第41話 自然なままで
「ん……。なんか違うわね。もっとこうフワッと、優しく抱きしめられるような、そんな音をイメージしたのだけれど……」
「そうですね。いまのも全然悪くはないんですけど……、何か違う気もしますね。俺のイメージだと、もっと音数は少なめで良いというか」
「そうね。もう少し色々と試してみるわ。ありがとうね、音無君」
あの出来事から数日経って、時間は放課後、場所はとある空き教室。俺は今、バンドのメンバーと共に曲作りに勤しんでいる真っ最中だ。
あのあと、俺がピアノで作ったメロディーとコードを元にして、みんなでドラム、ベース、ギターの音ををつけていこうとみんなで決めた。だから、先輩たちにはそれぞれ思うように弾いてもらう形で、俺の曲に肉付けをしてもらっている訳だけど。
ちょっと先輩がつまづいてしまってるみたいだ。間奏部分にギターソロを入れたいと思っているけれど、そこをどんなふうに演奏して良いかわからないらしい。まぁ、ここにギターソロが欲しいって言ったのは俺なんだけど。
椅子に腰掛けて、少し悩むようにしてギターを弾く先輩の姿が少し素敵だな、なんて思ったのは、別の話だ。
「――――やっぱりダメね。何かしっくりこないわ。平手くんはすぐに良い音を思いついてたっていうのに、ね。どうしてなのかしら……」
「いや、あいつは特殊というか慣れてるというか……。あんまり気にすることじゃ」
「いやぁそれほどでもねえっすよ?」
「……こういう時だけめざとく反応するよな、君は」
俺たちの声が聞こえたのか、教室の後ろの方から飛猿が反応する。こいつの場合、もうほとんどドラムをつけ終わってしまっている。だから今は、邪魔にならないところで文化祭でやる他の曲のおさらいをしている、らしい。
ちなみに高垣さんは委員会の仕事があるらしく、こちらに来るのが遅くなっている。
……まあ、飛猿は本当に特殊だと思う。あの曲聞かせた2日後にはもうドラムのデモを3通りほど録音して持ってきてたし。
しかも3つ全部完成度が高い上に俺が曲に込めた「意図」を多分に汲み取って演奏してるものだから、逆に選ぶのに困ってしまったというか。
ここまでできるやつははっきり言って稀有だと思う。だから別に、先輩が比較して落ち込む必要は、ない。
「……まぁ、だからというわけじゃないですけど、そこまで気張らないで大丈夫ですよ。ゆっくり、先輩のペースで全然良いんですから」
「ふふ、ありがとう音無くん。でも文化祭まで後一ヶ月半くらいだから、早く完成させないといけないのも事実なのよね」
「まぁ焦って出てくるもんじゃないっすよこういうもんは。そこ考えちまうと出てくるものも出てこなくなっちまいますから、今は考えないようにしましょうや」
飛猿の言う通りだ。良いアイデアっていうのは気持ちを詰めれば詰めるほど浮かんでこないものだ。どういうわけか。
俺のこの曲だってトイレでぼーっとしてる時にふと浮かんできたものだし。恥ずかしすぎて絶対言えたものじゃないけど。
ふとした瞬間、唐突に。気が完全に抜け切った瞬間。そんな時に限って、良いアイデアは浮かぶ。
だから先輩には、もっと構えず自然体に曲作りに臨んで欲しいところだけど……、それが難しいと感じてしまうのもわかるから、なんとも言えないところだ。
「そうですね、俺も飛猿とほとんど同じ意見ですよ。焦っても良いものは出てきませんから。今日はこの辺にして、別のことに時間、使いませんか?」
「そう、ね。本当はもう少し粘ってみたいところだけれど……、あなたがそう言うなら、そうしましょうか」
そんな俺と飛猿の意見に、先輩はある程度納得してくれたみたいだ。ううん、と一息付くように背中を伸ばしながらそう呟く。
相当体に力が入ってたみたいだな。気持ちよさそうにしてるから。
「……さて御門氏よ、別のことって何するんじゃ一体。なんとなく想像つくけど」
「うん。文化祭でやる曲、ちょっと合わせてみようかなって。もちろん高垣さんが来てからになるけど」
