第55話 やっぱり緊張するけど

「……ふぅ。さて、残すところはあと2曲。次はちょっと長い曲だけど、同じくらい盛り上がってくれると嬉しいです。さぁ、Totoからhome of the brave、行きます!」


 そんな先輩の短いMCを聞いて、俺は急いで本来自分がいるべき位置に戻る。

 そして一呼吸置いて、最初のキーボードの旋律を奏でていく。


 ちょっと静かに、優しく紡がれるキーボードの音。

 さっきまで演奏してたのがハードロックだったから、ちょっと気持ちが昂り気味だったけど、この綺麗なメロディラインを聴いて、少し心が落ち着いてきた。


 そして先輩の優しく、青空のように澄んだ穏やかなボーカルが静かに響く。やっぱりこのバンドのメインボーカルは俺じゃなくて先輩だな、なんではっきり思わされた。


 だって観客の盛り上がり方の「質」が違うもの。俺の時は楽曲の勢いに乗って盛り上がってくれてた。けど、先輩の場合はオーディエンスの皆が聞き惚れてるような、そんな盛り上がり方をしている。


 Home of the braveの頃のTotoのボーカルはジョセフ・ウィリアムス。初代ボーカルのボビー・キンボールと同じくらいの声の高さを持つボーカリストなんだけど、キンボール以上に透明感のある声が特徴的だ……と思ってる。


 そして先輩の声も、どこまでもクリアで清らかな、澄み渡るような歌声。

 だからこの曲の雰囲気にある程度当てはまっているわけだ……けど、確かに歌い方とか、音の取り方とか細かいところの差異はある。

 でも、そこは先輩「らしさ」で補っているところがある。ジョセフ・ウィリアムスをリスペクトしたような、だけど先輩独自の色も強く感じさせるボーカル。

 

 俺よりも明らかに存在感のある、透明な声。それでいてどこか力強さも感じさせる。やっぱりすごいやこの人。


 ――――――あぁ、いつもそうだ。

 この人と演奏してると、いつもこんな気持ちになる。

 負けたくない。傍に立つならこの人と同じくらい……いや、それ以上の演奏をしたい。そう思わされてしまう。

 

 飛猿や高垣さんにもそういった気持ちにさせられることはある。でも、先輩に対する気持ちの方が何倍も強く、特別だ。

 

 サビの部分の爽やかで、駆け抜けるようなギターとボーカルを聴きながら、俺は流れるようにキーボードの音を奏でていく。

 飛猿や高垣さんもそんな先輩の当てられたのか、彼らの演奏する音に力が籠った……ような気がした。


 そして曲は、少し長めの間奏部分に入った……瞬間。

 飛猿の弾けるようなドラムと先輩の澄んだ、鮮やかな音のギターが激しく鳴り響く。

 そこに俺のキーボードと高垣さんのベースの音を、自然に、優しく溶け込ませていく。


 間奏部分だからもちろん歌詞のない、演奏だけのパートだ。それがこの曲は1分半ほど続く。そんな長い時間、リスナーを聴かせ続けるのは結構難しい……と思う。

 だから相当自分たちの技術に自信が無いとできない……というか作れない部分だ。そう思うと、Totoってバンドが如何に演奏技術的に優れた集団かが分からされる。


 だけど、俺たちの4人の音は、そんな曲でも鮮やかにぶつかって溶け合って、最高の音を形作れてる……気がした。

 

