第37話 御門の家族

「ただいま……って、姉貴じゃん。今日大学はどしたの?」

「おかえり弟よ。大学は全休さ。残念だったな。で、お母さんから聞いた話だと今日、友達連れてきたんだって?」


 取り敢えず飛猿達には一旦外で待っててもらって、帰ってきたことを知らせようと1人で家の中に入った直後。

 玄関前で姉貴がラフな格好でアイス咥えてた。全休って……、休みってことか。平日休みってなんか羨ましいな。

 俺が帰りがけに母さんに電話してた内容を聞いてたのか、色々知ってる様子で。俺が今まで家に友達を連れてくることがなかったからか、なんかちょっと嬉しそうな表情してるのは……気のせいか。


「あぁ、まぁね。母さんに帰ってきたの伝えたいから、今ちょっと外で待ってもらってるけどね。今日は――――――」

「ピアノ使いたいんだろ? それも知ってるよ。ってかお母さんはアタシが呼んどくからさ。あんたは早く友達、中に入れちゃいな。待たせちゃ悪い」

「ん、ありがと。あと申し訳ないけどさ、その格好でみんなの前に出ることは……、流石にしないよね?」


 いい姉貴だろ、なんて言いたげに少し思わせぶりに笑いながら、目の前の彼女は胸を張る……、けれど。

 個人的にはその格好……、つまるところ下着姿で俺の友達の前に出やしないかってことの方が心配だ。

 まぁ、飛猿とかなら理解してくれるだろうし、まだいいけどさ。明星先輩や高垣さんっていうも家に上がってくる中でその姿で出て来られるのは……、流石に恥ずい。


「バーカ。流石にそんなことするかってのよ。しっかり隠れてるから安心しな。さて、ほら行った行った」


 そう言うと我が姉貴――――――音無美琴おとなしみことはリビングへとフェードアウト。母さん呼びに行ったのか。

 ったく。変に適当というかさっぱりしてるというか、そんな性格だよな。俺とは正反対……、な気がする。


 まぁ今そんなこと考えても仕方がない。姉貴の言う通り先輩たち待たせてるもんな。早く案内してあげなくちゃ。

 そう自分に言い聞かせて玄関のドアを開ける。


「すみません遅くなっちゃって。中、入っていいですよ」

「おーようやくけ。待ちくたびれたわ。ってかドア越しに聞こえて来たんだけど、御門氏姉さんいたんですねぇ。知らんかったわ」

「……あー、あぁ。聞こえてたのか。なんか恥ずかしいな……」


 玄関口で会話してたからか、飛猿たちには姉貴との会話が丸聞こえだったらしい。ってことは姉貴の下着云々の会話も聞こえていたということ。まずい。なんかめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。

 ちょっと、顔が熱くなるのがわかる。やばいな。先輩たちにはこんな姿見せたことないから確実に――――――、


「あら、いいじゃない。聞こえてこた限りだと、すごく一緒にいて楽しそうなお姉さんだと思うわよ? それに貴方のあの態度も……。うふふっ」

「なんすかもう。何がおかしいんですか」

「いいえ? 何か意外ね。なんて思っただけよ? 大したことじゃないわ」


 ほら、ね。間違いなくいじってくると思いましたよ。何楽しそうに笑ってるんですか。

 先輩、俺の告白受けてから少しどこか遠慮がなくなったように感じる。それだけ彼女との距離が近くなったってことなんだろうけど……、なんか、慣れないな。

 まぁ悪い気はしてないし、綺麗で可憐な先輩を見れて嬉しくもある。でも、なんか悔しいな。どこかでお返ししてやりたいところだけど、いつも彼女の方が一枚上手だからなぁ。


「そう、ですね。あんな音無君、なんか新鮮……。でも、私もお兄ちゃんいます、から。なんとなく気持ちはわかるかも……?」

「……フォローありがとうございます高垣さん。そうなんですよ、姉弟きょうだいと会話してる時って、なんかみんなと会話してる時とはどこか違うんですよね。不思議なことに」

