第43話 弾き明かしましょう
「え、えぇ。良いけど……、明日にしてもらえるかしら? ほら、今日はもう遅いし……」
まぁ、勢いよく言葉を放ったは良いけど、結局のところ明日に持ち越しになった。
本当は思い立ったうちに行動したかったけど……、仕方ないか。外を見ればもう日は沈みかかって、暗くなってきてるし。今からもう一踏ん張り、なんてしたら夜になってしまう。
それに何より、さっき俺自身、作曲はもうこの辺にしときましょうなんて言ってたし。
流石に勢いに任せすぎたかな。なんて軽く反省しながら、今日のところは先輩達と別れて、一晩を過ごした。
そして、翌日。放課後、先輩と空き教室の一室で待ち合わせをし、今はその教室にて待っているところだ。
特にやることもないのでヘッドフォンで最近スマホに落とし込んだ音楽を聴いていると、前の扉が開くのが見えた。
先輩だ。先に来ていた俺の姿を見ると、少しびっくりしたような顔をする。
「……あら、もう来てたのね。ごめんなさい。待たせちゃったかしら
「いえ全然? 聴き込みたい曲があったので、それ聴いてました。だから待つ分には丁度良かったですよ」
「あら、そう。何聴いてたの? 教えてくれるかしら。少し気になるわ」
そう言いながら先輩は俺の隣まで歩み寄り、座る。
その表情は、少しワクワクしたような、そんな表情。やっぱり音楽の話するの、好きなんだな。
かくいう俺も、少し楽しい。先輩とこの手の話をすると、いくら時間があっても足りないくらいだ。
「あ、
「あぁ、Aisa、ね。良いわよね。とっても爽やかで聴きやすいし。オーソドックスだけど、don't cryなんかとっても好きよ」
「お、丁度その曲ありますよ。あとHeat of the momentなんかも良いなって思ったり……」
Aisa。80年代のプログレバンド……なのかな。どっちかっていうとハードというか、AORっぽいと思うのは俺だけだろうか。
まぁ、プログレに部類されるのはメンバー故だろう。メンバーが軒並みそっち方面で売れてた人達で構成されてるし。
てか、やっぱり、先輩は知ってたか。でも確かに少しハードな感じもあるし、どこかAORっぽいところもあるから、先輩好みのバンドでありそうな気も、言われてみればする。
「ふふっ。やっぱり最初はそこら辺から入るわよね……。というか、私ベスト盤持ってるし、良ければ今度貸すわよ?」
「あ、マジですか? じゃあ是非に。聴いたことない曲とかもあるでしょうし」
「えぇ。感想楽しみにしてるわ……ってそうだ。今日は作曲で何かしたいことがあったんじゃないかしら? ごめんなさいね。つい盛り上がっちゃって……」
先輩は突然、今日の目的を思い出したのかハッとしたような表情になって、急いでギターケースを取り出す。
確かに今日はバンド全体の音合わせを休みにしてこの時間を設けたから、こんなことしてる場合じゃない……、なんて先輩は思ったんだろうけど。
それでいい。むしろ、そんな感じでいいんだ。
「あぁ先輩。別にいいんですよ。俺も話せて楽しかったですし、むしろ今日やりたかった事と、そこまで外れてなかったというか……」
「? どういうことかしら。話が見えてこないけれど……」
まぁ、確かにこの言い方じゃ抽象的すぎるわな。先輩が理解できないのも、まぁわかる。
もっとわかりやすく、言わなきゃな。そう思って、改めて自分の中で考えをまとめ直す。
「えっとですね、先輩。今日やりたいことっていうのは正に――――、好きな音楽を語り尽くして、弾き明かしましょう、ってことなんですよ」
「ん、と……。別にそうするのは構わないのだけれど。それが、作曲にどう関わってくるのかしら?」
先輩は、いまいち俺の発言の意図が汲み取れない、と言わんばかりにこてん、と首を傾げる。普段クールな印象が強い分、その仕草はどこか可愛らしく映る。
