第46話 その曲の名は

「さて、やってきましたねこの時が」

「せやな。楽しみすぎて眠れんかったか?」

「……んなガキみたいな。でもそうだね。楽しみだったのは勿論だよ。そういう君だって楽しみそうじゃんか」

「あったりまえやないけ。いつでも何処でも人前で演奏すんのは楽しみなもんですわ」

「あっはは。だね」


 さて、ついにやってきました文化祭当日。今僕たちは昇降口前で、後からやってくる先輩達を待っているところだ。先に到着した俺と飛猿は、そんな他愛もない会話をしながら時間を潰す。

 ここで軽く本番の曲目等を確認してから、一旦クラスの出し物の方に顔を出して、リハ後本番……というのが、この後のスケジュールだ。


「ま、本番でやる曲も、御門氏が作った曲もなんとか形になったしな。あー観客がどんな反応すんのか楽しみや。個人的には御門氏の作った神曲を一刻も早く聴かしてたい限りっすねぇ」

「まぁそれ、俺としてはちょっとドキドキするけど……、みんなで作ったものだし何より歌詞は先輩作だから。絶対に大丈夫、だと思ってるよ」

「思ってる、じゃなくて大丈夫、やで。なんや、我の実力が信用できんと。この平手飛猿の実力じゃ不服と申すか。お?」

「いや別にそういう意味じゃないよ。ただちょっと緊張してるだけ」


 喧嘩なら買うぞ。と飛猿はわざとらしくファイティングポーズをとる。左右に体をぶんぶん揺らしてコミカルさを演出してる辺り、暗に励ましてくれてんだろうな。

 緊張は確かにする。けど、こいつや先輩、高垣さんと作り上げたなら絶対にいいものだっていう確信はある。


 それに、そう。この俺の曲に先輩が歌詞を考えて付けてくれた。「私にやらせて頂戴」なんて言われた時は驚いたけど嬉しかったっけ。


 そこまでしてもらっちゃ、自信がないなんて言えないよ。この曲には俺だけじゃない。みんなの「音」が入ってるんだから。


「あら、気合十分じゃない。縮こまってないか心配だったけど、その調子なら安心ね」

「うぅ、みんな凄いなぁ。私は今から緊張で……っ。すごく、楽しみではあるんですけど……」

「あ、おはようございます先輩、高垣さん。先輩こそ、楽しみで仕方ないって顔してますね。高垣さんは……、心配しないでください。楽しみって気持ちさえあれば十分ですよ」


 後ろから声を掛けられたので振り返ると、先輩と高垣さんがいた。先輩はいつも通り柔らかな笑顔で、高垣さんは少し緊張したような面持ちだ。

 

 高垣さんは俺の励ますような言葉を聞いて、「そうです、よね」と呟き、深呼吸。そしてニコッと自分を鼓舞するように笑った。

 まぁ彼女の性格上、どうしてもアガらないように……というわけにはいかないんだろうけど。

 せめて楽しんでもらえたらいいな、なんて考える。

 

「ふふっ。そうね。もし失敗しちゃっても私達でフォローしてあげるから。思いっきりっちゃいなさい」

「あ、はは。気遣ってもらっちゃって、申し訳ないなぁ。でも、そうですね。どーんと胸、借りちゃいますっ」

「お、言うようになったやないけ高垣氏。うっきょきょ腕が鳴りますわ―――っとせや、そういや本番の進行の確認とかするんじゃありませんでしたっけ?」

「あ、そう言えば」

 

 そうそう、飛猿が言うまで忘れてたけど、今この場でやりたいのは本番の進行の確認だ。高垣さんも一応は大丈夫になったみたいだし、話を進めようか。


「そうね。まず私達の演奏時間が30分。この間に音無君の曲を合わせて5曲、演奏するって顧問の先生には伝えてあるわ。ここまではいいかしら?」

「えぇ、でもそうすると、結構時間的にはタイトですよね。上手くやれるか今でも心配ですよ」

「それはそうね。でも、曲は一曲でも多く演奏したいでしょう? そう思えば……、燃えてこない?」

「ま、そうなんですけどね。確認のために言っただけ、ですよ」


 彼女の挑戦的な笑みに、俺も不敵な笑みを浮かべる……ように努める。

 ……まぁこの笑み、先輩や高垣さんからは「可愛い」、飛猿からは「面白い」って言われるからなぁ。意図が伝わってるか心配だ。


「まぁちょっと時間が前後しても問題ねーようには時間組んどるみたいやし、大丈夫やろ。して、次は演目についてやな。どんな順番で行くんだっけ?」

「ん、そうだね。まず一曲目が飛猿が選曲したWatcher of the skis、2曲目が高垣さんが選曲したBeatlesのI've got a feelingか」