「まぁ、そんなこったろうと思うたわ。今4時の45分くらいやし、そろそろ来る頃やと思うけど……」
飛猿のその言葉に呼応するように、遠くから声が聞こえる。一つは高垣さんだけど……、他の声は誰だ? 少なくともこの前みたいに朝倉さん、ってわけではないのは確かだけど……。
暫くすると教室の引き戸がガラリ、と空いて、高垣さんがヒョコっと顔を覗かせた。
「お、遅く、なって、すみません。あのぅ、今日は――――」
「こんにちわ! 私達、楓ちゃんの友達のミカと」
「アイカと」
「エリカ、です!」
『今日はよろしくお願いしまーす!』
「……あぅ」
そして高垣さんの言葉が言い終わらないうちに、続けて後ろから女子3人組が立て続けに姿を表す。
……なるほど。さっきの声は高垣さんの友達か。彼女とは異なって元気いっぱいな印象を受ける。高垣さん、少し飲まれてるな。
「この子達、どこからか私がバンドやってるの聞いた、みたいで。ぜひ見たいし聴きたいから練習を見学させてくれって聞かなくて……」
そう言うと、高垣さんは恥ずかしそうに顔を伏せる。
まあ、やっぱりか。とは思う。
高垣さんが連れてきた……って言うよりは彼女達が勝手についてきたって感じか。
理由は……まぁわからなくはない。高垣さん、クラスじゃ大分内気で恥ずかしがり屋な女の子で通ってるみたいだし。
そんな友達がバンドでベースやってるって聞いたらそりゃ気にもなりますわな。
「急にごめんなさい。楓ちゃんがバンドやってるって聞いて、どんな音楽やってるのかとか、どーしても気になっちゃって……」
「だから何か一曲、弾いてくださいってことですか?」
「そうっ! それです! 楓ちゃんの勇姿も見たいし、ぜひ一曲聴かしてくれたら嬉しいなーって。急な申し出なのはわかってるんですけど……」
「す、すみませんっ……。嫌だったら断ってくれても、良いんですけど。せっかくここまで来てくれたなら、私もこの子達の前で弾きたいなぁ、とは思ってます」
おおまか、俺の予想通りの回答が来た。
でも、高垣さんが乗り気なのは予想外だな。彼女のイメージだと恥ずかしがって自分の演奏を聴かせたがらないかと思ってたから。
まぁ、どちらにしても、だ。
俺はちょうど何か一曲合わせたいな、なんて思ってたから丁度いいし、断る理由はない。
「別に、俺は構わないですけど……。飛猿と先輩は?」
「かまへんで。丁度御門氏が文化祭の曲合わせようずって言ってたし丁度良いわ」
「私も構わないわ。軽音部以外の子達に私達の演奏を聴いてもらえる良い機会じゃない。やりましょう」
先輩と飛猿も笑って快諾してくれた。
その言葉を聞いた高垣さんは、少しほっとしたような表情になる。
「あ、ありがとうございますっ……! じゃあ、演奏する場所は……」
「第二音楽室ね。今の時間は誰もいないはずだし、ちゃちゃっと準備しちゃいましょう」
そう言うと先輩は手早くギターをケースにしまい、それを担いで歩き出す。
初めて、軽音部以外の人に俺たちの好きな音楽を聴かせる。表情から、そこに少し期待感を滲ませているのがわかる。
そして、その姿はどこか自然で、穏やかで。
そんな先輩を見て、一つ、ふと考えがよぎった。
「……なにか、思うところがありそうやな」
「そんなかしこまるほどのものじゃないよ。ただ――――」
作曲する時って、そんな感じで良いんですよ。先輩。変に気張る必要なんてない。そんな感じで、いつも通りに。自然なままでいいんだ。
そうすれば、先輩であれば良いギターを響かせてくれるはずだから。
だから、ちょっともどかしいなぁなんて思うだけ。
「ま、言わんでいいよ。なんとなくわかるから。今はそれよりはよ音楽室向かわないけないやん。早よ行きましょ」
多分、それは飛猿も同じ気持ちだろう。俺の気持ちをある程度汲み取ってくれたのか、軽く笑った。
まぁでも、先輩なら大丈夫だろう。きっと。
そう気持ちを切り替えて、俺は歩き出した。
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