第45話 文化祭の直前に、朝倉さんと
「は、わあぁぁあ……っ! すごい、ですっ。凄い綺麗な音っ……! 明星先輩っ。最高、ですよっ!」
翌日、先輩が録音してくれていたあのギターの音を、早速高垣さんに聞いてもらった。彼女も昨日の俺と似たような感情を抱いたみたいで、興奮したように目を輝かせてそう言ってくれた。
自分が最高だと思った音が、他の人にも認めてもらえたような気がして、ちょっと嬉しくなった。
「で、でも……、こんな綺麗な音、せっかくだったらその場で聞きたかった、です。うぅ、平手君が羨ましい……」
「……ふふ、そう言わないの。これからたくさん聴かせてあげるからそれでいいんじゃないかしら?」
「ち、違うんですよぅ。この音が生まれる瞬間に、立ち合いたかったんですっ。そしたら感動だって倍以上に……って、どうしたん、ですか? 音無くん。どこか顔が、赤い……」
「あ、いや別に何でもないっす。ハイ」
「?」
俺のはぐらかすような言葉に、高垣さんはこてん、と首を傾げる。かわいいな。
……まぁ、高垣さんの言いたいことも非常によくわかる。この音が先輩のギターから生まれた瞬間の感動は、言葉じゃ言い表せないものだったし。可能なことなら是非高垣さんにもその場にいて欲しかったくらい……なんだけど。
その後の出来事……、先輩と抱き合った所は、今考えると恥ずかしすぎて見せられたもんじゃない。やめろやめろ思い出しちゃったじゃんかよ恥ずかしい。
先輩も俺と同じこと考えてるのか、ちょっぴり顔が紅い。だから高垣さんの言葉をうまく肯定できなかったのか。
「………………」
「……飛猿。何さその目」
「ヴェ・ツ・ニ? 何でもねっすよ?」
「意趣返しのつもりか? さっきの俺の言葉くり返すようにしてるけどさ」
「聞いたところで教えると思っとんのけ?」
「……別に知りたいわけでもないよ」
それにしても、だ。
さっきの俺の言葉を復唱するようにそう言いつつ、張り付いた笑みを崩さない飛猿が教室の奥でこっちを見てきてるんだけど。そのニコちゃんマークみたいな笑顔やめろ。
こいつアレだ。恨みつらみもあるだろうけど半分くらい面白がってるわ。
何でってそりゃ決まってんじゃん。飛猿だもん。こんな状況悪ノリしてこない理由がない。
「……とまぁ、取り敢えず御門氏いじんのもこの辺にして、せっかくパイセンのギターパートも完成したことやし一回合わせてみません?」
「そうね。実際にみんなと合わせることで、また何か見えてくるものもあるかもしれないもの。2人はどう?」
「全然構いませんよ。ね、高垣さん」
「は、いっ。私もこの曲、すぐに合わせてみたいって、思ってますから。そうと決まれば早速準備、ですねっ」
……まぁ、少し話が脱線してしまったけれど。直ぐに軌道修正したからよしとしようか。
とにかく、みんなで合わせるなら第二音楽室に向かわないと。俺達がエレキとかドラム演奏できる場所、学校にはあそこしかないし。
高垣さんの言葉を最後に、皆楽器を手に取り、目的の場所へと向かう。
第二音楽室の目の前に着いたところで、そのドアが開かれる音がした。
出てきたのは……、朝倉さんだ。エレキギターの入ったケースをを担いでいる。帰るところだろうか。
「おりょ? 静ちゃんに……、Four Leafs Cloverのみんなじゃん。どうしたの?」
「あ、いえ。ちょっと文化祭でやる曲合わせたいなと思ったので、
「うーん、今日は静ちゃんもいないし練習休みってことにしたんだけど……。どうしてもギター、弾いて帰りたくなっちゃって。だからここでちょっと弾いてたんだ」
あはは、と少し恥ずかしそうに朝倉さんは笑う。
けど、どこか彼女のイメージ通りな気もする。なんだかんだで何もしないのは性分に合わなさそうな、そんな印象だ、朝倉さんは。
「ふふ、いいじゃない。そういう気持ち、すごく大事だと思うわよ? ギターに限らず、何に対してもね」
「ん、えへへ。でしょでしょ? 次の文化祭こそ音無くん達を思いっきりびっくりさせちゃうんだから! ね、静ちゃん?」
「ええ、そうね。貴女のギターも歌も、夏の頃よりレベルアップしてるもの。きっと驚いてくれるわ……。もしかしたら腰抜かしちゃうかも、ね」
……先輩がそこまでほど言う程上手くなってるのか。
そいつは楽しみだ。勿論高いクオリティの演奏を聴きたいってのもあるけど、この人達にはそうでいてもらわなきゃ張り合いがないというか。
「ふふ、なら、よかったですよ。こっちだってレベルアップしてるつもりですから。逆に腰抜かし返してやるくらいの演奏、聴かせてあげますから。ね、飛猿?」
「お、俺に振るんかそれ。これはこれから散々煽っていいっていうサインでOKっすか?」
「……目を爛々とさせながら言う言葉じゃないよそれ。普通に肯定してくれれば嬉しかったんだけど?」
「何じゃそら。つまらんわせっかく御門氏が降ってくれたところをただ肯定するだけなんて。ここは面白い返しを一言二言添えることで会話にスパイスを」
「つけんでよろしい。君の場合は軽く適量オーバーしてきそうで怖いもん。ったくもう」
