第51話 on stage
さて、俺達の演奏は朝倉さん達の次。なので舞台袖で待機しつつ彼女達が戻ってくるのを待っていた。
程なくして、先輩を先頭にして彼女達が戻ってきた。それぞれやり切ったような清々しい表情をしていて、どこか微笑ましくなった。
「お疲れ様です先輩。ナイス演奏でしたよ」
「あら音無くん。ふふ、ありがとう。で、どうだったかしら? 芽衣子達の演奏、凄かったでしょう?」
「ふふっ。言われた通り思いっきり驚かされちゃいましたよ。朝倉さんのギターソロも、七音さんの重くてタイトなドラムも、秋津さんのアグレッシブなベースも、みんなみんな凄かったですよ? 先輩は……言わずもがな、です」
彼女に感想を求められて、俺は率直に思ったことをそのまま伝える。飛猿は……うんうん頷いてる。多分俺と同じ気持ちなんだろうな。よかった。
そんな俺の言葉を聞いて、先輩は満足そうに笑う。
「ふふっ。そうでしょう? ね。芽衣子。美優も香澄も、言ったでしょう? 今の貴女達なら、彼らを驚かせられるほどの演奏ができるって、ね?」
「うんっ、そうだねっ。いやー満足だよ。ステージから君たちがビックリしてる顔見た時、もう嬉しくって。この前のお返しじゃー! ってね!」
「意外と朝倉パイセンで根に持つ性格なんすなぁ。意外」
飛猿がぼそっ、と呟いた言葉にどういう事さー、とちょっと不満そうに俺たちをジトっ、と見つめる。けど、そうだな。確かに飛猿の言う通りかもしれない。
だって、根に持ってなきゃ「今度は貴方たちを驚かせてやる」なんて言葉、出てこないと思うし。でも、それが結果彼女たちのあの迫力あるパフォーマンスに繋がってる訳だから、悪くは思わない。むしろ、そんくらい対抗意識を燃やしてくれて光栄だとすら思える。
「……ま、でも良かったですよ。あそこまでクオリティ高いもの見せてくれれば、こっちはもっと上を目指せばいいだけですから。ね?」
「――――相変わらず言うじゃん。私達より自分達の方が上って言いたいワケ? 随分な自信じゃないの」
「別にそう言うわけじゃないですよ? 更に燃えてきた、ってだけです」
俺の言葉を挑発と捉えたらしい七音さんからの言葉を、ちょっと含みを持たせた表情ではぐらかす。
確かに彼女達の演奏は思わず震えちゃうほど凄かった。でも、だからと言って俺達だって彼女達に劣ってるなんて、そんなことはないと思ってる。
むしろ、このバンドメンバー3人となら、さっきの凄い演奏よりもっといい音を奏でられる。そう確信してる。
「へぇ、そっか。まぁ楽しみにしてるよ。君らのことだし、ほんとに凄いの見せてくれそうだから」
「えぇ、期待しててください……。っと、そういえば高垣さんがそろそろくることだと思うけど……、飛猿、なんか聞いてない?」
「おん。さっきメッセ来たわ。そろそろ舞台袖着くて……あ、来たわ」
飛猿がそう言った直後、パタパタと足音が聞こえた。
その音と共にこちらへ向かってくる女性。間違いない。高垣さんだ。
「ほ、ふぅ……っ! すみ、ませんっ。出し物で抜けられなくって。間に合い、ましたか……?」
「ええ、バッチリですよ高垣さん。今ちょうど朝倉さん達の演奏が終わったところなので」
「……え、嘘。うぅ、見たかった、なぁ……」
そう言うと彼女はがっくりと肩を落とす。まぁ高垣さん、結構朝倉さん達の演奏も楽しみにしてる風だったから、こんな反応をするのもわかる。
確かにその場に居合わせられなかったのは残念だけど、そんな高垣さんのためにちゃんと策は講じてる。
「安心してください高垣さん。そう言うと思ってちゃんと録画してますよ。もちろん先輩達の許可の上で――――」
