第36話 一緒に作ればいいものができる

「よう、おはようさん御門氏。昨日はいい演奏できてたじゃねえすか」

「ん、おはよう飛猿……。ふふ、ありがとう」


 翌日、朝の8時頃。休みの日が終わりちょっと憂鬱な気分で学校に向かう途中。後ろからトントンと肩を叩かれ声をかけられる。


 振り返ってみてみれば、俺の悪友、平手飛猿が不敵な笑みを浮かべて笑っていた。満足げな表情で「期待以上やな」なんて言ってくれるものだから、少し顔が綻んでしまう。

 彼のドラマーとしての実力は相当なものであることは知っての通りだ。だから、そんな人間を唸らせる演奏ができていたんだと思うと、ちょっと嬉しい。


「まぁでも、まだまだこれからだよ。昨日の演奏は朝倉さんたちに助けられた所も多くあるから。もっともっと君や先輩、高垣さんとの演奏の中で実力をつけていかないと、ね」

「おぉ、御門氏が御門氏してるやないですか。いやー安心安心。俺ももっとクオリティの高いプレイしたいし、その調子で頼みますわ。メキメキ力つけてってつかあさい」

「どういうことさねそれ……。君も相変わらず、だな」


 そう、お互いに軽口を叩き合いつつ、自然豊かな通学路を歩く。


 俺が通う高校の直前には、正門まで続く長めの桜並木がある。新学期が始まって一週間、ギリギリまだ桜の木々には青い葉っぱが茂っている。


 うん、いいなぁこの通学路。歩いててすごく心地がいい。そう思えるくらいには、愛着の持てるところだ。


 そんな桜並木の中腹に差し掛かったところで、飛猿がふと思い出したように「そういえば」と声を発する。


「御門氏よ、んで、先輩とはどうなったん? おそらくやけどしたんだろ? 告白」

「……やっぱり鋭いね、君。どっかで察されてるとは思ってたけど―――って、なんで告白したことまで知ってんの。もしかしてどっかで見てた?」

「ま、見たって程じゃねーな。2人して玄関付近でなんか神妙そうに話してるから、もしかしてって思っただけや。君らの気持ちはだいぶ前からなんとなく察してたし、直ぐに思い至ったよ」


 やっぱり、飛猿には気づかれてたみたいだ。

 俺が先輩に対する気持ちに気づいたのはつい先日のことだから……、飛猿はそれよりも前に俺たちの気持ちについて、色々と勘づいてたってことか。


 本人達より気付くのが早いってどういうことだろう……とは思うけど、おそらく俺たちが気づかないところで、態度になって現れてたんだろうな。こいつ、そういう人の細かな変化にすごくよく気付くから。


「―――ったく、君には隠し事なんてできないな。てかさ、君があの現場見てたってことは高垣さんももしかして……」

「あ、それ。安心しろ高垣氏は先に帰ってもらったから。あの人のことだし、気ぃ遣ってちとギクシャクしちまうと思ったしな」

「―――あぁなるほど。高垣さんだと確かに……ありそうだな。確かにOKは貰えたけどまだ付き合ってる訳じゃないしそれが正解かも。ありがとな」


 ふと、もしかしたら高垣さんも知ってるのかな、なんて思って聞いた言葉はさらりと否定される。飛猿なりに気を回したのか。ここまで完璧に色々予測して動かれてたんだと知って、内心少しビックリしてる。


