第26話 静ちゃんのところに行ってあげなよ

 朝倉さん達のやりたい曲がわかれば、あとは練習するだけ。高垣さんや飛猿も一応のところ弾ける曲とのことなので、それぞれベース、ドラムのコーチを担当してもらうことにした。


 俺は……ギターを教えてもいいけど、朝倉さんがボーカルに専念したいとのこと。ちなみにギターは明星先輩に専念してもらうらしい。なので、取り敢えず俺は朝倉さんに歌詞を教えつつ音のズレなどを指摘する係に落ち着いた。


 ……そういえばなんだけど、キーボード担当どうするんだろう。この曲、イントロからキーボードが入るし、全体として大きな役割を果たす楽器だから、必要不可欠なはずだ。


「あぁ、そのことなんだけどね。君にお願いがあるんだ」


 場所を第二音楽室に移して練習している最中に、ふとその疑問をぶつけてみる。すると彼女は思い出したようにそう言った。

 俺にお願い……って、なんとなくだけど話の展開が読めた気がする。


「もしかして……、俺にキーボード担当をお願いしたい、とかですか?」

「うぉー! よくわかったね。もしかしてエスパー?」

「いやなんとなく想像つきますよ。話の流れ的に」


 ドンピシャだ。そりゃあそうだろうだって彼女のバンドキーボード担当いないし。で、この学校でこの曲知ってそうで、鍵盤弾けるやつと言ったら……俺しかいないと思う。多分。

 てかTotoの曲をやろうとするならキーボードはほぼ必須だと思うし、それをやりたい、と聞いた時点で助っ人頼まれるんじゃないかな、なんて予感はあった。


「あはは、そっかー。それもそうだよね。この曲ちゃんと知ってそうなの、私の知り合いだと静ちゃんと君しかいなくて。頼めるかな?」

「まぁ、いいですよ。自分の好きなジャンルに興味を持ってくれた人たちですからね。断る理由がありませんよ」

「……うん、ありがと。ふふ、静ちゃんが言った『可愛い』っていうの、やっぱりあながち間違いじゃないなぁ」

「……今聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がするんですけど」


 でも、誰かに頼りにされるのは嬉しいし、何よりTotoに興味を持ってくれたのは嬉しいから、可能な限り力になりたい。だから彼女のお願いに笑顔で答える……んだけどさ。最後に朝倉さんがポロッと呟いた言葉にどうしても反応してしまう。

 いや貶されてるわけじゃないから悪い気はしてない。でも、俺がかけられたい言葉とはどうしてもかけ離れてるものだから、ついむず痒くなってしまうのだ。


「あははっ。別に悪く言ってるわけじゃないよ。その反応だと、君だってわかってるでしょ?」

「確かにそうですけど……。かけられたい言葉とは違うんですよ。少し我儘かもしれないですけど。それより、練習に戻りましょう」



 まあ、貶されてるわけじゃないのはわかってるから悪い気はしてないのは事実なんだけどさ。でも、俺がかけられたい言葉とはどうしてもかけ離れてるものだから、ついむず痒くなってしまうのだ。

 故に抗議の視線を送っても、どこか迫力に欠けるんだと思う。朝倉さんに心の内察されるってなんか悔しい。何でなのかはわからないけど。


「ふふっ。うん、そうだねっ。じゃあ最初からサビ終わりのところまで歌うから、ピアノで伴奏、頼むね」

「はい、わかりました。……じゃあ、行きますよ」


 そう言って、俺はWhite sisterのイントロ部分を弾き始める。最初は少し落ち着き払ったような感じだけど、8小節を過ぎたあたりから疾走感のある雰囲気に様変わりする。

 このキーボードの強弱の付け方、好きだな。そう思いながら、ピアノの鍵盤を叩いていく。


 イントロが終わって、朝倉さんのボーカルが始まる。

 元気で、パワフルな声。この曲にいい感じにマッチしている。

 それに、曲の雰囲気に近づけて歌おうとしてる。そこかしこにそう感じられる彼女なり「工夫」があった。

 でも、朝倉さんはもっと朗らかに歌った方がいいのかな、なんて思う。ちょっとこの曲の「クールさ」っていうのを意識し過ぎてる気がするから。


 歌詞は覚えたてだからかまだ少しおぼつかないけれど、それでも流暢にサビの終わりまで歌い切った。

 一通り歌い終わると、くるり、と俺の方へと向き直る。


「で、どうだった? 何かヘンなところ、ある?」

「いや歌唱力に関しては俺よりか断然上ですから偉そうなこと言えないですけど……、クールに歌おうとし過ぎないで、もっと自然体で歌ってもいいのかなって」

「あー、それ。静ちゃんにも言われたよ。貴女の歌には貴女なりのいいところがあるんだから、それをうまく組み込んで歌いなさいって」


 でもそれ、結構難しいんだよね。と彼女は困ったように笑う。なんとなくだけど、わかる。自分なりの「音」で名曲達をカバーするのって中々難しい。

 工夫して弾いてもなんかコレじゃないというか、なんかダサくなってしまうというか、自分が描く完成形とは程遠いものになってしまうことが多いのだ。でも、だからこそ何度も弾いて、歌って、自分の理想にできるだけ近づけていこうとするんだけど。