まずい、飛猿に話降ったの間違いだったかも、なんて、今更ながらにちょっと後悔する。こいつならこういう返ししてくるって予想……できたな。まぁ、らしいっちゃらしいから少し安心はする気持ちもあるけれど。
で、そんな俺たちを見て、朝倉さんはクスクスと笑う。
「あははっ、面白いね君たちって。静ちゃんから聞いてた通りだ。仲、すっごく良いんだね」
「まぁ、こんな奴ですけど親友ですからね……っと、そんなことより、文化祭の演奏、楽しみにしてますからね。応援してますよ?」
「……ふふ、それは宣戦布告のつもり? 全力でやってくれなきゃ張り合いがない、とでも言いたげだね。 君も飛猿くんのこと言えないくらいには発言強めだと思うけどなー?」
そうだそうだー、お前のほうが言葉強いんじゃー、なんてヤジを飛ばしてくる飛猿は取り敢えず無視する。
うるさいな。朝倉さん達には純粋に頑張ってもらいたい気持ちがあるんだよ。彼女達のバンドに対する熱意は、あのライブハウスで痛いほど伝わってきたからさ。
でも確かに、今この場じゃこの言葉、煽りにしか聞こえないかも。その証拠に、ほら。
彼女、すっげぇ挑戦的な笑顔してるもの。
「上等だよ。むしろそっちこそ頑張ってほしいな。緊張しちゃって下手な演奏して、静ちゃんを、私たちをがっかりさせないでよね?」
そう言うと、彼女は俺にずいっと近寄り、上目遣いで目を細め、更に笑う。
まずい、朝倉さんがこんな表情してくるの、予想外だ。そう思うと心臓が強く跳ねた……のが先輩に伝わったみたいで。
「っ……!」
「いっ、ててててぇ!!? 何すんですか先輩っ!?」
「……別に? 自分の胸に手を当てて考えてみなさい」
「あぅ。明星先輩、なんか怖い、です……っ」
脇腹思いっきりつねられました。捻り効かせてきたから余計痛え。いやほんとすみませんでした。
でも高垣さん怖がってるでしょ。もうちょっとやんわりと……、ってこれ、今の俺が言えるセリフじゃないか。
先輩は暫くすると気が済んだのか、ぱっ、と俺のお腹から手を離し、朝倉さんに向き直り軽く怒ったように頬を膨らませる。
「もう、芽衣子もあんまり音無くんの事、揶揄わないで頂戴。あんまりふざけると怒るわよ?」
「あはは、ごめんごめん。まぁ、取り敢えず私はこの辺で退散しようかな。家に帰ってやることもあるしさ」
「もしかして宿題っすかパイセンアサクラ」
「……ふざけるクセして当ててくるのが悔しいけどっ。とにかく! 文化祭、楽しみにしてるからねっ。それじゃ!」
飛猿の言葉にちょっと苦い顔をするけど、最後は彼女らしく朗らかに笑って走り去っていった。
……なんか、俺としては一方的にしてやられた感じですごく悔しい。今に見てろ文化祭で思いっきり驚かせてやるからな。
そう、心の中で勝手に決意を固め、燃える。
「よし、じゃあ早く入って演奏しましょう。朝倉さんにああ言われちゃ度肝ぬかすくらいいい演奏してやらないと、俺の気が済まないというか」
「……そうね。ついでに演奏でその貴方の煩悩も吹っ飛ばしてくれれば、私としてはすごく助かるのだけれどね」
「いやさっきはマジですみませんでした先輩……って、猿みたいな声出して笑うなこのサル。あと高垣さんは本当マジでなんでもないんでそんな慌てないでください」
1人で熱意を燃やすまではよかったんだけど、なんか周りがカオスだ。収集つかねぇ。
でも、きっとこのメンバーなら、どんな状況でもいい音が出せるのだろう。だから、大丈夫。
朝倉さん達にも負けない最高の音を、学校中に響かせられる。
そんな気持ちが爽やかな太陽の光と共に、俺の頭の隅に降りてきた。
◆◇◆
「やっばい。なんであんな事言えちゃったんだろ……」
音無御門と別れて数分後、朝倉芽衣子は昇降口にて、身体の力が抜けたようにへたりこんでいた。
あの時、自分の口から出た言葉。
それは、到底芽衣子自身が発したとは思えないほど、挑戦的で、挑発的なものだった。
普段の自分であれば、絶対に言えない、と言うか思いつかない。やばい、なんかドキドキする。そんなことが頭をめぐり、芽衣子の顔は真っ赤になる。
――――――なんでこんな気持ちになってるんだろう。音無くんを異性として意識……は多分してない。だって静ちゃんの彼氏さんになる(予定)の人だし。
親友の意中の人を好きになる真似は絶対にない、と思う。うん、絶対そうだ。
昂った頭をなんとか落ち着かせ、そんなことをぐるぐると思考しているうちに、彼女はふと、一つの結論に至った。
――――――そっか、嬉しいんだ。私。
今まで、彼に会うまで、誰かにここまで熱く音をぶつけられたことがなかった。
彼らのありったけの音をぶつけられて、その気持ちに当てられて。自分達も熱くなれるのがすごく嬉しいんだ。
だって、そうでしょ?
そうすればもっと私たちは、上へと上がれるから。
確証などどこにもないが、芽衣子はそう確信していた。
どこか甘酸っぱく、心地よい。
そんな高揚感に浸りながら、芽衣子は暫くの間、下駄箱の前に座って、身を預けていた。
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