第40話 あとは本番に向けて

『こっちの方が百倍いい』

 

 曲を一通り聴き終えて、先輩たち3人が口を揃えて俺に向かって放った言葉がこれ。

 いや、まぁ自分の感性のままに作ったものが評価されるのは素直に嬉しい。けど、ここまでハッキリ言われると悩んでたのが本当にアホらしくなってもきて、なんか複雑だ。


「音無君。文化祭、この曲で行きましょう。恥ずかしがる要素なんてどこにもないくらいしっかりとした曲になってるじゃないの」

「ん、そっすね。ポップスほど聴きやすい訳じゃないけど、ちゃんと考えられて作られてますな。ええと思いますで」

「はは、ありがと。なんかここまで誉めてもらっちゃうと、ホント、悩んでたのがアホらしいな……」


 つい、考えていたことが口に出てしまうけれど、まあ仕方ないんじゃないかな、なんて思う。ここまで2人の言葉が暖かいと、今まで緊張してた分気が抜けてしまうのも事実だから。

 本当、この人たちに巡り会えたのは幸運だな、なんて、今更だけど思わずにはいられない。


「ま、初めて曲晒す時なんてそんなもんやし気にせんで良いっしょ。聴いた感じ、Pink FloydとGenesisを足して2で割った感じやな。やっぱ意識した?」

「ん、まぁね。フロイドのfearlessみたいな雰囲気の曲を即興で……って気持ちで作ったよ。Genesis味を感じるのは旋律の動き方かな……? 自分で聞き返してみても、結構影響受けてる気がするよ」


 Pink FloydのFearless。Meddleというアルバムに収録されている曲の一つだ。

 アコースティックギターの音色から始まるのが特徴的な曲で、優しくも幻想的な雰囲気を持つ曲だ。あのアルバムの中じゃ1番好きな曲かもしれない。もちろんその後に控えてるEchosも名曲だと思うけど、やっぱりあのふんわりとした雰囲気を持つあの曲が、個人的に一番刺さる。

 あんな感じの雰囲気の曲を作ってみたい――――――、そんな気持ちで作ったのがこの曲だ。


 でも……、Genesisっぽいって言われたのは予想外だったな。そんなつもりなしで作ってたし。

 メロディの動き方とか、和音進行とか、そういったところで知らずのうちに影響を受けてたのかも。今聴き返してみて、なんとなくそう思わされた。


「あ、やっぱか。聴いた時俺もその曲が頭ん中に思い浮かんだわ。御門氏って意外にも好きなんやな、ああいうの」

「まぁね。良いじゃんか。どこか明るさを感じさせつつ幻想的なところが。最後にサッカーの応援歌っぽいのが入るところも併せてさ」

「うぅ、私、聴いたことない……。どんな曲、なんでしょう。気になります……」

「……あ、高垣さん聴いたことないんですね。ちょっと待ってくださいね流しますから……」


 あぁ、高垣さん、あの曲聴いたことなかったんだ。

 でも仕方ないのかもしれない。この曲、Pink Floydの中じゃマイナー曲だと思うし。逆に飛猿はよく知ってたな。

 先輩は……、知ってたはず。音出しの時にこの曲のフレーズ弾いてるのみたことあるし。


 そして高垣さんは自前のイヤホンを俺のスマホに取り付け、曲を聴き始めた。

 

「そっか。今の貴方の曲の雰囲気、どこかで感じたことがある、とは思っていたけれど……fearless、だったのね。良いチョイスしてるじゃない」


 曲を聴いている高垣さんの姿をなんとなく眺めていると、ふと、横で先輩が口を開く。

 やっぱり、先輩も知ってたか。なんか嬉しそうな顔してる。

 そっか、先輩もこの曲、好きなんだな。そう思うとなんか嬉しいや。

 

「あ、やっぱり先輩もわかってたんですね……。もしかして引っ張られすぎてます、かね?」

「そんなことないわ。確かに影響は感じさせるけれど、それだけじゃない。この曲、しっかり貴方らしさも感じるわ」


 だから、自信持ちなさい。そう言うと先輩は柔らかく笑う。

 なら、良かったですよ。そう俺も言葉を返して笑みを返した。少し小っ恥ずかしくなってしまったものだから、若干俯きながらだけど。


「そうそう、その笑顔よ。私が好きになった貴方の笑顔だわ。ようやくいつも通りになってきたじゃない」

「俺はいっつもありのままを見せてる……つもりですけどね。そんなに違いました?」

「当然。いつもの貴方はもっとこう、好きなことに対しては芯のようなものを感じさせる人だもの。穏やかだけど、どこかはっきりとしてる。どこまでも正直な人……って印象よ」