「うふふっ、わかります。多分私も同じ、です――――――、って、そうだ。音無君の家、もう入って大丈夫なんです、よね?」


 玄関での立ち話が少し長引きそうだったけれど、高垣さんが自然に、上手く誘導してくれた。

 そうそう。こんな他愛もない会話を続けることも楽しいけれど、今日は別にやることがあるんだから、それどころじゃないはずだ。


「……あ、そうだった。早く中に入っちゃいましょう。時間は有限ですから、ね」


 そう言って玄関のドアを再度開けて、先輩たちを家の中に入れる。

 玄関にはもう既に、母さんが俺たちを待っていたみたいだった。

 実年齢よりちょっと若めに見えて、温和な印象を受ける顔立ちをしているその人は、ちょっとにこやかな笑みを浮かべて先輩たちを見つめている。


「あら、みんないらっしゃい。話は御門と美琴から聞いてるわ。私たちのことは気にしないでいいから、思いっきり御門のお手伝いしてあげて頂戴ね」

「お、ありがとうございます。……優しい母ちゃんですなぁ御門氏よ」

「ふふ、ありがとう。貴方が飛猿くんね。話は御門から聞いてるわ。で、そちらの女の子達は……」


 母さんは飛猿と軽く会釈をし、先輩達に視線を向ける。

 俺に女の子の知り合いがいることが意外だったのか、少し驚いたような顔だ。まぁ中学時代は女友達なんていなかったし、当然っちゃ当然の反応だけどさ。


「明星静です。御門君の友達で、一つ上の先輩です。よろしくお願いします」

「……高垣楓、です。よろしく、お願いしますっ……」


 先輩は柔らかな笑顔で、高垣さんは……、やっぱり少し緊張したような面持ちでそれぞれ自己紹介。

 母さんは二人の自己紹介を聞き終えると、嬉しそうな顔で微笑んでうんうんと頷く。そんでもって微笑みの表情そのままに俺の方を向く――――――、ってほんと何さその表情。


「ふふ、どうも。これからも御門をよろしくね。……にしても、御門が友達を連れてくるなんて、ねぇ。しかも女の子まで」

「何さ。からかってるつもりならやめて欲しいんだけど?」

「いいえ違うわよ。中学のあの頃からは見違えるようになったから、なんか嬉しくて、ね?」

「……思い出させないでくれよ、もう。あんまりいいもんじゃなかったんだから」


 が頭をよぎってしまったものだから、少し顔を顰めてしまった。いけない、と思って少し頭を振う。多分本当に、母さんは「嬉しい」と思って言ってくれたことだ。だから、少し申し訳なくなっちゃうな。

 だから、「ごめんなさいね」と言う言葉に「別にいいよ」と言う言葉で返す。なるべく、優しい雰囲気で語りかけるように努めた。


「じゃあ、私はリビングにいるから。何かあったら呼んで頂戴ね。御門、自分の部屋まで案内してあげなさい」

「ん、わかってる。……じゃ、行きましょうかみんな」


 母さんがリビングに消えていくのを見て、先輩達を自室に案内しようとみんなに声を掛けた……、直後のこと。

 ふと、飛猿が少し思うところがあるかのように声を上げた。


「なぁ御門氏。さっきのお母ちゃんとの会話で気になったんだけどな、やっぱ君中学の頃何かあったんか? 前々から思ってたけどさ。君、随分と引きずってるもんがあるような気がするんすけど」


 ――――――あぁ、やっぱりこいつにゃ勘付かれるか。ほんと察しがいい奴だ。

 きっと話せることなら話して欲しいんだろう。何か力になれることがあるかもしれない、なんて思ってくれてるんだろうから。なんだかんだでこいつはそういうやつだ。


 でもさ、ごめん。今はまだ無理そうだ


「うーん……。ごめん、その話はノーコメントで頼むよ。ちょっと心の準備が、ね」


 だから、こんな調子ではぐらかす。聞かないでくれ……。なんて意味を遠回しに込めたつもりだ。

 で、そんな意味を一応は理解してくれたらしい。飛猿は渋々と言った様子で頷く。


「んー、わかったよ。この場は素直に引き下がっときますわ。少なくとも今は話してくれそうにないし、な」


 そうだ、それでいい。それに今日は別に目的があるでしょ。なんてそんな考えで頭の思考を塗り替える。

 飛猿から視線を先輩と高垣さんに移した時、どこか不満げな表情をしていたように見えたけど……、多分気のせいだな。


 そう自分に言い聞かせつつ、ピアノが置かれている自室に向かうため、二階につながる階段を一つ、登った。

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