 けれど、俺たちがまだ付き合ってないっていうのは意外だったみたいだ。ちょっと意外だ、とでも言いたげに目を軽く見開く。


「ほーんOKもらえたんかそりゃ何より……ってあり? 付き合ってないん? なんか意外ねぇ。俺ぁ君らは直ぐにでも交際始めると思ってたで?」

「あ、まあね。先輩が俺の作ったオリジナル曲演奏してから正式に付き合いたいって。なんか先輩って存外ロマンチストなんだなあって思って……って」


 そこまで言いかけて、ふと飛猿の方に視線を向ける。まぁ、そこにはもちろん飛猿の顔があるわけだけど。


 問題なのはそいつの表情から推察できる内容だ。

 なにそれおもしろそう―――。そんな考えがありありと伝わってくる。


 あ、これいじる気満々のやつじゃねぇか。

 ポロッと思わず言葉として溢してしまった事に今更ながら後悔した。

 飛猿の次の言葉は……、あ、なんとなく予想できるぞ。こいつのことだからどうせ――――――、


「ほぇー? 面白そうなことしてんすねぇ。んじゃあ今日の放課後は御門氏の素晴らしぃー神曲を聞かせていただくとして……」


 ほら言うと思った。あれだろ、聴かせてほしいって言ってんだろこれ。

 ったく、まだ出来てるとも言ってないのに……。いじりがいのありそうな話題を見つけるといつもこうなんだから。まぁ、らしいっちゃらしいけどさ。


「いやどうしてそうなる……。変にハードル上げんなって。一応言っとくとまだ満足のいくもん出来てねーぞ。それこそ今度の休みの日に先輩の知恵を借りようとしてるところなのに」

「は? なんじゃそら。まだ出来てないてやる気あんすかパイセン。ねぇ返して。俺のこの期待返してほら早く」


 そして続け様に飛んでくる悪ノリ。飛猿のらしいところ、パート2だ。ちょっとキレたような雰囲気を醸し出してるけれど、楽しんでるのは明確。


 なんでわかるのかって? そりゃ半年とは言えこんなノリに毎日当てられてりゃ見分けられもしますって。

 まぁ、それも彼のいいところの一つなんだけどさ。そんな態度に、何度心を明るくさせられたかはわからないし。


「……なに逆ギレしてんのさ。そんな悪ノリしながら催促しなくても文化祭の1ヶ月前にはデモ完成させますよ。せっかくだし大舞台で皆んなと一緒に演奏したいし、ね」


 まぁ呆れる……のは確かだけど、そう思うと不思議と穏やかな気持ちになれる。そんな心持ちで、飛猿の言葉を軽くいなす。

 そんなに怒らなくても、絶対にしっかり完成させるから安心してくれってのよ。言葉を発し切ってから浮かべた笑みに、そんな感情を込めた。


「へぇ、そっか。んじゃ期待してるわ……、ってか、今度の休みの日って大分間が空いてね? 今日月曜だから5日後だぞ」

「んぁ? いやだって、放課後は練習あるじゃんか。文化祭の発表に向けて新しい曲、合わせてる最中だし……」


 そんな俺の言葉を聞いて、ふと飛猿は思い出したように、そう疑問を口にした。

 でも俺からしたら普段の放課後の時間は、新しく覚えた曲の音合わせとかでいっぱいいっぱいになる気がする。だからとてもじゃないけれど、先輩と曲について話し合う時間はなかなか取れないような気もするけれど……。


「いやそれは半分くらいできてるし心配いらんでしょ。せっかくみんな集まる時間あんのに勿体無いな。っつーわけでさ御門氏よ、ちと命令……じゃなかった。提案があるんだけど」

「――――――次の台詞、なんとなく予想はできるけど……、何さ?」


 おい今なんつった。

 俺の聞き間違いじゃなきゃ命令ってガッツリ言ってたような気がするんだけど気のせいか。


 まぁ、多分聞き間違いじゃないんだろうな。だってこいつの表情から、明らかに伝わるものがある。


「今日の放課後いっぱい、君の曲について話すんぞ。鉄は熱いうちに打てっつーしな。5日も待ってたら昂まった気分も冷めちまうぞ」


 そう、絶対にこれだけは譲らない、という意志だ。

 意外とこいつ、音楽のことになると我が強くなるというかストイックになるというか――――――、まぁとにかく。


 なんかいつもと少し変わるよな、なんて、そう思わされる。そう心の中で呟いた。


◆◇◆


「……なるほどね。急に『放課後は曲作りに専念したい』なんて言われた時はちょっとびっくりしたけれど……、そうね。平手くんの言うことも最もね」


 時は進んで放課後。俺と飛猿は校門前で先輩に今朝の経緯を軽く伝える。すると、先輩は少し考えるような仕草を取りつつそう呟く。そんな仕草がちょっと綺麗だ、と思ったのは別の話。


 ――――――あれから先輩、高垣さんにも放課後は俺の家で曲作りをしたい、という旨を伝えた。なので今は先輩と待ち合わせ場所に指定した校門前で落ち合ったところ。あとは高垣さんの到着を待つだけだ。


