第31話 はじめてのライブステージ①

「はーいっ! こんにちは! 毎度お馴染み『The Force』ですっ! 本日もよろしくお願いしまーすっ!」


 いつもに増して元気いっぱいに声を張り上げる朝倉さん。それに答えるように、観客側からも大きな拍手と歓声が起こる。


 そしてその様子を俺は、ステージ袖から見つめてる。

 なんか仲間はずれみたいでちょっと悲しいけど、まあ仕方ない。俺が助っ人として参加するのはWhite sisterの一曲のみだし。故に出番のその時まで、基本的にステージには上がる必要はない。


 出番が来るその時まで、幾ばくか心の準備を整える機会を与えられた。そう、ポジティブに考えようか。そう、心の中で呟いて彼女たちの演奏に耳を傾ける。


 朝倉さんのMCが終わると、すぐに演奏が始まった。

 演奏される曲目はストレートな、疾走感のあるロック。朝倉さんのハツラツとした弾けるようなボーカルが、この曲の良さをさらに引き出してる。


 本当に朝倉さんも歌、上手いよな。なんてはっきりと思わされる。それほどまでに彼女の歌声は印象的だ。


 そして、学校で演奏する時よりも楽器の音が、よりクリアで洗練されている。

 それはPAさんの腕前とか音響機材が学校にあるものに比べていいっていうのももちろんあると思う。けど、それと同じくらい、彼女たちの気持ち的なものも、きっと音の質ってものに大きく影響してるんだろうな。


 だってみんな楽しそうだもの。その気持ちを演奏に思い切りぶつけているのが、側から見るだけでよくわかる。


 ヤバい。震えてきた。多分武者震いだ、これ。

 だって早く出番が来ないかな、なんて待ち侘びてるから。早くあそこで演奏したい。彼女達が感じてる気持ちを俺も早く感じてみたい。そんな気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。


 でも当然、今はまだその時じゃない。

 喉まで出かかるその気持ちを抑えて、じっと動かずその時を待つ。


 そんなことを考えているうちに1曲目が終わり、2曲目に入る。今度はちょっと甘めなバラード曲。さっきよりしっとりとした声でのボーカル。全体としてベースが前に出てくる曲のようだ。香澄さんがすごく楽しそう。

 けど、中間部分で朝倉さんと先輩が展開する、ツインギターの掛け合いがとても印象的な曲だ。お互いの息がぴったりと合っていて、聴いててとても心地がいい。


 この、次だ。俺が出て演奏するのは、この次。

 曲がゆったりと終わった時、俺の拳には自然と力がこもった。


「ふぅっ! ありがとうございました! さてさて次はなんと、多分初めてかな? 静ちゃんが好きなバンドから一曲。Totoっていうだいぶ古めのロックバンドなんですけど……、聴いてみたら私もハマっちゃって。ぜひやりたいってことで、一曲ねじ込んじゃいました!」


 朝倉さんのそんな言葉を聞いて、少し観客がどよめく。

 それは聞き慣れないバンドの名前を耳にした故に少し困惑した人から、知ってはいるけどこのバンドからその名前が出てくるとは思わなかった――――――、なんて人まで、様々だろう。


「でもこのバンド、結構キーボードが前に出てくる曲が多いんです。だから今日は助っ人、呼びました! ほら、御門ちゃん。出てきて?」


 そう言ってステージ袖にいる俺をチラッと見ると、ニコッと笑って手招き。

 いや、まあ仕方ないけど、「ちゃん」ってなんか呼ばれ慣れないな。なんか恥ずかしい。


 そんなちょっと顔を紅らめたくなるような感情を胸の内で感じながら、ステージに出た。その瞬間、


 なんかそんな気持ち、どうでも良くなった。

 出てきた瞬間、ぐっ、と熱い熱気が体全身に迫ってくる。

 初めてだ。これ、初めて感じるものだ。自分の好きなバンド達もこんな空気を肌で感じていたのかと思うと、どこか感動する。


 そして何より、ステージから伺える人の数。

 こんなに大勢の前で演奏するの、いつ以来だろう。東関東のピアノコンクールに出た時以来かな? まぁあの時の方が人の数は多かったけど、さ。


 でも、それとは何もかもが違う。なんだろうこの緊張感。ピアノコンクールで感じるとはまた違う、独特なものだ。


 なんか、緊張するんだけど、どこか心地いい。気持ちが昂るというか……、あぁいやコンクールの時ももちろんテンション上がるんだけど、それとはまた別というかなんというか――――――、

 って、ダメだ全然まとまらない……!


 なんで悶々と考えてるうちに、自分の持ち場である、キーボードの手前まで来てしまっていた。

 ……あぁこれ、挨拶しないといけない奴かな? と思って周りを見る。うん、そうみたい。朝倉さんが、「ほら、自己紹介」なんて小声で囁いてるし。


「えー、ん、んん。音無御門です。今日は一曲だけ、参加します。ほんの少しの間ですけど、よろしく、お願いします」


 女装してることがバレないように、気持ちちょっと高めの声になるように意識して声を出す。

 ……なんか「カワイイ」とか「ちょっと男勝りな女の子っぽいよねー」なんて声が聞こえてくる。バレてないことは素直に喜ぶべきなんだろう。けど、なんか複雑だ。


「ふふっ、初めてだからかちょっとカタいね。で・も! この人のキーボード、超すごいから。ぜひ注目して聴いてくださいね?」

「……超ハードル上げてきますね、朝倉さん。ちょっと不安ですよ。まぁ、やるからには思いっきりいきますけど」

「それだけ言えれば上等だよっ! さぁさ張り切っていきましょう! Totoの「White sister」、どうぞっ!」


 俺のそんな軽口を聞くと、朝倉さんは不敵に笑う。

 さぁ、貴方の全力、早く見せてよ――――――。

 なんて声が聞こえてきそうなほど、挑戦的で、楽しそうな笑顔。


 先輩はどう思ってるのかな? なんて思ってふと視線を向ける。

 先輩は先輩で、期待と自信が入り混じった表情だ。先輩らしい柔らかい笑顔で、俺を見ている。


 信頼してくれてるのか、これ。

 なんだろ、すげー嬉しい。これ以上言葉にできないや。

 あぁ、俺、先輩のこと大好きなんだろうな。そう、どこかはっきりと思わされる。


 お互い、顔を突き合わせてにこりと笑った後、それぞれの楽器に視線を落とす。

 そんなに期待されてるなら、それなら、もう思うことは一つしかない。


 その心に全力で答えてやろうじゃないか――――――!

 そう、強く心を奮い立たせて俺は、キーボードの鍵盤を叩いた。

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