第23話 この気持ちはなんなんでしょうかね

「へぇ……。家の近くの楽器屋よりも品揃えがしっかりしてるじゃない。こんなにギターだけが売ってるの、初めて見たわ」

「そりゃあギター専門店ですからね。エフェクタはあっちにあったはずですよ。といっても俺、エフェクタ買ったことないんで何が売ってるか、とかはわからないですけど……」

「平気よ。あらかた何を買うかは絞り込んでるから。取り敢えず案内してもらえるかしら?」


 まず始めにやってきたのは、駅からそう遠くないところにあるギター専門店。店内を見た瞬間彼女の声が少し明るくなったような気がする。目も少しキラキラしてるように見える。本当にギターが好きなんだな、なんて彼女にとっては当たり前であろうことが、ふと頭に浮かんだ。


 取り敢えずこの店のエフェクタ売り場はチラ見程度に立ち寄ったことが何度かあったから、場所は一応覚えてる。取り敢えずそこまで先輩を案内する。

 俺もエレキギターはかじってはいるし、コピーもしたことはある……けど、エフェクタまでは使ったことがない。


 故に選び方とか、買い方、どんなものが売ってるかまではわからない(多少の知識がある程度だ)けど、そこは先輩が色々知ってるみたいで安心した。まぁ先輩は俺より専門的にギターやってるし、当然っちゃ当然なんだけれども。


 売り場に着くと、先輩はエフェクタが展示されているショーケースをじいっ、と見つめ、お目当てのものを探していく。


「ええと、歪み系のエフェクタは……、あった。ここにまとめられてるのね」

「Led Zeppelinのギターって結構音歪ませてますもんね……。そういえば先輩、Led Zeppelinの曲だったらどんな曲弾きたいんですか? 曲によって歪ませ方も多少違う気がするんですけど……」

「そうね……。一番はAchilles last standだけど、今はWhole Lotta Loveかしら。Led Zeppelinで初めて聴いた曲で、思い入れもあるから」

「じゃあガッツリ歪ませる感じじゃないですか。でも、いいですよね、Whole Lotta Love。ザ・ハードロックって感じで」

「ええ。初めて聴いた時、頭を思い切り殴られたような感じがしたわ」


 そう、気持ちを共有し合うと、お互いに自然と笑みが溢れる。どこか暖かいような、楽しいような感情が心臓から体全身に伝わってくる。

 なんだろう、この感じ。先輩と接してると、ふと、この感情が湧き上がってくる時がある。


 この気持ちについて深く考えてみたいところだけど、今はその時じゃない。


「あ、これよこれ。私が気になってたエフェクタ。二つあるんだけど、どっちがよりZeppelinに近いか聴いてみてくれないかしら? 試奏、してみるから」


 俺が自分の中に芽生えた気持ちに悶々としている中、先輩は目当てのものを見つけたらしく、こちらに向かって話しかけてくる。

 そうだ。今は先輩のエフェクタ探しに集中しなくちゃ。そう自分に言い聞かせて、今の気持ちを取り敢えず隅に置いておく。


「……あ、見つかったんですね、わかりました。じゃあ、少し待っててください。店員さん呼んで来ますから」

「あら、呼んで来てくれるの? じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。お願いね」


 先輩のその言葉を聞くと、俺は足早に近くにいる店員さんの方へと向かう。ちょっと間を置くことで、いくばくか気持ちが整理できた、気がする。


 近くにいた若めの男性の店員さんに軽く経緯を説明し、試奏をお願いする。すると店員さんはにこやかに快諾してくれた。優しいな。

 どうやら、ちゃんと買うものを絞り込んで来店したことがその店員さん的にポイントが高いとのこと。しっかり買うことを前提として来店して、試奏するからだろうか。なんて関係のないことを考える。


 そこからはショーケースからエフェクタを取り出し、アンプのある場所まで移動し、先輩のギターをアンプに繋いで音量調整の後、エフェクタを繋いで……、とトントン拍子に進む。


「……よし、OKですよ、お客様。弾いてみてください」

「ありがとうございます……。じゃあ音無くん。聴いてみてくれるかしら」

「わかりました。どうぞ」


 そう言うと先輩は足の踵でリズムを取ると、演奏を始める。Whole Lotta Loveの前奏部であり、この曲において代表的なギターフレーズを繰り返し弾いていく。

 一通り弾くと、店員さんに頼んでエフェクタを変えてもらう。そして、また同じように弾いていく。


 エフェクタの歪みのかかり方はそれぞれ確かに違う。よりZeppelinっぽいのは、今弾いている方だろうか。前者の方も確かに「近く」はあると思うけど。

 でも、それでも、お互いに共通していることがある。それは––––––、


 すごく攻撃的で、ディストーションの効いた激しい音。でも、先輩の演奏において特徴的な澄んだ音は、どこか残っているような気もする。


 なんか新鮮だな、この音。先輩の新しい一面が生まれたようで、なんか面白い。そして、先輩みたいな人がこんな激しいギター弾くなんて、なんか––––––、


「なんかいいですねー。あぁいうクールな女の子がこんな激しい曲、エレキギターで弾いてるの。カッコ可愛いじゃないですか。お客様、彼氏とかですか?」

「いえ、そんなんじゃ。単純にバンドメンバーってだけですよ。今日はせんぱ……彼女に頼まれてついて来てるだけですから」


 ……店員さんが思ってることを言ってくれた。まぁ、そういうことだ。なんかすごくカッコいい。Georgy Porgy歌ってる時とはまた別の感じがする。

 deep purpleのburnを演奏してた時と同じ感じだ。まぁあれとこの曲は同じハードロックだし、そう思うのは当然かもしれない



 先輩はキリのいいところで演奏を止めると、ギターから俺の方へと顔を向ける。


「どうかしら。貴方にとってどっちがLed Zeppelinに近い音だと思う?」

「どちらか、というと……、後者の方じゃないですか? 歪みのかかり方、そっちの方が深かったですし……」


 自分が感じた感想を率直に伝えると、先輩は驚きつつも、嬉しそうな表情になる。そして、


「あら、偶然ね。私も同じよ。ふふっ、本当にとことん、感覚似てるわね。私と貴方って」


 くすり、とおもしろそうに笑う。


 あ、まただ。また、身体中を暖かいような感覚が包む。

 嬉しいような、楽しいような。そんな感覚だ。


 本当にこの気持ち、なんなんでしょうかね––––––、ってダメだ。


 一旦隅に追いやったはずだけど、一度気になったもの故か、何度も何度もは頭の中に浮かぶ。


 もう、今はそれどころじゃないって言ってんのに。

 そう、再び自分に言い聞かせて、頭の中にかかるものを振り払った。

 


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