第52話 最高だよ

メロトロンを意識した、広がりのある俺のキーボードの音が暗闇に響く。

 観客の反応はなんだなんだと言わんばかりのどよめきだ。けど、しばらくするうちに演奏が始まっていると察したみたいで、ちらほらと歓声が上がった。


 ただ、長々とぼんやりとした音が続くこのキーボードのパートがやはりみんな聴き慣れないみたいで、ちょっと困惑してるみたいだ。

 まぁ、予想はできてた。だってあの日高垣さんの友人たちが見せた反応と似たような反応だし。ある意味正しいリアクションだとすら思える。

 此処のパートは暫く聴き込まないと良さを理解するのは難しい。まぁ、だからこそこの曲って奥深いと思うし、好きなんだけどさ。

 

 でも……、もちろんこの曲は此処で終わりじゃない。

 むしろ、始まりなのだ。

 まぁ、もうわかりきったことだとは思うけどさ。


 俺のキーボードのパートが終わって暫くして、ベース、ドラムが力強い音とともに加わる。そして、ステージ上に光が照らされた。

 その瞬間、場の緊張感がグッと増した。そして――――――、


 歓声が一段と大きくなった。

 それが耳に届いた瞬間、少し顔が綻んだ。

 観客のみんなにも、確かに伝わったんだ。この曲の最大の聴きどころであるドラム、そしてベースの凄さが。


 それだけでもうすごい嬉しい。この曲、プログレやってる頃のジェネシスの曲じゃ3本指に入るレベルのお気に入り曲だから。

 それは飛猿や高垣さん……、そして特に先輩なんかも同じ気持ちみたいで。昂る気持ちをそのままぶつけるような先輩のボーカルが響き渡った。


 その瞬間、驚きと感嘆の声が観客から漏れたのがわかった。

 そりゃそうだろう。だって先輩って朝倉さんのバンドじゃ基本ボーカルを取ることはない。それに加えて夏休みの発表会の時に歌ったGeorgy Porgyのような曲とは雰囲気が全く違うのだ。


 先輩らしい澄みわたるような声と合わせて、どこか幻想的な雰囲気のボーカル。初めて先輩のボーカルを聞く人も、発表会で聴いたことのある人も、めちゃくちゃ新鮮だろう。


「静ちゃん……、こんな声も出せたんだ……!」

「うっへぇ。楽器隊の音の動きえげつな……。なんか上行かれたみたいで悔しいね」


 朝倉さんと七音さんかな? そんな聴き慣れた声が前から聞こえた。

 ちょっと申し訳ないけど、してやったりだ。さっきのちょっと悔しかった気持ちをお返ししてやった気分だ。スッキリする。

 でも、さ、まだ終わりじゃないんだよ。此処で驚ききってもらっちゃ困る。

 だってこの曲の真骨頂、それはボーカルが終わった後のエンディングなのだから。

 

 先輩が歌いきり、楽器隊全員で音を鳴らす。

 そして掻き消えそうなほど小さな音でリズムをとる。そして――――、


 そう、あの変拍子のリズムを、4人で空間全体に響き渡らせた。

 寸分違わず音を合わせ、完壁に弾き切る。

 その瞬間、この曲を演奏している中で一番のどよめきが響き渡った。


「ウ、ソ、でしょ――――!? 何、今の……!?」

「な、何さ今の……。どう弾いてるのかわかんなかったよ――――!」


 ―――――最っっ高だ。最高のリアクションだ。

 観客の、そして秋津さん、七音さんのそんな呟きを聞いて、柄にもないことを思った。朝倉さんはなんか呆然としてるな。


 そうだ、その反応が欲しかったんだ。その驚きこそ、この曲を聴いて俺が感じたものそのものだったんだから。

 この4人で、俺たちが感じた気持ちを観客の人たちにも伝えられた……のだろう。そう思えただけでも最高の気分だ。


 そしてそのまま最後まで弾ききり、演奏を終える。まだ一曲目にもかかわらず、大きな歓声が場を包んだ。


『――――ふふ、ありがとうございます。みんな。初めましての人も久しぶりの人も、こんにちは。Four leafs cloverです』


 昂まった熱を少し諌めるように、先輩は優しく、静かな声でMCを始める。観客たちの歓声は少し落ち着き、代わりに拍手がかすかに聞こえてきた。


『さて、今の曲はwatcher of the skiesって曲でしたけど……、どうでしたか? 楽しんでくれましたか?』


 そんな彼女の問いかけに、観客は歓声で応える。「よかったぞー!」とか、「凄かったよ!」といったような声が聞こえてきた。

 嬉しい反応だ。そう思うとちょっとニヤける。観客のみんなからは見えないように俯いて誤魔化した。


『さて、続いての曲はみんなも知ってるバンドから一曲。この高垣さんってベースの子が選曲した曲です……。高垣さん。曲紹介、お願いね』

「は、はいっ。わかり、ましたっ……!」


 先輩に促され、高垣さんはマイクの前に立つ。

 だいぶ緊張してるみたいだけど、多分大丈夫だ。

 だって高垣さん、Beatlesのことになるとすごいから。


『えと、次は、BeatlesのI've got a feelingって曲、ですっ。この曲、古き良きロックンロールって感じの曲、なんですけど、終盤二つの曲が一つに合わさるところがもう最高で――――って、聴いてもらった方が早いですね音無くん準備はいいですかっ!?』

「ええ、バッチリですよ高垣さん。ナイスMCでした」

『あぅ。恥ずかしかったですよぅ……』


 高垣さんはそう言うと顔を真っ赤にして俯く。相当恥ずかったみたいだな。最後の方早口だったし。俺的には微笑ましいことこの上なかったけど。

 で、そんな間に俺は傍に置いておいたギター(先輩から借りたエレキ)を持って準備を済ませてしまっていたわけだけど。軽く音を鳴らしたところで、どこからか「ギター弾けたんかい!?」なんて声が聞こえてきた。


 部長だな、今の。来てくれたんすか。それに驚いてくれたようで何よりだ。


『さて、高垣さんの可愛い姿も見られたことだし、始めましょうか。さて2曲目、I've got a feeling、楽しんで聴いてくださいね』


 先輩はそう言うと、俺、そして飛猿に交互に目配せをする。お互いに笑みで返し、準備。

 正直言うと、少し緊張してる。だってこんな大勢の前でギターを弾くのって初めてだから。


 でも……それ以上に楽しみだ。

 なんでって、そりゃあようやく先輩と肩を並べて同じ楽器を演奏できるからに決まってる。


 そんな不思議な気分を感じながら。

 飛猿のスティックの音を聞いた後、ギターを掻き鳴らした。

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