 Watcher of the skisは……、もう説明不要か。高垣さんはやはりBeatlesを選曲したわけだけど、いいチョイスだな、なんて個人的には思う。

 対位法でボーカルが動く後半部分なんか、まさにレノン・マッカートニーって感じがするし。先輩と一緒にギターも弾けるし何気に楽しみにしてる曲だ。


「せやな。いやー高垣氏からこの曲やりたいって言われた時は意外やったな。もっとベースが前に出る曲やりたいんかと思とったし」

「う、そりゃ悩みましたけど……。この曲がやりたかったんですよぅっ。だってもう、ザ、レノン・マッカートニーって感じの曲でっ、後半で二つの曲が一つになる瞬間とか、超、鳥肌モノだしっ……!」


 わかる、わかりますよ高垣さん。俺もおんなじこと思ってるから。やっぱりBeatlesの事になるとアツいな。高垣さんは。

 まぁそれを言ったら飛猿がWatcher of the skisを選曲した時の推しっぷりも凄かったけど。「この曲やらん? やりましょ。いやもう決定で」って言ってたし。やりたい感が半端じゃなかったから。


 みんなそれぞれ、選曲した曲に思い入れがある。それがわかってなんか微笑ましい。


「で、3曲目は先輩選曲のThe Ocean……。Led Zeppelinの中でも相っ当のマイナー曲な気がしますけど……。俺としては高垣さんよりこっちの方が意外というか」

「いいじゃない。始終ハードだけど、どこかいい意味でZeppelinらしくない感じがあるもの。もしみんなで演奏するならやってみたい曲だったから」

「まぁ、言ってる事はよくわかるんですけど、ね。ただ俺がこの曲のボーカル取らなきゃならんのがなんとも。あんな高い声出ませんよ?」

「そうかしら? 少なくともああいったラウドな歌は私より貴方の方が上手いとさえ私は思ってるけれど?」

「……それは、買い被りすぎですよ。もうっ」


 そしてそれは、先輩も例外じゃない。今の先輩の声にはどこか熱が籠っているような、そんな感じがするし。

 まぁ、もちろん俺だってそうだ。何気に「やりたい曲を一曲選べ」なんて言われた時、3日は悩んだっけ。


「話を戻しますね。で、4曲目が俺選曲のhome of the braveですね。後半に7分近くある曲持ってきてますけど……、体力的に大丈夫そうですか?」

「大丈夫よ。何度か通しでやってみた感じ、そんなに苦には感じなかったし。むしろ身体があったまった後って風でちょうどよかったわよ?」

「同左や。……というかジャズやってた頃はラストに10分超えて即興やったこともあるし、俺ぁ平気の平左やで」

「私、も、ですっ! これくらいでへばってるようじゃヘフナーなんて持てません、からっ」


 俺は前々から思ってた疑問を正直にぶつけてみるけれど、それは杞憂だったみたいだ。

 みんながここまで言うなら、俺はその熱意に心を委ねるだけだな。そう心の中で呟いて、俺はみんなに向かって微笑んだ。


「なら、良かったですよ。で、最後に俺……というかみんなで作った曲。ジャスト4分くらいですね。ここまで曲だけで25、6分てとこですか。MCも含めると……。丁度いいくらいなのかな?」

「まぁ多少前後するところもあるやろからハッキリとは言えんけど、言葉にして見ると結構そんな感じやね……。てか、そういや御門氏。オリジナル曲の曲名決まったん? あーだこーだ悩んでて結局決めとらんかったやろ」

「あ、そうそうその話ね。うん、もう決まってるよ」


 そうだ、大事な事忘れてた。ナイス飛猿。

 そう、お恥ずかしい事に曲名がずっと決まってなかったのだ。先輩が作った歌詞と、みんなで作った曲の雰囲気。どんな曲名が一番合うか、なかなか決められなかったんだけど。


 でも、もう決めた。そう思うと、これしかないって不思議と思える。


「お、なら良かったわ。して、そのタイトルは如何に?」

「うん、それは――――」


 なんか、ちょっと緊張するな。なんでかはわからないけれど。

 そんな、不思議な感覚を覚えつつ、俺は云った。


Into the 夕日の sunset中で


 まぁ、日本語にしたらド安直かもしれない、けど。

 結構、俺としては気に入ってる名前だ。

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