第24話 ピアノで一曲

「……いい買い物しちゃったわ。付き合ってくれてありがとうね。音無くん」

「いえ別に。俺も今日はいろんな楽器が見れて楽しかったですし。こちらこそありがとう、ですよ」


 今は会計を終えて、店を出るたところ。先輩は先程買ったエフェクタが入った袋を大事そうに持って、若干ホクホクとしたような笑顔で俺に向かってそう言う。なんか微笑ましいな。

 それに俺自身も若干ギターを齧ってる身としては、今日色々なギターやエフェクタを見れたのはとても楽しかった。色々な知識も得られたし、先輩の新しい一面も見ることができたし、来てよかったな。なんて思える。


「あら、そう。なら良かったわ……。にしても貴方、優しいのね。感謝の言葉を言われるなんて思ってもなかったわ」

「そう、ですか? 本当に楽しかったんだから、ありがとうって言葉が出て来るのは自然なことだと」

「ふふっ。なんか純粋ね。すごく可愛らしくっていいわ」


 突然ぽん、と頭の上が温かい感覚に包まれる。見ると、先輩がすごく微笑ましいようなものを見る表情で、俺の頭を撫で回していた。頭の上を優しく、くりくりと先輩の手が触れて動く。


 心臓がばくり、と跳ね上がって、顔が熱くなる。


「ちょ、恥ずかしいです、やめてください……! もう、確かに先輩よりかは年下ですけど一応男なんですから」

「……ごめんなさい。どこか芽衣子とは違った可愛さがあるものだから、つい、ね」


  ……いや、周りの視線が痛いし何よりこれめっちゃ恥ずかしい。思わず頭をブンブンと振って先輩の手を振り払った。


 あと可愛いってどういうことだ。アレか、子どもっぽく見えるってことか? それともちょっと女の子っぽいってことか? よく「顔立ちが中性的」とは言われるけどさ。


 ……一応俺、いい歳こいた高校生男子なんだけどな。なんか複雑だ。


「……もっと男らしくなれればなぁ。こんな事ないんだろうけど」

「別にそのままでいいと思うわよ? それが貴方の良さなんだから」


 先輩、全然悪びれてないですね。意地悪っぽく笑わんでください。

 でもまぁいいか。悪く言われてる訳じゃないんだし。むしろ好意的な言葉だとわかるから嬉しい……んだけど。うーん、なんだろう、このやるせなさ。


 なんか、理想とする言葉じゃないんだそれ。贅沢かもしれないけどさ。


「もう、まぁいっか……。それより、俺もちょっと寄りたいところあるんですけど、良いですか?」

「構わないわよ。私の私用に付き合ってくれたのだから、そのお礼も兼ねて、ね。で、どこに行きたいの?」

「キーボードを専門に扱う店です。ショルダーキーボード、欲しくて」


 俺の突然のお願いを、先輩はにこやかに快諾してくれる。先輩こそ「優しい」じゃんか。それこそ俺以上にさ。

 取り敢えず、先輩の了承が得られたので、その店に向かって先輩と一緒に歩き始める。


 何度か行ったことのある店だから、道に迷うことなくすんなりと到着する。

 店に着くと、目の前に大きなキーボードがドンと置かれている。圧巻だ。


「凄いわね。さっきのギター専門店とはまた違う面白さがあるじゃない。なんかまたワクワクしてきたわ」

「ふふ、わかりますよ。楽器見るのって弾ける弾けない関わらず楽しいですよね。うまく言えないですけど……」

「ええ。楽器から奏でられる音色とか想像すると、それだけで考えが止まらなくなってしまうものね」


 わかるなぁその気持ち。この楽器はどんな音がするんだろう、とか、自分が弾いたらどうなるのかな? なんて考えると、それだけで楽しくて妄想が止まらなくなってしまう。

 彼女の言葉に共感しながら、本来の目的であるショルダーキーボードを探していく。

 確かこの辺に……、あ、あったあった。


「これですよ、探してたの。ネットで商品紹介動画見て、音聞いてから気になってたんです。値段は俺からしたらちょっと張りますけど」

「3万円ちょっと、か。確かに高校生私たちからしたらちょっと高いけど……、音はどんな感じなの?」

「あ、今その動画見せますよ……。こんな感じです」


 手早くそのショルダーキーボードが紹介されている動画を調べて、先輩に見せる。先輩はその動画を「結構いろんな音が入ってるのね」とか、「結構弾きやすそう」とか言いながら、楽しそうに見入っていた。


 先輩は一通りその動画を見終わると、俺に視線を移す。


「なるほどね。いろんな音が出せて楽しそうじゃない。ショルダーキーボードが欲しいのはライブで使うためかしら? 貴方が歌う機会、増えたものね」

「まぁ、それもありますけど……。一番は趣味でやってる作曲のためです。持ち運びの容易なMIDIキーボードが欲しくて。2ヶ月分のバイト代で買えるのがこれだったんですよ」

