第27話 きっとまた、違うものなんだろうな
「先輩。隣、いいですか?」
演奏に没頭する明星先輩の横まで近づいて、そう軽く声をかける。
先輩は演奏を止めて、俺の方を見る。少し、驚いたような表情で俺の方を見上げている。
先輩、椅子に座って演奏してたから、軽く足を組んで、軽く背中を背もたれに預ける格好をしていた。
その格好がどことなく綺麗だな、なんて思ったのは別の話。
「構わない、けれど……。芽衣子の方はもういいの? あの子に歌を教えてあげるんじゃ、なかったのかしら」
「いや、朝倉さん俺より歌上手いですし教えられることあんまないですから、ちょっと休憩というか……」
「―――あら、そう。じゃあ私も少し一息つこうかしら。ちょっと没頭しすぎたみたいだし、ね」
先輩はそう言うと、んん、と声をあげて体を上へと伸ばす。そして俺に向かって軽く笑いかける。幾ばくか、彼女の周りの雰囲気が柔らかくなったような気がした。
でも、まだそっけなさというか、どこかモヤモヤしたような違和感のようなものをどこか感じさせる態度をしている。
……やっぱり少し気になるな。そう心の中で呟きながら、先輩の隣に置かれているパイプ椅子に腰掛ける。
とりあえず、さりげなく聞いてみようか。なんて考えるけれど、
「…………」
「…………」
やばい、何もいい言葉が思いつかない。どう話ぜばいいものか。
先輩も話題が思いつかないのか随分と気まずそうだ。俯きながら頬を指でかく姿を見るとなんか申し訳なくなってくる。
えぇと、どう切り出そう。「随分と荒れてますね」かな? いやストレートすぎてちょっと棘があるんじゃ。
じゃあ「体調がすぐれないんですか?」とでも言おうか。いやそれならそもそも今日ここに来ずに静養してるはずだし……。
心の中でうんうん唸っても、全くいい言葉なんて出てこない。なんでだろう。普段、言葉選びでこんなに困ることなんて、ないんだけどな。
どこか、いつも以上に慎重になってる。そんな自分の心境に困惑しつつ悶々としていると、
「……ごめんなさいね。なんか今日の私、らしくないわ」
少し苦笑いしながら、先輩がぽつりと呟いた。
「実は、貴方と御茶ノ水に行った時からずっとそうなのよ。どこかぼうっとするというか、そんな感じ。なにぶん初めての感覚だから、少し困惑しちゃって」
そう言われて思い起こされるのは、御茶ノ水のキーボード店でピアノを弾いた時先輩に感じた、どこか不思議な違和感。
そういえば、あの時の先輩、どこかボーッとしてたような感じだったよな。なんて、どうでもいいことが頭をよぎる。
「いや、別に謝るほどのことじゃ。確かにちょっと感情的になってるな、とは思ってましたけど」
「……そうね。さっきこの教室に入った時も、随分理不尽なこと、貴方にしちゃったわね」
「あ、別に責めてるわけじゃ……、あぁもうホントにらしくないですよっ。どうしたんですか」
ここまで荒れたり、拗ねたり、しおらしくなったり……なんて、感情の起伏が激しい先輩を見たことがない。だから少し戸惑う。ホントどうしたんだろう。
先輩はふるふると「わからない」と言いたげに頭を振る。自分でも、自分の気持ちがよくわかってないようだ。
「本当に、どうしたのかしらね。貴方と一緒にいると些細なことでも嬉しくなったり苛立ったりする、不思議な気持ちなの。自分でもこの気持ちがなんなのか、わからなくて」
別に、貴方のことを悪く言ってるわけじゃないのよ? と先輩は思い出したように付け加える。まぁ解ってますよ。そんなことは。どこか少し慌てたような先輩を見て、そんなことを思う。
それにしても、「不思議な気持ち」か。
ギター店でエフェクタ選びをしてる時、俺も、似たような気持ちを感じていた―――かもしれない。
先輩が言ってるのとは、ちょっと違うかもしれないけれど。
「でも―――、先輩の言ってること、なんとなくわかるかも。俺もあの時から不思議な気分なんです。先輩と一緒にいると……、些細なことがどこかあったかいような、そんな感じがして。不思議、ですよね」
多分、先輩の言ってた「嬉しくなる」っていうのと似てるんだろうなとは思う。先輩の歪ませたギターでLed Zeppelinの曲を聞いた時、新たな先輩の一面に気づけたようで、少し嬉しかったし。
苛立つことがある……かどうかはわからない。なにぶんそんなシチュエーションになったことがないから。その時にならないと、それは流石にわからないかもしれない。
「先輩の歪ませたギターでwhole Lotta Love聞いた時も、あぁ、なんかこんな「激しい」先輩、初めて見るかもって思いましたし。それが、なんか嬉しくて」