 彼女が抱いているものは、そんな類のものだろうな、と勝手に推測する。


「何となくわかりますよ。なんか始めのうちは自分が理想とする音とは程遠くて、愕然としますよね。なんか全然、悪い意味で音が違いすぎるというか」

「お、そうそうそれだよー! なんか違うなって思うんだ。だから自分なりの良さを出しつつ曲の良さを保つってどうすりゃいいのさ、って思うし。それができてる君たちが羨ましいよ……」

「……まあ、歌って、それを聞いてを繰り返して自分なりに考えていくしかないかと。俺たちは少なくともそうしてますから」


 ちょっと、先は長いですけどね。と苦笑いすると、でもそれしか思いつかないよね。と朝倉さんは頬をかいて笑い返してくれる。


 なんか、初めて会った時は想像もしてなかったな。こうして朝倉さんと仲良く話す、なんてこと。

 あの時の彼女はどこか俺に対してよくない印象を持ってるように見えたから。だから、馬が合うことはないのかな、なんて勝手に思ってたけど。


 いや、やっぱり音楽の力って偉大だなと改めて思わされる。


 そんなことを思いつつ笑い合っていると、横から唸り上げるようなギターリフが聞こえてくる。このギターライン、GenesisのThe Musical Boxの中間奏部分じゃあ……。


 そう思って音のする方を見ると、明星先輩が黙々とギターを弾いてた。この曲って確か文化祭でやろうか検討してた曲だったはず。尺が長すぎるから保留になってるけど。


 多分、先輩はもうWhite sisterのほうは弾けるから、こっちを練習している……と言ったところだろうか。

 短調で激しく駆け回るギターの音。速弾きかつそこそこ難しいギターリフ故にちょこちょこつっかかってはいる。けど、ある程度のところまでは弾けるようになっている。

 すごいな。まだこの曲、練習し始めてからそこまで時間経ってないはずだけど。


「あはは、やっぱりすごいなぁ静ちゃんはさ。昔も今も私よりギター、上手いもん。最近なんてさらに技術的に離されちゃった気がするし」

「朝倉さんも十分上手い気はしますけど……、やっぱり明星先輩って朝倉さんから見ても、ギター上手いんですね」

「当然! 静ちゃんのギターに惚れ込んで私がバンドに誘ったくらいだもん。初めて聞いた時思ったよ。あ、この人私よりも上だー、って」


 そんなことがあったんだ。先輩の過去をあまり聞いたことがなかったから、少し新鮮なような気持ちになる。

 それと同時に朝倉さんの言葉は、俺の知ってる先輩が認められているようで少し嬉しい。

 まぁ、おこがましいことなのはわかり切ってるけど、さ。

 

「だからずっとリズムギターばっかりやってるのに少し不満があったんだ。そんなに上手いならリードも取ればいいのにって……。私達が好きな曲演奏してるから、それに配慮してくれてるのはわかってるんだけど、ね」


 そう言って朝倉さんは少し不満げな表情をする。けれど、彼女の気持ちがある程度想像できるのか、少し複雑な感情も滲ませる。

 まぁ、確かに明星先輩ほどの技量があれば、リードを弾いて欲しい、なんていう感情が湧き出てくるのは当然なことだとは思う。それだけ彼女のギターは魅力的だ。


 ……まぁ、その彼女のギター、今日は随分と荒っぽい感じがするけれど。ちょっと感情的になってるというか。気のせいかな?


「……まぁ、それはともかくとして、静ちゃん、今日は荒れてるなぁ。いや、拗ねてるって言った方が近いかな? 誰かが宥めてくれると嬉しいんだけど……」


 そう言って彼女はチラッと俺を見て含みを持たせた笑顔を見せる。

 いや、なんとなく言いたいことはわかるけどなにさその笑顔。


「そうだ、音無くん。静ちゃんのところに行ってあげなよ。君がそばにいてあげれば、きっと静ちゃんも落ち着くと思うからさー」


 その笑顔、まるで以外の何か別の意味合いも含まれてる気がするんだけどな。

 なんか怖い。何企んでるんだ……って思うけど、なんか荒れてる先輩を見てほっとけないのも事実。だから、


「わかり、ました。けど、歌の方はもう見なくていいんですか?」

「丁度今、1人で練習したいところだったし、また後で見てくれればいいよ。ほら、早く行ってきて!」


 そう言うと朝倉さんは俺の背中をポン、と強く押す。そうだな。いくならなるべく速く彼女のところに行かなくちゃ。

 そう一つ自分に言い聞かせて、俺はギターを弾いている先輩の元へと向かった。

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