第38話 普通逆じゃないですか?

「――――――じゃあ、どうぞ。汚いところですけれど……」

「いや結構片づいとりますやん。男子部屋でこれなら十分やで」

「ん、そう? それならいいんだけど、ね」


 みんなにそれぞれ、家族に簡単な挨拶を済ませてもらった後、家の2階にある自室へと案内する。片付けはそこまで得意な方ではないからみんなが不快に思いやしないか心配だった。けれど、それほどでもなかったみたいで少し安心する。


「ええ、そうね。男の子の部屋ってもっとこう……、色々なものが散乱してるものだと思ってたもの。ちょっとスケベな本とか……ね?」

「ちょっと先輩? 流石にそれはわからないように隠しますって。色々偏見混じってるような気がしてちょっと心外ですよ」

「ふふ、冗談よ。ちょっとしたジョークのつもりなのだから、そんなに拗ねないの。それに音無くん、そういった本は持ってなさそうだし」

「……そう思われるのも思われるで、ちょっと複雑なんですけど」


 先輩は先輩で何言ってんのさ。男子の部屋に対してどんな偏見持ってんですか、もう。

 まぁ確かにそういった本は持ってない……と、いうか持つ度胸がないだけなんだけどさ。なんかそのことすら見透かされてるようでちょっと悔しくなってくる。


「う、むぅ。私にはよく、わからないですけど……。男子の気持ちも、複雑、なんですね?」

「ええ、本当に。それはもうきっと女子と同じくらいですよ。高垣さん」


 あ、高垣さんがフォローしようとしてくれてる。言葉と口調からそれがありありと伝わってきた。その優しさがなんか沁みるよ本当に

 ……なんてさ、まぁ、話が少し脇道に逸れたりしたわけだけども

 この話はこの辺にしておこう。こんな話するためにみんなを家に連れてきたんじゃないし。そう考えて一つため息をつき、気持ちを切り替える。


「まぁ、話はこれくらいにして、本題に入りましょう。俺のオリジナル曲が聴きたいんですよね?」

「お、せやせやそのために来たんだよな俺たち。で、進捗はどの程度なん? 人に聞かせるほどじゃない、とは言っても全くできてないわけじゃないんやろ?」

「……本来の目的を忘れんなっての。まぁ、ある程度までは進んでるよ。ちょっと待ってて」


 そう言って俺は、自分の机からパソコンを引っ張り出して起動させる。立ち上げに少し時間がかかるけれど……、親父から譲ってもらったちょっと古いパソコンだし、まぁ仕方ない。


 パソコンを立ち上げた後は、デスクトップにピン留めされてるDAWソフトを起動させる。すると音源ファイルが表示される画面が映し出され、俺が今まで作ってきた曲が(といっても6、7曲程度だけど)目の前に表示された。


「お、結構作っとるやんけ。聞いた感じ一曲二曲程度しかないのかと思ってたから意外だわ」

「まぁほとんどピアノ曲として作ってるものだから、バンドの演奏に向いてるものではないと思うけど、ね。バンド曲として作った音源は……」


 確か二つほど、作りかけのものがあったはずだ。この部分は心の中で呟きながら、画面上に映し出されるファイルに目を滑らせていく。ファイル数自体がそんなに多くなかったから、見つけることはそんなに難しいことじゃなかった。


 最後ファイルを開いた日時から、どんな曲を作っていたかは思い出せる。一つは無難なコード進行を準えつつ作り上げたものだ。

 一応、無難には仕上がっている。曲として聞くには苦しくない出来ではあると思う。


 そしてもう一つは……、だ。


 ちょっとPink Floydや、Genesisのようなプログレを意識したものになっている。と言っても尺自体はそんなに長くないし、曲調はちょっとスタイリッシュかつ聴きやすいように努めてはいるけれど、それでも多分、の影響は多大だと思う。


 どちらを見せようか一瞬迷う。思うがまま、自由に作ったのは後者の方だ。

 けど、ちょっと、なんかカッコつけたような曲になっている気がして見せたくない……なんて思うのも事実。

 それに……、なんかこの曲、進行とかとりとめの無いものになってる気がするし。

 

「これだよ。この曲はバンドを意識して作ったものだ」


 だから、無難に仕上がっている方を見せる。


 変なものを見せて、がっかりされる方が嫌だ。自分の思うがままの曲を聴いてもらって、評価してもらえるならどれだけいいかと思えるけど……、現実はそんなに甘くないだろうし。


「じゃあ、流しますね。と言っても制作途中なので、今から聴かせるところがが全てじゃないですけど、ね」


 そして俺は音源ファイルを開いて、再生ボタンを押す。

 すると、ちょっと明るめで、アップテンポな曲が流れ始めた。ボーカルはっまだついていないからインストロメンタル曲みたいになってる。でも、ボーカルを入れることを意識した曲だから、それ用のメロディーラインは用意している。


 まぁちょっと和音進行とかは最近のトレンドを意識してる感は否めないけれど……、それでもドラムワークやギターのカッティングなどは自分の好きなバンドのエッセンスを取り入れたつもりだ。

 だから、人に聴かせられるくらいには仕上がっている。悪くは言われないんじゃないかな。


 そう思っているうちに、キリのいいところまで曲が進んだ。さっきも言ったようにこの曲は作ってる最中のものだ。だから、曲の途中でブツっと切れたように終わってしまう。けど、それはこれから作っていけばいいし、別に気にすることじゃないのかもしれない。


 さて、曲が終わって気になるのは、明星先輩たちの評価についてだけど……、どうだろうか?

