第28話 今日のライブが終わった後に

「おはよう……ございます。先輩。ついに本番、ですね」

「ええ、そうね……。ふふ、なんか本番が待ちきれない、って顔ね。そんなに楽しみ?」


 心臓が破裂しそうなほどドギマギしたあの練習会からさらに日が過ぎて、朝倉さん達が練習の成果を披露する日がやってきた。


 先日の一件のことがあるから、お互い少しぎこちないような、そんな雰囲気が流れるけれど、お互い微笑み合いながら会話する事くらいはできる。

 でも、やっぱりどこかよそよそしいというか、そんな雰囲気。まぁ仕方のないことだけど。


 やって来たのは学校の近くにある小さなライブハウス。聞くところによると、よく先輩達はここのステージで演奏させてもらっているらしい。

 今日は休みの日故に昼の時間に20分ほど演奏する時間が取れたとのこと。なので、リハーサルの時間やセットリストの確認の時間なども見て、午前中に集合の約束となった。


「ええ、それなり、には。だって新しく同じ音楽を好きになってくれた人たちと演奏、ですよ? 楽しみじゃないって方が不思議です」

「……ええ、そうね。ふふ、その台詞、なんか貴方らしいわね。なんか安心するわ……」

「そっか、それなら何よりですよ。変に緊張してないってことだと思いますし」


 先輩との間に漂うちょっとモヤモヤしたような空気を払おうと、極力快活に笑うように努める。


 そうだ。ここで、今日俺はWhite sisterを演奏するんだ。あの曲、決して簡単な曲じゃないし、今更ながらに少し緊張する。けど、それよりも何より、「朝倉さん達と一緒に好きな曲を演奏できる」ってことが、すごくワクワクする。


 やっぱり、「同じ音楽を好きになってくれた」って言う喜びからくるものが大きいんだろうな。なんて、取り止めもないことを考える。


 で、その朝倉さん達だけど、いつ来るんだろうか。まぁもうすぐ集合時間だから、そろそろ––––––、


「静ちゃん、音無くん、おっはよ! 昨日はよく眠れた?」


 なんて事を考えてたら、

 突然、そんな声と共に後ろからポン、と背中を叩かれたような感覚を覚える。

 この声は……、噂をすればなんとやら、ってやつかな。ちょっと違うかもだけど。


「あ、朝倉さん、おはようございます……。ええ。もうバッチリですよ。頭スッキリ、です」

「ふふっ、おはよう。相変わらず元気ね、芽衣子。ええ、しっかり眠れたわ」


 快活な笑みでこちらを見つめる、朝倉さんが後ろにいた。なんかこの笑顔、彼女のトレードマーク、だよな。なんてどうでもいいことを考える。


 俺も明星先輩も、それぞれの言葉で朝倉さんの問いかけに答えていく。そして俺たちの答えを聞いて、満足げにうんっ、と頷いた。


「そっか、それならよかったよ……。ふふっ、音無くんのその台詞、なんからしいね。ちょっと安心だ」

「―――おぉ。なんか奇遇ですね。先輩もさっき、全くおんなじ事言ってましたよ。……ね、先輩?」

「―――ん、本当ね。殆ど同じ台詞よ。ちょっと驚いちゃったわ」


 ……少し俺の言葉がぎこちないようなものになってしまったけれど。まぁ、置いておこう。


 先輩はそう言うと朝倉さんに向かって柔和に笑う。とても嬉しそうだ。それだけ朝倉さんのことを大切な友達だと思っているようで、どこか少しほっこりする。


 朝倉さんと明星先輩って、なんかお互い全く違う性格に見えるけれど、どことなく考えてることが似てるな、と思わせる時がたまにある。

 彼女達の練習会に顔を出した時に、よく思わされることだ。音出しの時にお互いの意見を言う時とか、雑談に華を咲かせている時とか、結構な確率で意見が一致している印象があるから。


