第44話 ふとした瞬間、突然に
「――――あはははっ。そうそう、そんな感じよ。だいぶ上手くなってきたじゃない」
「あ、ありがとうございます。でも、意外と難しいですよね。スティーヴ・ハケットのギターって……。基本目立たないのにどこかテクニカルというか」
「でしょう? 普段は下支えに徹してるけど、すごくしっかりとしてるし、それでいて決める時はしっかり決める……って感じがして、すごくコピーのしがいがあるのよね」
あれから、先輩と思うがままに、いくつかの曲を一緒に弾いている中で、いつの間にか先輩が俺にギターを教える流れになっていた。
どうしてか……、は、成り行きとしか言えないかな。確か、どこかでGenesisのギターの話になって、ギターで弾いてみたい曲を俺が挙げた。そしたら「教えられるけどどう?」なんて先輩が言ってくれて、そこから自然にサラッと始まった記憶がある。
因みに今教わってる曲は「Ripples」。哀愁たっぷりに紡がれるギターの旋律がとても聴いてて心地のいい曲だ。
Genesisの中で好きな曲を3つ挙げろって言われたら悩んだ末にこの曲をあげると思う。故に、もし機会があればギターで弾けるようになりたいな、とは思ってた。
けど、この曲、結構難しい。いやゆったりとした曲だし中間部のギターソロ以外大きくギターが目立つところはないし。それ故か、聴く分にはそこまで難しく感じない。
だけど、何気にやってることは、かなり難しい。
目立たないけど、主張しないギターだけど、やってる事は確かに高度だ。
「そう、ですよね。Genesisのギターって全然目立たないですけど……、聴いてると確かにあのギターこそがバンドの雰囲気を形作ってるんだなって思えるというか。そういうの、俺はすごく好きですよ」
「ええ、私もよ。芽衣子達のバンドでリズムギター取る時とか、かなり参考にさせてもらってるわ。彼だったらどんな風に弾くかしら……とか」
「……ふふ、なんかいいですね。そういうの」
そんな風に考えてる先輩を想像すると、どこか微笑ましくて、つい、笑みが溢れてしまう。俺の気持ちを察したのか、少し恥ずかしそうに先輩も微笑んだ。
でも、そっか。先輩、リズムギター弾く時、そんな風に考えてたんだ。
そんな風にしっかりと考えてるからこそ、あんなにしっかりとしたリズムを奏でられるのかな。
なんてことを朝倉さん達のバンドでギターを弾く先輩を思い出しふと、そんなことを考えた。
「でも……、俺としては思いっきり前に出て、激しく主張する先輩のギターも好きなんですよね。それこそburnを一緒に弾いた時みたいな感じの――――」
「勿論、思いっきり前に出て、バンドを引っ張っていくギターも大好きよ。でも、目立たなくても、バンドの雰囲気をしっかりと作るようなギターも好きなの。例えば――――」
そう言うと、アコースティックギターを構える。座っているから、足を組んで、その上にギターを乗せる格好になる。
「こんな風に、ね」
そう言うと、単音で、とあるギターラインを奏で始めた。これは、間違いない。Ripplesの中間奏部分のギターソロだ。
アコギで弾いてるから雰囲気は全然違うけど、それでもあの曲が持つノスタルジーな感じがたっぷりと込められている。
ギターらしくない音の動き方だけど、それでいて、どこか聴き入ってしまう。そんな雰囲気を先輩は見事に表していた。
それにこれ、ちょっと先輩のアレンジも入ってるな。所々リズムの取り方とか、音の動き方が原曲とは違うから。
でも、珍しいな。先輩って結構原曲通りに音をなぞるタイプの人だから。
元の曲の弾き方を忠実に再現しつつ、その中で自分の音を溶け込ませてる印象があるからなんかこんなに崩して弾いてるのが逆に印象的で――――って、待てよ。
なんだろう。この感じ。どこか違和感がある。
何か、何か。大事なことに気づきかかってるような、そんな感じ。
そう思って、ふと、先輩を見ると。
いつの間にか先輩の表情は、どこか真剣になっていた。
まるで、何かを掴みかけていて、それがなんなのか探っているような、そんな表情。
そうしているうちに、一通り先輩はキリのいいところまで弾き終えたみたいで、キュ、という弦の音と共に奏でていた音を切る。
「……あの、先輩」
自然と、声が出ていたけど、次の言葉がうまくまとまらない。
落ち着け、落ち着け。一旦冷静になって考えよう。
俺は今、先輩に、どうして欲しいんだ?