 そう思ってパソコンのディスプレイから彼女たちの方に視線を移す。

 3人とも何か考え込むように黙っていたけれど、しばらくして考えが纏まったのか、飛猿がふと呟くように言葉を発した。


「確かに、悪かねぇっすな。だいぶ聴きやすいように作られてると思うで」

「ん、でしょ? そこは意識して作ったんだ。注目してくれたなら―――」

「ただ、一つ、超気になるところがあるんだけど……ってかこれは明星パイセンとかもおんなじこと考えてそうやな。パイセン、どう思います?」


 そう言うと飛猿は、先輩の方を伺い見る。先輩も先輩で、どこか難しい顔をしているけれど……、どうしたんだろう。曲の進行的に何か不味いところでもあったかな。

 

「――――――ん、そうね。私も今の曲を聴いてすごく引っかかったところがあるけれど……」

 

 そうポツリと言うと先輩は少し悩むような仕草をとる。どう言い表したものか……、なんて心境が伝わってくるような表情だ。

 けれど、決心したようにすぐに表情を引き締める。

 そして、俺の方に顔を向けて、言葉を続けた。


「もう、はっきり言っちゃうわね。音無君。この曲……、無難すぎないかしら?」

「え、そりゃ確かに無難に作りましたけど……、それに何か問題でも?」

「ええ、大ありよ。確かに最近の曲調を意識しつつ当たり障りなく作る。それは決して悪いことではないし、大事なことよ。でもね……」


 彼女はそこまで言うと、またしても言葉を止める。そして、少し深く息を吸う。

 まるで、これから大切なことを言うからちゃんと聞きなさい――――――なんて言いたげな仕草だ。


「でも、それだけなのよ。この曲には貴方らしさが何も入っていない……。そんな気がするわ。もっと自由に、自分の憧れたアーティストたちの曲を思い浮かべながら練り上げていく――――――。貴方の作りたい曲って、そんなものだと思っていたのだけれど、ね」


 どこか、心のどこかでザクッと刺されたような感覚がした。

 まるで、自分の弱いところを見抜かれた時に感じるような、そんな感覚。

 自分の好きなように作って、変にしっちゃかめっちゃかになって白い目で見られるのが嫌だ。だったら当たり障りなく作る――――――。そんな気持ちを見抜いた上で、それを咎められてるような、そんな口調だ。でも――――――


「……っでも先輩。それの何が悪いんですか? だってこれ、文化祭でみんなに聴かせるものですし。変なもん作っちゃったら……、みんなにそっぽ向かれちゃいますって。俺、確かに作曲自体は結構やってますけど、今までそんなにいいもの作れてるわけじゃないですし、ね」

「――――――っ。貴方ね……!」


 先輩が何か言いかけるけれど、気にせず続ける。

 なんかまるで、俺が我儘言ってるみたいだな。そう思うけれど、その考えとは裏腹に、言葉が自然と溢れてしまう。


「だったらせめて……簡単でもちゃんとした物を見せるのが身の丈にあってるってものじゃないんですか? 俺まだ初心者だし、そんな先人達のようになんて烏滸がましい真似――――――」


 できる訳ないじゃ無いですか。

 そう言おうとした、その時。

 

「っ!?」

 

 急に、ぐいっと胸ぐらから引き寄せられる感覚が襲う。急に訪れたその感覚にびっくりした……その次に。

 

 目の前で見たもの、それは。

 先輩の、膨らんだ胸元だ。


「ちょ、せんぱ――――――!?」

「本当、らしくないわねっ……!」


 そんな、先輩の痺れを切らしたような言葉が聞こえてきた次の瞬間、背中に感じる衝撃。

 そして、耳元からだんっ、という音が聞こえきたと思えば、目の前にはニッコリと笑った先輩の姿。


 後ろを見ると、俺は壁に背中をピッタリとくっつけていて、先輩の手が顔の横にある。


 あ、これ、あれだ。壁ドンってやつじゃんこりゃ。

 でも、一つ言えることは――――――。

 

「――――――先輩、フツーこれ立場逆じゃ」

「黙って。話逸らさないで頂戴」

「……ハイ」


 先輩の表情は笑っちゃいるけど、その声は何処か怒気を孕んでいて、有無を言わさせないような圧がある。


 うん。だから、もう、なんか、さ。

 もう、肯定の言葉をつぶやくしなかった。

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