 先輩のどこか自信たっぷりで、正直な評価を聞いて嬉しくなる……けど、これめっちゃ恥ずかしいな。なんでかは知らないけど。

 だから、少し顔が引き攣る……、いや、ニヤけてんのかこれ。

 やばいやばいどうにかしないと。もにゅもにゅと頬を回して口角の力を抜こうと努める。

 うん、だめだどうしても釣り上がる……!


「うふふっ。嬉しいみたいね。そういう正直なところ、本当に好きよ」


 で、そんな俺の姿を見た先輩は、少し意地悪く、楽しそうな表情で頭を撫でて――――――って。

 

「だぁからっ! やめてくださいって言ってるでしょう……! ここ、人前っ、です……!」

「仕方ないじゃない。可愛い姿見せる貴方が悪いわ。それにこの前のお茶の水の時の方が、もっと人いたと思うけど?」

「ねぇ、俺何見させられてんすか。何見させられてんすか本当マジで。当てつけみたいでなんか腹立ってきたんだけど」


 そう、飛猿の悲壮感たっぷりな声が聞こえてくる。

 いやほんとすまんね。惚気るつもりは全くなかったんだけどさ。


「と、いうかそろそろ高垣さんも聴き終わる頃でしょうからマジでこの辺で勘弁してください。お願いします」

「……ん、そうね。なら、仕方ないわね。名残惜しいけど」

「ほ、ふぅっ。聴き終わりました……って、どうしたん、ですか? なんか雰囲気が……」

「いや、なんでも……」


 俺の煮え切らないような返事に、高垣さんは頭に疑問符を浮かべたような顔になる。

 まぁ、今の会話、聞こえてなかったなら良かったんだけどさ。恥ずかしすぎて聞かせられたもんじゃないし。


「で、どうでした? 曲の感想、聴かせてくださいよ」

「あ、はい。すごく、良かった、です……! なんかアコースティックな音がとても優しくて、ベースもしっかり音が鳴ってて……。さっきの音無君の曲、確かにこの曲から影響、受けてるんだなって……」


 ま、まとまらない、なぁ。なんて、そう高垣さんは言葉をこぼすけれど、気に入ってもらえたっていうのはなんとなくわかった。だから、大丈夫ですよ、と優しく返す。

 それだけでもすごく嬉しいな。やっぱり、自分の好きな曲を、他人に気に入ってもらえるのは、なぜか嬉しい。


「まぁ、気に入ってくれたなら何よりですよ……。さて、話を変えて文化祭、この曲で行くのは良いんですけど、まだピアノの伴奏だけだからこれからギターとかの音を入れなきゃいけないんですよね……」


 そう言って俺は、みんなの方にチラッと視線を向ける。

 みんなは次の俺の言葉を、大体予想できてるんだろうな。どこか、期待を込めたような視線で俺を見つめている。

 じゃあ、単刀直入に言うか。変に言葉を選ぶ必要なんて、ないのかもしれない。


「バンドの音作り、手伝ってくれますか?」

『当然!』


 俺のわがままなお願いに、3人は。

 声を揃えてそう返してくれた。


「任しといてくれや。オリジナル曲にドラムつけんのはやったことあるし。いやーひっさびさやな。腕なるわ」

「私、も……! さっきfearless聴いてからこんなフレーズいいかもっていうのが、いっぱい……! 早く、試したい、ですっ!」


 飛猿と、高垣さん。2人はそれぞれに意気込みを語ってくれる。いや、この2人にここまで行ってもらえるのは心強いことこの上ない。


「ふふ、さて、もうあとは本番に向けて作り込んで行くだけね。じゃあ、ここからは、頑張りましょう。ね、音無君?」

「――――――そう、ですね。すごく楽しみです。頑張り、ましょう」


 先輩も先輩で、すごくワクワクしたような声で、俺にそう語りかける。

 だから、俺も同じように、ちょっと楽しみな気持ちを隠さずにそう言った。

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