 で、その朝倉さんは、そんな俺の言葉を聞くと、嬉しそうな表情になる。そして、


「おぉー! 本当? えへへ、静ちゃんと同じって聞くと、なんか嬉しいな。ね?」

「ええ、そうね。……もしかしてテレパシー、ってやつかしら? 私たちって、お互いの心がわかるのかも、ね」

「あははっ。なんか静ちゃんがそういうこと言うの意外だよ。でも、そうだね。そんなのあったらロマン、だよねっ」


 そんな言葉を掛け合いながら、先輩と朝倉さんは、お互いの手をぎゅっと握りあう。本当に仲良いな。みてて微笑ましいや。


「……そういえば、美優と香澄は? 一緒に来てたんじゃなかったのかしら」

「……あ、やっば。静ちゃん達見つけた拍子に駆け出しちゃったから、置いて……」

「なんか、前に同じことあったような」


 そんな焦ったような朝倉さんの言葉を聞いて思い出されるのは、この前の発表会の時。あの時七音さん達、急に駆け出すものだから置いて行かれた、みたいな事言ってたような。


 やっぱりと言うかなんと言うかこの人、猪突猛進タイプだな、なんて考える。


「もうっ、だからぁっ、置いていくなってのっ……。ふうっ、おはよう。静。音無くん」

「あはは……。相変わらず元気だなぁメイちゃんは……。あぁ、2人ともおはよう」

「あ、おはようございます。いや、大変ですね」

「や、別にこんなの茶飯事だから大して気にしてはないんだけどさ……。とにかく今日はよろしくね。楽しみにしてるからさ。ふぅっ」


 そして、大分息を切らした様子で七音さんと香澄さんが姿を見せる。特に七音さんはベース背負ってるから大分キツそうだ。

 そんな中でも七音さんは俺に軽く挨拶の言葉を返してくれる。律儀だ。


 うう、ごめんねー。と朝倉さんはそんな2人にしおらしくしながら謝る。それに、まぁ、いいよ。いつものことだから、なんて七音さんは言葉を返す。


 どこかお互いをわかってるような、そんな会話。今朝倉さんにこんなこと言ったらむくれられるだろうけど、なんか、すごくいいな、と思えてしまう。


「なんか……、いいなぁ。ああいう関係。幸せそうだ」

「ふふ、そうね。でも、貴方と平手くんも同じ感じよ? 貴方達も、お互いのことを理解しあって話してるって、そんな感じがするわ」

「そう……ですか? そう、言ってもらえると嬉しいですけど」


 正直アイツのことはまだまだ理解しきれてないことの方がまだ多いと思う。

 けど、俺と飛猿の関係を外から見てる先輩からそう言ってもらえる、っていうことは、少なくともヤツとは仲良くやれてるっていうことなんだろう。そう思うと、なんか嬉しい。


 先輩の笑みにつられて、俺も笑う。少し、心がじんわりと暖かく――――――、ってそうだ。意識的に考えないようにしてたけど、流石にもうそういう訳にもいかないか。


 あれからしばらく色々考えて、自分の気持ちには幾ばくか整理がついたし、言語化もできるようにはなった。


 だから、俺が抱いているこの気持ち、多分、ちゃんとした形で先輩に伝えた方がいいんだろう。いやだって、あの時もう殆ど自分の心の内、伝えちゃったようなものだし。


 だからこんなギクシャクしたような雰囲気になってしまっているのもあるだろうし……さ。あの一件のあと、先輩と顔を突き合わせるたびどこかお互い接しづらいような、そんな雰囲気が流れてしまう。お互いに何を話せばいいかわからないような、そんな雰囲気。


 そんな雰囲気にいつまでもしておくわけにはいかない。だからこそ、そんな状況を打破するためにも、自分の気持ちはしっかり伝えなきゃいけないな、なんて思ってる。


 でも、やっぱり怖いな。先輩が俺のことをどう思っているか、予想ができないわけじゃない。でも、それはやっぱり予想の域を出ないわけで。

 先輩が俺が思ってる通りに考えている、なんで確信を持てるほど、俺は自惚れていない。


 でも、このギクシャクしたような雰囲気にケリをつけたいのも事実。だから、今日、その気持ちを伝えようとは思う。だから、


「……先輩。唐突で申し訳ないんですけど、少しいいですか?」

「……ん? いいけど……、どうしたの?」

「今日のライブが終わった後、時間あります? あるとするなら――――――」


 話したいことが、あるんですけど。そう続けようとした。

 でも、その言葉は、一旦遮られることになる。


「おーい! 静ちゃん、音無くん! もうすぐリハの時間だから早く行こうよ!」


 いつの間にやら先にライブハウスのドア付近に向かっていた朝倉さんの声に阻まれる。

 仕方ない。先に向かうか。今の話ならちょっとした空き時間にでもできるし。


 そう思って彼女達の元へと走り出そうとする。すると、


「……話したいことがあるんでしょう? 音無くん」


 そんな、先輩の声が聞こえた。ちょっとびっくりしてその方向へ顔を向ける。


 そこには先輩の笑顔があった。

 そして、その笑顔はどこまでも儚げで。

 今まで感じて来た中で、一番思わせぶりな笑みだった。


「私も、話したいことがあったの。こちらからも是非……、ライブが終わった後、お願いできるかしら?」


 彼女は少し照れたように、そう言った。

 

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