第50話 ちょっとビビったよ

『はいっ! 皆さん毎度お馴染みThe force、ですっ! 初めましての方も常連さんもみーんなまとめて、今日はよろしくお願いしまーすっ!』


 さて、彼女たちは簡単に音出しを済ませた後、即座に集まっていたリスナー達に声をかける。つまり本番開始、という訳だ。朝倉さんの声に応ずるように、拍手や歓声がちらほらと聞こえてきた。


『さてさてっ、今日演奏する曲数は6曲っ。いつもより曲数多めでたいへんかもだけどっ。着いてこれるかな?』


 彼女の問いかけに観客達は、それぞれの言葉で応ずる。歓声だったり、「OK!」という言葉だったり、様々だ。

 最初から結構な盛り上がりだ。彼女のハツラツとした声が、観客の心を上手く高めてるのかな、なんて関係のないことを考えた。


『さーてっ! まずは一曲目、よく来てくれてる人はお馴染みの曲……、「Falling Diver」行きますっ! どうぞっ!』


 そう彼女が叫んだのを合図に、七音さんのリズミカルなドラムが鳴り響き、曲が始まった。アップテンポでノリのいい曲。サビの部分は俺も聞いたことがある。「Brains」っていうバンドの大ヒット曲……、だったかな。

 そんな曲を、きっちり纏った綺麗な音で、彼女達は演奏していく。流石というべきか。


 それに加えて、さらに俺たちの目を引くことが、ひとつ。


「それに……、先輩が言うように朝倉さん達、演奏が更に上手くなってるな」

「まぁそりゃ当然やろ。俺らが練習してるのと同じようにパイセン達も練習しとるやろし。でもせやな。思ったよが上手くなってるし面白なってきましたわこれ」

「うん、そうだね。本当に」


 飛猿も熱くさせられてるみたいだ。ちょっと驚きつつも、やたら嬉しそうな顔でそう呟く。まぁ、なんか素直じゃないけどそれはいつものことだ。


 そして彼女達の演奏の質の高さは、観客にも伝わっているみたいだ。周りの熱が、曲を終え、次の曲が始まるごとに高まっていく。ホント予想以上にリスナーの熱が高まってるな。


 そしていつの間にか、彼女達は5曲目を終えていた。こっちも思わず聴き込んじゃったな。凄いや。

 朝倉さんは少し汗をかいていたらしく、ぐいっと額を腕で拭い、「ふぅっ」と一つ息を吐いた。


『さて、とっ! あっという間に最後の曲だね。いやー早いもんだ! ラストも盛り上がっていくよーっ!』


 彼女のそんな声に観客はわっ、という大きな歓声で応ずる。やっぱり朝倉さんの声って周りを盛り上げるというか、そんな不思議な力があるよな。ちょっと羨ましいや。


『さて、最後は……、洋楽から一曲ですっ。古めの洋楽だから少し聞き慣れないかもしれないけど、リズミカルで凄くノれる曲だから、是非聞いてくださいっ!』


 そんな彼女のMCを聞いて少し観客はどよめく。無理もない。彼女達、基本的に今時流行りのロックバンドのコピーを基本的にやってるから。この前ライブハウスを訪れた人達でもない限り、どんな曲が来るか予想もつかないのだろう。


 かく言う俺もちょっとビックリだ。今日は俺が助っ人として参加することはない。呼ばれてないし。

 だから、Totoって訳じゃないよな。キーボードのない曲って……、ツェッペリンとか、クリームとか……? なんだろう。わからないや。


 一体、彼女達は何を演奏するつもりなんだろう?


『……ふふっ。いい反応だねっ。じゃあ早速聴いて貰いましょう! いいよっ、美優ちゃん!』

「OK。行くよ……!」


 そんなやり取りの後、七音さんは軽くスティックを打ち鳴らし、ドラムを強く叩き始める。

 リズミカルで、強い存在感を感じるドラム。これだけで、曲が成立しちまうんじゃないかってくらい特徴的なドラムだ。


 ……ってか、このドラム、もしかして――――。


「Don't lose my numberかよっ!?」

「うっへぇ。まーたフィルコリの中でもニッチなもんを……」


 フィル・コリンズのDon't lose my number。フィル・コリンズにしては珍しくダークな雰囲気の曲だけど、ノリが良くて個人的には好きな曲だ。

 でもこれ確かキーボード入ってたはず……と思うけど、先輩が代わりにギターで上手くカバーしてる。ギターの尖った音をなるべく削り、柔らかい音になるように努めているのがわかった。


 そして前奏が終わり、朝倉さんのボーカルが響く。

 その時、ぶわり、と、体に鳥肌が泡立つ。


 80年代のフィル・コリンズの声はとてもパンチがあって、力強い声をしている。個人的には70年代の少し柔らかい声も好きだけど、やっぱり存在感があるのは前者だ。

 この曲はそんなボーカルで演奏される曲だ。リズムはしっかり効くし楽器の力強さもある。だから自然に、違和感なく歌うのは結構難しいはずだ。


 でも、朝倉さんのハツラツとした声は、この曲と絶妙にマッチしていた。彼女の人を盛り上げるような元気な声と、この曲のリズミカルな曲調が、ものの見事に噛み合っている。


 凄いな。ここまでとは、少し予想外だ。

 そう思うと何故か、どこか嬉しい気持ちが込み上げてくる。彼女達がどんどん上手くなっていくのが、本当に嬉しい。

 ライバルなのに不思議だよねって? うん、俺もそう思う。


 そして曲は中間のギターソロの部分に入る。ここのギターソロ、結構崩しを効かしてるしスピーディーでもあるから難易度は結構なものであるはず、だから、ここを演奏するとしたら、先輩かな?


 そう思っていた、その瞬間。

 朝倉さんのギターが激しく音を奏で始めた。


「……嘘」

「うっはー。上手くなってますなぁ朝倉パイセン。良きことっすわ」


 朝倉さん達の演奏を聴いている限り、こういった崩しの効いたギターフレーズで、朝倉さんがリードを取っていることはなかった……、というかWhite sister以外でこんな感じの曲を演奏してるところを見たことがない。多分初めての試みだろう。


 だけど、彼女はそんなフレーズを流暢に、迫力を持って鳴り響かせる。


 そんな彼女のギターはどこか新鮮で。

 思いっきり驚かされた。


「……参ったね。先輩の言う通りになっちゃったよ」


 思わず、ぼそっ、とそんな言葉が漏れた。

 観客のボルテージがピークに達するのを肌で、耳で感じて、俺は。


 汗で濡れた手を、ぎゅ、と握りしめた。

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