第22話 デートっぽい何かのお誘い
「いやぁライブってやっぱいいもんですなぁ。アマバンドとはいえ、人前で音を合わせんのはやっぱ言葉に表せんわ」
「俺は初めてのことだったけど……、そうだね。人前で音を鳴らすのがあんなにいいもんなんて思わなかったよ。みんなに曲の良さが伝わった時なんてもう、ね」
あの、一瞬でありながらも色濃いものとして鮮烈に記憶に残った、中間発表会からはや1週間。あの時の熱い気持ちとは対照的に、俺と飛猿は静かに和室Aで将棋を指している。
静かに……なんて言ってるけど、こうして将棋を指してる中でも、たまにあの時のことを思い出して笑顔になったりする。
つまるところ、あの時の熱がまだ冷めきってない。それだけ、あの一件は俺の中で大きく、印象深いものになった。
「そうだろな。色んな人に自分の『好き』を伝えられる機会でもあるしな。朝倉パイセン達にもそれが伝わった時は嬉しかったろ」
「うん。あの後朝倉さん達も俺たちが演奏したバンドに興味持ってくれたみたいでさ。コピーしたいから教えてくれって言われてる。たまに顔出ししてレクチャーしてるよ」
「お、そいつは一番嬉しい奴やないですか……。にしても、将棋強くなったなぁ御門氏よ」
そう言うと飛猿は俺の指した手に少し唸って、しばらく時間を使った後、駒音高く俺の一手に応ずる。
俺の攻めの一手に対する受けの手だ。ヤツは振り飛車党だから、俺との対居飛車戦においては受けや捌きの手が中心になる。
まぁ、その中でも彼の差し回しはもんのすごく嫌らしいんだけどさ。
これは……、うまく受けた後、大駒捌いてカウンター狙ってるのかな? でもそれに対応しようとしたらそれこそその隙を突かれてうまく捌かれて、こっちが悪くなるような……。
「……あいっ変わらず、どこまでもいやらしい将棋するよね君」
「お、わかる? 成長したなぁ。褒め言葉として捉えとくわ。そう言う君はどこまでも真っ直ぐな差し回しよな。なんか君のバンドでの演奏を表してるみたいだわ」
「それは……わかりやすいってこと? この場においてはなんか褒められてんのかわからないんだけど……」
「いや、なに。どこか情熱的って意味や。攻めると決めたら君、こっちが受けの手指してもあんまり逃げの手、攻めを緩める手の類は差さんし。なーに褒めてるんだぜ俺ぁよ」
飛猿はいつも通りの態度でへらへらと笑いながら受け流すように答える。けど、その言葉は適当に言ってるわけではないんだろうな、と思える。
こいつふざけることは多いけど、嘘は言わないもんな。どこか適当なような態度でも、ちゃんと正直に答えてくれる。
だから、本当に彼は、俺のことを褒めてくれてるんだろう。そう思うと悪い気はしない。
「まぁ、迷いはするけどね。逃げたらそれこそ攻めのチャンスなんてもう来ない気がするし。だから食らいつくってだけなんだけど……」
「それでもだぜ。その態度、あの時の朝倉パイセン達の対バンでも出てた気がするわ。君だけじゃないか。先輩達もやな。だから彼女達にも色々、君らの気持ちが伝わったんだろな」
そう、つぶやくように、少し嬉しそうな声色で飛猿は話す。ちょっといつもの飄々とした態度が崩れて、純粋なものが見て取れる。
あんまりそんな態度、見せることないから少し新鮮だ。
こいつもおんなじ気持ちなのかもな。俺と。この前のライブがあまりに楽しかったもんだから、まだその気持ちが抜けきってないんだ。
「なんか珍しいね。君がそんなこと言うの。まだ熱が冷めきってないとか? 君にもそんなことってあるんだね」
「ま、そらせやろ人間やし。割とジャズバンドやってる時からありましたよ……。ほれ」
「あっさりとしてんなぁからかったつもりなのに……、これもしかして受け切り?」
「おう。多分せやで。残念だったな」
ちょっとからかうつもりで言った言葉は、彼にのらりくらりとかわされてしまう。そして将棋でもそれを見せつけるように、攻めを勢いよくシャットアウト。
いつの間にかいつも通りの態度に戻ってる。さっきのなんだったんだろう。
そんでいつの間にかヤツの陣形、大駒捌きの準備が整ってる気がする。こりゃあ今日も勝てないかもな。
なんて思って、でも勝負は続けないとな、とも考えていた、その時、
「ふぅん。将棋はよくわからないけど……、どこか通じ合ってるところはあるみたいね。2人とも」
横から女の人の声が聞こえた。
ふと、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。囲碁将棋部は男しかいないはず。そんなところになんで女の人の声が……?
