先輩がこのギターラインを思いついた時とも、練習でよく鳴らしていた音とも、全く違う音。


 このステージ上で感じる緊張感、最高まで昂ったテンション、そして今までの積み重ねが最高の形で昇華された。そんな音だ。

 思わず泣きそうになるけど、聴き入ってしまう様な。それこそあの日一緒に先輩と一緒に弾いたRipplesのギターラインのような雰囲気が……ってダメだ。これ以上は言葉にできない。


 とにかく、言葉で言い表せないほど凄い。今まで聴いてきた先輩のギタープレイの中で最高なんじゃないかってくらいの音。

 きっと観客達も俺と似た気持ちなのだろう。そんな先輩のギターの音に驚き、心揺さぶられながら聴き入っている。そんな雰囲気を身体全体で感じられた。

 

 そして高垣さんと飛猿も、そんな先輩のギターを引き立てるように、確実に、しっかりとしたリズムを刻んでいく。この2人も本当にすごい。


 あぁ、負けてられないな。こりゃ。

 3人とも、こんだけみんなを驚かせてるんだ。俺だって、もっと、もっと上に行けるはず――――!

 

 そんな柄にもないことを思って、先輩が一通り歌い終わりアウトロの部分に入った時、俺は。

 キーボードを一際大きく響かせた。


 ◆◇◆


 ――――凄い。何よこれ。彼のこんなキーボード、今まで聞いたことない……!


 私のボーカルパートが一通り終わって、彼のキーボードが主張するアウトロに入ったその瞬間、彼の鍵盤から流れるような旋律が奏でられ始める。

 

 複雑で独特だけど、自然と馴染みを持って聴くことのできるメロディー。彼の魅力の一つね。初めてこの旋律を聴いた時、思わず胸が熱くなるくらい驚いた記憶がある。

 だから観客にも、思い切りそのメロディーを届けて、びっくりさせちゃいなさい――――くらいは、思っていたんだけれども。

 

 今この場で奏でられる彼の音は、私が聴いてきた中で1番、強く印象に残るものだった。


 自由で、伸びやかな音。

 そして何より、私が歌詞に込めた「気持ち」を、しっかり音に落とし込んだような、そんな雰囲気。


 それが迫力と存在感を持って、淡く儚く鳴り響いている。

 あぁ、凄い。貴方って人は本当に――――――。


 そう思っているうちに曲が終わって、彼の方に顔を向けた。

 彼は穏やかで純粋な、可愛らしい笑顔だった。


 それは私の好きな彼の笑顔そのもので。

 かすかに差し込む西日がさらに綺麗に写したものだから。

 思わず、顔が紅く染まった気がした。

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