第32話 はじめてのライブステージ②
最高潮にあがったテンションをそのままぶつけるように弾き始めた……、はいいけれど、だからといって演奏が雑になってしまってはいけない。特にこの曲、最初のキーボードの強弱の付け方がとても繊細な曲だし。
リズムが先走らないように細心の注意を払いつつ、キーボードを叩いていく。まぁ、テンポは少し速くなってしまっているとは思うけれど……、本番だしまぁ仕方ない。
イメージは……、そう、振り子が振れるようなイメージだ。頭の中でそんな事を考えながら強弱をつける。
おぉ、という歓声が耳に届いて、ちょっと嬉しくなる。それは上手くこのパートの良いところを伝えられたって事なんだろうから。
よし、つかみは上上。でも、まだだ。
この曲が盛り上がるのはここからだ。
8小節を過ぎたあたりで七音さんのドラム、香澄さんのベースが弾けるように入り、それに遅れて追うように先輩のギターがうねりを上げる。
その瞬間、音がまるで爆発したように圧を増した。より激しく、駆けるような音があたり一面に拡散される。
演奏していても、観客のボルテージがより上がったのがよくわかる。ワッ、という歓声の持つ圧が、ビリッと肌に伝わってきたから。
「それ」を感じて、少し顔が綻ぶ。本番前に感じてた不安がこの瞬間に全部吹き飛んで、代わりに喜びが心を覆う。
でも、まだまだ気を抜かずにいかなきゃ。だって曲は始まったばかりだし。
前奏が終わると、待ってましたという気持ちをぶつけんばかりに朝倉さんのボーカルが入る。ハツラツとした、弾けるような特徴的な声がハウス全体に響き渡る。
この前は「自分の声の特徴を活かしつつ、曲の魅力を引き出す」ことにかなり苦心してた様子だった。だから、本番にあたって「気負いしてなきゃ良いけど」なんて思ってた。
けど、それは要らぬ心配だったみたいだ。
彼女の声は自信たっぷりで、晴れ渡るように明るい。
気負いも不安も一切感じさせない、とても安心する声。それでいて「疾走感があって、クール」というこの曲の魅力を最大限引き出すような歌い方だ。相当、見えないところで努力してきたんだろうな。
―――やっぱり歌上手いなぁ、この人。
そう思うと若干悔しくなってしまう。けれど、少し嬉しい。自分ができる限り教えたことが上手く彼女に伝わったみたいで、どこか嬉しい。楽しげに声を出して歌う彼女を見ると、余計にそう思える。
そして、サビに入る手前で、七音さんのドラムと香澄さんのベース、そして先輩のギターが息を合わせてリズムを刻む。ここ、すごく好きな部分なんだけど、このピッタリ息を合わせるのがとんでもなく難しい……と思うところだ。
でも、彼女たちは上手く合わせる。難なく……、というわけではないんだろう。けど、それでも十分すぎるほどピッタリに、確実に音を刻む。
長い付き合い故にお互いのことがわかるからこそ、ここまで上手く合わせられるのかな。その関係、すごく羨ましい。
そばで聞くと、いい意味で鳥肌が立つ。本当、凄いやこの人達……!
七音さんの迫力のあるドラムと、香澄さんの安定したような、確実に音を捉えていくベース。そして先輩の澄み渡るようなギター。それらが上手く溶け合って迫力のある音を作り出している。
そういや七音さんのドラムに関しては飛猿のやつが少し羨ましがってたっけ。自分のドラムより重たくて力があるって。まだまだ自分の「音」を確立させられてるわけじゃないけど、それでも自分にはできないことしてる……って地団駄踏んでたな。
だから、俺も頑張らなくちゃ。そう思ってこのバンドの音になるべく合うように、キーボードの音を合わせていく。
サビに入って、さらに曲が盛り上がりを見せると、しっかりと観客も反応してくれる。
しっかりとした歓声が耳に届いてくる。「キーボードすげぇじゃん」とか、「流石!」なんて声も、その中には混じっていた。
俺も、この中でしっかり演奏できてるんだ。なんて、そう思えてきて、さらに演奏に力がこもる。演奏する喜びがらさらに大きくなる。
正直言うと、本番前は少し不安だった。だって普段とは全く違う人たちと、いつもとは全く違うところでの演奏だから、うまくやれるのかな、なんて思ってた。
でも、そんな気持ちはもうどこかに行ってる。
もっと、もっと演奏していたい。そんな満足感にも似た感情が、代わりに心地よく心を埋めていく。
気付けば2番が終わり、間奏手前。たぶん、ここが1番の聞きどころなんじゃないだろうか。
ボーカルとともに徐々にスピードを減速させていくように演奏する。そしてそれが下限に達した時、俺と香澄さんが息を合わせて音を回転させるように素早く鳴らす。
さぁ、ここまでは「タメ」のようなものだ。
本当に盛り上がるのはここからだ。
朝倉さんの弾ける声が号令のように響き――――――、
音が再度爆発した。
先輩の待ってましたと言わんばかりのギターリフ。今まで溜め込んでいた感情を爆発させるように激しく鳴り響く。
観客のボルテージは最高潮に達する。それは、先輩のギターが前に出るっていうのが観客にとって新鮮だっていうのもあるだろう。
それに何より、きっとこの曲の格好良さがここにいる皆んなに伝わったってことなんだろうな。
こうして自分達のバンドから、違う人たちにその良さをわかってもらう。そして、さらにこうした形でより多くの人たちに「それ」が広がっていく。
あぁ、本当に俺にとっては「非日常」だ。今まで全く経験したことなんてない、凄く嬉しくて楽しい気持ちが全身を奮い立たせる。
そして、最後のサビの部分が終わり、アウトロの部分を弾き切る。因みにこの曲、アウトロにも盛り上げどころがある。本当になんか凄い。揺さぶられるようだ。
勢いをつけて曲を締めた時、ワッ、という歓声が俺たちのいるところまで迫る。
ふと、朝倉さんと目が合う。彼女は俺に向かってニコッと快活に笑った。
こうして、演奏を終えた後の爽快感も、学校のステージに立った時とはまるで違う。
あぁ、いつか、飛猿、高垣さん、先輩の3人でこのステージに絶対に立ちたい。
そしたらもっともっと、今以上に楽しい筈だ――――――。
そんなことを考えざるを得ないくらい、今の俺の気持ちは今までにない昂りを見せていた。
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