「是非っ! 終わったら見せてください音無君っ!!」
「……あ、ハイ」
「――――楓ちゃんって、熱が入ると凄いんだねぇ」
「――――あ、う、わ。急にすみません……」
高垣さんの豹変ぶりにちょっと驚いたような表情をする朝倉さん。そういえば彼女、高垣さんのこんな一面を見るのは初めてか。
そんな彼女の新しい一面が見れて嬉しいのだろう。朝倉さんはちょっと間を置いた後、クスリと微笑んだ。
まぁ本人はだいぶ恥ずかしそうにしてるけど……、それもまた、高垣さんらしくて、どこか微笑ましくなった。
「いいんですよ高垣さん。むしろそれくらいの熱い気持ちを持ってもらった方が嬉しいというか。これから本番ですし」
「うぅ、それもそう、ですねっ。燃やしていきますっ……!」
「ふふ、みんな問題ないみたいね。それじゃあそろそろ行きましょうか。リスナー達も待ってるみたいだし、ね?」
そう言って先輩はくるり、とステージの方へと体を向ける。確かに、前を見れば顧問の先生が微笑みながらOKサインを出している。そろそろ出番だ……、と言う事だろう。
「そう、ですね。でも先輩こそ連続での演奏になりますけどだいじょ――――むぐ」
「舐めないで頂戴。確かに前の発表会の時より長い時間になるけど、これでもノッてる時は5時間くらい平気で演奏できちゃうんだから。貴方にそんな事言われちゃうなんて、ちょっと心外よ?」
「……わかってますよ。一応聞いただけです」
俺が言いかけた言葉をせき止めるように、先輩は俺の口の前に手を突き出す。
そう、先輩はこれが2回目の演奏。しかも合計11曲を演奏する事になるから無理してないか少し心配だった。
けど、彼女、すごく爽やかな笑顔してる。これじゃあ、心配するのは逆に野暮なのかもしれないな。
「……えー、リア充オーラ充満しててわしゃウキウキ――――もとい怒りでウッキーウッキー(猿化)な訳ですが、その気持ちはよぶつけたいんでステージ行きましょうや、ほら、GO、GO」
「おわ、ちょ、飛猿押すなって。ちゃんと行くから……!」
「ふふ、そうね。私も早く演奏したいし、とっととステージ上がっちゃいましょう」
「は、わ。待ってくださいっ……!」
そんな飛猿の言葉を皮切りにして、俺たちはステージへと上がる。「頑張ってねー!」なんていう朝倉さん達の応援を背に受けながら、持ち場へとついた。
そして、軽く音出し。先輩や高垣さん、俺は適当に音を出して音量調節。飛猿は……、相変わらず適当に叩いていた。
そんな感じでメンバーそれぞれ、軽く音がしっかり出ることを確認したあと、一呼吸置く。
さて、最初に演奏する曲は「Watcher of the skis」だけど。
この曲を盛り上げるために
そう心の中で呟いて、俺は顧問の先生にチラッとアイコンタクトを取る。先生は俺の視線を見ると、「わかりました」と言うようにニコッ、と笑った。
そして、次の瞬間。
ガタン、と全ての照明が落ちた。
観客がどよめく声が聞こえる。そりゃそうだ。いきなりなんの前触れもなしに明かりが消えたんだ。困惑しないわけがない。
でも、これでいい。
これが今回の俺たちの、演奏開始の合図だ。
手元は、微かに窓から差し込む光がある。見えない訳じゃない。
そうだ。この薄暗い空間と、あの分厚い音が奏でるイントロは、きっと
どうせなら、可能なら、楽曲の良さが際立つ演出をしてみたい。そう思って、こんな事をしてみた。
さて、後は俺たちの表現力次第だな。
そう自分に言い聞かせて、俺は思い切り鍵盤を押した。
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