第35話 貴方の曲を弾いてから
「私も、貴方とほとんど同じね。貴方があの教室でHotel Californiaを弾いてるのを見て――――――、すごく興味を惹かれたの。学校であんな古い曲弾いてる人、今まで見た事なかったから」
先輩はそう、無意識に呟くように言葉を溢す。まるで押し留めていたものを、少しずつ少しずつ流し出すように言葉を続ける。
そして俺は、その声に引き込まれるように、ただただ黙って一言一言を聞き続ける。
「貴方は自分の好きな音楽が理解されてこなかったって言ってたけど……、私も、自分の好きな音楽って、あまり理解されてはこなかったのよ。だから、自分の趣味をさらけ出せる貴方の側は、本当に心地よくて」
そこまで言うとまた先輩は、恥ずかしそうに笑う。こんな事話したこともないから、少し恥ずかしい――――――なんて言いたげな表情だ。
その笑顔を見ると、なんだか温かな気持ちになって、こちらまで釣られて笑顔になる。思わず、先輩の言葉に相槌を打つように「うん」と言う言葉が出た。
「それに――――――、貴方と「洋楽」っていう繋がりの中で一緒に演奏を重ねていくうちに、貴方の内面にも、惹かれていったのかもね。純粋で、何事にも、取り分け音楽にはすごくひたむきな貴方に……ね」
先輩から言われた言葉は、俺にとっては少し意外な言葉だった。だってそんな「純粋でひたむき」なんて自分では思ったことはなかったから。音楽に打ち込むのだって、当たり前のことだと思ってたし。
そんなこと言ったら、先輩の方が音楽に対して純粋だし、ひたむきじゃないですか。だっていつだってあんなに嬉しそうに、楽しそうにギター弾いてるんだから。
そんな風に思うけど、先輩がそんな風に、好意的に思ってくれてたのは凄く、凄く嬉しい。そんな風に見てくれる人がいたんだと思うと、心がじんわりと温かくなる。
「なんて、気づいたのはつい最近……、もっと言ってしまえば、つい先日のことなのだけれど、ね。気づくまでの間、随分貴方にはそっけない態度とっちゃってたと思うけれど……」
「……あ、いや、別に大丈夫ですよ。悪く思ってたわけじゃないっていうのは、わかってましたから」
先輩はちょっと俯いて、申し訳なさそうに言葉を詰まらせる。これは流石に黙ってるわけにもいかないから、軽く微笑んで言葉を返す。
確かにここ最近、感情的になる先輩を見て困惑してたのは事実だ。けど、俺のことを嫌ってるわけじゃないってことはわかっていたから、傷つくことはなかったし。
だから、先輩が気に病む必要なんて本当はこれっぽっちもないんだけど……。真面目な人だ。
「……そう。ふふ、そういう穏やかなところも貴方のいいところね。本当に心地いいわ」
俺の笑顔で幾ばくか先輩の気持ちを和らげることができたらしい。いつもの、柔和で綺麗な笑顔が戻ってきた。そうだ、その笑顔だ。先輩にはその笑顔が一番似合う。
「ねぇ、音無くん。やっぱり貴方は私にとって特別。ひたむきな貴方が、穏やかな貴方が。そして――――――」
そして先輩は目を閉じて、頷く。まるで自分の気持ちを反芻して、確認するように体を揺らす。
そして先ほどよりも息を深く吸って、言葉を溢す。
「――――――常に音楽が、洋楽と共にある貴方が。私の音楽も常に、洋楽と共にあったから」
その言葉を聞いた時、頭の中でカチリという音が、優しく響いたような気がした。
あぁ、そっか。彼女は俺と似てたんだ。
大事な部分で、似た思いを持ってた。だからどこか共鳴するような、通じ合うような気持ちを彼女に感じてた。
お互いに「音楽」が「洋楽」が大事で、そこで似た思いを抱えてたからこそ、惹かれたんだろう。
「そっか。ありがとう、ございます。じゃあ、俺の告白はOKもらえたってことで、いいんですかね?」
なんか、すごく幸せだ。こんな人と出会えるなんて、なんで俺は幸せ者なんだろうか――――――とさえ、今は思える。言葉もちょっと浮き足立っているような声色だ。
先輩もそんな俺の気持ちを察しているのか、微笑ましいような目で見つめる。
「ええ、少し回りくどくなってしまったけれどね。今すぐにでもお付き合い……なんてのもいいかもしれないけれど、その前に貴方にやってもらいたいことが……ね」
そこまで言うと、ちょっと思わせぶりに言葉を溜める。どこか察してほしいと言わんばかりに、表情に含みを持たせている。
なんなんだろう……。なんて思うけど、まぁ心当たりがないわけじゃない。
「もしかして俺のオリジナル曲、ですか?」
「ふふ、ご明察よ」
やっぱり、か。予想通りだ。この前一緒に御茶ノ水に行った時にちょっとポロッと呟いただけだけど、先輩、すごく興味持ってたもんな。
「貴方の音楽が詰まった曲をしっかり弾いてから、一緒になりたいの。そうすればこれからの関係も、もっといいものになる……。そうでしょう?」
「随分とロマンチック、ですね。それに……、オリジナル曲作ってるって言っても、まだ人に聞かせるほどのものじゃないですよ?」
意外というかなんというか、先輩って結構ロマンを求める人なんだな、なんて思う。まぁ俺の曲を聴いてみたいっていう気持ちから来るものではあると思うけど。
でも、そんな彼女のロマンチストな所も、今はだいぶ眩しく見える。
「ふふ、いいのよ。相談ならいくらでも乗ってあげるから。それこそ、平手くんや高垣さんに助言してもらう……なんてことも今ならできると思うけど?」
「……まぁ、確かに」
「うん。素直で大変よろしい」
でも最近はあまり曲らしい曲がなかなか浮かんでこなかったし、家族以外の人に聞かせたことなんてなかった。だから、人に聞かせるとなるとちょっと気後れするのも事実。だからちょっと躊躇いもあるんだけど。
でも、先輩の「もう決定事項だ」と言わんばかりの表情を見ると、どこか無理矢理にでも納得させられてしまう……気がする。
いやだって雰囲気的に一歩も引く気なさそうだし。
そんな態度取られたらもうなんか腹括るしかないんだなって思わざるを得ないというか。
どこか、バンド結成したあの時と似てるな。なんて今更どうでもいいことが頭をよぎった。
「わかり、ました。じゃあ今度の休みにでも早速お力、お借りしますよ?」
「ふふっ。なんだかんだ言ってワクワクしたような顔しちゃって。いいわよ。楽しみにしてるわ」
まぁ、なんか愚痴みたいなこと言いつつも、だけれど。
――――――今までスランプみたいなものになってたから、前進できるいい機会かもな。なんて考えてて。
まさに先輩の言う通り、ワクワクしてた。
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