第30話 本番直前の一幕
本番直前のリハーサル……、と言っても軽く楽器ごとの音の響きや調子などを軽く弾きつつPAさんと打ち合わせる程度のもの。一グループにかける時間はそんなに長いものじゃない。
まぁそれは俺たちも例外じゃないわけだ。各々の機材の調子をパパッと整えて、鳴らしてみて……っていう一連の流れを済ませるのにかかったのは、大体10分程だった。いや手短に済んで何よりなことで。
とりあえず今は、楽屋に移動して他のバンドの人達の演奏をモニターで見つつ、自分たちの出番を待っているところ……、なんだけど。
「すみません。やっぱり元の服に着替えさせてください恥ずかしいですコレ……!」
「いやいやいや、勿体無いよ普通に可愛いのにぃ! いやぁやっぱり私の見立てた通りだよー。女装したら女の子顔負けレベルの美少女に……」
「それ褒め言葉のつもりなんでしょうけどなんか傷つくんでやめてくださいっ!?」
今の自分がしてる格好で人様の前に出るとなるとものすごく恥ずかしい。まぁ、朝倉さんを始めとした彼女達に無理やりさせられた姿な訳だけど。
急いで元の服に着替えようと更衣室に向かって走り出すけれど、朝倉さんにがっしりと腕を掴まれて止められてしまう。
他のメンバーも更衣室につながる道を塞ぐように立ってるからなおタチ悪いような気がする。明星先輩まで何やってんのさ、もう。
今の俺の姿、朝倉さんが買ってきた(らしい)スカート履いて長めのカツラ被って……。
って、まぁ、詰まるところアレだ。
女装をしてる訳だ。俺は。
もう殺してくれよ。顔から火が出そうだ。
「もう、仕方ないじゃんかー。ガールズバンドに男1人っていうのもどこか顰蹙買いそうじゃん? だから君にはその格好をしてもらう必要が―――」
「なら黒子みたいな姿でもいいじゃないですか。男か女かわからないようにすればいいんですから」
「そりゃそうだけど……、自然に溶け込める素材がそこにあるのにわざわざそんなことなんてしたくないよ。と、いうわけで今日だけその姿でいてよ。お願いっ!」
一生のお願い、といった風に目をぎゅっと閉じて、手を合わせて彼女はそう叫ぶ。
彼女にも譲れないものはあるんだろうけど……、どうしてそこまで拘るんだ。
「なんじゃそれ……。なんか不服だ……」
ちょっと呆れたように溜息を吐いてみる。すると朝倉さんは少し罪悪感に駆られたのか、「うぅ、申し訳なくは思ってるんだよぅ……」としおらしい態度になる。
「でも、雰囲気は大事にしたいんだよ。一応ガールズバンドってことで通ってるし、それだから聴きにきてくれる人もいるくらいだしさ。君がそこまで似合ってるものだからどうしても……」
まぁ、彼女にもこだわりがあるんだろう。ガールズバンドであることのこだわりってやつが。ガールズだけでもカッコよく演奏するんだって気概とか、ガールズバンドが作り出す独特のパワーや雰囲気が自身の心に刺さるとか、色々。
でも、じゃあなんで俺みたいな男を助っ人として呼ぶんだ……なんて思う人もいるかもしれないけど―――、
まぁ、それは言うだけ野暮、ってやつだろう。別に理由、わからないでもないし。
「……音無くん。私からもお願いできるかしら」
ふと、聞こえてくるのは明星先輩の声。
先輩は少し困ったように微笑みながら、話を続ける。
「芽衣子、あの発表会で私たちの演奏を聞いてから、Totoの曲がやりたいってずっと言ってたのよ。でも……、知り合いの中にちゃんとTotoについて知ってるの、貴方しかいなかったのよ」
まぁそれは、そうだろうな。そこは前々から分かりきってたことだし、助っ人頼まれた時から勘づいてた事だ。
この学校を通して見ても、今日演奏する曲の要であるキーボードが弾けて、かつTotoというバンドの曲をしっかりと知ってるのは俺くらいのものだと思う……って、ちょっと自意識過剰かな。
まぁ、TotoⅣ(赤いアルバムで有名なやつ)に収録されてる曲は知ってる………、なんて人、1人はいそうだけど。
「でも、見てもらって分かる通り、ガールズバンドである事へのこだわりも凄くてね。だから今回、貴方を助っ人に呼ぶのも本当はすごく悩んでたの。そんな中で私たちの好きな曲をやるんだ、って言ってくれた。だから芽衣子の気持ちも、私は尊重してあげたくて」
朝倉さんにとっては、結構決意のいることだったんだろう。それはそれだけ、自分のいるバンドに思い入れがあるって事の現れのように思える。
先輩にそう言われた朝倉さん本人は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。でも、そうまんざらでもなさそうな顔だ。やっぱり嬉しいんだな。
「だから、私からもお願い。ほんの一瞬だけでいいから、女の子になりきってくれないかしら。お礼は必ずどこかでするから、ね?」
……まぁ、なんかここまで言われると、さ。
逆に俺が我儘言ってるみたいじゃんか。
朝倉さんだけじゃなく、先輩にまでここまで真剣にお願いされちゃ、なんかもう嫌がる理由も消し飛んじゃったよ。もう。