そう自分に問いただしてみて、深呼吸。
すると、一つ、言いたい事が頭の中に浮かんできた。
「今、この場で……、俺の曲にギター付けてもらうことって、できます?」
当の先輩はしばらくぼぅっとしたような表情だった。
けど、俺のその言葉を聞いて、少し驚いたように目を見開く。
「……ええ。偶然ね。私も今、似たような事考えてたもの。今、この場でなら貴方の曲に、いいギターの音が付けられそうな気がするって」
そう言うと先輩は少し強くギターのネックを握った、気がした。
先輩までその気なら、もう、この場で頼まないわけにはいかないだろう。
「じゃあ、お願いできますか? 飛猿と高垣さんが作ってくれたものを合わせた音源、流しますから」
「えぇ。準備ができたら言って頂戴。こっちはいつでもOKだから」
そう言われて、俺は手早くスマホの中にあるデモ音源を引っ張り出す。そのデータはわかりやすいところに保存してあるから、ものの1分弱で引っ張り出してしまえる。
あとは正常に再生されるか確認して――――っと。
よし、問題なさそうだな。
「じゃあ、いきますよ」
俺の言葉に先輩がこくり、と頷いたのをみて、曲を流し始める。
暫く、先輩はじっと機会を伺うように、曲が流れるのを黙って聴いている。そう、まだだ。まだギターが入るのは適切じゃない――――。
そう、ここだ。ここで入ってくれたら最高だ。そう、直感的に感じた、瞬間。
先輩のギターが、優しく鳴り響いた。
その瞬間、曲が持っていた世界ががらりと変わる。
なんだ、どう表現すればいいんだこれ。
とにかく優しく爽やかに。そして幻想的に。そんなイメージでこの曲を作ったし、上手く表現できてた自信もあったけど。
先輩が今奏でてるギターが重なった事でそのイメージが、いい意味で上書きされた。
曲の雰囲気が完全に変わったわけじゃない。そう、言うなればこれは、俺がこの曲に持ってた完成図を、
そして、曲は中間奏部分に入る。ここは先輩にギターソロを弾いて欲しかったから、それ以外の楽器の音がちょっと控えめになる。
その時、先輩のギターが、一際存在感強く鳴り響いた。
「――――――!!」
どこまでも清らかで澄み渡るような音。
春先に見る木漏れ日のように幻想的で、吹き抜けるように爽やかな雰囲気を、見事に音にして映し出していた。
やっぱり、凄い。やっぱすげぇよこの人。
自分が想像してた完成系を、更に、いい意味で超えてくるなんて。聴いてるこっちからしたら鳥肌もんだ。
そう思って、曲が終わって、ギターの音を切った先輩の表情を見てみると――――あぁ、やっぱり。
驚きと、高揚が入り混じった顔してる。
自分が追い求めてた音を、ようやく形にできたのだろう。そりゃ、そんな顔にもなるわけだ。
「音無、くん……。いま、ものすごく大声出したい気分なんだけど、いいかしら?」
「奇遇、ですね。俺も同じ気分ですよ……。えぇ、もう存分に――――っ!」
先輩のそんな言葉を聞いて、俺の気持ちも、
抑えられないところまで高まった。
『いやっっったぁぁああっ!!!』
興奮した気持ちをぶつけるように強くハイタッチ――――しようと思ったら、身体に衝撃。
そして全身に感じる温もりと、甘い香りが鼻をくすぐる。
…………、
あ、これ先輩に抱きつかれてんのか。
でも、まぁいいか。恥ずかしいって気持ちよりも、今は先輩が曲を完成させてくれたっていう喜びの方が、上だ。
「やっと、やっとよ……!ようやく自分の理想の音が、出てきてくれた……! 本当に今まで悩んでたのが嘘みたいに――――!」
「――――だから、言ったじゃないですか。ふとした瞬間にアイディアっていうのは降りてくるんだって。今の先輩の音、余分な力が抜けててもうサイッコーでしたよ?」
「ええ。貴方にそう言ってもらえるの、凄く、凄く嬉しいわ。――――ありがとう。音無くん。貴方のおかげで、私は……」