それはきっと人によっては些細なことなんだと思うけど、今の俺にはとても大きなものに映る。なんか、グッと見入られるような、そんな感じ。
その気持ちがなんなのか、俺にもよくわからない。こんな気持ち、今までなったことがないから。
そう言った意味でも、先輩が今話したことは、どこか俺が今抱いているものと似ているな、と感じさせる。
「こんな気持ち、初めてで。だから俺もこの気持ちがなんなのかよくわかってないんです。だから、なんか先輩と似た感じなのかな、なんて思ったり」
「ふふっ、そう。……なんか嬉しいわ。貴方も似た気持ちだったなんて。少し、心が軽くなったかも」
ようやく、先輩の調子が普段通りになってきた。静かで、柔らかな笑みがそれをよく表している。その雰囲気はすごく暖かい雰囲気で、思わず俺もつられて笑ってしまう。
あぁ、この感じだ。きっとこれはすごく些細なことだけど、こうして笑い合えることがとても嬉しい。
なんだろうこの気持ち。どこか「親友」とも呼べる人に向ける感情に近いものだけど―――。
「本当に、なんなのかしらね。この気持ち。そういえば御茶ノ水で貴方がMaybe I'm Amazedを弾いてくれた時も、似た気持ちになったわね」
「ん、そうだったん、ですか? どこかボーッとしてるな、とは感じましたけど……」
「ええ。あんな人目のつくところで自然に歌ってる貴方がすごく新鮮で、ね。それに見入っちゃったってのもあったし、何かそれを見れたことが嬉しくて」
あの時、どこか上の空だったのは、そんなことを思ってたから、だったのか。自分のことで「嬉しい」なんて言われるのは、どこか照れ臭くてむず痒くなってくるけれど、悪い気はしない。
「そっか。なんか、嬉しいですね。俺の一面を知って嬉しいって思ってくれるってことは、少なくとも「友達」以上には俺のことを見てくれてるってことですし」
「当たり前じゃない。いつも好きなことに一生懸命で、どこまでもひたむきな貴方を見てれば、悪く思うはずなんてないわ……」
そう言うと彼女は少し視線を下に落として笑うけれど、すぐに俺に目線を戻す。そして、柔らかい表情で俺のことを見つめる。そして、
「そっか、この気持ち、もしかして―――」
どこか朱く染まったような顔で、表情で、呟く。
その表情は今まで見た中で一番儚くて、可憐で。
心臓が大きく跳ね上がった。
鼓動が徐々に大きくなっていくのを体全身で感じながら、彼女の次の言葉を待つ。
1秒が10倍くらいの時間に感じる。そんな感覚にドギマギする――――――、けれど、
「静ちゃん。ちょっといいかな?」
唐突に聞こえてきた香澄さんの声が、俺たちの意識を急速に現実へと引き戻す。
「……ん、あ、香澄……? どうしたの?」
「? いや、楓ちゃんにベース教えてもらって、ゆっくりだけど弾けるようになったから、静ちゃんにギターつけて欲しくて。頼めるかなぁって。あぁ取り込み中だったら別にいいんだけど」
香澄さんはどこかしどろもどろになってる先輩に少し違和感を覚えたのか少し不思議そうに首を傾ける。けど、大したことじゃないと思ったのか、話をそのまま続ける。
先輩は「……ん、そう、ね」と、若干ぎこちなくも香澄さんの話に応じる。いや、まぁあんな雰囲気からいきなり現実に引き戻されたらこんな態度になるのもしょうがない。
「……ごめんなさい、音無くん。ちょっと席を外していいかしら? すぐ戻るから」
「……ぇ、ええ、いい、ですよ」
かく言う俺も心臓が大音量のバスドラムレベルに鳴り響いてるくらいには気持ちが変に昂ってるし。意図せず変な声が出ちまったじゃんか。
先輩は「ありがとうね」と一つ俺に伝えると、香澄さんと共に部屋の奥の方へと歩いていった。
距離が開いてしばらくして、何かがどっ、と吹き出した様な感覚が押し寄せてくる。
「ずっっるいよ、あの表情……」
震える声で、思わずそう呟く。
今までで一番、ドキドキしたし、頭が真っ白になりそうだった。
もしかして――――――、なんだろう。何を言おうとしたんだ……、って、想像できない訳じゃない。訳じゃないんだけど。
もし、俺と彼女が抱いている感情が似たものなのだとしたら。
「『恋』とはまた、違うんだろうな。きっと」
だってきっとそうじゃないから。厳密にいえば、細かく言えば、それとはまた別の何かだから。そう自分に言い聞かせて、深呼吸。
でも、どうしたもんか。これから。先輩との接し方、これからどうしよう。なんてことを考えて、結局。
悶々としたまま残りの休憩時間を浪費するに至った。
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