第29話 なんか新鮮だ

 ライブハウスの中に入ると、すでに人がちらほらと集まりつつあった。

 お客さんと思しき人たちがドリンクを飲みながら次のステージの時間まで待ちつつ談笑している。

 その他にも、俺たちの他に演奏するであろうバンドが後3組くらいいるはずだけど……、見当たらないな。楽屋にでも行ってるのかな?


 部屋の奥の方に見えるステージは思ったより小さいけれど、バンドが1組演奏するには十分な大きさだ。

 そしてそのステージには、うちの学校で見るよりも高価そうなアンプが結構高く積まれている。なんか感動だ。


 今回は朝倉さん達の助っ人って形でここに来てるけれど、今度は飛猿や高垣さんと一緒に演奏できたらいいな、なんて思えるくらいには、気分が高揚してる。


「ふぅん。随分と楽しみそうな顔してんじゃん。ライブハウスに来るのは初めて?」


 ふと、七音さんからそんな言葉を唐突にかけられる。どうやら思っていたことが結構顔に出てたらしい。ちょっと恥ずかしいな。

 ちなみに、明星先輩は朝倉さんと一緒に受付を済ませているところだ。スタッフさんと何やら話し込んでいる様子が隅っこにチラッと映る。


 香澄さんは……、知り合いに挨拶に行くって言ってたっけ。意外と外に顔が広い人なのかもしれないな。


「あ、はい。一応は。話にはうちのドラム担当のやつから色々と聞いたことあるんですけど……」

「ふふ、そっか。じゃあ、すっごくいい思い出になると思うよ? 学校でる時とは色々と違って感じるからさ。まぁ自分のバンドとしてここに来れなかったのはちょっと残念だろうけど……ね」


 ちょっと自信ありげな顔で七音さんは眼鏡をくいっ、と上に上げる。

 その表情は、どこか世話焼きなお姉さんが優しく微笑ましく見守るような、そんなものを感じさせる。


 なんか彼女の性格が垣間見えるような気がする、なんて思ったのは全く別の話だ。


「それは確かに残念ですけど……、今後の楽しみに取っておきますよ。今が十分楽しみですし、ね」


 そう言うと自ずと笑みが溢れる。ちょっと勢いをつけるように笑う。

 そんな俺を見て、少し七音さんは驚いたような顔を見せる。けれど、その一瞬後には少し可笑しそうに笑う。


「あっはは、そっかぁ。いやぁやっぱり可愛いね君って。静が気にいるのもわかる気がするよ」

「なんでみんな揃って似たようなことを……。まぁもういいですけど」


 朝倉さんも明星先輩も、何が面白くてそんなにからかうんだか。あんまり言われ過ぎるものだから慣れてきちゃったじゃんか、もう。


 これに慣れるって、なんか嫌だな。いや嫌ってわけじゃないけど、なんか釈然としない。

 そう思うとちょっと渋い顔になるのが自分でもわかった。


「ふふ、ごめんごめん……。まぁとにかく、今日はよろしく。君の腕は認めてるし、期待してるからさ」

「――――――もう。まぁいいか。こちらもよろしくお願いします。その期待、飛び越えちゃうくらいのモノ見せてやりますよ」


 でも、いつまでもそんなことをズルズル引き摺るわけにもいかない。頭をブンブンと振って、再度七音さんの言葉にニコッと笑って返す。

 さっきと違うところがあるとするなら、少し挑戦的な表情になるよう努めたところだろうか。


「……へぇ。平手くんもそうだけど君らってさ、意外と自信家だよね。だからこそ本番であんな良い演奏、できるんだろうけどさ」

「そうでも……、ないですよ? 少なくとも俺は無理矢理自信ありげな言葉使って、自分を鼓舞してるだけです。じゃないとプレッシャーに負けちゃう気がするので……」

「あら、そうなんだ。そんな風には見えなかったけどなぁ。君、この前の発表会の時もそうだったけど、演奏を心から楽しんでる感じだったからさ」

「自分を鼓舞するからこそ思いっきり楽しむ感情が生まれるというかなんというか……って、わかりますかね? これ」

「うーん……。なんとなくわかるような、わからないような?」


 そう言い合って、お互いくすり、と笑い合う。感情的なものってうまく伝えづらい。でも、なんとなくだけどそれでもわかるような気がする。言ってることが理解できるような気がする。

 まぁ勘違いしてる可能性もなくはないんだけど。


 それがなぜか、どこか面白くて、笑う。

 なんか新鮮だ。すごく良い。こうしていつもと違う人と音楽の話をするって、どこか、何か面白い。


 多分、自分の好きなもので通じ合えるっていうことがそういう気持ちにさせてるんだろうな。朝倉さんがTotoに興味を持ってくれた、って聞いた時も似たような気持ちになったから。


「ふぃー、ようやく終わったよー。お、2人とも仲良く話してるね。ちょっと仲良くなれたなら嬉しいよ」


 その声に気づいてふと声のした方向を見ると、受付を無事終えたらしい朝倉さんと明星先輩がいた。

 思ったより時間がかかって気疲れしたのか、少しぐっ、と体を伸ばしながらこちらに向かって歩いてくる。


「……随分と良い雰囲気じゃない。お互いに仲良くなってくれたようで嬉しいわ。ね?」


 で、その明星先輩はというと、顔は笑顔で、でも声色はちょっと不機嫌そうにして、

 俺のほっぺたを軽くつねる。ひりっとした痛みが両側から迫ってきた。


「あ、明星先輩……って、嬉しいならなんでほっぺつねるんですか。痛いですよ」

「あら、わかってるはずだと思うけど?」


 わかってるはずて、なんだろう。全く想像つかないや……って、まぁ、嘘だ。思いたある節がないわけじゃない。でも、さ。


 それはあくまで俺がそうあって欲しいなって思うことなだけで、それが彼女が今言いたいことそのものではない気がする……ってか、そう思いたい。


 だって、あまりにも自意識過剰だもの。

 明星先輩が、俺に好意を持っていて欲しいだなんてそんなの。


 あまりにも自意識過剰すぎやしないだろうか。


「……もう。とにかく、一応受付は済ませたわ。暫くしたらリハだから準備しておいて頂戴。芽衣子、一緒にギターのチューニングしましょう?」

「うんうん、わかったよー。もうっ、素直じゃないなぁ静ちゃんって」

「……芽衣子、一言余計よ?」


 最後の方のやり取りはうまく聞き取れなかったけど、お互い仲良く話していることはわかった。そうだ。今はこんなこと考えてる場合じゃないや。


 これからの演奏に集中しないと。先輩の話を聞くのは終わってからだ。さっきそう約束したろ。


 そう自分に言い聞かせて、ぱちんと頬を叩いた。


 ……さっきつねられたところが余計痛くなって悶絶したのは、全く別の話だ。

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