第53話 大成功だ

 優しく、飾らない先輩のギターの音が掻き鳴らされる。

 すごく、好きな音色だ。エフェクタを使わないで鳴らされる、素のままのこのエレキの音色が。


 全く飾りっけのない、ストレートなロックンロール。だから今の曲に比べて派手さはないし重厚でもない。

 だけどそれがいいんじゃん、って思う。素朴で純粋、だけどめちゃくちゃかっこいい、それがBeatlesだ。


 ポールが歌っているパートは俺が歌う。それに先輩がバックでハモる。その時観客の幾人かがおぉ、と声を漏らしたのがわかった。

 Beatlesはハモリのバンドだ……とどこかで聞いたことがある。いや、他にも魅力はもちろんたくさんあるんだけどさ。

 

 でも確かに、Beatlesのコーラスはどの曲もとにかく自然で綺麗だ。

 それが伝わったってことなんだろう。そう思うとなんかすごく嬉しい。高垣さんは……、あぁやっぱり。


 このメンバーの中で1番嬉しそうだ。少し目立たないようにしてるけど、満面の笑みでベースを弾いてるのが見える。


 ポールがメインで歌うパートが終わり、ジョンがメインで歌うパートに移る。そこを先輩が少し色っぽく、優しく歌い上げる。

 ここのパート、ちょっと際どい部分があるから(まぁジョン・レノンらしいっちゃらしいんだけど)彼女に少し歌ってもらうのには少し抵抗があった。けど、「ここを1番上手く歌えるのは私だと思うの」って先輩は自信満々に言ってたっけ。


 まぁ、結果は正しくその通りで。

 先輩の澄みわたる優しい声と、メロディの雰囲気は正に寸分狂わずどハマりしていた。


 あぁ、負けてられないな。俺も。

 そう思ってギターをかき鳴らしながら、覚悟を決める。

 そう、ここからがI've got a feelingの一番の聴きどころの、対位法でふたつのメロディーが重なり合う所だ。


 先輩が歌うメロディーに、俺は最初にメインで歌ったメロディーを重ねて叫ぶように歌う。その瞬間、観客から歓声の声が上がったのがわかった。


 あ、やばいなんか泣きそうだわ。

 

 Beatlesって俺にとっては「原点」だ。洋楽にのめり込むようになったのも、ここまで音楽が好きになったのも、全てBeatlesに出会ったことがきっかけだ。

 だけど中学の頃は古典扱いされるわダサいのなんのと言われるわで全く理解されなかったわけで。

 

 でも、今こうしてみんなで演奏して、そしてその魅力が観客に伝わってる。

 感無量すぎる。心が熱くなって演奏により力が入った、気がした。


 4人で力強く楽器を鳴らし切り、演奏を終える。その瞬間、わっ、という一際大きい感性と拍手が大きく聞こえた。

 先輩と飛猿の方を見ると満足気に笑っていた。おそらく俺と同じ気持ちだろう。そう思うとなんか嬉しい。


 高垣さんは……、あ、やっぱり。

 この中で一番嬉しそうだ。体が小刻みに震えてるのが分かる。もう、最高潮って感じの笑顔でベースを見つめていた。

「お疲れ様ですよ高垣さん」なんて声をかけると、彼女は満面の笑みで答えてくれた。かわいいな。

 

『ふふ、お疲れ様……、そして皆さんもありがとうございます。さて……次は私が選んだ曲なのだけれど、ね』


 そんな俺たちを見て先輩は軽く微笑んだ後、足元にあるエフェクタを軽く弄り始める。

 そっか、次は先輩が選曲した曲か。早く弾きたい気持ちがはやるのか、ちょっとウキウキした雰囲気だ。可愛いな。


 そう思うとどこか甘酸っぱい、心地よい気持ちになる。


『次の曲はLed ZeppelinのThe oceanって曲です。今までの曲とは打って変わって凄くハードな曲だから、ちょっとビックリするかも。期待しててくださいね?』


 自分が選んだ曲だからか自信満々だな。先輩。

 少し煽るような口調に観客ものせられたのか、チラホラと指笛のような音が聞こえる。


『ふふ、上等ね……。さて、と。今ちょっと歪み系のエフェクタをギターに掛けたところだから、試しに少し弾いてみますね』


 そう言うと先輩は不敵に笑う。

 先輩も何だかんだで人をその気にさせるのが上手いよな。観客の期待度がぐんぐん上がっていくのが、雰囲気からわかる。


「じゃあ、思いっきり歪ませてくわよ」


 そう、彼女はマイクに入らない程度に小声で呟く。

 そして、


 『こんな風――――――にっ!!!』


 そう、叫んだ次の瞬間、

 エフェクタがガッツリかかった激しいギターの音が、爆音で鳴り響いた。


 これは――――――、whole lotta loveのギターリフだ。スタジオ盤より激しく、荒っぽい音が響き渡る。

 先輩がその時、俺たちに目配せをする。

 ふふ、わかってますよ、先輩。


 合わせろ……ってことでしょ?


 それは、飛猿や高垣さんにも伝わってたみたいで。

 飛猿のドラム、高垣さんのベース、俺は……取り敢えずギターで。先輩の音に合わせるように音を鳴らす。


 そして適当なところで4人合わせて音を切った。

 観客の歓声が、一際大きく体育館を揺らした。


「すっっごぉ……!! 静ちゃんのあんなギター、聞いた事ない……!」

「あはは……。音の迫力凄いなぁ。ちょっとビックリしちゃったよ」


 そんな、朝倉さんと秋津さんの驚くような声が聞こえた。

 

 大っっ成功だ。実はこれ、文化祭向けに先輩がやってみたいってことで、密かにパフォーマンスとして用意していたものだ。

 

 ほんの一瞬、短いけど、4人で爆音で音を鳴り響かせる。それだけできっと、私たちがこの曲を初めて聴いた時に感じた感覚を、きっと観客に伝えられる。先輩はそう言ってたっけ。


 あぁもう、先輩の言う通りになったみたいだ。

 この観客の反応、もう最高だ。思わず笑いがこぼれてくる……!


 先輩なんて更に、そう感じたみたいで。

 気分が最高に高まったような笑顔で、ぐっ、と体に力を込めていた。


『〜〜〜〜〜っっっ!!! 最っっ高ぉ! やっぱりこのリフは神の領域っ!!! さぁこの調子で演奏もいっちゃいましょう!! さぁ音無くんっ、かっこいいボーカル頼むわねっ!』

『あ、次は俺、音無がメインボーカルとりますよろしくお願いします』


 まずい、先輩が感極まりすぎて色々すっ飛ばしてる。なるべく平静を装いつつ補足をつけて準備をする。

 ……まぁ先輩のことを知らない人だと、ちょっとキャラ崩壊してるように感じるかもだけど。


 でも、先輩って意外とこんな感じの可愛らしい人だ。好きなことになると、熱が入ると、すごく無邪気になる。

 だから好きになった……っていうのもあるのかな?

 そう思うと、どこか心が踊った。

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