第25話 それって「春」やないですか

「ほーん。春やないですか」

「いやふざけないで聞いてくれこっちは真剣なんだから。初めてのことで正直なところ、何が何だかわからないんだから」

「だからそれって春やないですか。これ以外になんと言えと?」


 8月も下旬に入って、ツクツクボーシの鳴き声が夏の終わりを感じさせる頃。所用があって訪れた学校の教室の一角で、俺は飛猿に先日の先輩とのデート(?)で起こった一件を話してみる。

 昨日のことを誰かに話してみることで、先日自分の中に芽生えた気持ちや、先輩から感じた違和感が少しでもわかるかな、なんて思ったからだ。このモヤモヤとした気持ち、一度気になっちゃうと頭から離れないから。


「いや、別に言いたいことは何となくわかるよ? 青春してんなってことでしょ。確かに先輩みたいな綺麗な人とお出かけなんて、そりゃそう見られて当然かもだけど、俺が気にしてんのはこのようわからん気持ちのことでーーーーーー」

「いっぺんに言うなわかりづらい……。まぁ、今ので君が自分の気持ちに鈍感っつーことはわかったよ」

「確かに、この気持ちがなんなのかわからないって時点で確かに『鈍感』なのかもしれないけどさぁ……。聞きたいのはそうじゃないんですよー……」


 ……この気持ち、わかるどころか、余計にドツボにハマって理解できないものになっていってる気がする。

 それもこれも飛猿がどこか的を射ない、ふんわりとした答えしかしないからだーーーーーー、なんて、ちょっと八つ当たりのようなことを考えてしまう。


 まぁ俺の期待した受け答えを必ず返してくれ、なんて、そんな考えは烏滸がましいのはわかってるけどさ。でも、それだけこのどこかムズムズした気持ちが気になってしゃーないんだから、仕方ないじゃんか。

 そう思って、机に突っ伏して頭をガリガリと掻く。


 飛猿はそんな俺を見て、少し呆れたようにふぅ、と息を一つ吐いた。


「……まぁ、なんとなく君の言いたいことはわかるけどな? そいつぁ君にしか結論出せないし、君が気づくしかないっすよ。他でもない君の心の問題なんだから」

「……そういうもん、なのかな? やっぱり」

「そーいうもんや。ま、俺もある程度は推測出来っけど、細かいところまではわからんし。そんな簡単なものでもないだろうしな」


 それを俺がさもわかってるかのようには言えんよ。と、飛猿は自前のドラムスティックをクルクルと弄りながら呟く。

 まぁ、確かにそうだ。他人に言って、指摘されてわかる程度のことなら、もう簡単に答えなんて出てるはずなんだから。


「ーーーーーーまぁ、それもそっか。なんかすまんね。変な話振っちゃって」

「別にいいよ。君のそういうところ好きだし。あーでもないこーでもないって色々悩んでんのがさ。真剣に向き合っとんのやなって思えるし」

「それは……、随分と変わった感性だと思うけど?」


 場合によっては優柔不断とも捉えられると思うんだけどな。それは。

 まぁ、彼の感性はちょっと俺と違うところがあるのはなんとなく一緒に過ごしててわかるから、別にいいんだけどさ。


「まぁ、人それぞれだしな、そんなもんは……。ってかさ、先輩達まだけ? そろそろ約束の時間だと思うんだけど」

「ん? あぁそういえば。時間の5分前だし、そろそろ来ると思うけど……って、来たみたいだ」

「おっ、せやな」


 そんな取り留めもない話をしている間に随分と時間が経っていたらしい。外から先輩達の声が聞こえてきた。

 約束の時間が11時で、10時半から待ってたから……、25分くらい話し込んでたのか。随分と時間、経ってたんだな。


 そんなどうでもいいことを考えていると、乾いた音を立てて、教室の引き戸が開かれる。


「おはよう。平手くん、音無……くん。遅くなっちゃったわね」

「おはよう、ございます……。約束の5分前ですから、そんな遅いってわけでも」

「ぎこちねぇなぁなんか。おはようござんす先輩。なんかいいことでもありましたでござんすか? いつもと雰囲気違いまっせ」

「……そういう平手くんは相変わらず、ね。なんか安心するわ」


 飛猿がなんか横で言ってるけど、無視だ。だって仕方ないじゃんか。先日あんなことがあったんだから、変に意識してしまうし。

 それに、自分がそんな心持ちのせいか知らないけど、先輩の口から出る言葉も、どこか違和感があるような気がする。


 でも、まぁ考えすぎかもな。だって先輩、飛猿と話す時の態度、いつも通りだし。俺が感じた違和感なんて感じさせないような態度だ。


 ……まぁ、今はそんなことはどうでもいい。そう言い聞かせて頭の中の靄を振り払う。

 そうだ、今日はそれとは別にちゃんとした要件があるはずだろ。


「––––––で、先輩。朝倉さん達はどこに? 今日は朝倉さん達がやってみたいっていう曲をレクチャーするはずじゃ……」


 そう。今日学校に集まった理由は、朝倉さん達に俺たちの知ってる洋楽を一曲レクチャーするためだ。朝倉さん的にはTotoがお気に入りらしく、今回、ぜひ一曲弾けるようになりたいらしい。可能であれば次のライブで演奏したいんだとか。