この曲を完成させられた。そう、言いたいのかな、なんて推測する。
いや、なんというか、感謝するのはこっちの方なんだけどな。未完成だった自分の曲を、クオリティの高い形で仕上げてくれたのだから。
「でも、何かしら。あの時、フレーズが浮かんだ時のあの感覚――――、もう……」
「ええ。凄いでしょう? いいアイデアが思い浮かんだ時って何か、強い電流が駆け巡るというか頭を殴られたような感覚というか、そんな感じがしますよね。もうあれ、快感に近いかも」
「そう、それよ、そんな感じだわ――――。ふふっ。確かにあれ、快感ね。貴方が創作に打ち込むのもわかる気がするわ」
そう、いいアイデアが思い浮かんだ時って、なんかこう、頭の中を駆け巡るような、そんな強い感覚を覚えるものだけど、それを、今回先輩も感じたらしい。凄く嬉しそうに話してるあたり、新鮮な感覚だったのだろう。
でも、その気持ちを知ってもらえて、快感だと思ってもらえて、なんか嬉しいな。
そう思ってふと、視線を遠くにやる。
すると、人影が見えた。
一瞬見覚えがあると思ったが、すぐに誰だか判別がつく。
あ、あれ。間違いない
「……心配して損した。ホンマ損しましたわ」
飛猿だ。張り付いた笑みを浮かべたまま、ブツクサとそんなことを呟いている。
そこで、今自分の置かれている状況を再認識する。
先輩が俺に抱きついてて、そんで俺もそれを受け止めてて……って、これさ。
飛猿が悪ノリする要素役満じゃねえか。
「パイセン大丈夫かな、気負ってねぇかなって心配してたらこの体たらくよ。心配他所にイチャイチャしおってザンスにこのリア充め。当・て・つ・け・か。非リアへの当てつけかスットコドッコイ」
「いや、君まさかとは思うけどさ。今さっきここ来たって訳じゃないよね。仮にそうだとするなら君が今持っているであろう誤解を解いておきたいんだけど」
「君らがRipples弾いとった時からおった」
「一部始終見てたなら何故にそんな悪意ある言い方すんべ!!??」
……思わず言葉が崩れてしまったが、今はそんな事どうでもいい。
めんどくせぇ、こうなった時の飛猿は死ぬほどめんどくさい。今までの経験がそう言ってる。
「知るかそんなん感極まって抱き合うとかどこのラブコメですかもおぉぉおおん!!? 末永くお幸せにってかちくしょうめぇぇぇぇえだぁぁん!!」
「なんか通常運転なんだかキャラ崩壊なんだかわかんないような真似を……って叫びながら走り去るなぁ!?」
「不純異性交遊だぁぁぁあ!!」
「そこまで言うかこの猿山ぁ! すみません先輩。このままあいつ放置するわけにもいかないんでちょっと行ってきます――――っとそうだ。是非今の感覚を忘れないうちに……」
「――――それなら大丈夫よ。さっきの音なら録音してあるから。貴方は早く平手くん追っかけてあげなさい。喜んでくれてるんでしょう。彼も……ね」
そう言うと、先輩はにこやかに笑う。
その笑顔はとても眩しくて、思わず目を細めてしまいそうになるほど、魅力的に写った。
「ええ、そうですね。それじゃ行ってきます……!」
そういうと俺は軽く走りつつ、飛猿を追い始める。
まぁ、先輩の言う通りだろうな。走り去る時あいつ、ちょっと笑ってたし。
喜んでくれてるからこそ、あんな風に騒ぐ。奴なりの感情の表現方法だ。本当、器用なんだか不器用なんだかわかんねぇ奴。
とにかくまぁ、一歩進展だ。
爽やかな秋風と共に、俺の気持ちも軽やかに流れていった。
◆◇◆
ちなみに
あの後飛猿はすんなり捕まった。
というか騒ぎすぎて先生に怒られてた。
そしてそこに走ってきた俺もついでに怒られた。不条理。
まぁ、この話は完全な余談だ。
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