 だって、聴いてるみんなが盛り上がってくれてるから。

 テンション下がることなく、手拍子で合わせて歓声を送ってくれている。

 やばい、なんか嬉しいぞ。この曲の魅力を少しでも形にできてると思うと、どこか顔が綻んでくる。最高の気分だ。


 そして、そんな気持ちのまま間奏部分を勢いよく締め、ラストの部分。先輩の爽やかなボーカルが清流のように響く。俺たち3人も、そんな先輩のボーカル、ギターに続く。

 きっと高垣さんも、飛猿も、もちろん先輩も嬉しいんだろう。自分の大好きな曲で、自分たちなりの演奏で、皆にその良さを伝えられてるっていうことが。


 それが、今までで1番演奏に現れたような気がした。そんな音だった。

 そして、アウトロの部分を4人で思い切り弾ききり、曲を締める。観客はそのパフォーマンスに熱を持って応じてくれた。


『……ふふ、ありがとうございます。さて、もう最後の曲、ね。楽しい時間は早く過ぎると言うものだけれど……本当にその通り、ですね』


 ふふっ、と困ったように笑いながらそう語る先輩に、1部の観客席から「静様可愛いー!」という声が聴こえた。

 ……あぁ、前話してた先輩のファンの人たちだな。なんか微笑ましいな。先輩はそんな声を聞いて、「……全く、もう」なんて呟きながら少し苦笑いしてるけど。

 まぁ、そんな先輩を見て少しからかいたくなった。だから。


「まぁまぁ。褒めてくださってるんですから素直に受け取らないとダメですよ、静様?」


 なんて言ってみた……までは良かったんだけど。

 この後、自分の言動を少し後悔することになる。


「……貴方ね。おちょくらないで頂戴。いつもに増して随分と生意気じゃない?」

「いやいつも可愛いだなんだってからかって来る仕返し……って何するんですか痛いですよ!?」

「煩い。音無くんのクセにそんなところで私に張り合おうだなんて、すっごく『可愛らしい』ことするじゃない。ねぇ?」

「くっ、そ。どういう意味さそれ……!」


 ちょっと怒ったように笑いながら俺に近づき、先輩は俺の耳たぶを強く引っ張る。

 意外と先輩って力強いから地味に痛い。ずい、と顔を近づけて凄む姿がちょっと可憐だ……なんて思ってない。絶対に。

 観客の人達は……あ、ダメだ逆に面白がってる。なんか微笑ましい視線を感じるぞどういう事だ。

 と、いうか、特に囲碁将棋部の連中がうるさい。


「ねぇあれあっていいん? 代々囲碁将棋部は非リアの巣窟って決まってた筈じゃねえすか。それなのになんでこんな……」

「やっぱあいつ敵。異端者。羨ましくなんて絶対ないんだからね。爆ぜろ」

「あそれHA☆ZE☆RO、HA☆ZE☆RO」

「うるせぇぞ囲碁将棋部……ってかドラムで煽るなこのサルぅ!?」


 で、飛猿のやつは合いの手みたいにドラムを叩いてさらに場をカオスにしてるし。真顔でこっち見ながら叩くのやめてよなんかシュールじゃんか。


「あ、はは。相変わらず、だなぁ……。なんか可愛らしい、かも?」

 

 で、高垣さんはなんか苦笑いしてるし。なんか貴女慣れてきてません?


「わー、いつもの君たちだー。いいぞー!」

「やめてください朝倉さん」


 ねぇ最前列で悲しいこと言わんでくださいよ朝倉さん。

 軽率にからかうんじゃなかったな。なんてちょっと反省した。


『もうっ……。こほん。大変失礼しました。さて最後の曲はこの『可愛い』キーボード担当、音無くんが作曲した曲を演奏したいと思います。穏やかで鮮やかな、素敵な曲に仕上がってるから是非聴いてくださると嬉しいです。ね、音無くん?』

「……そう、ですね。楽しんで貰えるように頑張りますよ」


 一通り感情をぶつけて気が済んだのか先輩はMC戻る……けど、なんか聞き捨てならない単語が聞こえたぞ。意趣返しのつもりですか。

 

 でも、まぁいいか。そういう張り合おうとするところも、なんか先輩らしくて好きだ。

 そんな俺の気持ちが筒抜けなのか、先輩はクスッと軽く笑って、続ける。


『さて、それじゃあ気を取り直して、行きましょうか。さてみんな、準備はいいかしら』


 先輩はそう言って、俺たちに目配せをする。

 俺はその言葉に自信満々で迷いなく答え……られればいいんだけど。


 やっぱり、緊張するな。

 みんなに、観客に、受け入れてもらえるだろうか? なんて、どうしてもそう思ってしまう。この気持ちはやっぱり誤魔化せねぇな。


 そう思って一瞬、先輩を、飛猿を、高垣さんを見る。

 その瞬間、ふと自分の頭の中を駆け抜けていったがあった

 

 ―――――あぁ、別にいいのかもしれないな。

 だって、その気持ちを受け止めてくれる存在が、今ここに居てくれてるから。


 みんなが俺に向けていた穏やかな表情を見て、自然とそう思えた。

 だから、

 

「はい、いつでもいいですよ」


 俺は笑ってそう返す。

 手の震えは、いつの間にか収まっていた。


「おっけー、ワイも何時でもよろしおすやでパイセン」

「私、もっ、準備万端、ですよっ……!」


 飛猿も、高垣さんも、それぞれの言葉で返す。

 よし、もう心配無用だ。あとは演奏するだけだな。


『OK。じゃあ聴いてください。私達初めてのオリジナル曲、名前は――――――』


 先輩はすぅ、と息を吸う。そして大切に、少し気持ちを込めるように、呟いた。


Into the sunset夕日の中で……です。どうぞ』


 そして、彼女は穏やかに微笑んだ。

 

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