「まぁ、俺的にはバレなきゃいいんですけど……ね。分かりました。やってやりますよ、もうっ」
『いやったぁっ!』
もう、こうなりゃヤケだ。そんな諦めたようなことを考えて、一つ息を吐く。それとは対照的に彼女達は嬉しそうにハイタッチ。まぁ、仲の良い人たちの役に立てる……、なんで考えれば悪くないのかもしれない。
「うぅ、ありがとう音無くん。この恩は必ず……」
「別にそこまでかしこまらなくて大丈夫ですよ。それよりも俺が心配なのは――――――」
まぁ、恥ずかしいことには違いないけど、この際俺が男だってことがバレなきゃ問題はない。でも、俺の心の中で一抹の不安が拭えないのは――――――、
「うきょきょきょ御門氏女装してるやんけ。面白すぎか写真撮っとこ」
「あわ、だ、ダメですよ平手くん……! そんなおちょくるような真似……って、あ」
こういう面白がる奴らがいるからで……、ってちょっと待て、
なんかいるんだけど。そう思って振り向く、その先には、そう。
「ちょっとサルさん。なんでこんなとこいるんすか。ここ楽屋のはずだけど」
「君らの友達ですって言って学生証見せたら通してくれたわ。いやー面白そうなこと絶対起こってるって思って来てみたら思わぬ収穫」
「ふっざけんなその写真今すぐ消せっ!!」
「あわ、うわわ、す、すみませんすみませんっ……!」
そう、我が悪友、平手飛猿だ。意地悪く笑いながら写真を連写している。
阻止すべく飛びかかろうとするけれど、「ストップ、抑えて。ここ楽屋よ?」と先輩に宥められる。こんちくしょうそこまで織り込み済みか……!
そして一緒についてきたのか高垣さんも一緒だ。自分も一緒に怒られた気分になってしまったのか、高垣さんは涙目になって繰り返し詫びている。
いや、高垣さん。別に貴女は悪くないんです。
俺がキレてるのはそこのお猿さんに対してなんですよ。
「……と、まぁ冗談はさて置いといて、その調子なら緊張で固まってる、ってわけじゃなさそうやな。安心したわ」
「……もしかして緊張をほぐすために敢えてやった、とか? だとしたらもっとやり方はあったはずだけど?」
「すまんなぁこれしか思いつかなかったんよ。将棋の大会とかでもそうだけど、君緊張しすぎるとちっとやそっとじゃ解れないし」
こんくらい煽ってやるくらいせんといけないと思ってな、と少しバツが悪そうににへらっ、と笑う。
そう言われて思い出すのは、初めて将棋部の大会に出た時のこと。あの時は初めての公式戦ってことで、もう周りの声が聞こえないほどにガッチガチに緊張してたっけ。
そんな中、コイツはタチが悪めの冗談いったり、ちょっとしたおふざけで俺の気を引いてきて。
それに対して俺は正直に怒ったり、笑ったりしてた。
そしたらいつの間にか自然体になって、肩の力が抜けた状態で対局に臨めたんだっけ。
今回もきっと、同じ感じなんだろうな。俺がちょっとした大舞台に立つこともあって緊張してるかも――――――、なんて思ってくれて、こんな行動をとったのかもしれないな。
「……まぁ、そこはありがとうな。でも、どうせ意地悪く楽しんでもいるんでしょ?」
「は? 当たり前やないけ。こんなクソいじりがいのありそうな
「ふゎうっ!? あ、いやそのぉ……、あうぅ……!」
「だと思ったよこのサル。あと高垣さんに振るな困ってるでしょうが。……すみません、高垣さん」
いつの間にか、余分な力が抜けて自然体になってるな。どこか胸の端っこにあったモヤモヤした感情も、いつの間にかなくなって、いつも通り穏やかな感じだ。
ったく。これも飛猿の手の内、かよ。
ほんっと、食えねぇヤツ。怒る気になんてなれないや。
「あう、別にそんな……、あっ、かわいい、ですよ? 音無くん。羨ましいなぁ」
「……すみません高垣さん。それフォローになってないです」
「あぅ」
すみません、と言わんばかりに高垣さんはしゅん、としおれる。彼女なりに気を遣ってくれたんだろうから、別に悪い気はしないけど。
しゅんとしてる姿が可愛らしいから、まぁよしとしよう。
「ふふっ、いい関係だね。でも、そろそろ時間だからお話もこれくらいにして、ステージ袖行こ? 音無くん」
そう、朝倉さんに言われて腕時計を見ると、出番の時間の15分前。確かに、そろそろ行かないといけないか。
「そう、ですね。わかりました。じゃあ行ってくるよ、2人とも」
そう言って2人に向かって手を振る。そして、グッとサムズアップ。やってやるよ、というジェスチャーのつもりだ。
そんな俺のありきたりなものに、2人は、
「おー、行ってこい。そんでしっかり暴れてこい」
「頑張って、ください。応援してますから……!」
飛猿はお返しのようにサムズアップ。
高垣さんは両手の拳を握って、ぐっと腕に力を込める仕草。
それぞれのやり方で、送り返してくれた。
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