第33話 告白
演奏が終わってライトが消え、視界が暗転する。それを皮切りにして、俺たちは舞台袖へと戻った。
観客から完全に姿が見えなくなった瞬間、抑え込んでいたものが溢れるように、急速に力が抜ける。
「ふ……っ」
それは、学校の発表会でも感じた感覚。だけど2回目だからか、以前感じたほど「疲れ」は感じない。代わりにその力の抜ける感覚に、どこか心地よさを覚える。
まぁだいぶ慣れてきた、っていうのもあるんだろうけど……、それ以上にも何かある気がする。
でも、今はそれの言い表し方がわからない。悪いものじゃなくて、凄く良いものだっていうのはわかるんだけど。
でも、今はそれで良いか。言葉にできないくらい、今はすごく気分がいいってことなんだろう。
「よっ、音無くん。ナイス演奏だったよ」
「……ふふ、ありがとうございます、朝倉さん。そっちもナイスボーカルです。見違えたじゃないですか」
「お、でしょでしょ? 絶対驚いてくれるだろうなって思ってたんだ。君のおかげだよー」
ありがとね。と彼女ははにかみながら呟いて、俺の前に手を出す。それに応えるように俺は、彼女の手の平に自分の手を重ねてハイタッチ。パチンと小気味の良い音が小さく鳴った。
まぁ、俺が教えた以上に彼女は鍛錬を重ねていたのだろう。じゃなきゃ、あそこまでしっかり歌うことなんてできなかったはずだ。
「まぁ、お礼を言われるほどでは……、ないんですけどね。朝倉さんの努力の賜物ってやつですよ」
「ふふっ、照れちゃって。可愛いなぁやっぱりっ。君のレクチャーなしに私も努力はできなかったんだからさ。感謝の言葉は素直に受け取っておきなよ。ね?」
でも、確かに感謝されるのは嬉しい。それがあるからか少し顔が綻ぶ。そしてそのせいで、それを朝倉さんに見透かされる。なんか恥ずかしいな。
「ふふ、メイちゃんの言う通りだよ。それに君だって演奏、凄かったじゃん。キーボードがいるバンド何組か知ってるけどさ、あんな演奏の仕方する人、見たことないもの」
ふと、そんな言葉が俺の後ろからかけられる。振り向いてみると、香澄さんが爽やかな表情で立っていた。
「あ、香澄さん。お疲れ様です。……褒めの言葉はありがたいんですけど、俺の技術なんてそんな大したものじゃないですよ? まだまだもっと上手くなれると思いますし」
「……うん、いいなぁその謙虚さ。惚れちゃいそう。でも、本当にすごいって思ってるのは事実なんだから、その気持ちだけでも受け取っておいてね?」
「――――ん、まぁ、そうですね。ありがとう、ございます……」
彼女が見せたふんわりとした笑顔が少し眩しくて、顔を赤らめてしまうのが自分でもわかる。どこかふんわりとした、柔らかい雰囲気がまた眩しさをより強くしてるみたいで。
……うん。きっとライブが終わったあとだからかな。だからこんなに気持ちが昂っちゃうんだ。そう言い聞かせて、少し頭を掻いて気持ちを誤魔化す。
「よかったじゃない。貴方のキーボードの良さ、みんなにわかってもらえたみたいで。それにしても貴方、香澄のことは名前で呼ぶのね。私のことは呼んでくれないのに……」
「あ、先輩お疲れ様で……って、乱暴に撫でないでくださいよ。単純に香澄さんの件は苗字知らないからってだけなんですから」
気づけば、先輩も俺たちの側に立っていた。俺の髪の毛をわしゃわしゃと少し力を込めてこねくり回している。髪の毛抜けちゃうんでやめてください。
表情が晴れやかなものだから余計怖……くはないな。凄んだような雰囲気じゃないし。どこか爽やかなものを感じさせる。
「あ、私の苗字は
「じゃあ秋津さん。これからもよろしくお願いします」
「って、もぉ。言った側から……。でもまぁいいか」
秋津さんは少しぷくっと頬を膨らませるけど、俺の気持ちも察したのか不服ながらに納得したような表情を見せる。
ええ、やっぱり名前呼びは馴れ馴れしい気がするんですよ。苗字わかったならそれで呼ぶに越したことはないじゃないですか。
なんて、取り留めもない会話をして気分を紛らせていた。けど、ふと唐突に、午前中の先輩との会話について思い出す。
そうだ。そういえば、先輩には伝えなきゃいけないことがあったんだ。こんなところで油売ってる場合じゃない。
みんなにバレないようにひとつ息を吸って、吐く。少し、精神を落ち着かせる必要があったから。
だって俺がこれからするのは、
いわば「告白」って言えるものだし。
「……そうだ、先輩。午前中にも言いましたけど、話したいことがあるんです。今、時間大丈夫ですか?」
なるべく自然に、平静を装って、先輩に話しかける……けど、やっぱり緊張してるな。心臓の鼓動がいつもより速い。
やっぱり、冷静になろうとしても無理なものなのかもしれない。なんか身体が心なしか熱い気がするし。
「そういえば……、そんなこと言ってたわね。構わないわよ? ただここ舞台袖だし、場所は変えた方がいいんじゃないかしら」
「まぁそうですよね……。朝倉さんすみません。ちょっと先輩と話したいことがあるんで先に――――――ってアレ?」
「もういないじゃない……。あの子達ったら、もうっ」
先輩と話している間に、いつの間にか朝倉さん達が側から忽然と姿を消していた。
……ああ、色々察した結果か、これ。どこで気づいたんだろう――――――なんて思うけど、気づく節はそれなりにあったんだろうな。なにぶん表情は顔に出やすいみたいだから。
この様子だと、飛猿にはもう気付かれてるな。なんか癪だけど。
「んじゃ場所、移しましょうか。先輩?」
「ええ、そうね。ライブハウス出たとこで話しましょう」
そうお互いに声を掛け合って、出口へと向かって歩き出す。お互いの心境を慮ってか、歩いている間はどちらも始終無言だった。
けど、心臓の音はやたらうるさい。出口に近づくにつれて、徐々にその音は大きさを増してくる。
そんなどうでもいいことを考えていたら、いつの間にか俺はライブハウスの外に出ていて。
目の前には、ちょっと神妙な顔つきの先輩がいた。
「……ここなら、立ち話になるけど少しゆっくり話せるでしょ。で、話したいことって何かしら?」
「あ、そうですね。じゃあ、先輩」
「ええ、何?」
さぁ、言うぞ。そう思って次の言葉を思い浮かべるけど、中々出てこない。チープな言葉になるのが嫌だから、いくつか言葉を用意したはずなのに、言葉にならない。
代わりに心臓が今日一バクついてる。
あぁもう。こんな時に綺麗な表情しないでくださいよ。先輩。優しい表情で待つ姿が、どこか、すごく綺麗だ。
「……もう、単刀直入に言っちゃいます。先輩、俺は――――――」
あぁもう、しょうがないな。チープなもんになっちゃうけど、もう仕方がない。
すぅ、と少し深めに息を吸って、俺は。
「貴女の事が、『好き』です」
少し震えているであろう声でそう言った。
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