そう思って声のした方向を向く。そこには。
「……明星先輩。なんでここに」
「ちょっと音無くんに用があってね。部長さんにその旨を話してここまで通してもらったのよ。それにしても随分と楽しそうにしてたじゃない。私も将棋、始めてみようかしら? ちょっと気になっちゃったわ」
「別に仲間が増えるのは嬉しいんでいいと思いますけど……、なんですか? 用事って」
いつの間にやら明星先輩が隣にいるもんだから、少し驚く。それにこの男しかいない空間に綺麗な人が1人いるもんだから、ちょっと存在が際立って見える。
少し興味津々な表情で、クスリと笑うその姿がちょっと綺麗で、どきりとさせられた。
で、部員諸君。そこで勧誘の準備するのやめようか。「女子や。待望の女子が入るぞ」っつってんの聞こえてるからな。その
「まぁ、大したことじゃないのだけれど……、明日空いてるかしら? 少し付き合って欲しいことがあるのだけれど、いい?」
「んお?」
突然の、先輩からのお誘い。
多分あれだろう。「付き合って欲しいことがあるから、休日一緒に出かけない?」的なやつだ。けどね。
「お、春? 春っすか? 御門氏に春が来たんすか。今夏だけど」
飛猿くん。たぶん「そういう」ことじゃないと思います。
あと部活の奴らはいちいち色めき立つのやめろって。
#####################
「ギターのエフェクタ探しかぁ……。まぁ先輩らしいっちゃらしいのかな?」
そして翌日。楽器屋の聖地(だと思ってる)、御茶ノ水の駅前で、俺は先輩を待っている。俺たちの住んでる地域の駅ではなく、現地での待ち合わせだ。
場所が御茶ノ水になった理由は先輩曰く、「一度行ってみたいところだったのよ。楽器屋の他にも本屋もいっぱいあるらしいし」とのことだ。
で、なんで一緒に行く奴が俺なのかと言うと「Led Zeppelinぽいギターの歪みが効かせられるエフェクタが欲しい。だからそのサウンドをよく知るあなたと一緒の方がいい」と思ったらしい。
まぁ御茶ノ水自体には何回か来たことがあるし、今後の文化祭の発表でLed Zeppelinはやろうかな。なんて言ってたからちょうどよかったのかもしれないし、別にいいけどさ。
そんなことをぐるぐると考えながら突っ立っていると、人が1人、駅の改札から出てこちらに向かってくるのが見える。
ちょっとボーイッシュな服装をクールに着こなして、背中にはギターケースを背負った女の人。あぁ、間違い無いな。
「あぁ、いたいた。お待たせ音無くん。ごめんなさいね。待ったかしら?」
「いえ。俺も来たばっかりのところですよ。心配しなくて大丈夫です」
「ふふ、見栄張っちゃって。本当は10分くらい待ってた、ってところかしら?」
「……10分だって、人によっては待ってない方なんじゃないですか? それに先輩だって約束時間より全然早くついてる分同じじゃあ……」
俺のそんな照れ隠しのような言葉を聞いて、先輩は可笑しそうに笑う。少しむっ、とした顔を見せると、「ごめんなさい。少し可愛らしくって」 と笑みを崩さないまま言った。
少し悔しい気持ちが心の中に芽生える。今度どこかでお返ししてやりたいけど……、いつになることやら。
「まぁ、ここで話してても仕方ないから、そろそろ行きましょうか。ここには来たことあるって言ってたわよね?」
「はい。ギター専門店にもいくつか。まずはそこに入ってみますか?」
「別に異論はないわ。さ、行きましょう」
そう言って、ちょっとワクワクしたような足取りの彼女を追うように、俺は歩き出す。
そういえば、さ。今更思ったことだけど。
これ、なんかデートっぽい、よな。
いや、飛猿が昨日春だなんだって言ってたのに引っ張られたわけじゃないんだけど、さ。
ただ、女の子と2人、東京の都心でお出かけなんてそんなの、そう思うのもなんか仕方ない気がする。
そんな悶々とした気持ちを心の隅に抱えながら、歩みを進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます