第42話 演奏と、その後に閃いたもの

 場所は変わって、第二音楽室。先輩が先ほど言った通り、今日は他の部員たちも皆帰ってしまったのか、そこにはだれもいなかった。

 なので、教室に入り次第、手早く準備を済ませていく。

 

「さて、みんな準備はできたかしら?」

「はい。こっちはもうバッチリですよ。あと飛猿もOKみたいですね。……三三七拍子でドラム叩いてるよこいつ」

「はい、私も、です。それで、何弾きますか? さっき文化祭の曲をやるって、チラッと言ってました、けど……」


 まあ、セッティング自体は慣れたもので、とっとと済ましてしまえるものだ。先輩の声がけに、メンバーそれぞれの形で応じていく。

 

 さて、高垣さんのいう通り、何弾こうか。文化祭でやる曲、といっても三曲くらいある訳だけど……。

 高垣さんの友達が来てくれてる訳だから、ベースがしっかり前に出る曲がいいな。


「じゃあ、GenesisのWatcher of the skies、行きますか? ベース、めちゃくちゃかっこいいですしあの曲」

「あー、いいかもな。あの曲が俺らのやる曲の中で一番むずいやろし。確認にもうってつけや」

「そう、ですね。Beatles、やりたいですけど……、それは文化祭まで隠しておきたいですし」


 Genesisのwatcher of the skies。プログレ期のGenesisの中でも人気な曲の一つ……だと思う。


 最初はキーボードから始まるんだけど、暫くしてからベースが迫るように鳴り響くのが特徴的な曲だ。

 故に、高垣さんのベースのテクニックを見てもらうにはうってつけの曲なんじゃなかろうか。


「そうね。あの曲、ギターはあまり前に出ないけど、それでも歌いがいのある曲だし、いいんじゃないかしら?」

「うし、じゃあ決まりですね」


 先輩からも許諾がもらえた。

 よし、じゃああとは弾くだけだ。

 

「お、なんでしょなんでしょ? うぉっちゃー……なんとかって言ってたけど、どんな曲?」

「あ、えと、watcher of the skiesって曲……だよ。ちょっと、というかだいぶ聞きづらい曲だけど、ベースがほんっとうにかっこいい曲、だから。是非聴いてくれると、嬉しいな」

「トーゼンですよ楓ちゃん。むしろそこまで言われたら俄然、聴きたくなるというか」

「あは、ありがとう……なのかな?」


 高垣さんは少し返答に困りつつも、それでいて嬉しいのか苦笑いを浮かべている。

 なんかノリいい人達だな。いい友達じゃんか……なんて、心の中で呟く。


「さて、おしゃべりもこのくらいにして、行きましょうか」

「そう、ですね。いつでもいいですよ……!」

「ん、そうね。じゃあ平手くん、リズムお願いできるかしら?」


 OKっすー。と、気の抜けたような飛猿の返事が聞こえる……けど、その瞬間、3人の気がぐっ、と引き締まったのがわかる。

 よし、俺も気合い、いれないとな……!


 飛猿がドラムスティックを4回打ち鳴らしたあと、弾き始める。


 少し輪郭のない、広がるような音(に、したつもりだ)。 それでいて何処か緊張感に満ちた和音進行。

 3人は少しポカンとして、イマイチ良さが理解できないといったように聴いているけれど……まぁ仕方ない。プログレだもの。

 

 このキーボードパート1分以上あるし。本当そうなるのも仕方ない。


 10人聞いて1人ぶっささりゃそれで成功みたいなジャンルだし。でも、それがいいんだけどさ。


 でも、この曲が盛り上がるのは、ここからだ。


 一通りキーボードのパートが終わると曲調が短調から長調に変わり、少し曲調も変化する。

 でも、この曲の持つ緊張感は、そのまま変わらず残り続ける。


 その緊張感を下支えしているものこそ―――、そう。

 ベースとドラムだ。


 俺のキーボードに合わせて、ドラムが入る。それに続いて―――、

 ベースが勢いよく加わった。

 

 その瞬間、音圧と緊張感が、殊更ぐっ、と増した。


 忙しなくひっ叩かれるドラムに呼応するように鳴り響く、スタッカートを思い切り効かせたベースライン。つーかこの曲。ベースの存在感が半端じゃない。


「う、おぉ……!」


 3人のうち、誰か1人がそう声を上げた。よし、そうだ。1人だけでも、そう思ってもらえたら御の字だ。


 前奏が終わり、先輩のボーカルが入る。

 ピーター・ガブリエルのようなボーカルを意識しているのか、どこか幻想的な雰囲気がある。歌詞は難解だし歌うのも結構むずいのに、洗練された歌声を響かせる。


 この曲はあまりギターが前に出てこない曲だ。時折ベースの音に合わせて弾く以外、全く弾かない部分も存在するほどだし。まぁ、一応ギターのソロ部分はありはするんだけど。

 故に有り余ったパワーをぶつけんばかりに歌っている。めちゃくちゃ迫力あるな。

 

 負けてらんないなこりゃ。そう思って、俺はキーボードを思い切り叩く。この曲、ベースもそうだけどキーボードもかなり重要な役割を果たすから。


 先に挙げた通り、途中に少しだけギターソロが入る。そこに入った瞬間、待ってましたと言わんばかりに、唸るようにギターが鳴り響く。

 

 やっぱりギター、弾きたいんだな。そう思わせるほど、クールだけど情熱的な音。


 まぁでも、この曲ばかりは高垣さんのベースの独壇場だ。この曲の1番の盛り上がりどころは、最後の最後にある。

 そして、ベースとドラムが、最も「魅せる」ところだ。

 

 曲が一通り終わって、アウトロの部分に入る。

 俺のキーボードが小さく、静かに鳴り響く。静かに、静かに。このまま終わるのかなと思わせて―――、


 ベースとドラム、後ろでキーボードが、思い切り音を爆発させた。

 辺り一面に、複雑な変拍子をお見舞いする。


『う、えぇぇぇえ!!??』


 どう弾いているのか分からなかったのだろう。驚いたような、呆気に取られたような声を3人は挙げる。

 

 そう、この曲はアウトロの一瞬、変拍子を大音量で爆発させる。初めて聴いた時、俺も驚いた記憶がある。どう弾いてんのかわかんなかったし。


 凄まじいまでの楽曲のクオリティ。個々の技術の尖りよう。この曲の魅力は、まさにそこにある。


 そう、だから―――、この曲は特に。リズム隊の技量がめちゃくちゃ高くないと弾けない曲だ、と思う。

 だから、高垣さんの技量すごさを見てもらうには、本当にうってつけの曲。


 だから、思惑が当たったようで本当に嬉しい。この曲の凄さ、そして高垣さんのベースの凄さも、同時に知ってもらえたから。


 そして高垣さんも、きっと同じ気持ちだ。めっちゃくちゃ嬉しそうな顔してるもん。

 先輩も、飛猿も。なんかしてやったりって顔してるや。かくいう俺もそう。やべぇめっちゃ楽しいっ……!


 そんな気持ちのまま、みんなで弾き切り、締める。

 音が収束して、暫く静寂が訪れる。そして―――、


「すっ……げーーーーー!! す、すごいよ楓ちゃん……いや皆さんもだ!」

「うん、上手かった。上手かったよ楓ちゃん。それにみんな楽しそうに弾いてたから……。こっちまで聴き入っちゃったよ」

「まぁ曲は確かにかなり聴きづらいしいつも聴いてる曲とは違ったけど……、それでも凄さ、十分に伝わったよ……」


 三者三様。様々な言葉を述べるけど、そのどれもが肯定的な言葉だ。

 

 正直プログレっていう重箱の隅っこも隅っこのジャンルだから、良さを理解してくれるか、しっかり「凄さ」が伝わるか不安な気持ちもあった。

 けど、そんなのは要らぬ心配だったみたいだな。


「……だーから前も言ったろ。俺らがその気になって弾きゃ、客にも自ずとそれは伝わるて。ま、高垣氏にも今回、それに気づけてもらえたようで何よりやな」

「そうね。最初はポカンとしてたけど……、徐々に『良さ』気付けていってもらえたようですごく嬉しかったわ。特に最後の驚いた顔なんか……ふふっ」


 友達3人に半ば詰め寄られながら賞賛の言葉を受ける高垣さん。そんな姿を見ながら飛猿と先輩は穏やかな表情で見つめている。


 2人とも嬉しそうで、楽しそうな笑顔。だからこっちまで釣られて笑う―――って、


 そうだ。今の状況。曲を一通り弾き終わった時、先輩、完全に力が抜けきってる。余計な雑念なんて、これっぽっちも頭になさそうだ。だから、


 今この気持ちのまま、思うがままに弾いてくれれば―――、俺のオリジナル曲にいいギターラインをつけてくれるんじゃないだろうか?


 そう思うと、唐突に閃いたものがあった。


「せ、先輩っ!!」

「……? 音無くん、どうしたの?」

「あ、いや―――」


 思わず大声が出た。だからちょっと言葉に詰まる、けど。


「ちょっと、いいですか? 思いついたことがあるんです」


 これは、今のうちに試したい―――。

 そう思うと、止まってなんかいられなかった。

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