「ええ、大きく関わってきますよ? だって先輩、好きな音楽を語ったり、曲を演奏してる時、余計なことなんて頭になくて、心から楽しんでるような、そんな雰囲気してるじゃないですか」
「それは――――当たり前じゃない。好きな曲で、みんなと音を合わせる。それはすごく楽しいことに決まってるじゃないの」
もう、何が言いたいのよ。そんな不満な気持ちが全面に出るかのように、先輩はぷぅ、と頬を膨らませる。ふふ、なんか今日の先輩、本当に可愛らしいや。
「ふふ、そうですね。でも先輩、俺の曲にギターつける時、どこかかしこまってるというか、気張ってるというか、そんな気がするんですけど……、どうですか?」
「む、それも当然じゃない。貴方が勇気を出して見せてくれた曲よ? なら頑張っていい音を付けようと思うのは当たり前のことじゃなくて?」
「まぁ、それはすっごく嬉しいことなんですけど……、別にそうじゃなくてもいいんですよ」
よくよく考えてみれば、だけど。
俺が先輩に諭す……ようなこと、初めてかもしれない。いつも、何か声をかけてもらって、引っ張ってもらってた立場だったような気がする。
だったら、尚更。
先輩が立ち止まっているならその分、俺が手を引いてあげたい。そう思って、言葉を続ける。
「もっと、気楽にでいいんですよ。好きな曲をふとした時に弾くように気軽に、力を抜いてでいいんです。そんな時こそ、アイデアってのは降ってくるもんですから」
「それは……そんなもの、なのかしら?」
「はい、というか寧ろ先輩はそうであってこそ、いい音色を思いついて、しっかり奏でてくれると思ってますよ?」
だから、もっと柔らかく臨んでくださいよ。先輩。
いつも俺たちに見せてくれるような柔らかい表情で、雰囲気で、曲作りに向き合ってほしいんだ。
先輩は……、少し意表をつかれたというか、そんな表情をしているけれど。
俺の言葉をある程度受け入れてくれたのか、しばらくすると、軽く微笑んでくれた。
「だから、弾き明かしましょうよ、一緒に。そうすればきっと、いつしか浮かんできますって。せっかくだし、セッションでもしながら、ね」
そう言って俺は後ろに寝かせていたギターケースを持ち上げ、見せる。
今日、先輩と一緒に弾こうと思って持ってきたものだ。何気に、先輩と一緒にギターを弾くって、やってみたいことではあったから。
それを見た先輩は、そんな俺の気持ちを察したのか、くすりと笑う。
「ふふっ、やっぱり可愛いわね。貴方。私の事も考えてくれてたんだろうけど……、単純に一緒にギター、弾きたかったっていうのもあったんじゃない?」
「ん……。そうですね。それもありますよ。というか飛猿はその気持ち察したのか、今日放課後終わるや否やどっか行っちまいましたし。高垣さん引っ掴んで」
「ぷっ……、あはははっ。彼らしいわね。そうね。じゃあそんな可愛い音無君のためにも、私自身のためにも、一緒に弾き明かしましょうか」
そういうと先輩は不敵に、悪戯っぽく笑った。
なんか、いつの間にか会話は先輩のペースになっていだけれど、まぁいいか別に。そっちの方が心地いいし。それに、
今の先輩なら、絶対に。
いい音を奏でてくれる。
そんな確信が確かにあった。
「じゃあまずは……、この曲、どうかしら?」
そういうと、先輩は持っていたアコースティックギターをかき鳴らす。
この曲は――――間違いない。アレだ。
「Doobie brothersの、long train runningですか」
「ええ、どうかしら、弾ける?」
「えぇ。サイコーの選曲ですよ。先輩?」
「ふふ、そう言ってくれるとすごく嬉しいわ」
そう言って俺は軽くリズミカルに、コードを押さえて、弾く。
先輩は笑って、また最初から、あの曲のリフを弾き始める。
そう、こうしてるうちに、きっと先輩は、最高のギターラインを思いついてくれる。
そんな期待と確信と共に、俺と先輩はこのひと時を、目一杯楽しんだ。
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