「あら、作曲もやってるのね。もし、作った曲があるなら今度聴かせて。聴いてみたくなっちゃったわ」

「聴かせる度胸がついたらでお願いします……。じゃあ、店員さんに声かけてきます。買うことは決めてるので」


 そう先輩に伝えて、店員さんに軽く声をかけ、購入したい旨を伝える。買いたい商品を伝えると、レジまで案内された。

 流石に持って帰るにはデカすぎるので、郵送で送ってもらうことにした。届くのが後日になってしまうのは少し残念だけど、「今後の楽しみ」として捉えておこう。


 一通り会計を終え、店を出ようとすると、店員さんに呼び止められる。


「あの、お時間よろしければぜひあのピアノ、演奏していきませんか?」

「へ? ピアノってとどこに……、あ、アレか。あの奥にある」

「はい。ほら、最近ストリートピアノって流行ってるでしょう?我が店もそれに乗っかって店長の家から引っ張り出してきたんですけど……、いかんせん誰も弾かなくて」


 てかそもそもあんまりお客様も来ないんですけどね。と店員さんはちょっと悲しそうな声でさめざめと呟く。

 いや、結構人入ってる気もするけどな、この店。悲しいこと言わんでください。


 誰も弾いてくれないのは、あのピアノがある場所のせいじゃなかろうか。随分と目立たないところにあるし。店の隅っこじゃんか。

 でも確かに、誰も弾かないのは少し悲しいかもしれないな。店にとっても、ピアノにとっても。


「わかりました。じゃあ、一曲だけ。先輩、良いですか?」

「構わないわ。考えてみたら、ちゃんとしたピアノを弾く貴方の姿って、そんなに見たことなかったわね」

 

 そう言われればそうかもしれない。キーボードを弾く姿を見せたことはいっぱいあるけど、ピアノを弾いてる姿は……、飛猿と即興演奏を合わせた時くらいか。しっかりと聴かせたことはなかったはず。


 じゃあ、ちょうどいい機会か。そう思って店のピアノに腰掛ける。

 ピアノ曲で好きなもの……と、言ったら、アレだ。優しくて、包み込むような曲調が心地よい、あの曲。


 すぅ、とひとつ息を吸って、前奏の旋律を奏でる。


 ポール・マッカートニーのMaybe I'm Amazed。父が「ビートルズっぽいサウンド」と言って好んで聴いてた曲だ。


 軽く歌いながら、ピアノを弾いていく。この前の発表会で、多少自分の歌に自信が持てたっていうのもあるけど、この曲はメロディーラインがすごく良い。だから歌いながら、ピアノの音を奏でていく


 ピアノの奏でる音と絶妙なまでにマッチした、どこか心地よい気持ちにさせてくれるメロディー。それがこの曲の魅力。この曲を弾くなら歌わないわけにはいかないだろ。


 サビの部分になると、より一層抱きしめられるような、そんな心地の良い感覚が身を包む。

 本当にこれ、ビートルズらしい曲だ。実際に弾いてみると、親父の言ってたことがよくわかる。


 中間奏の部分は……、本当はギターソロなんだけど、ここにはピアノしかないから仕方ない。上手くギターラインの部分をピアノアレンジで弾いて繋いでいく。


 あぁ、やっぱりピアノの音色ってすごく心地いい。そう思うと、柔らかな笑みが思わず溢れた。

 そんな穏やかな気持ちのまま、最後まで弾き切る。少し、爽やかな気分が後からふわりと風に乗せられるようにやってきた。


 周りから拍手が聞こえる。気づけばいくらか人が集まってきていた。俺のピアノを聴いて集まってきたのか。

 なんか今更恥ずかしくなってきたんだけど。


「––––––すごく、優しい曲ですね。なんて曲なんですか?」

「あ、ポール・マッカートニーのMaybe I'm Amazedって曲です……。そうなんですよ。ゆったりとした心地よさがあって、それがすごく良い曲なんです。ね、先輩?」


 先輩も当然、この曲は知っている。だってこれ、ポール・マッカートニーのソロキャリアにおける代表曲といっても良いくらいのものだし。先輩も、中間奏のギターラインをコピーしたことあるとこの前、話をしていた記憶がある。


 だから、先輩に軽く同意を求めてみる、けど、

 先輩からの返事が来ない。不審に思って先輩の方に身体を向ける。すると、


 ちょっとぼうっとした顔で、

 口に手を軽くあてがって、

 顔を赤らめている先輩の姿があった。


「––––––先輩? どうしたんですか?」

「へ、あ、あぁ。ごめんなさい。随分と良い演奏だから、余韻に浸っちゃってて。なんの話だったかしら?」


 先輩は、我に返ったように、ハッとした表情になる。そして、少しビックリしたような表情をしながら、笑う。

 どうしたんだろう。なんか、らしくないな。


「あ、いや、この曲、ゆったりとした心地よさがとても良いですよねって話で……、ってか珍しいですね。先輩がそんなボーッとするなんて」

「それだけ貴方の演奏が良かったってこと。それだけよ、もう。本当にそれだけ」 


 そう言うと先輩はパタパタと顔のあたりを手で仰ぐ。暑いのかな。確か今日は最高気温30℃超えるし。まぁ仕方ないのかもしれない。

 先輩をボーッとさせてしまうくらい、良い演奏ができたのか。それはきっとこの曲の良さを引き出せてたってことなんだろうから、すごく嬉しいことだ。


 でも、それ以外に先輩はどこか戸惑っているような、どこか言い得ぬ気持ちが心の中を巡っているような、そんな態度をしていて。

 何か、どこか引っかかるものを感じさせる。


 まぁ、でもどうせ気のせいだろう。俺のこう言う予感はあまり当たった試しがないし。

 そう自分に言い聞かせて、その考えを振り払った。

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