 でも、今見る限り彼女達の姿は見当たらない。いるのは明星先輩だけだ。どこ行ったんだろう。

 そう思った矢先、奥から何やら声が聞こえてくる。一つは……高垣さんだ。何やら困ったような声だけど……。


「ふ、ふにゃうぅ……。た、助けてくださいぃ……。朝倉先輩が、先輩がぁっ……」

「ほら、だからちょっかい出しすぎるなって言ったのに……。ごめんね楓ちゃん。芽衣子ったらスイッチ入っちゃったみたいでさ」


 涙目で俺に縋り付く高垣さんに、後を追うようにして朝倉さん、七音さん、香澄さんが姿を見せる。

 ……なんとなく、だけど、七音さんの言葉からことの顛末を察することができる。アレだ。朝倉さんが高垣さんにちょっかい出しすぎて怖がられてしまってるとかそんなとこだろう。


「うぅ、仕方ないじゃんかー。だって楓ちゃん可愛いんだもん。どうしたって可愛がりたくなっちゃうよ」

「だからって怖がらせちゃ本末転倒でしょうが。全くもう」

「むぅ、確かにそうなんだけどさー。……ごめんね楓ちゃん。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「はぅ。大丈夫、です。単純に私が怖がりってだけなので……」


 高垣さんは俺の後ろからひょこっと顔を出して、申し訳なさそうに朝倉さん達を見る。

 おそらく、ちょっと密度の高いスキンシップがあったとかだろうな。高垣さん、人見知りしやすい性格みたいだし、そういうの苦手みたいだから。


「……あぅ、すみません音無くん。急にしがみついちゃって」

「いえ全然。それより、少し落ち着きました?」

「え、あ、はい。いくばくかは……です」

「それならよか……ったい。痛いです先輩。何するんですか」


 ちょっと安堵したような高垣さんの笑顔を見てほっこりした矢先、耳を強く引っ張られる。引っ張られた方向を見ると、少しむくれっつらの先輩の姿。


「知らないわよ、もう。なんかモヤモヤするのだからしょうがないでしょう」

「り、理不尽だ。モヤモヤするだけで耳引っ張られるのは理不尽な気がする……!」


 そう言うと更に先輩の手に込める力が強くなった気がする。何故だ。

 ほら高垣さん困惑してるじゃないですか。そろそろやめましょうよ……。って言ったところでやめてくれる気がしないな。やめとこ。


「それは置いておいて、高垣さん。芽衣子がごめんなさいね。あの子が何をしたかはわからないけど、別に悪気があったわけではないと思うから」

「んもー静ちゃんまでー! 反省してるんだからいいじゃんか。それより、そろそろ今日教えてもらう曲の話しようよ。時間が押しちゃうしさ」


 あ、話題変わった。そのおかげか先輩の手が俺の耳から離れる。よかった。


 非難を浴びて内心快く思わないのか、朝倉さんは軽く叫んで広義の視線を明星先輩に送る。それを見て、先輩はそれもそうね、と軽く笑って応ずる。扱い慣れてるな、なんでどうでもいいことが頭をよぎった。


「……そういえば朝倉さん。やりたい曲って、なんなんですか? Totoの曲っていうのはわかってるんですけど」

「お、そうだね。まずはそれを伝えなきゃ。えっとね––––––」


 朝倉さんはなんで曲だったっけ、と少し考える素振りを見せる。きっとアレだ。「曲は好きで覚えてるけどどんな名前かまではわからない」ってやつだ。俺の母さんがそのタイプだから、なんとなくわかる。


 どんな曲なんだろう。朝倉さん達らしい曲といえば、gift with the golden gunとかかな。それともonly the childrenとかか。どちらも好きな曲だから教えがいがあるけど。


 そんなことを考えていると、曲名を思い出したらしく、朝倉さんはポン、と手を合わせる。


「White sisterって曲だよ。疾走感があってかっこいいって思ったんだ。教えてもらえるかな?」


 朝倉さんからの口から出てきた曲名は、少し彼女達からしたら意外に思える曲だった。でも、


「Hydraに入ってる曲、ですね。いいですよ。弾いたことも歌ったこともありますし、教えられます」


 確かにこの曲はかっこいいよな。イントロのキーボードの入りから最高に惹き寄せられる曲だ。

 だから、楽しんで教えられそうだ。そう思って、にこやかに答えた。



 

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