 なんで場所が俺の家になったのかっていうと……、まぁ、飛猿の指定だ。曰く「落ち着く環境の方がアイデアも浮かびやすいでしょ」とのことだ。


「まぁ、確かにそうなんですけど……、ちょっと急なんだよなぁ。色々準備ができりゃよかったんですけどね」


 確かに飛猿の言うことは最もだけど、同時にそんな愚痴みたいなものがポロッと出てしまうのも仕方ない気がする。人を自分の部屋にあげるとなるとちょっと勇気がいる……、もとい、色々準備が必要であることも事実だし。


 そう言いつつ、飛猿にちょっとした抗議の目を送ってアピールしてみた。けれど、それは軽い調子で流されることになる。


「遅かれ早かれやることになってたんだから文句言いなさんなって。それに、早いうちから余裕持って詰めてった方がいいもんできると思うしな」

「……ハイ、ここまで建前。本音をどうぞ飛猿くん?」

「一刻も早く御門氏の曲にケチつけたくてウズウズしてますはい」

「だと思ったよこのサル」


 素敵な性格してますね本当に。無駄にさわやかな笑顔で言うなよムカつくなぁ。

 ……で、なんで先輩はクスクス笑ってるんですか。物言いたげな視線を送ると「ごめんなさい。すごくいい関係だと思って、つい」なんて言葉が返ってきた。


 先輩の笑いのツボ、なんか不思議だ。そう思って一つため息を吐く。

 気づけばようやく笑いが治まったらしい。先輩はふう、と呼吸を落ち着けてから話し始めた。


「でも、よかったじゃない。こうしてみんなと一緒に協力する機会が得られて。一緒に作ればいいものができる……。そうでしょう?」

「まぁ、その意見も、一理ありますね。ええ」

「ふふっ、素直なんだか素直じゃないんだか」


 そう、からかいの言葉を口にすると先輩はまた、柔らかな笑顔になる。

 今日、随分と上機嫌ですね。そんなに俺の曲を聞くのが楽しみなんでしょうかね……、なんて、そんな思考が頭を掠めていく。


 でも、揶揄われても不思議と悪い気はしない。先輩とこうしてどこか近い距離で話せることが、なんか、すごく心地いいな。


 そんな余韻のようなものにちょっと浸っている中で、ふと、こちらに向かって走ってくる靴音が聞こえてきた。その音にちょっと気持ちが外に引っ張られる。


 音を立ててる人はおそらく……、あぁ、やっぱり。


「はぁっ、はふっ……、す、すみませんっ……! HRホームルーム長引いちゃってっ。急いで来たんですけど遅れちゃ……、あうぅっ!?」


 高垣さんだ……けど、俺たちの手前で思い切り転んだ。結構痛そうな音したぞ、大丈夫か。

 これは流石に見過ごすわけにはいかない。怪我してないかな。


 近くに駆け寄って「大丈夫ですか?」と声をかけつつ抱き起こすと、「ありがとう、ございます」と、少し照れたような声で言葉を返してくれた。


 まぁ、擦り傷もできてないみたいだし、一応大丈夫そうだな。よかった。


「もう、そんなに急がないの。転んじゃって怪我でもしたら元も子もないじゃない。別にわざと遅れたんじゃないのは分かってるんだから。ね?」

「はぅ、すみません。でも、ちょっと楽しみだったから……」

「ま、その気持ちは分からんでもないっすけどねー。別に逃げるわけじゃないんだから」

「それは……、そう、なんですけれど。うぅ」


 俺に続いてやってきた飛猿や先輩も、そう心配そうに声をかける。

 今、結構すごい音立ててたからな。怪我してないか心配なんだろう。2人は高垣さんに外傷がないのを確認すると、ちょっとホッとしたような表情を見せた。


 ––––––なんか、高垣さんもようやく、俺たちに馴染んできたよな。

 こうした一幕を見てると、なんとなくそう思わされる―――なんて、関係ない事をぼんやりと考えた。


 ……さて、ちょっと色々あったけど。

 ともあれメンバーは全員揃ったわけだ。


「まぁ、大丈夫そうならよかったわ。んじゃ御門氏、君んち行って曲作りしましょうかね」

「ん、そうだね。んじゃみんな着いてきてください。案内しますんで」


 だから後は、向かうだけ。

 自分の部屋に人を招き入れることに対する緊張感を少し感じながら、俺は歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る